さよならパンザマスト
質問。
「わたし、ずっとヒロ君のことが好きだったの」
男子高校生(十六)、彼女アリ。
目の前には頬を赤く染めて、俯きがちに想いを告げる女の子。
三年振りに会った幼馴染の女の子から突然こう言われた場合、何と答えるのが正解でしょうか?
*
話は十五分前に遡る。
「ヒナー、今日どっか寄って帰るー?」
俺は窓際の席で女友達とダベってたヒナに声を掛けた。
同じクラスの西崎ひなこ。きれいに巻いた髪と、切れ長な目が可愛い俺の彼女。彼氏のひいき目なしでも可愛いと思う。いやマジで。ヒナと付き合うことになったとき、周りのやっかみがひどかったもん。
一学期の終わりに告白されたとき、正直言って信じられなかった。ヒナは他のクラスのやつからも人気だったし、ぶっちゃけ一目惚れだったし。
夏休み中に二人で遊んだり、仲のいいグループで出かけたりして、一応クラス公認の仲ってやつになった。
二学期になってからは、大体毎日一緒に帰っている。今日もそうするだろうと声を掛けたけど、振り返ったヒナはひどく動揺していた。
「ごめん、今日は先に帰るね」
「おぉ、いいけどどうした?」
「親友が……。ごめん、明日説明する」
よっぽど焦っているようで、俺の返事も待たずにヒナは教室を飛び出した。
時々こういうことがあった。彼氏の俺より他校の親友を優先する。ヒナいわく、「すっごく大事な親友」らしい。
不満があるわけじゃないけど、ヒナの方から告ってきたのになー、なんて思うときもある。まぁ親友を大事にするのはいいことだと思う。そんなヒナも好きだ。
「なになに? ついにヒロ振られた?」
「ざまーみろ」
「えー? じゃあウチと付き合おうよー、ヒロー」
友人たちが笑いながら言ってくる。ざまーみろってなんだ、ざまーみろって。俺は「うっせ」と言いながら、そいつの頭を軽く叩いた。
そして五分前。
友人たちと別れた俺は、一人校門へと向かっていた。ヒナにメール入れとこうかなぁと考えながら、門を潜ろうとしたときだった。
「ヒロくん……?」
そこにはセーラー服の女の子が立っていた。うちのブレザーの制服ではない、その制服はここでは目立つ。
でもきっと目立って見えたのは、そのせいではない。その黒髪ボブの女の子は、ものすごく可愛かったのだ。
こんな可愛い子に笑顔を向けられて、ちょっとドキドキしてきた。うちの学校にもこのレベルの子はいない。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
思わず見とれてしまったけど、その子のぱっちりした目はまっすぐ俺に向いている。こんな知り合いいたか……?
そのとき頭に浮かんだ顔があった。
「あっ、もしかしてこまっちゃん!?」
俺がそう言うと、彼女はぷくっとほっぺたを膨らませた。
「もう! 気づかなかったの? わたしはすぐにヒロくんだって分かったのに」
ほっぺたを膨らませたその顔は、昔の面影がある。その顔を見なきゃ、昔のこまっちゃんと目の前の女子がイコールで繋がらなかった。女子の変化って怖い……。
こまっちゃんこと中村こまちは、昔、俺の向かいの家に住んでた女の子だ。小六まで同じ学校だったけど、中学に上がると同時に引っ越してしまった。だから会うのは実に三年振りになる。
「ごめんごめん、あんまり可愛くなってたからすぐには分かんなかったよ」
こまっちゃんは目をぱちくりさせると、はにかむように笑った。
この笑顔が好きだったなぁ、なんて考えてたときだった。
「わたし、ずっとヒロくんのことが好きだったの」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。いや、五秒は固まっていた。マヌケなようだけど、だって話の流れが唐突すぎる。告白するような流れだったか!?
