1話-2
グラウンドの中央に一人のヒトがいた。
遠目からなので顔や性別はわからない。だが、その風貌だけは絶対に見間違うはずもない--白。
目の前にいるヒトが青と黒に対して、グラウンドにいるヒトは全身白一色で統一されている。この大雑把な服装を考えると、なるほど確かにこのヒトの仲間みたいだな。
段々と近づくにつれ、その姿がはっきりと見えてくる。
男----その身につけていたものは、和服。ところどころに灰色の花が装飾されてある。因みにこのヒトの場合下駄を履いている。
まさしく、ジャパニーズ。
まぁ、だからと言って髪型がちょんまげになっていたり、刀を腰にさしているというわけじゃあない。
「お、隊長お疲れさまっす、で、その隣にいる人は一体どういう経緯でここにいるのかを今すぐに聞きたいんすけど、その前に一つ、今朝渡したコートはどうしたんすか?」
日本風の男は開口一番、僕の目の前にいるヒトを隊長と呼びながら、コートのことを聞いた。勿論、僕には何の話かさっぱりわからない。
「コート? んなもんホールの扉ぶち破ったときに脱いだよ。マジであれ邪魔だったんだけど」
「その後に拾わなかったんすか……?」
「いやだから邪魔だったんだって」
はぁ〜〜と重たいため息をする日本風の男。
大体部下系キャラって上司に振り回されるイメージだもんな。その中で和服着てんのは初めてだけど。
「もういいっすわ、この話。それよりその子が新しく入る人っすか? 隊長」
僕のことを見ながら言う。
「その通りっ! いやぁぁ、こいつはすげぇぜ? なかなか面白ぇ奴だ。将来大物になんじゃねぇのってぐらいだ」
自信満々に答える…………隊長? でいいか。いつまでもこのヒトとか失礼な気もするしね。
「ほぇ〜隊長がそこまで言うとは。そもそも隊長自らが人手不足を解消してくれたなんて、隊員達全員思ってもみませんよ」
軽く貶してるように思うんだが。
「それで、名前はなんて言うんすか?」
「? 知らねえよ」
さも、当然の如く言いのける隊長さん。
「はぁ。そうでしたね。隊長には名前という概念が存在してないんすもんね。聞いた俺が阿保でしたわ」
マジで?!
マジで名前という概念が存在してなかったの?!
「えぇーっと、俺、隊長の仲間なんでそんな身構えなくていいっすよ。名前教えてほしいだけっすから」
そう言い、僕のほうへと向く。
二、三十代の人顔立ちに無精髭を生やしており、腰まである髪の毛を後ろに一本まとめている。
さっきから無表情(ため息をつくとき以外)なので、あまりどういう印象だとかは思い浮かばない。ただこういうヒトなんだろうなぁ〜っていう感じ。
「おい、ちょっと待てよ。名前なんかいらねぇだろ」
おやおやぁ〜? 自分の名前を言おうとしたら結構酷いこと言われたような気がするぞ〜?
いや普通にショックなんだけど。名前いらないって自分がこの世界からいなくなってしまうというか、この世界にいられなくなってしまうというか、そんな感じがしてならない。だったら某アニメ映画に出てくる魔女さんの方がいいような気もしてくる。一応名前はあるし、その上働かせてくれるっていうんだから、今の僕には救世主もんだ。
「あー、いやいや違ぇよ? この世界での名前がいらないってことで俺たちの世界--魔界での名前は必要だろ?」
魔界っ?!
「あぁ、そういうことっすね。確かに人間としての名を捨てて、これから魔人として生きてくんすから、魔人の名前をつけなければならないっすね」
魔人っ?!
いやいや、少しオーバーすぎたかな。今更、そんなことで驚く僕じゃあない。考えてみればホールでの出来事は明らかに人間とは思えない瞬間だった。むしろ人間と考える方が難しいくらいだ。ホールの人間全員(僕以外)を一瞬で殺したということを見れば誰でもわかることだ。そこから発想を広げれば、その人間じゃない人たちにも住んでる場所があると行き着く。それがただこの世界ではないだけ。それだけの話。
「でも名前っていったってどんなのをつければいいんですか? ネットとかでよく使う名前ならありますけど」
「ええ、それで十分っすよ。魔界での名前の意味なんてそいつが誰なのかってことをわかればいいんすから」
僕が口を開きかけた刹那-- 「いいや! 待てっ! お前自分で名前決めるとかめっちゃ恥ずかしいから絶対ェやめとけ! お前今頭に浮かんだ名前をここで言えっか?」
言えません。
「だろうな。自分がつけた名前イコール黒歴史みてぇなもんだからな」
まさしく実例があったような口ぶり。いや、あったんだろうな….…。けど、もし、その実例がなかったらと思うとマジでゾッとする。死ぬまで後悔するだろう。考えてみたら、クッソ恥ずかったもん。
「じゃあ、どうするんすか隊長。貴方が名前をつけるんすか」
「アホか!! そしたら俺の黒歴史が増えちまうじゃねぇか!! ……もう思い出させないでくれ……死にてぇ」
やめてあげてー!
