第九話「精霊の泉」
考えながらだとまったく書けません。
頭カラッポにしたら勝手に手が動きます。
頭とは何の為にあるのか……。
「本気の勝負と言っただろう!? 武器はどうした!」
生きてるだけで丸儲け亭から出た男二人。
一平とヴァレリーは道のど真ん中で対峙していた。
王都ベランは王国経済の中心地であり、都市開発の結果、区画整理も充実している。
馬車二台が十分にすれ違える道路の端には、二人の決闘を酒の肴にしようとする酔っ払い達が観戦していた。
「武器なんて持ってないぞ?」
「どういう事だい!? ギルドからの帰りじゃなかったのか!?」
そしてそこには、剣を構えるヴァレリーに素手で対峙する一平の姿が。
「そうだけど?」
「ならなぜ武器を持っていないんだ! まさかその格好で行ったのかい!?」
ヴァレリー自身も普段着ではあるのだが、騎士候補生としてその腰にはいつも騎士剣が刺してある。
というか、丸腰で冒険者になろうとするなど余程の馬鹿か、人生を舐めきっている者だけだろう。
遺憾なことながら、一平はその両方に当てはまってしまう。
「なにか問題でもある?」
「あるに決まってるだろ! 短剣一つ持たない冒険者がどこにいる!」
そう、冒険者達に侮られたのには、一平の格好にも問題があったのだ。
基本的に、己に自信のある冒険者ほど舐められる様な姿は見せない。
それが信用に直結するからなのは言うまでもないだろう。
というより、様式美というか、暗黙の了解と言う物はどんな職業にでも存在している。
例を上げれば、企業の面接にアニメTシャツで行ったら勇者(笑)になる、と言えば分かりやすいだろうか。
「しょうがねえじゃん。包丁持ってく訳にもいかないし」
「包丁は武器じゃないだろおおおおおおおお!!」
「知ってるよ」
しかし、天才が作成した『不変』を持ち歩けば即逮捕。
一平が丸腰なのは仕方がない。
「くっ……、武器が無いのにどうするつもりだい?」
「ん? どういう意味だ?」
「街中では魔法だって撃てないだろう?」
「ああ、そういう事……」
ヴァレリーは迷っていた。
ロシェルへの想いから決闘をふっ掛けたはいいが、相手は年下の上に成りたてほやほやの新人冒険者(まだ未登録)。
しかも丸腰の相手ときた。
ヴァレリーは騎士だ。
まだ正式に叙勲されてはいなくとも、騎士学校の教育によってその精神を骨の髄まで叩き込まれている。
愛する者の為に対等な決闘を望んだのであって、甚振る事が目的ではない。
「くだらねえ事をゴチャゴチャ考えるのは止めとけよ、ヴァレリー」
「なに!?」
しかし、一平の挑発に一気に頭に血が上った。
「お前、もしかしなくても騎士だろう? それかその卵」
「そ、そうだ! それがどうした!」
「しかもその燃える様な一途さ。多分属性は火なんじゃね?」
「なっ!?」
そして凍りつく。
凄まじきは一平の無駄な洞察力。
属性と性格が関係を持つなど、サブカルチャー的には珍しくも何ともない設定だ。
一瞬で属性を看破されたヴァレリーは目を見開いて硬直した。
野次馬に混じっていたロシェルとセレスタンも絶句。
リュリュにいたっては、あ~アレやられるとビビるんじゃよな、と被害者が自分だけでなくなった事を喜ぶ始末。
「なあ、ヴァレリー」
「……………………」
固まったヴァレリーに、一平は静かな声で問う。
「お前、その剣が折れたら逃げだすのか?」
「……な、に?」
それは勇者の導き。
「戦闘なんてのはいつだって突然さ。準備万端、最高のコンディションなんてあるわけねえ」
違うか?
一平の一言に、衝撃を受ける。
ヴァレリーだけでなく、ロシェルを含めたギャラリー全てが一平の言葉に呑まれた。
そう、ここからは、一平タイム。
「だからこそ!! 今の俺は絶好調!!」
拳を握る一平の気迫が、烈風となって夜を駆け抜ける。
「武器も無い! 身を守る防具も無い! あるのはこの身一つだけ!」
──じゅうぶんだろ?
