第2話 ごきげんよう
女の子になっても休日の過ごし方は変わらなかった。録画したニチアサや深夜アニメを見ながらネットサーフィンをする。鏡の世界だけあって利き手が左手になっていると気付いたのもiPhoneでNwitterの呟きを確認した時だ。フォロワーが1人増えていたが見覚えのある名前だったのでフォローしておいた。あとは眠くなるまでネトゲに籠って終わりだ。
月曜日の朝。気持ちの良い朝だ。京子からすれば夜更かしをしているのでこの天気の良さが憎らしい。もし雨なら雨でもっと憎らしい。
「ふぁぁ⋯⋯朝シャン⋯⋯ご飯⋯⋯着替え⋯⋯準備⋯⋯zzZ」
クローゼットを開けるがいつもの場所にいつものブレザーは見当たらない。代わりに白を前面に押し出した清楚な制服が目につく。もちろんスカートである。しかも短い。
諦めてその制服と下着を手にし、朝シャンに行く。お風呂で全裸になるが、女の体になって1日で自分の体に興味は尽きた。もちろん色々試した結果の飽きだ。
雑に素早く朝シャンを済まし、朝ごはんを食べる。
「京子ちゃん早く準備しないと遅刻しちゃうよっ」
「お父さ⋯⋯お母さんの料理美味しくて、早く食べちゃうのが勿体なくて」
「お母さん嬉しいっ!お弁当に唐揚げサービスっ!」
わーい(死んだ目)
現実世界での母の名は鏡淵真、父の名は鏡淵明だった。
どうやらこちらの世界での母の名は鏡淵明であり、父の名は鏡淵真である。
だから、なにかって?
つまり、テンション高くきゃぴきゃぴお弁当作ってるのが自分の父親だったって事だよ!
どうしても脳裏に男の父親の顔が浮かんじまう!
「それなら私が貰っちゃいますね」
いつの間にか隣に座っていた文夏が京子の朝ごはんを掻っ攫う。見慣れた浴衣ではなく、京子と同じ制服を着ている。
「あっちょっーー」
「ごちそうさまなのです」
早すぎる!能力なんじゃないのかと疑う速さで食べきりやがった⋯⋯。
「さっ、京子お姉ちゃん。一緒に学校に行きましょう!」
まだこっちの世界で外出してないからな⋯⋯文夏と一緒にいた方が色々安全かもしれない。
そんな打算的な考えもあったが、女の子ーー妹だがーーと一緒に登校するというのは魅力の塊であった。
「いってきまーす!」
「行ってきますおと⋯⋯お母さん」
「2人とも行ってらっしゃーいっ!」
曲がり角で見えなくなるまで、手を振り続ける母親と律儀に後ろ歩きで手を振り返す文夏を横目に話しかける。
「そういやこの前、他の神様に怒られるとかいってたけど、神様って何人いるんだ?」
「私含めて3人ですね。文明の神、自然の神、概念の神がいますねー」
くるりと半回転して前に向き直し答える。スカートが小さく広がるその光景に心がくすぐられる。
「へー、何が違うんだその3人?」
「次に質問するのは私の番ですよー?京子お姉ちゃん昨日の夜寝る前ナニしてましたー?」
「ーーっ!」
部屋は隣であり、音なんて丸聞こえだろう。
「超絶美少女京子お姉ちゃんの中身が童貞キモオタ京介お兄ちゃんって事をバラされたくなければ私に優しくしなきゃ駄目なんですよ?分かってますー?」
女子にしては背が高い京子を見上げる形で、文夏は顔を近づける。
まつ毛長いな⋯⋯吸い込まれそうな瞳してるし⋯⋯瑞々しい肌⋯⋯柔らかそうな唇⋯⋯薄っすらメイクしてるのかな⋯⋯
美しいものを見た人間は心理的に目が離せなくなるものである。そうして見つめ合う間、様々な考えが頭に浮かぶが全くまとまらない。
「制服似合ってるな⋯⋯その、ずっと、浴衣⋯⋯だった、し⋯⋯」
文夏はその端正な顔を朱に染め始める。
「そっちかぁ、そこを褒めるかぁ⋯⋯ずるいなぁ」
俯いてぶつぶつ言い始めた文夏の声は京子に届いていない。
「童貞にしては及第点ですねー」
顔を逸らしたまま告げる文夏は手を少しだけ京子に寄せる。
頭の中で散々葛藤を繰り返した京子は文夏のその手を握りしめる。
姉妹なら手を繋いで登校ぐらいするよねーー