表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

もう、何も要りません。2

第二話


 ユウに出会う前、私一人だけだった頃は、入り口(兼出口)の扉と、その上に貯水槽のタンクが設置された、倉庫のような建物の壁にもたれて、体育座りで目を閉じて、iPodから流れる音の中に浸っていた。

 大好きな音達の中で、一人で、静かに。

 ユウと屋上で会うようになってから、私達はそこら辺に座って話をしたり、二人で音楽を聞いたり、ただ黙って座っていたり、鉄柵にもたれて空や校舎を見たり、そんな感じで楽園の時は流れて行った。

「ねえ、どうしてユウは屋上の鍵、作ろうと思ったの?」

 ある日、ユウと一緒に鉄柵にもたれながら、そう言えばどうして彼も合鍵を作ろうと思ったんだろう、と疑問に思い、聞いてみた。

 しばらくの、沈黙。

 沈黙の間、ユウの横顔を見ていたら、何だか彼が今にも風景の中に溶けていって、そのまま消えていってしまいそうな気がした。

 彼は、そんな希薄さと透明さの中にいるんだ。

 無意識に、私は彼の制服の裾を掴んでいた。

 彼が空気の中に消えてしまわないように。

 それからユウは小さな声で、答えた。

「屋上なら、誰も来ないから一人になれるし…空を広く見れるし、下を見下ろすと何だか少し楽になるような気がして」

 ユウの髪の間を風が流れる。

 薄い茶色の髪の間を、風が。

 醜いはずの彼が美しく見える。

 いよいよ彼が儚く見える。

 そしていよいよ私は不安になって、裾を掴む手に力が入る。

「ハナは?」

 ユウが問い返す。

 ああ、いつものユウだ。希薄さも透明さもない、現実のユウ。

 大切な大切な、クッキーの半分。

 このまま消えてしまったらどうしよう、と私は本気で心配で、怖くて。

 だからひどく安堵して、大きくため息をついた。

 そして、掴んでいた彼の制服の裾を離して、私は鉄柵に頬杖をつく。

 見上げる空は曇天模様。

「私は…私は一人になりたくて。完全に誰も来ない場所を探して、屋上に辿り着いたの。ここなら鍵がないと入れないから。先生達もここは見回っていないみたいだし。ここで私は……ただ泣いたり、ぼーっとしたり、そんな感じで過ごしてた。。後はユウと殆ど同じかなあ。この一人の空間は、世界全部でもあるし」