「迷うな、ヴァレリー。好きな女の為に剣をとった。今のお前は世界で一番正しいぜ」
ヴァレリーは気圧された。
丸腰の新人冒険者に、しかもハーレムなどと馬鹿な事をほざく年下相手に。
しかし。
「見事な男だな、イッペー……」
外野から聞こえてきた、溜息にも似たその声に踏み止まる。
「くっ……」
そうだ、己は最愛の人への想いの為にここに立っている。
勝つことが目的ではない。
どうしてもロシェルを取られたくないからこそ、無様にも喧嘩をふっ掛けたに過ぎないのだ。
「それでも僕は騎士だ!!」
裂帛の気合いには裂帛の気合いで返すしかない。
さっきまでの嫉妬に狂った激情は去った。
しかし、今度は違う嫉妬がヴァレリーの身を焦がす。
「対等の立場でない決闘など、僕の矜持が許さない!!」
もう勝ち負けなどどうでもいい。
自分の好きになった女は、決闘の勝敗なんてもので振り向かせる事など出来はしないのだから。
だからこそ、断じて、男として負けるわけにはいかない。
ヴァレリーは剣を鞘に納めた。
「ロシェル! 持っていてくれ!」
そして自身の想い人に鞘ごと投げ渡す。
「オイィィ!? なにしてんのお前!?」
一平は慌てた。
圧倒的不利の状況で勝つからこその、オレTUEEEEE!!。
なのに、同等の条件になったらギャラリー達へのインパクトが薄れてしまうではないか。
カッコいいセリフで観客達への掴みはオッケーだった筈なのに、これは一体どういう事だ。
こんな展開は予想していない。
やりすぎの演出が仇となった瞬間である。
「フッ。よく吼えた、ヴァレリー」
「彼に負けるつもりはないよ。騎士としても、男としても」
しかも、なにやら主役が交代した気配が。
「ちょっ!?」
一平は激しく動揺した。
数多の決闘イベントを網羅してきた頭脳が、激しく警鐘を鳴らしていたのだ。
マズイ。このままでは例え決闘に圧勝したとしても、こちらがヴァレリーの踏み台となってしまう。
そう、主人公とは常に必勝の存在ではない。
どれほど負けようとも、どれほど辛酸をなめようとも、決して負けてはいけない所で勝つ者こそが主人公なのだ。
「く、くそっ、やられた……ッ」
一平の呟きを捉えた者はいない。
いや、リュリュだけは一平の異変に気が付いていた。
「イッペー……?」
故に困惑する。
場は盛り上がっている。それこそ歌劇の様に。
派手好きな一平ならば、今の状況は望むところでは無いのか?
なぜ苦渋に満ちた表情を浮かべている?
一平がもっと高い次元で状況を操作していた事を知らないリュリュは、首を傾げながら己の勇者を見詰めていた。
「リュリュ! 俺の右手を拘束しろ!」
『ッ!?』
しかしその瞬間飛ぶ、一平の命令。
右腕を背後に回し、直立不動になったその姿は、リュリュやヴァレリーを含めた全ギャラリーを驚かせる。
「早くしろ! リュリュ!」
「ぇ……あ? う、うむ」
リュリュは呆気にとられつつも、息をするように一平の右腕と背中を魔法で縛り付けた。
「ど、どういうつもりだい!?」
当然、対戦相手のヴァレリーは聞く。
対等の条件にした筈が、これでは意味が無い。
だがしかし、これは一平の策なのだ。
「言ったはずだ! ベストコンディションなどありえないと! 俺に施しを受けろというのか!」
起死回生の一手。
「なっ、そんなつもりじゃない! 僕は君と対等に闘いたいだけだ!」
「対等だと!? そんな物は闘者にとって幻想にすぎん! お前は俺を憐れんだだけだ、ヴァレリー!」
一平の頭脳が叩きだした対抗策とは、自ら不利を作りだす事。
ただのマッチポンプではあるのだが、中々どうして、この力技は多くのサブカルチャーに取り入れられている技法である。
これに周囲を納得させるだけの屁理屈を添える事ができれば、ピンチを自在に演出する事すら可能になるという夢の技法。
「違う! そんな事は思っていない! 僕はただ、騎士として対等に……」
「ならば! お前は剣を捨てた! 俺は右腕を捨てた! これで対等だ!」
『ッ!?』
度し難い雄度。