こまっちゃんは少し俯いて、頬を染めている。
「あ……と、ごめん。俺、付き合ってる子がいるんだ」
すぐに罪悪感が浮かんだ。ヒナの知らないところでこうして女の子に会っていることも、こまっちゃんの気持ちに応えられないことも。
だけどこまっちゃんは、顔を上げてにっと笑った。
「うん、知ってる」
今度は俺がぽかんとする番だった。告白されたことは何回かあるけど、振ったあとでこんな反応をされたのは初めてだ。
戸惑っていると、彼女は距離を詰めてきた。こまっちゃんに至近距離で顔を覗き込まれて、俺は思わず一歩後ずさる。
「今日だけでいいの。ちょっと付き合って?」
そのままこまっちゃんは、付いてこいと言わんばかりに歩き出した。
*
「あっははははー! 楽しー!」
連れて来られたのは、うちの近所の公園だった。広いけれど、遊具はすべり台とブランコしかない公園だ。遠くで子供たちがサッカーをしているのが見える。
こまっちゃんは公園に辿り着くやいなや、ブランコに飛び乗って大きく漕ぎ出した。かれこれ十分は漕ぎ続けている。その間ずっと笑いっぱなしだ。
ブランコの周りには、俺たちしかいない。平日の夕方にしては珍しい。もっと学校帰りの子どもとか、散歩するじーさんばーさんとかがいそうなのに。
手持ち無沙汰な俺は、ブランコの前の柵に座って、楽しそうにブランコを漕ぐこまっちゃんをただ見ていた。
付き合ってなんて言うから、デートでもするのかと思った。いや、これも公園デートか?
とにかく、俺ばっか勘違いして恥ずかしい……。
こまっちゃんは「好きだった」って言った。つまりは過去形だ。近くまで来たからとか、そういった理由で会いに来たのかもしれない。それなのに俺は、現在進行形で告白されたって早とちりしたりして、かっこ悪いなぁもう……。
そんな俺に気づいてか気づかずか、こまっちゃんはひたすら高く高くブランコを漕いでいた。
「なぁこまっちゃん、いつまでそんなことやってんだよ」
「だぁーってさー、子どもの頃はこうしてブランコなんて乗れなかったんだもん。高学年の先輩たちが陣取ってたし、わたし大人しかったし」
そうだ。小学生の頃のこまっちゃんは、大人しくて、いつも人の後ろにくっついてるような女の子だった。
だから門で会ったときに、ぱっと表情を明るくさせた子があの幼馴染だとは思わなかったんだし。今だってこんなに声を上げて笑っている女の子が、あのこまっちゃんだとは信じられない。
「こまっちゃん、変わったね」
「んー? 中学でいい友達に恵まれたからねー」
きっとその友達ってのはいい子なんだろう。こまっちゃんの表情が優しい。
小学生の低学年のとき、俺とこまっちゃんを含めた友人たち数人で、よくこの公園で遊んでいた。ブランコは高学年のやつらが陣取ってたから、もっぱら遊びといえばサッカーとかかくれんぼとか鬼ごっことかだ。
こまっちゃんはかくれんぼが得意だった。鬼になればあっという間にみんなを見つけてしまうし、隠れる側になっても最後まで見つからなくて、こっちが降参することばかりだった。他の遊びではいつも負けてしまうこまっちゃんだけど、かくれんぼのときだけは得意気な笑顔を浮かべていた。
高学年になるにつれて、男女で遊ぶことは少なくなっていった。女子は外で遊ぶより、教室の中でしゃべったり雑誌を見たりしだす年頃だ。こまっちゃんも控えめに笑いながら、その輪の片隅にいた。俺はその笑顔をこっそり見ていた。
とにかく大人しい子だったんだ。今ここで屈託なく笑う姿からは想像もつかないくらいに。
そのうちに卒業式を迎えて、こまっちゃんは親の仕事の都合で引っ越していった。
好きだと伝えることができないまま。
「ヒロくんは、いつもクラスの中心にいたよね」
ふいにこまっちゃんが言った。昔の記憶を引っ張り出していた俺は、はっと我に返る。
