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もう、何も要りません。1

この作品は、太宰治賞の一次選考に通過し、二次選考に落選

しました。

でも、自分ではとても思い入れがある作品です。

ご感想など戴けたら幸いです。

第一話


 1月12日、木曜日。

 そこはただの薄汚い屋上だった。

 薄汚い空と薄汚い校舎の見える屋上だった。

 そこで私達は出会った。

 頭の悪い私と、醜い顔の彼が。


「ねえ」

 彼が振り向く。

 その時何故彼に話しかけたのか、未だに分からない。

「これから遊びに行かない?」

 その時、彼は微かに微笑んでいたような気がする。



 私達は街に出て、私のよく行くカフェに入った。

 ここの紅茶は美味しくて、話を弾ませてくれる。

 最初のうちこそ緊張していたけれど、美味しい紅茶のおかげと、時が経つにつれて、随分と打ち解けていった。

 彼の名前はユウ。私はハナと名乗った。

 私達の学校は、本来屋上への扉には鍵がかかっていて入れないようになっている。

 でも私は、こっそり職員室から鍵を盗んで合鍵を作って持っていた。

 ユウも同じようにして合鍵を持っていたらしい。

 だから今日屋上で彼と出会って、正直言うと私は心底驚いていた。

 合鍵を持っている人が他にいるなんて思わなかったから。

 彼もそれは同じだったらしい。

 その事を話して、二人笑い合った。

 彼は醜かったが、穏やかで、不思議な魅力があった。

 気がつけば外は夕方を過ぎるくらいの時間。

 お酒でも飲みに行って、もっと話したい気分だったけれど、あいにく制服のままだからお店には入れない。

 でも、このまま解散するのは名残惜しくて。

 もっともっと、彼と話していたい。そう思ったから。

「ねえ、時間、大丈夫?まだいける?」

「ああ、それは全然大丈夫」

 良かった。

「じゃあ、ちょっとコンビニで色々買って、場所変えて話しよ」

 私の誘いにユウは快く応えてくれた。 

 私達はコンビニでビールやカクテルとかをを買い込んで、近所にあった公園の真ん中に、そこら辺で拾って来たダンボールを広げて座って、ホームレスのような宴会を始めた。

 周りを通る人がびっくりしたように見てくるのが面白い。

 本物のホームレスまで私達を不思議そうに見ていた。

「乾杯!」

 ビールの缶を重ね合わす。

 酔いのおかげで、話はますます進んでいく。

 好きな音楽、好きな作家、好きな画家に漫画家…。

 私達は驚く程気が合った。

 初めて会って喋る人と、これだけ気が合うなんて。

 私はひどく驚きつつ、とても嬉しかった。

 たくさん喋って、いっぱい笑って、飲んで。

 楽しい。

 楽しい。

 笑うあたし。笑う彼。

 こんなに楽しいのはどれくらいぶりだろう。

 楽しくて、酔っていて、余りにも気持ちよかったから。

 私は思わず、いつも思っている事を彼に聞いてしまった。

 聞くつもりなんか、全くなかったのに。

 多分、誰にも、一生。

「ねえ」

「生きてるのって、楽しい?」

「え?」

 ちょっと真顔で彼が問い返す。

「…私ね、楽しくないの」

 続けて私は話す。

「殆ど毎日、苦痛で、苦痛で。今日が終わるまで後何時間、とか、ただ時間が過ぎるのを待ってるだけの日もあるの。超不毛だよね」

 言ってから、私は後悔した。

 本当に、誰にも言うつもりなんかなかった事だから。

 重い話だし、ひかれちゃうかな。

「大丈夫。僕も楽しくないから」

 ビールを片手に彼が言う。

 私は驚いた。

 どうして?って聞かれるか、引かれて流されるか、どちらかの反応が返ってくるものと私は思っていた。

 だけど、僕も楽しくない、彼はそう言った。

「て言うか、苦痛と絶望が……殆ど毎日続いてるような状態だな。逃げ場はあるのか?ってくらいに」

 まさか、彼も同じだなんて。

 まさか、今日会ったばかりの人なのに。

 気が合うだけじゃなくて、生きてる事の思いまで同じだなんて。

 私と同じに、彼も苦痛を抱えてるなんて。

「こんな1日を後何回繰り返したら人生は終わるんだろう、そんな事を思って生きてる。そんな毎日は不毛だし、無意味だけど…」

 そう、まさにそんな感じの毎日。

 まさにそれを、私も感じて、生きてるの。

「そう、そうなんだよね。私が意味のない事ばっかり考えて、ただ時間が過ぎるのを待ってる、その連続の日々がずっと続いて、人生が過ぎていくなら…そんな人生にに意味なんてないよねえ。それなら生きてても死んでても同じだし」

「ほんと。生ける屍と同じだね」

 彼も私に同意して言った。

 重い話なのに、酔いのせいで少し楽しそうに見えるのが奇妙だ。

 実際、私は時々酷く憂鬱になる。そんな時は死人のように横になって動けないでいる。ある日はお香の煙が流れるのを何時間もただ見ていた。ずっと、ずっと。

 意味のない時間を意味もなく過ごし、意味のない1日が終わるのをただただ待ち望み、そしてそんな日々が終わる日をただひたすら、待つ。

 この無意味さは、永遠なのだろうか?