思い出させないであげてー!
「いや、別にそんなつもりないっすからね。そもそも隊長の黒歴史知らないし」
だから言わないであげてー!!
「そ……うだな。オメェに……悪気が、ねぇこと、ぐらい……わかって、るよ。それ、よか….…早く、決めねぇとな」
いやいやいやいや。
もう無理しなくていいですから。ホントに。むしろこれ以上やられると僕の黒歴史も思い出してしまう可能性が……。
早く……早く話をそらしてくださぁい!!
「隊長ー、とりあえず俺たちから自己紹介しましょうよ」
「おっ、そうだな」
み、見事な変わりっぷりだぜ。もしかして本当は、僕に黒歴史を思い出させてやろうとするためにあんな芝居を……?
どんな茶番だ。
「俺の名前がヤタガラスで隊長が隊長っていう名前っすよ」
「?」
「だから、隊長は隊長っていう名前なんすよ」
あ、あー。なるほどね。
日本風の男--今喋った人がヤタガラス。そして、青ジャンバーの隊長って呼ばれてた人が隊長、ね。
「ま、別段深い意味ねーしよ、ほんっとに適当でいいんだよ。肩書きでも何でも」
うーむ、何でもと言われても、僕はただ、特殊な高校にいたというだけで他人より優れてることなんて、よく見積もっても二つしかないと思うし、強いて言うなら情報集めなのだが、それはその高校に限ってのことなので、肩書きというほど相応しくない。
「肩書き……っすか。いっそのこと戦士とかそういうもんでいいんじゃないすかねぇ。ドラクエやってるっしょ? 武闘家とか魔法使い--あっ!!」
ドラクエ方面に走り出したヤタガラスさんが何かを閃いたご様子。この人はおそらく真面目な方だから流石にロクでもないのは言わないだろう。どちらかというと、隊長の方が言いそうだ。
「童貞でいいんじゃないっすか!」
「人を勝手に童貞扱いするな!!」
ロクでもねぇぇぇぇ!!
よりにもよって下ネタでせめてくるなんて!!
え!? 何!? じゃあ魔法使いで閃いたのってそういうことだったの!?
僕はそのことに対する答えが欲しかったのだが、帰ってきた言葉は……。
「えっ……違うの?」
「えっ……違うんすか?」
何誤解してるんですか……。
「聞きました? ヤタガラスさん。あの子あんなに若いのに経験済みらしいですよ?」
「日本怖えっすよ隊長。あの年の子は全員はぐれメタル並みの経験値を稼いでるんすね……一体どんなテクを身につけているのやら……」
何、やっすい演技してんだよ……。
大体はぐれメタル並みってそれより上のメタルキングはどこにいったんだ……。
「だって、最近ドラクエ3やってるんで」
なるほど、確かにメタルキングは出ないな。
「それ以前に僕は童貞ですっ!」
「信じていいんだな……」
顔がまじになってる……!
「それに僕は三次元の方とセッ●スするなんて無意味な事だと思ってますから。僕にとってのセッ●スとはもっとこう……不可能なことを可能に変えるみたいな。つまり、二次元の方とセッ●スしたいんですよ。ええ、わかってます。セッ●スができるということは即ち三次元なわけで、平面である二次元とはセッ●スできないことぐらい……。だからこそなんです! だからこそ僕にとってのセッ●スは不可能を可能にするんです! そして、その時は近づいてきている。VRのゴーグルをつけるとこまでは今の技術でも十分やれます。映像はこれでいいとして、次は感触です。これがなければただの腰振ってる犬になってしまいますからね。その点においてはあと少しのところまできているんです。一ヶ月前に映像の中の物を触れた、と認識させることが可能になり、医学の発展が期待されてるそうなんですけど、そんなのは建前に決まっている! 本当は二次元の方とやりたくてやりたくてたまらなくて制作を始めたに違いない! 俺は待つぜ……セッ●スの感触がするオトナ向けのゲームを!!
あ、一応言っときますと、三次元の方達が嫌いなわけではありませんよ? 天秤にかけるなら迷わず二次元の方達を選ぶ、それだけですから。…………別に二次元二次元言ってるからってオタク認定はおかしいと僕は思うんですよね〜。確かにオタクという肩書きはとても名誉なものですが、決して僕はそれを受け入れられません。なぜなら僕以外にその肩書きが似合う人がいるはずだから--! しかし、この世の中には自分からオタクだと言う不届き者が増えてきたのです! おかしい! 何なんだ一体こいつらは! オタクというのは本来自分から言うものではなく、勝手に他の奴らから思われることを言うのだ! それをまるでファッションの様に自主的に主張する……あのエセ野郎どもおおおおおおおお!! 『俺結構アニメ見てっからオタクなんだよね』、じゃねえぞおおおおお! アニメ見てたらオタクになるってことは殆どの人間オタクじゃねえかよお!」
「お、落ち着けって。そ、そうだなお前童貞だな、うんうん」
「むしろ、童貞じゃないっすけど童貞みたいな」
「ゴホッ! ゴホッ!」
さ、酸素……。息継ぎできなかった……ちょっと、きゅう……け……い……。