許しません
「まず、今回の事件では明らかになっていることが二つあります。
一つはこの犯行が物取りの目的ではない事です。」
ぐるりと周囲を見渡し水無月さん、遠野さん、紗倉さん、店長、万引きの中学生の目を見ました。
「そして、二つ目はこれが計画的な犯行ではなく、偶発的に発生した事故であるという事です。」
「はあ?…実際に物が無くなったんだけど」
紗倉さんがうんざりした口調で睨みつけてきます。
「では、第一から説明しましょう。
先ほどの話では、水無月さんが物取りの為に紗倉さんに危害を加え
指輪を奪ったと言いましたね」
「言ったわよ」
「しかし彼はその後、貴女を介抱する為にこの場に留まっていました。
本当の犯人なら、その間に盗品をどこかに隠すしたり
もしくは、そこの従業員扉から外へ逃げる事もできたでしょう。」
まだ青い顔の水無月さんが、心配そうにこちらをじっと見ています。
「この事から、水無月さんが犯人だと思うのは不自然だと考えます。」
(そもそも介抱してくれた人を疑うなんて、どういう神経しているのでしょう)
「じゃあ、なんで財布と指輪を持ってたのよ?」
「水無月さんが仰った様に、本当にカウンターに置き忘れてたのでしょう。
店長…覚えはありませんか?」
「…さあ?気がついたら無くなっていたからな」
けして目を合わせようとしない店長
「ちょっと!指輪の説明がつかないじゃないの」
紗倉さんが手に持っていた指輪をぱっ!と前に突き出しました。
(そうなんです。あの後、指輪は店長が拾って行ったので
行方不明の財布の中から出てくる筈は無いのですが…)
「……その指輪、ちょっと見せて貰えますか?」
紗倉さんから指輪を受け取りまじまじと見つめていると
ある事に気づきました。
「紗倉さん…これ、貴女の指輪じゃありませんね。はめてみて下さい」
はぁ?何言ってるのよ!と乱暴に指輪をひったくり
そのまま左手の薬指に指輪を通すと
「ん?あれ。ゆるゆるだわ」
「ええ、それはペアリングの片割れ」
するっ…と紗倉さんから抜き取った指輪を彼の前に差し出しました。
「店長…貴方の指輪です!」
先ほどの余裕の表情とは違う、険しい顔で店長が指輪を睨みつけています。
「ってことは?紗倉さんの彼氏って」
「…店長?……」
遠野さんと水無月さんが、引き気味にうわぁ…と呟きました。
「……それがどうした?自分の財布に自分の指輪が入っていて何が悪い」
「では…店長は紗倉さんとペアリングをお持ちだという事は認めるんですね?」
「……」
「なぜ、先ほど財布の中から指輪が見つかった時、それを自分の物だと
証言しなかったのでしょうか?」
「……ただ、忘れていただけだ」
(!嘘ですね。紗倉さんの話に乗っかり、水無月さんに罪をかぶせる為です!
なんて卑劣なんでしょう!)
「そうなると、肝心の紗倉さんの指輪はどこへ行ったのでしょうか?
私は…指輪を持っている人が犯人だと思っています」
店長の額に見てわかる程汗が浮き出て来ました。これでもまだ白状しないなら、最後までとことん追い詰めてあげます!
「……で?指輪はどこにあるのよ」
さっき迄の威勢がどこへ行ったのか、紗倉さんが不安な表情で尋ねて来ます。
(正直、この後は見ていないので、どうなったか分からないんですよね…
さて、どうしましょうか?)
「……そこの貴方!」
私は店長の後ろで小さくなっている、万引きの中学生を指差しました。
「え?僕??な、なんですか」
「今からお店で、貴方が万引きで捕まった時の状況を再現して下さい!」
「えっ!えぇ~…」
「皆さんもお店に移動しましょう」
心底嫌そうな顔をしてましたが、腕を掴んでお店まで連れて行くと
渋々協力をしてくれました。
「ここの棚と棚の間を歩いていて、こんな風に本を鞄に…
そしたらこの人がこっちから走って来て、そんでそのまま捕まりました」
こっちと言いながら自動ドアの入口を指差しています。
「捕まった時間は何時位でしたか?」
「入ってすぐだから…16時半かな」
「なるほど、水無月さんが紗倉さんを発見した時間とほぼ同じですね」
そのまま今度は店長の方を向きました。
「店長は外から自動ドアを使って中に入って来たみたいですね。
後で監視カメラを確認しますが、外で何をしてたんですか?」
「外にゴミが落ちてたから拾っていただけだ」
「それでは、その前にお店から外に出る店長を見た人はいますか?」
遠野さんに水無月さんに答えを促しましたがお二人とも
「見ていない」との事です。
(私が通ったルートと同じく、休憩室から外に出て
お店の前に回り込んだと考えて良さそうですね…)
「そして、その後は、金庫室ですね。行ってみましょう」
皆でぞろぞろとカウンターを抜け、金庫室の前まで移動してきました。
「さあ、店長。鍵を開けて下さい」
「……」
「失礼します」
遠野さんが店長のポケットから、鍵を抜き取り、金庫室の鍵を開けました。
「勝手な事をするな!」
鍵を奪い返そうと、手を伸ばす店長をかわして軽く肩をこずきながら
「早く入って下さい」と聞いたことのない低いトーンの声を放つ遠野さんに
恐らくここにいる全員が(なんか恐い…)と思いました。
金庫室に入ると店長の事務机と椅子の向かい側に
万引きの中学生が座っていた丸椅子が一つと、壁に一台の両替機が並んでいました。
「ここに入った時の、店長の行動を教えて下さい」
「はい…。まず、そこの丸椅子に座る様に言われました。
それから…この部屋の鍵を閉めて『ここで待っていなさい』って言うと
自分だけ奥の部屋の鍵を開けて中に入って行きました。
その後、部屋から出てきたので取り調べが始まったんだけど…
いきなり、ドアを叩く大きな音がして…」
「あ!ドアを叩いたのは私です。ありがとうございます。参考になりました」
店長を見ると掃除用具入れから見た時と同じ顔色をして
具合が悪そうに立ち竦んでいました。
「では、奥の部屋…金庫の中に何が入って居るのでしょうか?
