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街中を観察しながらもアルカの歩みは目的の場所を目指している。門の先の道は商店通りなのか人で賑わい、通る道は人が1人抜けて行けるかどうか。
「はぁ……、これなら遠くてもいいから旅商人の馬車の後ろにでも付いていけば良かった。人が多くて気が滅入るよ」
「おい、そこの兄さん。あんただよあんた」
「はあ、僕のことですか。別に何も必要なものはないんですが」
「いいからいいから。この町は初めてだろう? ならうちを見に来てくれないか?」
「えっとですから何も買うものは、ああああぁぁぁぁ」
店先で話しかけられたがアルカは会話の途中で人に引っ掛かり先へと流れていく。人混みに揉まれ流されグルグルと街道を行ったり来たり何度もした後にようやく流れから抜け出した。
「うえっぷ……、これだから僕は込み合った場所は苦手なんだよ。なんで人を気にしないんだよぅ」
フラフラの足取りで横路に入り込み目的の場所への道を懐から取り出した地図を開いて今の場所を確認し、入り組んだ裏道を決められたように右へ左へと曲がりながら進んでいく。
そして、一つの扉の前で立ち止まる。扉には青い塗料で大鬼が描かれている。その扉を5回と2回、分けてノックをする。
「…………」
「生態研究員のアルカです。町の近くを通りましたのでギルドに顔を出しに来ました」
「オ~、イラッシャ~イ。イマはシャッチョウ取り込み中ネ!」
「社長ではなく支部ギルド長ではないんですか?」
「そうとも言いマース」
覗き窓に掲げていたカードを懐にしまう。ギルド入り口、正式にはギルド裏口から出てきた金髪に肌黒い女性の胸に下げたプレートにはギルド職員、兼受付係と記名されている。
「ギルド長は来客中ですか。ちょっと聞きたいことがあったのですが」
「それナ~ラ表で待ってればいいネ」
「いや、そんな人ならば裏からは訪ねないんですが」
「ンン~、難しいことわからナイネ。ホ~ラ行った行った」
ギルド職員の女性に背中を押されギルドのエントランスに押し出される。女性は押し出すと直ぐに踵を返して奥に消えていく。押し出された拍子に乱れた襟を正してアルカは周囲を見渡した。
いきなりギルドのエントランスに出されたアルカに周囲の視線が一瞬刺さるが直ぐに散る。ぽっと出の誰かを注視して記憶に留める人物など一欠片くらいしかいないだろう。支部長を待つ間手持ちぶさたになったことでゆらゆら歩いて邪魔なモニュメントとなっていたアルカは、暇を潰せるものを発見したのかまっすぐ進みその前に立ち全体を眺める。
「クーラクーンの討伐十体、シャリー草の採取二十株くらいだと来る途中にそこそこ見たから大丈夫。低ランクの依頼に対しては環境に影響するものはないが、高ランクの依頼にはちらほらと危険個体数の魔物もいるなあ。えっと、依頼主は……商会のギルハラン? これとこれも同じ依頼主だな。調査したあと少し注意でも……」
おもむろに取り出したペンをインク壺に浸けると目についた依頼紙に調査中と書き込んでいく。今現在の掲示板に貼り付けられた依頼については大抵は調査中と書き込まなくても概ね大丈夫な依頼ばかりだった。中程度の発展を興している町で危険度が高い場所が周囲に無いことが理由の一つだろう。
「おいテメェ、勝手に依頼票になに落書きを書いてんだ?」
「あ、これはつい最近保護指定になった魔獣じゃないですか。まだ通達が届いてなかった見たいですね」
「無視するとはいい度胸じゃねえか。ダブルランクの俺様を無視するとは新顔だな? なら一発教え込まねえといけねえな」
「たしかこの辺に通達用の用紙が入ってたはず……」
掲示板を眺めていたアルカの後ろにたった逆モヒカンヘアの筋肉質な男が、握り込んだ自分の拳に息を吹き掛けアルカの登頂部に狙いを付けて振り上げる。その行動に、その前に彼の存在自体に気が付いた素振りもなく赤いコートの懐の中にある物を探している。
「はぁぁぁああ、ぁぁあぁあぁあ~……」
「研究のお人サン! シャッチョの用事終わって間が空いたヨ!」
「あ、そうなんですか。支部長の用件に一旦区切りがついたのですね。わかりました。案内をお願いします」
「オッケーヨ! アナいするからワタシのケツついてくるネ!」
アルカを殴ろうとした男性は意識の外から来た職員の女性に押されて横に転がって行った。そんな事があったのかの如く斜めに若干傾いだアルカは女性に案内をお願いして、その体勢を直すと任されたとばかりにお尻を叩いて息を巻いている女性の後ろを着いていく。
後に残されたのは空の机椅子を巻き込んで転がって行った男性と、それを見ていたギルドにいた人達だがそんなことは日常茶飯事だと言うようにある者は散らかったものを片付け直し、ある者は次に何を狩るかなどとたわいもない話をし始めた。