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対戦車マンとは何か

 場所によっては癌も完治し、治らない癌も副作用の少ない抗ガン剤で楽に延命できる。火星の有人探査は来年帰還し、探査員のうちの一人は日本人飛行士で、天文ファンのみならず日本中がいまかいまかと待ちかまえている。

 リニアカーは東京博多間を往復し、新幹線は新旭川、新釧路と鹿児島中央を結んで営業中。

 

 しかしまだ世界から戦争、紛争の類はなくならない。


 数十年前、杉村達の両親くらいの日本人が子供だった頃と比べると日本を取り巻く国際環境はがらりと変わり、日本も世界各地の紛争に小部隊の派遣ではあるが、関与するようになっていた。

 

 派遣の当初こそは日本中を天を地にとの大騒ぎだったが、いったん派遣が始まり、実績が積み上がってくると派遣自体に文句をいう者はほとんどいなくなった。

 初の戦死者が出たときに少し騒いだが、それも一過性のもので、次いで初の日本人捕虜が発生して騒いだのを最後に日本の自衛隊派遣は名実ともに恒久的なものとなった。

 若干の負担と、若干の人的損害、つまり数年に1人か2人くらいの割合で出る戦死者と引き替えに日本は、大局的には第二次大戦以来の平和を享受していた。


 星村がその派遣隊に選抜されたのは大会翌年の1月であった。

 ニュースで星村の部隊が派遣されることが報じられる。

 今度は久々に戦闘が発生する可能性の高い地域への派遣ということで注目の度合いが高かった。


 米欧の後方支援隊を警護する任務で、過激な宗教原理主義ゲリラが跋扈する中東への派遣である。


「おいおい、こんなところまでご足労だな。」

 星村は駐屯地の入り口にある警衛所でいつもの笑顔をなげかける。

 なげかけられたのは杉村。

 今日は星村の勤務する駐屯地に出てきたのだ。

「お忙しいところすみません。」


「実は忙しくないんだよ。3ヶ月の派遣なんで、今の仕事は全部後任者に丸投げしちゃってね!」

 星村はウィンクした。

「是非、お聞きしたいことがありまして。」

 杉村はかつてのアンチの気勢を抑え、丁寧に丁寧に言葉を運ぶ。


「なんだい、かしこまって。次の大会は俺はもちろん出られないよ。」


「対戦車マンとはなんですか。」


「戦車絶対殺すマンだよ。」

 星村は即答した。


「絶対何があっても撃破するんだ。

 戦車を一両逃すと対戦車以外の普通科が何個中隊いても蹴散らされる。

 だから絶対撃破する。

 それが対戦車マンだ。」


「どうやったらなれますか。」

「戦車をいかに撃破するか常に考えることさ。」


「具体的にはどうするんでしょうか。」

「ちょっと俺が質問して良いかな。」


「はい。」

「戦車を撃破するのにもっとも良い武器ってなんだと思う?」


 杉村は面食らった。

 66mm無反動砲だろうとは思うが、星村は職業柄なにか他のもっといい対戦車兵器を知っているのかも知れない。

 知識差で煙に巻かれるのだけは絶対に嫌だった。


 杉村も古今東西の対戦車兵器は知識では知っていたが、やはり66mm無反動砲が一番であると思われる。

「66mm無反動砲でしょうか。」

 いつになく気弱に回答する。


「そうだなあ、ロクロク(66mm無反動砲)もいいけど、俺は核爆弾だと思うんだよな。あれなら確実だ。」


「なぞなぞですか!」

 杉村はちょっと声を荒げた。


「なぞなぞなものか。核爆弾に比べたらロクロクなんか屁みたいなもんだろ。」

「しかし、荒唐無稽すぎます。」

 杉村は声を抑えた。


「確かにそうだ。

 俺は核兵器のボタンを持ってない。

 しかし核兵器でなくとも爆撃機の爆弾や戦車砲、特科の野砲、巡洋艦の対地ミサイル、いくらでもロクロクより確実に戦車を撃破する武器はいくらでもある。」


「しかし対戦車でそんなもの携行できません。

 それに持ってないという点では核兵器と一緒だと思います。」

「ふふふ、俺からはここまで。

 目先の事ばかり考えるのはよくないけど、それで突っ走ることができるのは若者の特権だろうな。」


 杉村はここでタバコを胸ポケットから出そうとしたが、警衛所の隊員にダメダメ、と手振りをされてあきらめた。 


「要は戦車を撃破すればいいんだ。

 いつぞやシュワルツコフ戦車がやられた戦闘があったろう。

 あれをやってのけたゲリラの戦術は見事だった。

 味方の兵隊が死にすぎるのが最大の欠点だけどね。

 しかし先進国の軍隊ならあの弾よけおとりの兵隊の役は他の職種、兵科の武器が代替してくれるからああいう風には死なない。」


「味方に損害が出ても戦車を撃破できればいいんだと言うと思ってました。」

「よくないよ。

 さあ、何で駄目なんでしょう。」


「人道的によくないんですか。」

「それもあるが、そうじゃない。

 さ、悪いがここまでだ。」

 星村は腕時計を見る。


「最後に、星村さんは66mm無反動砲を持っていかれるんですか。」

「うーん、任務について詳しくは言えないからなあ。

 新聞にあるとおりさ。襲ってくるかも知れないゲリラは多分戦車は装備していない。あとは杉村君が考えてくれ。」


「帰ってきたら、もっとお話を聞かせてください。」

「いいよ。生きて帰ってきたらいくらでも話そう。

 酒は18歳まで駄目だったな。できれば酒でも飲みながら話したかったなあ。」

 星村はニヤニヤしていた。


 星村のニヤニヤ顔を記憶に残し、杉村は帰路の電車に乗っていた。

 多摩川にかかる鉄橋を通過する。

 進行方向遥か先にいつも通る土手が見える。


 上流にはいつものように太陽が沈みかかっていた。

 ふと、後輩のなんだったか、名前は荒川か、荒川と帰宅時に一緒に見た夕日を思い出した。


 つり革につかまって立っている杉村の対面のサラリーマンがスポーツ新聞を広げて読んでいる。見出しは「自衛隊ついに本格的戦闘任務で大量戦死者!?」だ。


(新聞は気楽なもんだな・・・)

 

 ふと星村の言葉が蘇った。

「生きて帰ってきたら云々」


ー大量戦死者?新聞の煽りだろ、どうせー

 杉村はそれ以上考えなかった。


 それよりも対戦車マンだった。

 どうすればなれるのか。そもそも対戦車マンとはなんなのか。

 味方に犠牲を出さないように?

 核兵器が持てるならそれが最良?


 星村は俺を煙に巻いたのか?

 いや、それはない。

 考えれば考えるほど単純なことに思えるのにわからなくなっていく。


 また雪がちらほらと降ってきた。

 杉村は雪の中、駅から帰路についた。

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