一平のあまりの矜持に、皆が絶句せざるを得ない。
主役の天秤を強引に傾かせにかかる一平の姿は、周囲に漢とは何かを如実に知らしめる。
「くっ……、な、ならば……」
しかし、男らしさで負けるわけにはいかないヴァレリーは、歯を食いしばりつつ吼えた。
「リュリュと言ったな! 少女よ、僕の両腕を縛れ!」
『なにぃぃぃぃぃぃ!?』
ヴァレリーの覚悟は、一平すらも驚愕させる。
「頼む! 僕はイッペーだけには負けられないんだ!」
「え、あ……ああ、う、うむ」
両腕を後ろに縛られたヴァレリーの姿を見て、一平は声を荒げるしかない。
「お前の方が不利になってんじゃねえかああああああああ!!」
そう、一平は片腕。
ヴァレリーは両腕。
ヴァレリー渾身のマッチポンプ返し。
「それは僕が挑戦者だからだ! 君のその強烈な男の矜持! 僕もまた持っている事を証明しなければならない!」
「挑戦者とか言うなよおおおおおおおおおおおお!!」
ここにきて、ようやく一平は悟った。
目の前の男がただの踏み台モブではないという事に。
このヴァレリーというかませ臭溢れる男は、主人公たるこの身を脅かす、恐ろしい敵だったのだ。
もはや躊躇している暇はない。全力で叩き潰さねば。
「リュリュ!! 俺の両足を縛れ!!」
『なぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?』
信じられない一平の言葉。
「早くしろ!! 今日までの変態行為は全部忘れてやる!!」
「そんな事いつやったんじゃ!!」
「くっ……、なら僕の右足も拘束してくれぇぇ!!」
『えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』
そして同じく信じられないヴァレリーの叫び。
もはやカオス。
全力全開の一平と、なりふり構わず付いてきたヴァレリー二人の姿は、この場を異次元空間へと変貌させた。
「そろそろ始めよう、イッペー」
後ろ手に右足の踵をくっつけた、左足一本で立つ『炎剣』。
「ちっ、仕方ねえ。対等だと認めてやるよ、ヴァレリー」
右腕を背中に、両足首を縛られたまま直立する『最強』。
「いまの僕は、過去のどんな僕よりも一番強い」
ニヤリと高揚するその姿は、恐ろしく異様だった。
「俺はいつだって最強さ」
唯一残った左拳を握る一平もまた、色んな意味でおかしかった。
あまりに規格外の決闘。
観客達は皆一様に息を飲む。
「いくぜ」
先に動いたのは、一平。
「天乱──ッ!?」
しかし、驚愕にその身が固まった。
「か、構えられねえッ!?」
そう、自由になるのは左腕一本。
これでは最強を形作る事など出来る筈がない。
「隙ありだ! イッペー!」
「しまっ……!」
ピョンピョンピョンと、器用に片足で近づいてくるヴァレリー。
とてもケンケンとは思えない速度で一平に肉薄する。
「くらえ!」
「くっ」
二人は至近距離。
もはや手を伸ばすだけで、どんな攻撃でも当たる距離だ。
隙をついたヴァレリーには必殺の、隙を見せた一平には致命の間合い。
しかし──
「バ、バカな!?」
それは手があった場合の事。
「ぼ、僕には攻撃手段が、無い……ッ!!」
その通り。
両腕を封じられたヴァレリーには、攻撃手段自体が存在しなかったのだ。
「驚いてる暇はないぜ?」
そして、そんなでか過ぎるチャンスを、一平が逃す筈も無かった。
一平は既に驚愕から脱している。
勇者にとって、天乱八手など手段にすぎないという証左。
たとえその力を封じられたとしても、その身に宿る魂は勇者なのだ。
「殺ァッ!!」
「くぉッ!?」
腰は回らず、下半身の力など微塵も伝わらない、一平渾身の手打ちパンチ。
しかし。
「あ、危ない所だった……ッ」
だがしかし、その左拳は空を切った。
「チッ、中々やりやがる」
さすがは『炎剣』と言った所か。
確実にヒットする筈のヘロヘロパンチは、片足であるにも拘らず、その脅威的な回避力によって無効化された。