「あー、うん。どうだろ」
今思えば、小学生のときは友達関係に迷うことなんてなかった。学校行って、わーわー授業受けて、放課後はグラウンドかこの公園に集まって走り回って。遊びに集中してれば、友達との距離感なんて考える暇もなかった。中心というか、輪はひとつしかなかったんだ。
今はどうだろう。
友達はいる。学校は、授業以外は楽しい。だけどあの頃のように、無邪気に笑うことはなくなったような気がする。
でもそれがきっと大人になるということなんだろう。なにも考えずに生きるなんてできるはずがない。たとえそれがどんなに淋しくても。
「まぁなんていうか、学校楽しいよ。こまっちゃんは?」
嘘ではない。嘘ではないけれど、このもやもやした想いは言わなくてもいいだろう。
「うーんわたしも楽しい、かな」
言葉とは裏腹に、こまっちゃんの顔は楽しそうじゃない。こまっちゃんも俺と同じなんだろうか。
「なんだソレ」
俺は気づかないふりをして冗談っぽく笑った。
こまっちゃんは変わった。根っこの部分にあの頃みたいな大人しさはあるけど、明るくなった。
だけど俺でさえ友達付き合いに悩むことがあるんだ。こまっちゃんなら、俺以上に悩むこともあるだろう。
中学でいい友達に恵まれたと言っていた。高校ではどうなんだろう。
「いやね、歳を取ったなと」
「ほんと『なんだソレ』だよ」
俺たちは声を出して笑った。まだ十六なのに。
中学や高校に、こまっちゃんがいたらどうなってたんだろう。三年も会わずにいたのに、その年月を考えさせることなく話せている。交流がなくなったときもあったけど、今の歳だったら付き合ったりしてたんだろうか。
「なんだろうねぇ。大きくなったら変えられるものもあるのかなって思ってたんだよねぇ。ほんとに学校が楽しくないわけじゃないんだよ? わたし、茶道部でね、みんなでまったりお茶するの楽しいし。あ、ヒロくんはなにか部活やってる?」
こまっちゃんが話題を変えてくれたことに、俺はちょっとほっとした。『もし』を考えすぎて、抜け出せなくなっていたから。
「いんや、俺は帰宅部」
「そっか。野球部続けてんのかと思った」
そういえば小学生のときは野球部に入ってた。中学ではサッカー部だったし、なんでやめちゃったんだろうな。たぶん、坊主が嫌とかそんな理由だった気がする。
「まぁもともと趣味程度だったし。茶道部っていいね。ヤマトナデシコって感じ。着物とか着たりすんの?」
「それは文化祭のときだけ。わたしも中学のときにうちの高校の文化祭に行って、憧れたクチだけど」
そう言ってこまっちゃんはにっと笑う。不純な動機みたいに言うけど、そんなことないだろう。長続きしない俺に比べれば、偉いもんだ。
「そっちの学校に同じ小学校のやついたりする?」
「うん。マキちゃんとか美鈴ちゃんとか、あと柿原くんとか」
「へぇ、結構いるんだな。中学卒業してから全然会ってねぇや」
懐かしい名前にまた記憶が昔に引き戻される。中学校の校舎が浮かんだけれど、そこにはこまっちゃんの姿はない。
「そっちは?」
「うち? えーっと、早川とか田代とか……。あっ、小林とはこまっちゃんも仲よかったよな?」
「静香ちゃん? うわー懐かしい!」
こまっちゃんは嬉しそうな声を上げる。誰々はどこ高だし、誰々は夏祭りで会ったとか、つらつらと話している。
俺は少しだけこまっちゃんとの距離が縮まった気がしていた。三年という歳月は、やっぱり俺たちみたいな子どもにとっては途方もなく長い。友達の繋がりを確かめて、ようやく俺は今のこまっちゃんと昔のこまっちゃんが繋がった気がしたのだ。
あの頃は、転校しちゃったらもう二度と会えないのかと思っていた。だけどそんなことはない。今、こうしてこまっちゃんは俺の目の前にいる。いつでも会えるんだ。
