どうしたら良いの?
PM17:40
いきなりの来訪者にその場の全員が固まる中、状況の分らない遠野さんは
倒れていた筈の紗倉さんが財布を持って仁王立ちしている事、その横で電話をかけようとしている店長、半泣きで壁に追いやられている水無月さん、所在無くおろおろしている見知らぬ中学生、ポケットに手を突っ込んだまま棒立ちの私。
の謎の構図を見て更に首を傾げました。
「なにかあったんですか?」
ふーっと長いため息をつくと、紗倉さんが不機嫌そうに財布と指輪を両手に持ち頭の位置に掲げました。
「これ、水無月くんが店長から盗んだの。
私の指輪も一緒にね!」
吐き捨てる様な言葉に、え?と紗倉さんと水無月くんを交互に見比べました。
「友樹はそんな事する奴じゃ無いですよ」
「いいえ!そういう奴なのよ!ポケットのコレが証拠でしょ!!」
「だから!それはカウンターにあって」
「…?とりあえず皆さん落ち着いて下さい」
さり気なく水無月さんの前に立った遠野さんが紗倉さんをたしなめました。
「よく分かんないんですけど……それらを、友樹が持ってたんですか?」
「そうだ」
すかさず店長が断言します。
「えっと、友樹はなんで店長の財布を持ってたの?」
「カウンターのレジ横に財布が置いてあって……持ち主を探してた」
「はっ!もっとマシな嘘つきなさいよ」
「だから!嘘じゃないって」
「じゃあなんで指輪まで持ってたのよ?」
「~~っ!知らないってば」
もはや泣き出しそうな水無月さんは一言話すごとにどんどん蟻地獄に落ちていくかの如く
深みに飲み込まれていっています。遠野さんはいまだに腑に落ちないのか首をかしげながら口を開きました。
「俺、紗倉さんが休憩室で倒れているからって聞いたから救急車呼んでたんですけど……それがなんで窃盗って話に?」
「だから!店長の財布を取った水無月が、更に私の指輪も盗もうとして殴り飛ばして来たのよ」
「……紗倉さんが倒れてたのを俺に教えたのは友樹ですよ?!なんで犯人が自分のした事をわざわざ口外するんですか!」
徐々に怒りを露にしだした遠野さんと、もともとかなり怒っていた紗倉さんとで部屋の空気はピリピリとした居心地の悪い空間になってきました。
そんな時思いもがけない人物が口を開いたので、私は耳を疑いました。
「なんだ、君達は仲が良いと思っていたけど、窃盗仲間だったって訳か」
店長が呆れた顔でふぅ、とため息をつきながら呟いています。
(…………はぁ~~~ああ???)
あまりの意味不明な発言に頭がついていけませんでした。
店長はいったい何を言っているのでしょうか?
今の彼の立ち振る舞いにはには先程、掃除用具入れの中から見たうろたえる姿や、指輪が無いと紗倉さんに言われた時の顔面蒼白な様子は一切見られず、どこか自信のある堂々とした態度をしています。
それを聞いた紗倉さんが、ふーんと呟き店長とアイコンタクトすると
「変に庇うからおかしいと思ったら……そうなんだ。あんたたち共犯者か。
店長の財布と、私の指輪を売って山分けしようとしたの?」
お二人は、しばしぽかんとした表情で見つめあっていましたが
はっ!と、我に返り声をあげました。
「いや、何言って…」
「違います!変な事言わないで下さい!」
ふと店長の顔を覗うと表情のない眼で二人をじっと見つめながら口角が少し上がっているのが分かります。
(この人……もしや遠野さんと水無月さんに、自分の罪を被せようとしているんですか?!)
間違った推理で彼らを疑うならまだしも
紗倉さんという被害者が忘れている事を良い事に、この優しきお二人に事件の矛先を向けさせようとするとは
なんと卑劣な人間でしょうか!
犯人は店長!あなたなんですよ!!
お腹の底がぐつぐつ煮え滾るような気持ちが沸いてきて
先程掃除用具入れの中で見た事のすべてを話してしまいたい気分にかられました。
言ってやりたい!
洗いざらい真実を突き付けてしまいたい!!
(…ですが!それでは、私が掃除用具入れの中に入っていたのが、皆さんにバレてしまう事になってしまいます!)
無実のお二人の潔白を証明するためなら、私の変態行為が世間に知られてしまう位
やぶさかでは無いのですが
(私、怪しすぎますよね!?掃除用具入れから見てたんですけど…
なんて切り出して、まともにお話を聞いてもらえるとは思いません!)
一体どうしたら良いのでしょうか?