辛くも攻撃を躱したヴァレリーは、仕切り直す為にピョンピョンと後退。
「マズイ、どうすれば……ッ!?」
「おっと、考えてる暇もないんだぜ」
しかし仕切り直せない。
なんと、両足を封じられている筈の一平が、ビョンビョン飛び跳ねて近づいてくるではないか。
「ハアッ!!」
そして両足ジャンプ。
「なにいいいいい!?」
天を舞う一平。
突進の速度を落とさぬままに全力でジャンプした一平は、その左拳を大きく振りかぶった。
その姿、まさしく片翼の鳳凰。
「貫けええええええええええええええええええ!!」
「舐めるなああああああああああああああああ!!」
体全体を使った、一平渾身の打ちおろし。
が、ヴァレリーもただ者ではない。
その身は避けるどころか、逆にカウンターを選択している。
ヴァレリーに残された最後の希望。それは、頭。
「ぶふぇッ!!」
絶体絶命の中で咄嗟に繰り出した頭突きは、一平の左拳を弾き飛ばしその顔面に突き刺さる。
「ガハアッ!!」
が、そこまでが限界。
一平の意識を狩り取ったまでは良かったが、捨て身だったヴァレリーには落下してくる少年の体を避ける術が無かった。
質量兵器と化した一平の体はヴァレリーと激しく激突。
片足のヴァレリーに受け止めるだけの力は無く、後頭部から地面に叩きつけられてしまった。
『…………………………………………』
強者同士の戦闘が長引く事など無い。
刹那の煌めきこそが、戦闘の本質であるからだ。
『…………………………………………』
両者が激突し、そして共に一瞬で力尽きた姿は、観客達の声を奪うには十分過ぎた。
「間違いなく歴史に名が残るじゃろ、コレ……」
しかし、皆が凍りついた場でただ一人、動いた者がいた。
「まったく、手が掛かってしょうがないの、イッペーは」
溜息を吐きながらも嬉しそうな幼女が、激闘に倒れた決闘者の傍へと進む。
「今日はもうお開きじゃ。お主達もあまり飲みすぎんようにな」
一平を抱えたリュリュは、そう言って転移魔法を発動させた。
『…………………………………………』
後に残るのは静寂と、気絶したもう一人の決闘者のみ。
『…………………………………………』
観客達は、伝説を見た。
驚愕に目を見開き、いつまでも凍りついたままの観客達は、この瞬間伝説を語り継ぐ語り部となったのだ。
「す、すごい……」
この場で唯一声を出す事に成功したのは、ふわふわの金髪がチャームポイントの少年だけ。
異次元空間が通常空間に戻るには、まだ幾ばくかの時が必要の様だった。
『最強』野々宮一平。いまだ勝ち星ゼロ。
第九話「精霊の泉」
「僕も一緒に連れて行ってください!」
次の日の早朝。
ギルドで登録を済ませた一平達にそう叫んだセレスタン。
朝からギルドで一平を待っていた少年の、その一言が始まりだった。
現在、一平、リュリュ、ロシェル、セレスタン、そしてヴァレリーの五人は、精霊の泉に向かっていた。
「つーか、なんでヴァレリーもいるわけ? お前騎士学校の生徒って聞いたぞ?」
「昨日の今日で行けるわけないだろ!? 君のせいで大恥かいたんだよ僕は!」
リュリュの家のベッドで目を覚ました一平は、同じベッドに潜り込んでいた幼女を蹴り飛ばし、すぐにギルドへ赴いた。
サクッと登録を済ませ、新人冒険者の登竜門たる採取クエストを選んでいると、なんと都合よく精霊の泉に行く依頼が。
そこにしか自生していない花を入手して欲しいという発注に、大喜びで依頼を受けたのだ。
まだ開いていなかった武器屋など、当然後回しである。
「ロシェルさーん。ヴァレリーさんがすぐ人のせいにしちゃうんです。これって男らしくなくないですか?」
「な!?」
「確実に男らしくないな。昨日の決闘はヴァレリー自身が望んだ事。結果を他者のせいにするなど筋違いも甚だしい」
「なあッ!?」
「ですよねー。こんなに男らしくない人がいるなんてビックリ」
「僕が悪かったよコンチクショオオオオオオオオオ!!」
そこへ飛んだ冒頭の声。
セレスタンは姉を説得し、ずっと一平を待っていた。