そのとき、俺のケータイが震えた。そういえば学校でマナーモードにしたままだったんだ。ポケットから取り出すと、どうやらメールを受信したようだ。
メールはヒナからだった。
うっかり話し込んじゃったけど、この状況はヤバい。ヒナという彼女がありながら、幼馴染と二人っきりでいるなんて誤解されてもおかしくない。
この状況を何とかしなければ……。
「ほんとはね、気づいてた」
六時のパンザマストの音楽が鳴り出すのと、こまっちゃんがしゃべり出すのは同時だった。
夕焼け小焼けのメロディは、この歳になってもなんだか切ない。もう家に帰る時間だよ、遊ぶのをやめて友達とお別れしなきゃいけないよ。そう言われてる気がする。
理由をつけて帰ろうとした俺だったけど、こまっちゃんの表情を見たら動けなくなってしまった。
さっきまで笑っていたはずのこまっちゃんは、泣きそうな表情を浮かべていた。
「こまっちゃん……?」
「ここに残った理由も、言ったらヒロくんを困らせるってことも」
そう言ってこまっちゃんはブランコを飛び降りる。それでも彼女の言葉の意味が分からなくて、鳴り響く夕焼け小焼けの音が、ますます俺の心を忙しなくさせた。
こまっちゃんは俺の前に立った。相変わらずの悲しげな笑顔で、俺は救いを求めるように視線を落とした。
ケータイの画面にどきりとする。
『今日は先に帰っちゃってごめんね。実は親友が亡くなっちゃって、お通夜に行かなきゃいけなかったの』
「ヒロくん」
呼ばれて俺は顔を上げた。たぶん、情けない表情だっただろう。
ヒナが親友と呼んでいた子はただ一人だ。その子の名前は――
「わたしね、ヒロくんのこと好きだった。伝えられなかったことだけが、心残りだったの」
俺はこまっちゃんへと手を伸ばした。彼女の手を取ろうとして、するっとすり抜けてしまったことに、あぁやっぱり、と納得する自分がいた。
ヒナは親友をこまちと呼んでいた。大事そうに、目の前の女の子と同じ名前を口にしていた。
どうしてすぐに気づかなかったんだろう。あんなに一緒にいたのに。気づいていたとしても、どうにもならなかったかもしれないけど。
こまっちゃんは泣きながら笑っている。涙を拭ってやりたいけど、その頬に触れることすらできない。俺の指先は、彼女の頬をすり抜けていった。
「わたし、やっぱり死んじゃったんだね……」
抱きしめてやれたら良かった。俺だってこまっちゃんのことが好きだった。終わってしまった恋だけど、慰めることのひとつもできないなんて……。
「ダメだよ」
それでも手を引くことができない俺に、こまっちゃんは短く言った。
「彼女、いるんでしょ? ……まぁこうしてわざわざ気持ちを伝えに来といて、なんだって話だけど」
泣いてる彼女に何をしてあげられるだろうか。何を伝えられるだろうか。
「最期にヒロくんに会えて良かった。ねぇ、ヒロくん。わたし、ヒロくんのこと大好きだよ」
そう言ってこまっちゃんは満面の笑みを浮かべた。頬にはまだ涙が光っていて、無理して笑っているのが分かる。
「ありがとう」
そんな彼女に伝えられたのは、たった一言だけだった。こまっちゃんは一瞬きょとんとして、それからふわりと笑みを浮かべた。
こまっちゃんの姿がすうっと薄くなっていく。俺はその姿をまぶたに焼きつけようと必死だった。その間にもこまっちゃんはだんだん消えていく。
夕焼け小焼けの音楽が鳴り終わったとき、こまっちゃんの姿はもうどこにもなかった。
小さく揺れるブランコだけが、彼女が確かにそこにいたことを示していた。
*
交通事故だったらしい。昨日の朝の、登校中のできごと。居眠り運転のトラックが突っ込んできて、即死だったそうだ。棺の中のこまっちゃんは、悲惨な事故だったとは思えないほど綺麗な顔をしていた。幸か不幸か外傷は少なく、頭を強く打って亡くなったらしい。
