第4話 2人で死ぬまで愛し合いましょう
やっとバトル出来ました!
お昼休み。
文夏からメッセージが届く。
【京子お姉ちゃんとお弁当食べたいなー】
OKのメッセージを返信した京子はお弁当を持って、1つ下の階ーー1年生の階ーーへと移動し始める。その後ろ姿に声をかける1人の美少女がいた。
「キョーちんどこいくの?」
俺のことをキョーちんと呼ぶのは1人しかいない。現実世界で比較的仲の良かった友達だ。名前は二堂優也、勉強もスポーツもそつなくこなし、その人当たりの良さから、クラスメイトに色々な意味で好かれていた。
「ちょっと妹のとこま⋯⋯ゆうゆう⋯⋯?」
ゆうゆうとは優也から取った単純なあだ名である。本人曰く、ゆらゆらしてそうで気に入っているらしい。
振り返って優也の顔を見た京子は思考を停止した。
可愛い。
それ以外の言葉は要らない。
小顔をゆるくふわふわとしたガーリーボブで包み、つぶらな瞳はハムスターを思い起こす。背は京子よりも小さいが、大きな胸の存在感のせいか、ひとまわり体が大きく感じる。
「そんなに見ないでよキョーちん。何かついてる?」
「あの、その⋯⋯二堂さん⋯⋯?」
「なになに?いまさら二堂さん呼び?二堂優だからゆうゆうって呼んでくれたのキョーちんなのに⋯⋯」
あのゆうゆうがこのゆうゆう!?
現実世界では他のクラスメイトよりマシってぐらいの顔だったけど、こんなに可愛くなってるのかよ!
友情以外のものが芽生えそうになるが、男だった優也の顔を思い出し、心を落ち着ける。
普通に考えれば教室にいた美少女は全員、俺が知ってるやつらなんだよな⋯⋯。
田中も加藤も飯田も奥谷も中野も坂本も村上も林も小川もその他etcも全員美少女だったな⋯⋯。
美少女とは世を忍ぶ仮の姿であり、真実の姿は男子校の性癖拗らせボーイだったというのか!(ブーメランであることは言うまでもない)
「ごめんごめん。ちょっと真実って残酷だなって思って」
「キョーちんに一体何が!?好きな声優でもスキャンダルされたの!?」
「まぁそんなところかな?妹と一緒にお弁当食べるんだけど、ゆうゆうも一緒する?」
「やったー!一緒するする!今日のキョーちん有名人さんだから話しかけるの戸惑ってたんだー」
その件については俺も聞きたい事がある。ランチのお供にちょうど良いだろう。
2人でアニメの話をしながら階段を下りる。
階段を下りたそこは1年生のみが生活している空間であり、2年生である京子たちを心理的に阻んでくる。
苦手なんだよなぁ⋯⋯別の学年の階って⋯⋯。
無駄に視線感じるし、ここに居ちゃいけないって気になるし。
無意識の内に早足になる京子たちは文夏のクラスである1-Aに到着する。
中の様子をドアから伺う。
そこにはクラスメイト達ときゃっきゃうふふしている文夏の姿があった。
あいつ実質今日が初対面なのにしっかり溶け込めてるなぁ⋯⋯
「文夏ーお昼食べよー」
教室の喧騒に負けないよう少しだけ大きな声を出す。
「京子お姉ちゃん!今行きますね!」
文夏はクラスメイトに「またあとでね〜」と言いながら小走りで廊下に出てくる。
「お待たせしました。優さんもご一緒だったんですね。校庭の噴水前に行きましょう!」
優に対して顔見知りかのように自然に接する文夏。
優も「文夏ちゃんごき〜♪」と気軽にあいさつをする。
こいつら俺より仲良いんじゃないのか?そう思ってしまうぐらいの仲だった。
「キョーちんの自撮り可愛すぎて語彙力死んだよ!即待ち受けにしちゃった!」
お弁当を広げながら朝の出来事の話題になる。
「おれーー私の写真なんかで良ければ好きに使っちゃって良いよ。コラとかはダメだかんね」
私呼びはなかなか慣れないな。ついつい俺って言ってしまう⋯⋯
「ゆうゆうに聞きたいんだけど、私ってそんなに可愛い?」
「ファンクラブあるぐらいには卍可愛いと思うよ?ちなみに私もファンクラブ会員だったりして」
手には会員ナンバーと名前、顔写真の乗ったカードがあった。
「ちなみに私もファンクラブ会員だったりしてますね」
同じようなカードを持っている文夏。
いつの間に準備してたんだこいつ⋯⋯
「そ、そっか⋯⋯ありがと⋯⋯。彼女欲しいなんて呟いただけでこんな事になると思わなくて⋯⋯。視線が痛くて穴空きそう」