何故かと言えば、実は打算からである。
セレスタンには悩みがあった。
それをどうにか出来ないかと、自身とは全く違う一平に執着したのだ。
結局はただの甘えであるのだが、いい意味に取れば憧れとも言える。
精霊の森へ転移した一平とリュリュに三人が同行しているのは、そんな理由からだった。
ちなみに、精霊の泉に直接転移は出来ない。
周囲一帯が精霊に支配された聖域となっている為、しばらく歩かなければならないのだ。まあ、どうでもいい設定である。
「そういやセレスって神官なんだよな? それっぽい格好してるし」
何気なく訊ねた一平の言葉は、セレスタン、ロシェル、ヴァレリーの顔を曇らせた。
「は、はい……。でも神聖魔法が使えないんです……」
「はあ? 神聖魔法が使えないのに神官ってどういう事?」
「11才までは使えたんです。でも力を失ってしまって……」
「悪いが、イッペー。その事はあまり詮索してくれるな」
元々あった力が消失してしまったのである。
「なんじゃ、何か神の逆鱗に触れる事でもしたのか?」
空気の読めないリュリュは真っ向から聞いた。
というか、ロシェルの言葉など耳に入っていないっぽい。
「い、いえ、全然心当たりが無いんです……」
悲しそうに呟く少年の声が、森に落ちる。
『……………………』
一平とリュリュは眉根を顰め、ロシェルとヴァレリーは口を閉じた。
「別に隠す様な事じゃないよ、ロシェ姉」
空気が悪くなったのを察したのだろう。
セレスタンは毅然とした声を出した。
第一、自身の現状を知ってもらわなければ、打開策のヒントなど得られる筈がないのだから。
「……セレスは幼い頃、神の愛し子と呼ばれていた」
溜息を吐きながら、ロシェルは口を開く。
「10才にして司祭の位を賜るほどに、神聖魔法を操った」
「や、やめてよロシェ姉。僕はウェヌス様にお願いしてただけで、ウェヌス様の御力を操った事なんて一度も無いよ」
「そうだったな。すまない、セレス。どうも神聖魔法の理には疎くてな」
そう言って頭を撫でる。
「ちょっ、ロシェ姉。もう子供じゃないんだから」
嫌がるセレスタンだったが、笑みの浮かんだその顔は照れているだけなのだろう。
そんな仲のいい姉弟を眺めながら、一平はまたも洞察力を発揮した。
「セレス、お前なんか悩みがあるんだろ?」
「えっ!」
ビクリと反応するセレスタン。
そんな態度に、姉のロシェルは事実なのだと確信した。
「そうなのか? なぜだセレス。私に相談してくれ」
ロシェルは焦った。
いや、情けなくなったと言うべきか。勿論自分がだ。
弟が悩んでいる事にまったく気づかなかったなど、いくらなんでも姉失格である。
しかも神聖魔法が使えなくなったのはセレスタンが11才の時。
四年間も悩み続けていたというのか?
どれだけ薄情な姉なのだ。
「ロシェルに相談し難かったら僕に言ってほしい。僕達は友達だろう、セレスタン?」
ヴァレリーもほぼ同じ理由。
友人の力になれないなど何が騎士か。
「ぁ……そ、その……」
「聞くんじゃねえよ。意味無いだろ、そんなの」
しかし、俯いたセレスタンに厳しい声が。
「い、意味が無いとはどういう事だ!」
「解決できない事を一人で抱え込んでいる。それが正しいと言うつもりかい?」
まあ当然、姉と騎士は納得がいかない。
ロシェルは怒り、ヴァレリーは不機嫌になった。
「セレス。お前は正しいぜ」
「……ぇ?」
「自分の悩みなんて自分にしか解決できないもんな」
しかし、一平はそんな二人には目もくれない。
蹲っている者に最優先で手を差し伸べる。それこそが勇者であるからだ。
「四年間も力が使えないんだろ?」
「う、うん……」
「きっとな、その悩みは周りからしてみたらクソくだらねえ事なんだよ」
「……………………」
言い方が酷い。
お前は一体少年の何を知っているというのか。
しかし、勇者は甘やかしたりしない。
手助けするだけの存在だ。
姉と騎士のコメカミが引き攣るが、勇者のSEKKYOUは止まらない。
