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荒川は知っている

「自衛隊じゃなきゃ対戦車マンじゃないっていうんですか!」


 くってかかったのは荒川だった。

 目の前の迷彩服の男、星村は先輩の腕前に嫉妬している。

 荒川はその嫉妬の感情をいっぱいに吸い込んだ。

「荒川、黙ってろ。」

「だって、先輩!」


「そんなケチな了見じゃあないね。ハートだよ、ハート!」

 星村は胸をどんと叩いてみせた。

「ま、荒川ちゃん、だっけ?そっちの可愛いお嬢ちゃんは思っているだろうな。私が杉村君の技量に妬いているって。

 そうさ、それは本当。

 8割方そうかもね。」


 星村は顔を上げて上空に煙をはきだすとニッカと笑う。

 夕日を浴びた星村は真っ赤に染まり、顔の陰影が際だつ。

「星村さん、もう行ってもいいですか。」

 杉村は言うやいなや星村の脇をすりぬけようとし、荒川もそれに続いた。


「いいさ。でも一つだけ。

 的は二枚重ねても貫通できるけど、戦車はそうはいかないぜ。

 君は二枚目が落ちたとき、その二枚目をその場で射抜くべきだった。」


 荒川は杉山の動きが一瞬止まったような気がした。

 振り向くと星村は携帯灰入れにもみ消したタバコをしまい、こちらに顔を向けている。

 荒川と目が合うと親指を立てて、ウィンクをした。


「気が向いたら「コチラ」においで。

 目指しているんなら、な。 

 力になるぜ、お二人さん。」


 杉村は振り返らずに歩度を強める。

 夕日はついにその頭頂を多摩川の水面下に沈めた。

 荒川は星村を2、3度振り返りつつ杉村を追った。

 星村はどんどん小さくなっていく。

 ほどなくエンジン音が遠間から聞こえてきた。星村が去っていったのだ。


 寒風が二人をなぜる。

「先輩、気にすることないですよ!」

「戦車は型枠からはずれて落ちたりしない。」

 杉村は独りごちた。

 荒川は察していた。杉村のその言葉が詭弁であることを。

 杉村自身も気付きつつ言葉を発したことも。


 星村に会うまで戦車撃破の夢を語っていた杉村が、実はただの青い夢想家で、技量は高くとも、その実、実際的な戦車撃破の心構えに欠ける一高校生に過ぎなかったという事実は消えなかった。

 

 偶像の破壊を荒川は哀しんだ。

 しかし、事実の指摘にしおれながら静かに怒る偶像の背中が荒川はいとおしかった。

「先輩」

「荒川」

「なんですか。」

「またドーナツ作ってくれよ。」

「はい!作ったのはクッキーですけど。

 美味しかったですか?」

「うーん、数値化できないけど、また食べたいくらいには美味しかった。」


 荒川は知っている。

 杉村はいま必死に心の平静を取り戻そうとしている。

 

 日が落ち、群青の闇があたりを包み始める多摩川河川敷。

 街の灯りが地上の星のように煌めく。

 行き交うトラックのヘッドライト、テールランプが走馬燈を思わせる。

 

 荒川は杉村が対戦車マンでなくとも、クッキーとドーナツの違いもよくわかってない男でもいっこうにかまわなかった。

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