「みんなこれを機にキョーちんと距離を詰めてワンチャン狙ってるからね〜」
「そういえば、1年生の間で広がっている噂がありましてですね。京子お姉ちゃんを倒した人が恋人になれるらしいですよ」
「あ、それ2年の隣の教室の子が話してたな!キョーちんほんと?」
「んなわけ!!なんでそうなるの!?」
尾びれはひれがついて話が一人歩きしてやがる!【彼女募集中です!】の呟きは既に消し、アカウントは鍵垢に変更してある。
「鏡淵先輩!!」
お弁当が食べ終わろうとしていたその時、京子に声を掛ける生徒がいた。
「これ!受け取ってください!!」
その手にはピンクとハートの可愛らしい便箋が握られており、一目でラブレターだと分かる。
「いや、でもちょっ」
優しい京子は断り切ることが出来ず、押し付けられる形でラブレターを受け取ってしまった。
「きゃーっ♡」
ラブレターを渡した生徒は甘い叫び声をあげながら走って行ってしまう。
「良かったじゃないですか京子お姉ちゃん。私の予想では朝からもっとたくさんの方からアプローチが来ると思っていたんですけど、その様子だとこれが初めてみたいですね」
ラブレターをもらえる日が来るなんて、現実世界じゃ考えられなかったな。
人生で初めて貰ったラブレターに少しだけ頬が緩む。満更でもない。
「キョーちんどうするの?それ?」
「とりあえず読んでいい?友達の前で読むの失礼かな?」
「読んで読んで!私たちが隣にいるのにラブレター渡してくるああいうタイプの子は人前で告白とかされて喜ぶ痴女だから平気!むしろここで読み上げなきゃ可哀想!」
「そういうもんなのかな⋯⋯」
「偏った性格診断ですね。私好みですけど」
丁寧にハートのシールを剥がし、中の手紙を読み上げる。
「鏡淵京子先輩へ。好きです。付き合ってください!」
「才能無し。0点」
「辛口ですね。日本語が使えてるので2点あげます」
「気持ちに点数とか無いでしょ!!」
必死に想いを込めた言葉に、感動すら覚えるよ!このラブレターは生涯保管しておこう。
「そんなんだから童貞なんですよ」
ぼそぼそと小声で伝える文夏の声は京子にしか届かない。
「まず自分の名前ぐらい書いておけし!あとどこがどう好きなのか具体的に書いてないのも減点。連絡先ないと返事すら出来ないけどどうする気なのこの子?」
あー確かにその通りだ。女子の視点というのは鋭い。ラブレターを書く予定はないが、大変勉強になりました。
「あっ、もう一枚あった。放課後に校舎裏で待ってます。だって」
「しっかり振って来てくださいね。京子お姉ちゃん?」
「⋯⋯がんばる」
お腹が痛くなる京子だった。
放課後。
校舎裏にはギャラリーが集まっていた。
その中心には向かい合う2人の姿がある。
1人は少し長めの黒髪と白の制服のコントラストが美しい。短めのスカートから伸びるその足は黒のニーソに包まれている。目は何も知らない子犬の様に輝いているが、纏う雰囲気は高飛車な猫の様だ。
もう1人は少し幼い女子生徒。高校に入ったばかりの1年生にしては大人びている。その表情は恋に恋する乙女そのものだ。
「ごめんなさい。私はあなたの名前のことすら知らないし、そういった関係になる気は無いです。お友達からなら歓迎致します」
貰ったラブレターを申し訳なさそうに両手でお返しする。
「そうですよね⋯⋯私なんかじゃ先輩とは釣り合わないですよね⋯⋯」
実ることのなかった恋に悲しそうな表情を浮かべる1年生。諦めきれないのか、なかなかラブレターを受け取ろうとはしない。
「決してそういうわけじゃ!どちらかと言うと年下の方が好みだし⋯⋯」
鏡淵京介はロリコンだった。
「やっぱり⋯⋯っ!じゃああの噂は本当だったんだ!」
「へっ?」
「ごめんなさい先輩!えいっ!!」
京子の持っていたラブレターより少し奥、両の手首を握った1年生は能力を発動する。
石枷拷問ーー
手首を石の塊が縛り付ける。
「足にも失礼します!!」
手首だけではなく、足首にまで移動を封じる枷が付けられる。
両手足に付いた石の重りはどんどん重さを増していき、耐えきれなくなった京子は土下座の体勢になる。
どうしてこうなった!