「ならさ、そのクソくだらねえ悩みを最後まで信じるしかないじゃん」
「し、信じる……?」
「ギルドでも言っただろ? 諦めたらそこで試合終了だっつーの」
「あっ……」
名言をパクリまくる一平の言葉に重みなど欠片も無かったが、言葉自体は白髪仏と呼ばれた男の言葉。
セレスタンの心に届きまくるのは当然と言えよう。
「擦り切れるまで自分を信じりゃ、そのうち魔法も使えるようになるんじゃね?」
「う、うん! がんばってみる!」
ありがとう、イッペーさん。と満面の笑顔でいう美少年は、本当に美少年だった。
一平はイラッとする。
「と言う事で、金貨一枚になります」
「へ?」
だから手を差し伸べた。
蹲る者に手を差し伸べる勇者は、男には実際に手を差し伸べてしまうのだ。
「SEKKYOU料は一回金貨一枚となっておりますので……」
「ええ!? お、お金取るの!? しかも高い!?」
「女は無料。男は銀貨五枚。イケメンは金貨一枚が相場だから」
「さ、差別だよ! せめて銀貨五枚じゃないと払えない!」
「れっきとした区別だヨ。世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかりだヨ」
ちなみにこの世界では、金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10000枚となっている。
パン一個が銅貨一枚だが、非常に分かりやすい設定をご都合主義的に使っているので、商業的な問題は表に出てきません。
「イッペーはよく分からんな……」
「そうだね、正しいのか間違ってるのか判断に困るよ……」
ギャイギャイ騒ぎながら歩を進める二人を見て、ロシェルとヴァレリーは溜息を吐いた。
勿論間違いだらけだ。
一平の行動の基準は己の妄想であり、フィクションの主人公達の姿。
どちらも架空の物であり、それを無理やり現実に当て嵌めているに過ぎない。
そんなものが正しいのなら、世界はオタクに支配されていなければならないだろう。
「ふん。騎士としてはまだまだじゃな」
「ん?」
しかし、ここは剣と魔法のファンタジー世界。
「イッペーは間違いなく正しい。あれほど正しい者などこの世に存在せんじゃろう」
「……………………」
「……………………」
リュリュのその目は確信に満ちた目だ。
己が喚びだしたのは、勇者。
ならば、その在り方自体が肯定されるべき存在。
だからこそ、自身の人生は大きく変わった。
一平に出会えた事で、確実に時間は動き出したのだから。
「まあたしかに、ちょっと頭はおかしいんじゃけど……」
が、全肯定するには勇気がいるのは仕方が無い。
いくら何でも一平は自由すぎた。
己もまた好き勝手生きてやると決意したのに、一平の様に振る舞う事は到底出来そうもない。
リュリュは一平の頭の壊れ具合に呆れればいいのか、それとも感心すればいいのか、そこだけがまだ分からなかった。
一生分からない事を祈るのみである。
「あー、リュリュちゃん?」
「ちゃんをつけるな、小僧」
「こ、小僧!?」
そんな微妙な顔をしたリュリュに話しかけたのはヴァレリー。
「ぼ、僕の方が年上なんだから、小僧は止めてくれるかい? リュリュ」
まさか幼女に小僧呼ばわりされるとは。
一平に出会ってまだたった一日しか経っていないのに、世界の広さを実感してしまうヴァレリーである。
「ふん、年上か……、だがまあ、それもそうじゃな。小僧の方が年上じゃし名前で呼ぶとしよう」
「は、はあ……、あ、ありがとう?」
なぜか顔を綻ばせてふんぞり返るリュリュを見て、ヴァレリーは微妙な顔になる。
まあ仕方があるまい。
目の前の幼女が、昨日若返ったばかりのロリババアであるなどと分かる筈もないのだから。
「で? なんじゃ、ヴァレリー?」
年下扱いされたリュリュは、機嫌よく聞いた。
憎っくき女に懸想している愚か者ではあるが、礼儀正しい上に何より男。
自身の敵になる事はありえないだろう。
上手い事淫売とくっ付いてくれるなら、多少協力してやるのもやぶさかではない。