 つまり、私が死ぬまで続くのだろうか?

 それだったら、絶望だ。

 余りにもひどい絶望。

「フツーの人達は何でこの無意味な毎日に耐えられるのかなあ?どうしてそんな大きな絶望に耐えれるのかなあ?本当に謎すぎ」

「あー…そうだね、謎だな。確かに。……彼らは無意味さに気づいていないのかもしれない。それとも、彼らの人生は無意味じゃないのかもしれない。どっちにしろ、それは幸せだね」

「でも、私の人生には意味なんてないんだよね」

「僕にもないんだ」

「あはは」

 ちょっとだけ笑う。自嘲的に、自虐的に。

 彼も笑う。

 今日初めて出会った彼は、今までのどんな友人よりも私に近い位置にいる人だった。

 これは奇蹟だろうか。

 惨めな私への、奇蹟?

 私は嬉しかった。

 とてもとても、嬉しかった。

 私に近い、私と似た彼と出会えて。

 そして話し、仲良くなれて。 


 そこへ、飲み会帰りらしいサラリーマン達が通りがかった。

「おーいいねえ〜若いモンは!可愛いカップルだねえ〜」

「これから夢がいーっぱいの人生が待ってるねえ〜。オジサン達は夢なんかとっくになくしちゃったよお。ねえ、オジサンに夢売ってよ〜」

 あはははは、と連れのオッサン達も楽しそうに笑う

 私の苦痛を知りもしないで。

 私から見たらオッサン達のがよっぽど夢もあるし幸せに見える。

 フツーの人達なんだから。

 ねえ、味わってみる?私の生活を。

 そこにある苦痛を。絶望を。

 その時、ユウがオッサン達に向かって、相変わらず穏やかな口調で言った。

「ねえ、あんたのケツに僕の絶望の半分でもぶち込んであげようか?そしたら多分、あんた自殺するよ」

 穏やかな言い方が逆に怖さを感じさせる。

 オッサン達は興ざめしたような顔と、怯えの混じったような顔をしてそそくさと立ち去った。

 『キレる17歳』なんてクソダサい言葉が流行ったおかげで、我々高校生というものはオッサン達にとって、欲望の対象であったり、羨望の対象であったり、見下す対象であったりすると同時に、一触即発の危険な存在でもあるらしい。


「ユウすごーい!」

 私はパチパチと手を叩く。

 ユウはまた微かに笑う。

 でも、ユウの言った、『僕の絶望の半分』は、オッサン達には想像もつかないような、本当に自殺する程の、強い絶望なんだろう。

 それは、本当に手に取るように、リアルに分かった。 

 だから、私は悲しかった。

 彼の微かな微笑みも、余計に。


 私達はそれからも飲んだり話したりして、終電ギリギリになってようやく帰る事にした。

 駅までの道は二人ともダッシュして、でも酔ってたからよろよろして、それでまた笑って、余計によろめいて。

 今日はバカみたいに楽しかった。

 もっと彼と仲良くなりたい。

 そしてもっとバカみたいに楽しく遊べたら。

 それは希望。

 また屋上で会おうね、と約束して、ユウと別れた。


 家に帰ると、相変わらずママは色々と言ってくる。

 でも、今日はそれも気にならない。

 ユウと友達になれた事が嬉しくて、頭は酔いで回っていたから。

 ママを適当にやりすごして、自分の部屋へ入る。

 ベッドに倒れ込むようにして眠りに落ちる瞬間、ふとユウの絶望について考えた。

 彼の絶望…それは、どんな事なんだろう。

 何となくだけれど、それは私の絶望と似ている気がした。

 …それは、とても悲しい一致。



 そして、翌日から私達は急速に親しくなった。

 あの出会った時の薄汚い空がそれを約束していたかのように。

 私たちは割れたクッキーの欠片同士のように気が合った。

 私は彼が何年何組か知らない。別に聞く必要も感じなかったし。彼も私にその事を聞かなかった。

 彼も私も、授業をさぼっては屋上に行き、たくさんたくさん、話をした。

 雨ざらしになって薄汚れた汚い屋上。

 そこが二人だけの楽園だった。




第二話に続く。

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