対戦車バカ
「いいかげんにしろ!できるわけないだろうが!」
「顧問は甘いんですよ!」
「出て行け!」
バン!
顧問が机を叩く音と、杉村がドアを激しく開ける音がかぶさる。
杉村が部室から歩きも荒く出て行く。
「先輩どうしたんですか!」
荒川は部室の外でそばみみをたてていた。
こういうときも空気を読まずに荒川は杉村にくっついていく。
杉村は無言だった。
荒川も無言でついていく。一緒に怒った顔をして。
階段の手前で杉村が止まる。
「的はこっちを攻撃してこない。」
杉村が絞り出すように言葉を口から出す。
「お遊戯なんだ、今のままでは。」
杉村が震える握り拳で壁をドンと叩く。
荒川は杉村が顧問に何を主張したのか、だいたい察した。
荒川も思う。
まあそれは無理だろう。荒唐無稽も良いところだ。
聡明な杉村だって本当はそう思っているだろう。
つまり杉村は今はどうかしているのだ。
「先輩、たまには無反動砲以外のことしませんか。」
「何を。」
「横浜に行きませんか?」
「横浜?」
杉村が興味を示した。いける!
「中華街とか、港とか。」
「海上保安資料館に行こう!」
「ええ、そこに行きましょう!何があるんですか。」
「北朝鮮の工作船があるはずだ。
かつて日本の巡視船に向かって携帯対戦車弾を放った船だよ!」
「だめです!」
「だめか。」
杉村がシュンとうなだれる。
この反応、いつもの杉村ではない。
「極めたいんだ。対戦車の道を。
どうすればいいんだろう。」
「一回忘れてください、先輩。星村さんのことも!」
しばらく無言の空間が流れた。
「今日は一人で帰るよ。」
「・・・先輩いつも土手の下り口間違えるから気をつけて下さいね。」
「シュウマイ屋のところだろ。」
「違います!パチンコ屋です!
シュウマイ屋の近くの駅だと横須賀に行っちゃいますよ!」
「パチンコ屋のところで階段を下りるんだろ、知ってるよ。」
荒川は先輩が人生と帰り道を誤らないか、心配でしかたない。
「迷ったら電話してくださいね。すぐ後を追ってますから。」
「どのくらい後ろ?」
「500m離れます。」
「やっぱり100mにしてくれ。」
「だったら50cmにしますよ。」
「シュウマイ屋じゃなかったよな。」
「パチンコ屋です。」
「2軒目のだっけ?」
「1軒目です。」
無反動砲の事を一歩離れると杉村は徹底的にアホだった。
荒川からすれば十分な対戦車マンというか対戦車バカなのだが、本人はどうにも納得していない。
一生納得はしないんだろうな、と荒川は予想している。
一生か。一生それにつきあえたら疲れるかも知れないけど、面白い人生になるかもしれない。
二人のシルエットを長く伸ばし、今日も多摩川上流に太陽は沈む。