リュリュの中でロシェルが淫売、ヴァレリーが愚か者なのは既に確定事項だった。
どうしようもないロリババアである。
「そのだね、イッペーは本当に強いのかい?」
それは気になるだろう。
昨日のおかしな決闘では実力など分かる訳が無い。
なぜあんなテンションになってしまったのかは不明だが、当事者としては相手の実力を知っておきたかった。
でなければ、あまりにも自身が救われないではないか。
「それは私も気になるな」
そして会話に混ざる淫売、いやロシェル。
勘違いしないで欲しいのは、淫売だと思っているのはリュリュだけであり、ロシェル自身はまっさらな乙女だという事。
恋愛など一生に一度行えばいいと考えているロシェルにとって、理想の男が現れるまで貞操を守るなど当たり前の事なのだ。
「勝手に会話に入ってくるな、淫売」
『淫……!?』
なんというクソ度胸。
碌に知らない相手をいきなり淫売と呼んだリュリュは、間違いなく一平よりも頭が壊れていると言わざるを得ない。
ヴァレリーなど、あまりの毒に電池が切れてしまっている。
いや、一瞬だけエロいロシェルを妄想してしまった。
たとえ騎士とはいえ、男とは悲しい生き物なのだ。
「リュ、リュリュ! そんな言葉を使っては駄目だ! 第一、私はそんなふしだらな女ではない!」
「ならばイッペーに色目を使うな」
「そんなの使った覚えはないぞ!?」
あまりに酷い言葉に興奮してしまったロシェルだったが、フンとソッポを向いた幼女に気持ちを落ち着かせる。
相手は年端もいかない幼女。
しかも、目の前の幼女は一平の事が大好きなのだろう。
好きな相手が取られそうになれば、誰だって冷静ではいられない。当然の事。
現に、目の前で後輩が実演したではないか。
決闘までする馬鹿者に比べれば、幼女の嫉妬など可愛い物だ。
「安心しろ、リュリュ。たしかにイッペーに好意は持っているが、別に惚れているというわけではない」
「……………………」
「そ、そうだよね? いくらなんでもいきなり好きになるわけないじゃないか、ハハッ」
ロシェルは多大な勘違いを持って、リュリュと友好を深めようと試みる。
ヴァレリーは男らしく無い言葉を吐きながら、急速にロシェルの好感度を下げていた。
「どうやら私の男の理想は高いらしくてな? それに、今はまだ恋などという物に興味などない」
「……………………」
「うぐっ……」
どう考えてもヴァレリーへの牽制としか思えない。
ギロリとヴァレリーにガンを飛ばしながらの、イッペーを取ったりはしないという言葉。
リュリュは初めて、憎しみ以外の目をロシェルに向けた。
リュリュはロシェルが嫌いだ。大嫌いなのだ。
「そうか、小娘。お主はきっと65才のババアになっても独り身じゃよ」
「なあ!?」
その目にあったのは、憐憫。
「他人を忘れ、他人に忘れられ、一人寂しく暮らし、気がつけば老いさらばえているじゃろう。覚悟だけは決めておけ」
「な、な、な……ッ」
凄まじい説得力。
世界広しといえども、これだけの説得力を出せる者などリュリュしかおるまい。
子供の可愛い嫉妬などと侮っていたロシェル。
そんな心優しい女性を絶句させたリュリュは、前を歩く一平の背中へと視線を移した。
「ヴァレリー。イッペーが強いかと聞いたな?」
「え!? あ、ああ、うんそうだね」
女同士の舌戦にドン引きしていたヴァレリーは、恐ろしい幼女の言葉に身を固くする。
「イッペーの強さ。一言で言えば、スゴイ、じゃ」
あまりに子供っぽい言い方ではあったが、それが本心からの言葉だと言うのが十分に分かった。
「す、すごい……?」
「うむ。天を乱すほどにスゴイぞ、私のイッペーは」
なぜならそれは、自慢の言葉なのだから。
リュリュにとって、一平と出会えた事は自慢以外の何物でもなかった。
出来る事なら世界に向かって叫んでやりたい。
己は最強を喚びだした、最高の魔法使いなのだと。
「天を乱す……?」
ヴァレリーはまるで意味が分からなかった。
天を乱すとはどういう事だ?