最善の策が全くもって思いつきません。
私がうんうん頭を悩ませている間に、店長と紗倉さんはお二人を確実に犯人だと決めつけ
暴言を投かけていましたが、ついに紗倉さんに怒りが臨界点に達し吐き捨てるように言いました。
「もう!今度こそ本当に警察呼んでやるわ!この泥棒!暴力男!!」
「仕方ないが…やむ追えないな。あぁ万引きの君も警察に引き取って貰うからね」
「あ、あ、あ、あの警察だけは…」
やっと喋った万引きの中学生も交え、休憩室は再び地獄絵図にさま変わりしていました。
(どうしよう……?こんな時私は
どうすれば良いのでしょうか
犯人も動機も分かっているのに、みすみす他の人が犯罪者にされるのを見ていていいのでしょうか?
……ましてやお二人は、私が今一番幸せになって欲しいベストカップルです!)
掃除用具入れの中で見たお二人の仲睦まじい姿が、走馬灯のように頭を駆け巡ります。
(二人の会話一生聞いてたいですねぇ……)
そうです。私はあの時私は、確かにこう思いました。
このまま沈黙も守り続けて、彼らが疑われてしまうのは私のポリシーに反します。
(遠野さんと、水無月さんの仲を引き裂こうとする人は……誰であろうと許しませんよ!
それがたとえ、私自身であろうとも!)
「待って下さい!そのお話はおかしいですよ!!」
意を決して出した声は思いの外大きく、休憩室に響き渡り
そこにいる全員がピタリと私の方に注目しました。
あぁ
言ってしまいました!
もう後戻りはできません!!
*****
「はあ?あんたいきなり何言ってんのよ」
先程の怒鳴り合いの興奮冷めやらぬ紗倉さんが、ヤンキー口調で噛みついてきました。
(ひぃ……!恐ろしい。そんな威圧的に言わなくても)
早くも気持ちが挫けそうになりますが、ここは耐えるのです!
言い負けてはいけません!!
自分を叱咤して、ちらりと遠野さんと水無月さんを見ると
お二人とも心配そうな顔をしてこちらを見ていました。
(ご心配なく!あなた方の身の潔白は私が証明して見せます!)
「というか……なんで真婦留さんがここにいるんだ。帰った筈だろ」
「ぇ?!……そ、それはですね」
いきなり店長に痛い所を突かれて思わずうろたえます。
「えーと、忘れ物を取りに来たんですよ……」
「ふーん?つーか何がおかしいのよ。この二人以外にこんな事できた人居ないでしょ?」
「俺はその時間、万引き犯を捕まえていたからな」
後ろで縮こまっている万引きの中学生をちらりと見ながら言い放ちます。
「この二人じゃなかったら、誰がやったってのよ?店長を疑ってるの?」
紗倉さんの言葉に店長の肩がピクリと動きましたが、顔は平静を装ったまま
「どうなんだ?」と聞いてきました。
(そうですよ!あなたです!!何おすまし顔してるんですか)
いけないけない。怒りに任せると論理が破たんしてしまいます。
ここは冷静に!かつ確信を持ってこの大人たちを論破しなければ勝利はありません。
「……誰が犯人かより。まず今のあなた方の推理は全て間違っていると言ってるんです」
ふぅ……とため息をつきながら、やれやれといった顔をしてみました。
ちょっとは冷静に見えますでしょうか?
「全て?何よ、まるで見てたみたいな言い方するわね」
「みみみ見てませんよ!どこから見るんですか?ここには監視カメラもついてないんですよ」
おおビックリしました!物のたとえでしょうが背筋が一瞬ひやりとしましたよ。
そんな様子を見てとったのか店長が強い口調で私を責め立てました
「真婦留さんさぁ……証拠も無いのに俺を疑うの?それって立派な名誉棄損だよ」
あまりの予想外の言葉に『名誉毀損』の四文字が頭をグルグルと回ります。
(名誉毀損!?貴方の辞書にそんな文字があったとは驚きですね)
驚きと怒りの入り混じったこんな感情は初めてでした。
「ほら?無いだろ?俺にはこの時間にアリバイもある、いい加減な事言って場を混乱させるんじゃない」
アリバイ?
証拠?
「ふっ!ふふふ…」
緊迫した空間に突然笑い声が響きわたり、皆がぎょっとして声を発した人物に注目しています。
「な、何?なにが可笑しいのよ」
「…真婦留ちゃん?」
そうです、私が笑いました。
あまりの怒りにお腹の底からくつくつと笑いが込み上げて来てしまった様です。
「ふふっ…すみません。いや、何もかもオカシイですよ!」
かみ殺してた笑いが、もう耐えられなくなり
ついにとひとしきり大笑いをしてから、はーはーと肩で息をすると
静まり返った空間に、コホン!と咳払いを一つ落としました。
「アリバイ?証拠?良いでしょう!あなた方に全て教えて差し上げましょう。
私はこの事件の全てを把握しています。
今から婦(腐)女子の人生をかけて全ての謎を解き、犯人の愚行を暴いて見せます!
皆さんしっかりとお聞きください!!」
(人を呪わば穴二つ!店長。あなたを罪から逃がしませんよ)