葬儀はつつがなく終わった。こまっちゃんが入った棺が運ばれていく。これから車に乗せて、火葬場へ向かうのだろう。
こまっちゃんの同級生が何人も来ていた。こまっちゃんはなんだかんだ言ってたけど、やっぱり愛されてたんだなと思う。優しい子だ、当然だ。
甲高いクラクションを鳴らして、こまっちゃんを乗せた車は出て行った。
俺とヒナは、近くの公園に移動した。ブランコとシーソーだけでいっぱいになっている、小さな公園だ。俺たちは並んでブランコに座った。
「中学で、初めてできた友達だったの」
ヒナはぽつりと呟いた。
昨日の夜、電話をかけた先のヒナは涙混じりの声だった。こまっちゃんと俺が幼馴染だということを伝えると驚いていたが、こうして一緒に葬儀に出ることになった。
「あたしさ、こういう見た目じゃん? 入学式の日から、同級生になんかビビられちゃって……。でも、最初に話しかけてくれたのがこまちだったの」
ヒナの見た目は目立つ。最初は染めているかと思った髪は地毛だそうだし、目鼻立ちはくっきりしている。でも中身はすごく優しい女の子だ。
こまっちゃんはきっと同情したわけじゃないだろう。大人しいけれど、芯は強い子だった。単純にヒナと友達になりたかったんだろう。
「高校では別になっちゃったけど、たまに連絡取ったりしてたの」
それは俺もよく知ってる。彼氏より親友を優先して、と思ったこともあったけど、こまっちゃんなら納得だ。二人はいい関係だったんだろう。
こまっちゃんは、ヒナと俺が付き合ってることを知ってたんだろうか。知ってても知らなくても、最後の瞬間はきっと笑った気がする。
あまりにも突然すぎる別れに、ヒナの目からまた涙が零れだした。俺はキィっと軋ませながらブランコを寄せて、ヒナの頭を撫でる。ヒナはされるがまま、ただ泣き続けていた。
昨日のことは、ヒナには話していない。隠すことでもないと思うけど、簡単には信じられない話だろう。俺だっていまだに夢だったのかもしれないと思うくらいだ。
「ねぇ、変な話していい?」
黙ったままだった俺にヒナは言った。
「うん、なに?」
ヒナは考えるように少し黙って、それから意を決したように口を開いた。
「……昨日の夜ね、こまちが私のところに来たの」
言われた瞬間、俺はブランコから落ちそうになった。ハンカチで目元を押さえてるヒナは、そんな俺に気づかず話を続ける。
「さよならも言えないまま死んじゃってごめんねって言ってた。別に謝ることじゃないのにね……。いっぱい思い出話して、じゃあねって消えちゃった。あ、それと、ヒロと仲良くねって」
夜といったら俺と別れた後だろう。なんだ、こまっちゃん、ちゃんとヒナにも会いに行ってたんだ。当然だよな。
でも俺の話もしたのか……。これは言っとくべきか?
「実は……こまっちゃん、俺のとこにも来た」
そこでようやくヒナは顔を上げた。信じらんないって顔をしてる。
「そっか、幼馴染だもんね」
ヒナはまた正面を向いて、俯いた。
告白されたことは言ったがいいんだろうか……。でも葬式のあとでわざわざそんなことを言うのも気が引ける。第一、ヒナは親友が死んでしまってこんなに悲しんでるんだ。これ以上泣かせたくはない。
「ヒナのこと、いい友達だって言ってた」
最初はそれがヒナのことを言ってるって分かんなかったけど。結局はそんな無難なことしか言えなかった。
ヒナは一瞬動きを止めて、そっとハンカチを目に当てた。
「お別れできて、良かったな」
ヒナは小さく頷いた。
パンザマストが流れ出した。
「あ、六時」
夕焼け小焼けのメロディが辺りに響き渡る。別れのときだと、さよならのときだと赤い空が告げている。
この先、たくさんの別れが待っているのだろう。それと同じ数の出会いも。
さよならを告げるとき、後悔だけは残らなければいいと強く思った。