後輩振ったら土下座の強要されてます!!
「先輩にギブアップって言わせれば付き合ってくれるんですよね⋯⋯?」
「知らない知らないそんなの知らないから!!」
必死の弁明虚しく、聞く耳を持ってもらえない。
「早くギブアップしないとまだまだ重くなりますよ!!私のこと好きって言ってください!」
「お友達として好きだからやめて下さい!」
「手を塞がれたら鏡出せないですよね。先輩有名だから能力まで有名なんですよ?このままだと土下座だけじゃなくもっと恥ずかしい格好で地面に這いつくばる事になりますからね」
重りの影響で土下座の体勢が辛くなってきた京子の耳元で、囁くように伝える。
そうか、俺の能力はバレてるのか。どうするかな⋯⋯。正直抜け出す事は簡単だ。神の能力全てを使えるわけだし。
でも俺が鏡写し以外を使うとまたあらぬ噂が立っちゃうよな⋯⋯。
京子は千里眼の能力を発動させる。その瞬間、京子の視野は地面ではなく学校中全てに広がる。
居た⋯⋯。
その眼に映るのは文夏とゆうゆうである。
2階の教室からこちらを見下ろしていた。
てっきり野次馬のどこかに紛れていると思ったんだけどな。
(文夏⋯⋯聞こえる⋯⋯?)
(うわっいきなり脳内に直接話しかけないで下さいよ)
(だってそういう能力だし、仕方ないじゃんか)
使ったのは無線通信の能力である。
(まぁやりたい事は分かりますよ。さっさと恥ずかしい格好で這いつくばってください)
(言い方!でもまぁありがと文夏)
「ごめんね。それでも、やっぱり付き合えないや⋯⋯」
京子は変わらない気持ちを伝える。
「口ではそう言ってますけど、体は正直ですよぉ?」
ついに体を地面に付け、仰向けに倒れる。
両手は頭の上で縛られており、両足は膝を立てた状態だ。
「このままだと腕折れちゃいますから、重さはこの辺で止めてあげますね。その代わり制服のボタン外しちゃいますから!あられもない姿になっちゃいますよ!」
京子の視線はその1年生に向いていなかった。見つめるのは2階の教室に見える文夏のこと。正しくは、文夏の持つ鏡のことだ。
「先輩どこ見て⋯⋯っ!!」
もう手遅れだ。
鏡に写っているのはたくさんのギャラリーと、京子に被さる1年生の姿。
京子は手足についた能力の塊を、自分で解除する。
「お友達としてなら遊んであげるから、また話しかけてね」
素早く立ち上がり、一歩距離を取る。
そして遅れて能力が発動する。土竜落としによって作られた落とし穴だ。中には枝草の緩衝材があるため、怪我はしないだろう。
「きゃっーー」
短い叫び声をあげた1年生は、恋に落とすどころか穴に落とされてしまったのだった。
「「「きゃーーー!京子様!!!」」」
ギャラリーが尊敬と恋慕を抱いた歓声をあげる中、自分の教室に引き返していったーー