そういえば、一平はこの依頼でも武器を携帯していない。
もしやあの少年は強力な魔法使いなのだろうか。
それならば武器を蔑ろにしているのも理解できる。
しかし、魔法は学問だ。
あのおかしな少年が上位魔法を修めているなどとても思えない。
「リュリュ。もしかしてイッペーは魔法使いなのかい?」
「……その気になれば伴侶の一人や二人……」
「いや、剣士じゃ」
「……しかしさすがに65才は……」
「はあ!? でも剣なんか持ってないみたいだけど……」
「……やはり理想が高すぎるのか……」
「うむ。私もイッペーが剣を持った所は見た事がない」
「……だが真の男とは……」
「どういう事だい!? っていつまで落ち込んでるんだロシェル! なんか恐いからいつもの君にもどってくれ!」
「まったく迷惑な小娘じゃ」
どうしてもカオス。
一平が絡まなくとも、リュリュがいるだけで異次元空間が発生しだしている。
一平とリュリュは似た者同士だった。
「む?」
と、そこでリュリュの探査魔法に反応が。
「イッペー、そろそろじゃ!」
五歩ほど先を歩いていた一平に声を掛ける。
「うっは! マジで!? ついに精霊に会えるのか!」
振り返った一平は満面の笑みで飛び跳ねた。
「精霊?」
隣のセレスタンは怪訝な表情。
まあ、一平達の採取クエストがついでなどと知らなかったのだから仕方あるまい。
「イッペーは精霊に会いに来たのか?」
「ずいぶんと子供らしいね」
「そこもイッペーの魅力じゃ」
復活したロシェル、そしてヴァレリーも会話に参加する。
リュリュがチョロインなのは平常運転だ。
「バッカ、お前ら! 精霊だぞ!? ファンタジーで精霊イベントこなさないでどうすんだよ!」
『はあ?』
「そこの木々を抜ければ精霊の泉じゃ、イッペー」
「マジで!?」
やたらとはしゃぐ一平の言葉を理解出来たのは、勿論リュリュただ一人。
他の三人にはまだまだ高度過ぎるようだ。
「え、でも、ここの水の精霊って……」
「うむ。100年近く目撃例がない」
「ええええええええええええええ!?」
セレスタンの困惑を引き継いだのもリュリュ。
一平は当然悲鳴を上げた。
そして木々を抜けると、そこに広がっていたのは泉とは呼べないシロモノ。
「どういう事おおお!? まさか精霊さん引っ越しちゃったわけ!?」
一平達の目の前には湖があった。
「いや、そうじゃないよ」
「元々精霊は、滅多に人の前に姿を現す事が無い」
「そう聞くね。いるのはたしからしいんだけど、もうずっと誰も見た事がないんだよ」
「そ、そんな、バ、バカな……」
ロシェル達三人の説明を聞き、崩れ落ちそうになる一平。
「まあ、イッペーなら会えそうじゃけどな」
「そ、そうだよ! 主人公が精霊イベントに遭遇しないわけないじゃん!」
『はあ?』
しかし、苦笑交じりのリュリュの声で踏み止まった。
「あーくそっ、こんな事なら斧持ってくるんだった」
『オノ?』
これにはリュリュも一緒になって疑問顔。
「泉に斧を投げたら、精霊が金の斧と銀の斧をくれるらしいじゃん?」
「聞いた事ないわあああああああああ!!」
ツッコむ事が出来たのは勿論リュリュだ。
一平の都合のいい錬金術は、他の三人の脳味噌を溶かす寸前。
しかも一平は間違っている。
童話で斧を落としたのは川。
そして、金銀の斧をくれたのは女神であって精霊ではない。
もう何もかもを間違えている。
所詮はゆとりという事だろう。
「ええい、もういいや! 俺の運命力に全てを賭ける!」
一平は湖に目を向けると、その両腕で自身の星座を描き始める。
「ハァァァァァァァァァァ」
『っ!?』
ゆっくりと不思議な踊りをかます一平は、何かをその身に溜めこんでいった。
勿論、その場にいた全員が驚愕だ。
一体何の儀式が始まるんですか?
「燃えろ俺の運命力! 黄金の位まで高まれ!」
ウォォォォォォォ! と、一平がよく分からない物を高め始めた瞬間。
「なんじゃと!?」
「バ、バカな!?」
「オイうそだろぉ!?」
「す、すごい……!!」
一平が描く軌跡はアクエリアス。
湖岸で描かれた星の軌跡は、信じられない事に、奇跡を起こした。
「うはっ! うはっ! うっはーーーーーーーーーーーーーー!!」
湖から大量の水が持ち上がり、空中に球体を作っていくではないか。
「みたか!! これが主人公の運命りょ──」
ドンっと音がした時には、一平の体は宙を飛んでいた。
リュリュの目には、ゆっくりと地面に叩きつけられる一平の姿が、はっきりと見えた。
倒れてピクリともしない一平。
大地に、赤い物が広がっていく。
「イッペーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
その叫びは戦闘の合図。
一平が言った通り、戦いはいつだって突然。
五人の初戦闘は、『最強』の敗北からスタートする。
そろそろチョロイン化させないとリュリュの一人勝ちになってしまいそう……。
多分次話で二章完結です。