開けてみましょう」
遠野さんから鍵を受け取り、奥の部屋の中に足を踏み入れました。
そこにあった物はーーー
(なるほど!そういう事だったのですね)
「どう?真婦留ちゃん」
「なにがあったのよ?」
隣の部屋から遠野さんと紗倉さんの焦れた声が聞こえてきたので
私はそこにあった物を持ち、先ほどの部屋に戻りました。
「ありましたよ…!ほら」
「…ん?これって?」
「店長のエプロンです!」
それは、若草色のエプロンの胸に
店長の文字の書かれたネームプレートのついた正真正銘、店長が朝からつけていたエプロンでした。
「なんで…」
「エプロン?」
水無月さんと遠野さんが不思議そうに呟きました。
「ここの胸の所をみて下さい。赤い口紅がついていますよ」
エプロンを広げて胸の辺りを皆さんに確認して貰います。
ふいに紗倉さんが、わなわなと震え出しました。
「やだ…これって、もしかして」
「おそらくポケットの中には……ハイ!ありましたよ。貴女の指輪です」
「……」
「店長!」
私の呼びかけに、ビクッと!肩を大きく震わせる
「アリバイ作りをしたかったのでしょうが、それが返って仇になったみたいですよ。
これで証拠が揃いましたね。
紗倉さんを昏倒させた犯人は…貴方です!」
すぅっと体の力が抜け落ち膝から折れた店長が、地面にうなだれ
「ちくしょう…なんで俺がこんな目に…」
と小さく呟きました。
「あやまって下さい」
不意に遠野さんがずいっと一歩前に出ました。
「お前!友樹に押し付けようとしただろっ!あやまれよ!!」
「充さん…!もう、いいからっ!」
それでも黙りこくる店長を見て、大きな溜息をついた遠野さんは
携帯で警察を呼びました。
隣で座り込んだ紗倉さんが、そんな~!店長…嘘でしょ?と
ずっと話しかけて居ましたが彼はその間もずっと無言を貫き通していました。
(事の発端は事故でしたが、その後無実の人に罪を被せようとする姿勢は
とても許し難かったです。もう二度と彼らの前に現れないで下さいね…)
*****
ほどなくして、警察が到着し一応話を聞くと言う事で、店長と
被害者として紗倉さんはパトカーに乗せられて行きました。
万引きの中学生は店長がああなってしまった為、厳重注意をされて
親御さんと共に帰って行きました。
私達は当然全員バイト辞める事を決意し、お二人に散々感謝された後
帰り道の途中でお別れしました。
(さようなら…お二人がいつまでも仲良くいられます様に!)
数歩歩いた所でピタリと歩みを止めた私は、角を曲り
先ほどの道に合流できる別のルートを急ぎました。
(い、いました!)
とぼとぼと歩く水無月さんの背中を、遠野さんがぽんぽんと叩きながら
何かを言っています。もう少し近づいてみましょう。
「…店長があんな人だと思わなかった…」
「うん、本当に酷い奴だったな」
「犯人にされそうになって…凄く恐かった…」
水無月さんがぐっと、目元を拭う仕草をしました。
それを見ていた遠野さんが水無月さんの頭をぽんぽんと撫でて
髪を梳かすように掌を動かしました。
「よしよし。もう大丈夫だから」
「 ……ん」
「今度うちに猫 見に来いよ。癒されるぞ」
「 ……今から…行く」
「…あはは!うん、いいよ。おいで」
お二人はそのまま夕日に向かって歩いて行きました。
本日三度目の感涙は、とても爽やかで心の中がまるで浄化される様でした。
(お前ら、もう結婚しろ…)
END