第1話 童貞キモオタ京介お兄ちゃん
PPPPPPPーー
目覚ましの音が聞こえる。
聞き慣れたiPhoneの目覚ましだ。
枕元に置いてあるiPhoneに手を伸ばし、画面をタップする。役割を果たしたiPhoneは満足したのか静かに動きを止める。
「よし⋯⋯起きようzzZ」
聞き慣れない自分の声だ。
そうか、今日から俺は、いや私は、女の子になったんだ!!
勢いをつけてベッドから飛び起きる京子。
少し長い黒髪には寝癖がついており、その寝癖が体と一緒に飛び跳ねる。
時刻は午前10時。普段なら学校に遅刻する時間だが、今日は日曜日なので休みだ。
京子はパジャマのまま隣の部屋に入る。
そこにはピンクを基調とした可愛らしい女の子の部屋があった。
その部屋の主はベッドの上でぐぅぐぅと幸せそうに眠っている。
「おい、起きろ元神様」
「食べないで⋯⋯むにゃむにゃzzZ」
食べられそうになってる夢を見てなんでそんなに幸せそうなんだ⋯⋯
京子はベッドから転げ落ちていた枕をその顔面に押し付ける。
「ふがっ!んんっっっずんがっ!!!」
「けほっけほっ!ちょっと何するんですか!!窒息死させる気ですか!?」
「いや、神様って死ぬの⋯⋯?」
「不老不死の能力があったので死んだことはないですが⋯⋯でも今は何の能力もないこの世界では底辺のミジンコ以下の生物になったので簡単に死ねそうですね」
凄い卑屈になってるな。ちょっと能力を試すつもりのだけだったんだが、神様の能力を全て奪ってしまうとは、嬉しい誤算だった。
「とりあえず昨日の話の続きがしたいんだけど、その前にさ、神様って名前ないの?」
「名前は無いですね。別に付ける意味も理由も無いですし。強いて言うなら文明の神様って名前ですかねぇ」
吾輩は神である。名前はまだ無い。状態らしい。神様って呼ぶのもなんだかバカらしいのでどうにか他の呼び方が欲しいところだ。
「文明の神様か⋯⋯じゃあ文夏でいいか?浴衣着て夏っぽいし」
「えっ。名前?私に⋯⋯?」
呆気にとられた表情が少しずつニヤニヤとしものに変わっていく。
「えへへ〜文夏か〜〜〜。ぐへへへへ」
今度は自分から枕に顔をうずめて声と表情を隠す文夏。気に入ってもらえて何よりだ。
喜び終わったらしく、枕から顔を上げてこちらを覗き込んでくる。
「それで私に何の御用ですか京子ちゃん」
京子ちゃん呼びには慣れないが、そのうち勝手に慣れるだろう。
昨日、文夏から能力を全て奪った京子。もう少し詳しく言うならば、文夏のもつ能力の1つである、能力喰いを京子の鏡写しで使用した結果、文夏のもつ能力を全て奪い尽くしたのだ。
文夏も最初は近所迷惑な大声で驚き叫んでいたが、すぐに「まぁいっか!とりあえず眠いので寝ますね。あっ、お隣の部屋勝手に使いますのでお気遣いなく」とだけ告げて部屋から出て行ってしまった。
気疲れした京子もパジャマに着替えて寝てーー自分の体に興奮してしばらく寝付けなかったのは内緒だがーーしまったのだ。
「昨日の続きだよ。俺はこれからどうすればいい?魔王とか倒すの?」
「いくらアベコベでも魔王とかいないですよー!普通に生きて、結婚して子供育てて、年取って死んでください。あっ、でも私の能力の1つに不老不死が有るので無理ですね」
「この見た目で永遠に遊べるとか神なんですけど!?チートスキルご馳走様です」
「こちらこそ、無駄なもの引き取ってくださりお粗末様でした」
「無駄なもの⋯⋯?この能力が?」
どうやら文夏にとって、能力は邪魔だったらしい。
「私もう何百年何千年と神様やってたんですけど、そりゃ最初の頃はめちゃくちゃ張り切ってお仕事してましたよ?でも最近は飽きて惰眠を貪る毎日だったんですよ。私も普通の女の子になりたい!!と思っていたのでちょうど良かったです」
要約すると⋯⋯
仕事飽きた!普通の女の子として遊びたい!
ということらしい。
「つまりですね。Win-Winなのです!」
ガッシリと握手をするワケあり美少女の2人。
「そうか、それじゃあ普通の女の子として生活送れるように応援してるよ。元気でやれよ!」
「はい!ありがとうございます!」
「⋯⋯?」
「⋯⋯?」
手は離れるが、2人の視線は交差したまま動かない。
お互い、頭上には?を浮かべている。
「いや、早く出て行けよ⋯⋯」
「ひどい!私の能力を奪ったくせに!捨てないで!!」
「語弊を招く言い方やめろ!大体普通に考えて両親になんて説明すればいいんだよ!」
確かに家にはもう1人か2人増えても問題ないくらいの大きさ、部屋の数はある。子犬1匹ならまだ誤魔化しようもあるが、人間1人は無理がある。
「ここ追い出されたら行く場所ないんですよぉ⋯⋯。京子ちゃんの手に入れた能力でちょこちょこっとお願いしますぅぅぅ!」
結果。普通に誤魔化せた。なんなら戸籍も学歴も手に入れた。今は高校1年生の15歳であり京子より1つ歳下に設定した。
「改めまして、鏡淵文夏です。今日からよろしくお願いしますね、京子お姉ちゃんっ」