 ここから見えるのは、第二校舎と第一グラウンド、それに空。

 上を仰げば、空。

 都会の空は薄汚く曇っていたり、時々その汚さが嘘のように、綺麗に青く晴れたり、雲は白かったり。

 空は完璧だ。

 そう言ったのは、誰の言葉だっだだろうか。

 限られた屋上のスペースで、限りない空間を私達は持つ。

「ここは静かだしね」

 ユウが言う。

「うん」

 私も同意して答える。

 校舎から聞こえる音楽の授業のピアノや、グラウンドでの体育の歓声が、とても遠くから聞こえるようだった。

 実際はそれ程遠くないのに、それがほんとに微かに聞こえて。

「ここは天国に一番近いかもしれないねえ」

 私はそう言って、頬杖をついたまま目を閉じた。

 ユウは私ののセーターの裾を掴んでいる。

「どうしたの?」

「ああ、ごめん。…なんだかハナが消えそうに見えて…怖かったんだ」

 思わず笑みが浮かぶ。

 本当に、私達は良く似ていた。



 風が少しだけ吹いていて、冷気が冬を感じさせるある日。

「ねえ、ユウがこの世で一番好きな音楽って何?」

 汚い屋上の床に制服が汚れるのも構わず寝転がりながら、私はユウに聞いた。

「私はねえ…クラシックなんだ。パッヘルベルのカノン」

「僕は…どうだろう、ベートーベンの第九かな」

 彼も隣に寝転がったまま答えた。

「あ、私も好き。聞いたのはアニメの挿入歌でだけどさ。でも、確か結構残酷な詩だったよね?この世に友人と呼べる者がいない者は、泣きながら天国の門を去るがいい、って」

「じゃあ僕たちはいつでも天国に行けるねえ」

 まっすぐ空を見つめながらユウが静かに言う。

「…うん、行けるよね。私達」

 空は高く、青く、寒く、冷たく、優しく。

「ねえ」

 空はとても綺麗で、私は馬鹿だから、思わず聞いてしまった。

「自殺しようとした事ってある?」

 私は、ほぼ毎日、そう思っている。

 でも出来なくて、死ぬのはやっぱり怖くて、明日は死のう、明日は死のう、そう思いながら情けなくも毎日生きている。

 ユウはどうなんだろう。

 彼の顔を見るのが何となく出来なくて、私は空を見つめたまま。

 そして、彼も空を見つめながら答えた。

「何度も、何度もある。…でも、なかなか踏み切れないんだよね。死を無意味に美化する気はないけど…、僕は、死は、優しいと思う」

 死は、優しい。

 優しい。

 その表現は、ひどくぴったりな気がする。

 死は怖い、そう思っていたけれど。

 ああ、死は優しいかもしれない。

 だって、私はそれによって、永遠に生きる苦痛を失うのだから。

 優しい、死。

 そう教えてくれたユウを、また少し身近に感じた。

「うん、私もそう思う」

 短く答えて、そのまま二人とも無言で寝転がっていた。

 焼却炉からの煙が高く高く登って行くのが見えた。

 


 ある日、二人で食事兼軽く飲みに行った。

 勿論、今度はちゃんとしたお店で、私服で。

 その帰り、駅までの道にある川沿いを二人で歩いた。

 酔ってほてった頬を、冷たい風が撫で、通り過ぎて行く。

 駅までは20分くらいだろうか。

 駅までの道には小さな川があり、その川はいつも生臭い臭いがしていた。

 川である以上、いつかは海へと着くのに。

 磯の匂いなんてなくて、ただ、生臭かった。

 二人とも少し酔っていたのかもしれない。全く酔っていなかったのかもしれない。

「私、ウリやってるんだ」

 所謂、援助交際だ。

 身体に過剰な価値があるのは高校生のうちだけ。

 自分でも何故突然こんな事を打ち明けたのか分からない。

 余りにも川が生臭かったからかもしれない。

 私がウリをやってるという事は、今まで誰にも言った事がなかった。

 別に誰かに言う必要もなかったし。

「そうなんだ」

 そう言って一瞬の沈黙の後、彼は言った。

「僕もやってるんだ」

 私は彼の言葉の意味が分からず、バカ面をしていたと思う。

 その後彼は続けて言った。

「僕、ゲイなんだ」

「そうなんだ」

 内心かなり驚いていたけど、私は出来るだけ平静を装って言った。

 ゲイって事は所謂ホモ、って事か。

「クルージングって分かるかな、ウリする男の子がいっぱい待機してる店で、ウリ専とも言うんだけど。で、そこにオッサンとかが買いに来るの」

「そうなんだ」

 私はまた同じ言葉を繰り返した。

 クルージング。初めて聞く単語。

 そこで、ユウもウリをしているんだ。

 ウリ。

 体を、売る。

 私達。 

 川を通り過ぎ、商店街に近づく。酔った大学生らしき集団が道ばたに座り込んでいた。その脇を私達は無言で通り過ぎる。彼らの騒がしさが私達と対照的で面白かった。

「私ね」

 最初に口を開いたのは私だった。

「ウリやってるとね、嫌な目にいっぱいいっぱい遭うんだ。オッサンとか気持ち悪いし。クソみたいな説教されたり、クズみたいに扱われたり。でもね、やめられないの」

 そこでユウが私の言葉を継ぐように言った。

「僕も、今までいろんな目に遭った。男同士だし、ほんとに命の危険を感じるような事もあったよ。でも、僕もやめられない。ハナと同じに」

 それきりまた二人とも黙って駅まで歩き続けた。

 私達は本当にクッキーの欠片同士のように気が合ったのだ。




第三話に続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