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1人でいようが2人でいようが3人でいようが、クリスマスは始まってそして終わる。

作者: 安部樽子


※勢いだけです。


 あーぁ…。

 駅前の広場の中央に、大きなクリスマスツリーが飾ってある。そのツリーの前に俺はいた。

 街には幸せそうな人たちが、テンプレのようなお決まりの雰囲気を漂わせながら歩いている。

 …来ないのかな。

 時間は1時半。12時に待ち合わせて、ご飯食べて、店まわって、楽しいクリスマスになるはずだった。

 その予定が狂ったのはつい昨日、ふとしたことから彼女を怒らせてしまったことに始まる。

 もともと、俺がしつこく押しに押して、やっと付き合ってもらって、俺は基本彼女のご機嫌をとるので精いっぱいな上、俺は甲斐性なしだし、顔もよくないし、いいとこないし、なんていうかどうしようもないのである。

 対して彼女は、大体何でも出来て、可愛くて、その上お金持ちだ。彼女はわがままで有名だけど、本当は人と接するのが苦手で、どうふるまっていいかわからないだけなんだと俺は思っている。ていうかそうだ。

 そういう不器用なところが、好きなのだから仕方ない。

 昨日怒らせてしまった彼女が放った最後の一言が、『あんたの顔なんかもう見たくない!知らないから!』だった。

 もしかしたら明日来てくれないかも…と思っていたら、案の定である。でも俺は、諦めきれずに1時間半もここで待っているわけで、いい加減自分の馬鹿さが身に染みてきているわけで。

 つーかさっむ…さすがに心が折れそうだ。

 目の前を通り過ぎる何組ものいちゃいちゃカップルを横目に、俺はため息をつく。

 帰ろうかな。

 でもさー、クリスマスだぜ?年に1度だぜ?…なんてことを考えて1時間半。帰ろうと思っても決心がつかない。ていうか、もしかしたら来てくれるんじゃないかって淡い期待を、まだ抱いている。

 だって…クリスマス…だし…。

 クリ…スマス…。


 もうすぐ1時間45分が経とうとしている。

 決めた。2時になったら帰る。さすがに帰らないと寒すぎて死んでしまいそうだ。

 多分来てくれないんだろう。俺は今度会ったときどうしたらいいんだろう。

 今度会うときっていつだ?学校はもう冬休みだし、連絡取ろうとしてもつなげてくれるかどうか…。

 …なんか俺、馬鹿みたいだ。そう思ってしまった。

 わがままぶりが知れているから、彼女の評判はあまりよくない。俺に対しても、『よくあんなのと付き合えるね』とか、『趣味悪いね』とか言ってくる人もいた。

 俺も途中まで、わがままな子だなあという印象しか持っていなかった。

 でもあるとき、引かれて死んだ猫の死体を、土に埋めてやっている彼女を見た。とある休日だった。たまたま俺はその道を通って、たまたま彼女を見かけた。

 高そうな服の裾を土につけながら、きれいな手を汚して、穴を掘っていた。

 そんなことをするような子だと思ってなくて、そこから興味を持った。そして彼女がどれだけさびしい思いをして育ってきたか、どんな経験をしてきたか、いろいろ聞くうちに、一緒にいたいと思うようになっていた。

 彼女と一緒にいるのはいばらの道だろうとは思っていたけど、結構心に来ることも多い。

 でも、それでも、好きだった。

 それでも―――。


 …あ…。


 視界に、彼女が入った。

 赤いダッフルコート。彼女がよく着る上着だった。

 彼女は信じられない、というような目をして、俺を見ていた。そして口を紡いだと思うと、俺の方へ駆け寄ってきた。

 会えた。

「千紗、来てく…」

「ばっかじゃないの!」

 嬉しくて顔をほころばせている俺に飛んできた第一声はそれだった。

「へ」

「信じられない…昨日あんだけ怒ったのに、来るはずないでしょ!普通2時間も待たないでしょ!ありえないんだけど、頭おかしいんじゃないの」

「何言ってんの、来てくれたじゃん」

 俺にとって、その事実が何よりもうれしかった。

 きっと来ないつもりだったんだろうけど、もしかしたらと思って来てくれたんだろう。まさかもういないだろうけど、もし待ってたら、そう思って来てくれたんだろう。

 あぁ、うれしい。本当にうれしい。

「…だって…もし待ってて風邪でも引かれたら後味悪いの私だし…」

 彼女はうつむきながら言った。

「心配してくれてありがとう」

「してないし!」

 ムキになって彼女は言う。

「…おかしいよ。誰が私なんかのために、寒空の下2時間も突っ立ってるの。あんた、私にこんな振り回されて、何で怒んないの?普通愛想尽かすでしょ。Mなの?」

「違います、千紗さんのこと好きなだけです」

 そういうと彼女は少し怒ったように俺を見た。

 あ、なんか可愛い。

「…寒かった?」

「そりゃあもう。でも、待っててよかった」

「…そういうところが馬鹿だって言ってるの」

「自覚はしてるよ」

 街には、変わらず多くのカップルたちが行きかう。自分たちもその中に混ざっているんだと思うと、なんだかくすぐったかった。

「…ごめん、なさい」

 小声で彼女が言った。驚いた。彼女が謝るなんて初めて聞いた。

 もしかして俺って、彼女の中で結構いい位置にいるんだろうか。結構大事な部類に入るんだろうか。

「…そうだなあ、抱きついて甘えてくれたら許したげるよ?」

 今ならちょっと調子に乗っても許されるかもしれない。

「調子に乗るな!」

 …と思ったけど、やっぱり彼女の一喝が来た。

「…じゃあ手はダメ?なんてったってクリスマスですよ?」

 そういうと、彼女はすごい目で俺を睨んだ。けど、黙って手を出した。

「えっ、嘘、いいの?」

「いらないならいいけど」

「いやいやいります!超いります!」

 俺は彼女の手を取った。

 あぁ、ほんと待っててよかった。馬鹿万歳。

 俺と彼女は広場から歩き出した。


 メリークリスマス。





メリークリスマス。

読んでくださってありがとうございました。



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