プロローグ
その部屋は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
会議室だろうか。
無機質な何の飾りもない部屋には軍服らしい姿の8人の女性がいて、
テーブルを囲んでいる。
もっともその姿が透けて見えることから、全員がここにいるわけではなく、
ホログラムのような技術で投影されていることがうかがえる。
時折誰かこつこつとテーブルを打つような仕草をしている他は、
沈黙が支配するばかりだ。
「我々がこの星系で待機に入ってからすでに10ヶ月が経過した」
まじめそうな感じの女性が口火を切った。
おそらく8人をまとめる立場なのだろうが、その表情は憔悴しているように
見えた。
「しかも、提督はまだ未だに帰還されていないのだ」
「提督はいつお戻りになるんでしょうか」
年の若そうな4人のうちの一人が訊ねる。
「わからん。いつということはおっしゃっていなかった」
「それではいつまで待機になるんですか」
他の一人が質問する。
「それもわからん。だが命令は、貴官らも受領したとおり、別命があるまで
この星系で待機せよというものだった。従って提督が帰還されるまでは
このまま待機だ。命令である以上逆らうわけにはいかん」
「……」
「でもさ、提督は本当に帰ってくるのかい」
長身の女性が口を出した。
その声に、不安がさざ波のように広がる。
どうやら皆が心のどこかで思っていたことのようだ。
「そもそも本当に妥当な命令だったのか、ってことだよ」
「何を言いたい?」
「あの女とあんたとの確執は誰もが知るところだ。もしかしたらあの女が提督を
そそのかして、あたし達を置いてけぼりにしてったかもしれないってことさ。
最後のセリフ、聞いただろ?」
「くだらん。そんなつまらない憶測で物を言うな」
「ああ、確かにくだらないさ。だからあたしも今までは黙っていた。
でもさ、あまりにもおかしいじゃないか。封緘命令もなしに提督が姿を消して、
辺境の星系に艦隊を10ヶ月も放置だよ? そんな命令あり得ないよ」
「う、しかし、命令は命令だ」
まじめそうな女性は頑なに言い張る。
「お二人とも、落ち着いてください」
怜悧な感じの女性が間に入る。
「命令は命令、それはあなたの言うとおりです。ですから私たちはここにずっと
待機して、通報艦が来るか、せめて他の艦が通過するのを待ち続けていました」
怜悧な感じの女性の中では、提督がもう帰還しないのは確定事項のようだった。
「ですが、待機しているだけでも燃料や食料を消費してしまいます。
このままではニューアメリカにもコロンビアにも帰り着けなくなってしまいます。
そろそろ何らかの判断を下すときが来ていると思いますわ」
「それは私も何度も考えた」
まじめそうな女性は苦しそうに言った。
「しかし命令に背いたときに我々がどうなるか、知らん貴官らではあるまい」
「でも、このまま待機していても同じことですわ」
またしても重苦しい沈黙が部屋を覆い尽くす。
「提督さえいらっしゃれば……」
誰かがぽつりとつぶやく。
だが誰もそれには答えなかった。
まじめそうな女性が意を決して何か言いかけたとき、
今まで黙っていたおとなしい感じの女性が口を開いた。
「お待ちください。この星系に進入してくる飛翔体を探知しました」
「なにっ」
「私には探知できないけど」
「提督がお帰りに?」
「まさか「鳥」か?」
ざわめきが広がる。
「静かに」
まじめそうな感じの女性が場を制する。
「ユラは軽巡だ。探知がいちばん優れているのは当然だろう。
どうだ。飛翔体の正体は掴めそうか?」
「動力反応はなく慣性で飛行しているだけのようですね。私たちの旗艦ではない
ようです。かなり大きな船のようですが、今のところは何とも……」
「ふむ、少なくとも「鳥」ではないということだな。
そうだな、重巡を動かす余裕はないし……
よし、ユラなら身軽だろう。飛翔体を捕捉し調査せよ。
2隻ほど連れて行くがいい。抜かるなよ」
「はい、わかりました」
その声と同時に女性達の映像は消えていき、後は空虚な部屋のみが残った。