第八話「出会いと騎士の怒り」
登場人物が増えると難易度が跳ね上がりますね。
捌き切れるだろうか。
「くそったれええええ!!」
王都ベランのメインストリートから一つ外れた商業区画。
完全に日が落ち、人通りの全く無くなった通りで、少年はベジータばりの無念の叫びを上げていた。
「だから言ったじゃろ。というか騒ぐな、近所迷惑じゃろが」
そんな少年に、呆れた声で注意する銀髪の幼女。
「閉まるの早すぎじゃね!? 王都ってくらいなんだからもっと頑張ってよ!」
「じゃから騒ぐな。こんな時間に武器屋がやってるわけないじゃろ?」
一平とリュリュ。二人は閉店した武器屋の前で佇んでいた。
「こっちはギルド登録を中断してまで駆けつけたってのに……」
「自分で中断させたんじゃろが……」
ガクリと膝をついた一平は、自身の運の無さを嘆く。
テンプレ通りとはいえ、アホなモブ達の相手をしたばっかりにまだ冒険者になれていない。
さらに武器屋どころか全ての店が閉まっている。
リュリュの言葉を信じるのならば、今やっている店など酒場と宿屋くらいしかないようだ。
「異世界もっとガンバレヨ……二十四時間戦ってヨ……もっともっと熱くなれヨ……」
虚ろな声でブツブツ呟く少年は、非常に見苦しかった。
「そんなに武器を見たかったのか? まあ、剣が必要じゃというのは分かるが……」
リュリュは困った顔で一平の心情を推測したのだが、違う。
一平の本来の戦闘スタイルが剣だと思っているリュリュは、少年が本物の剣を見た事すらないなど想像もできない。
そう、一平はただ単に本物の剣が見たくて堪らなかっただけだ。
静岡に住んでいた高校一年生にとって、日本には東京にしかない武器屋は、予算の都合で遥か彼方の夢ショップだったのだ。
「ホレ、立たんか。明日またくればい──」
「リュリュはさげまんだヨ……」
「今なんて言ったああああああああああああああああ!!」
ブッ殺すぞこんガキャア!! と、もはや一瞬にして殺意の塊となったリュリュ。
慰めてくれている相手になんという暴言を吐くのか。
乙女として謂れのない誹謗中傷には断固として戦わねばならない。
これはもはや戦争だ。
「まだ試してもいないじゃろが!! なんなら今から試してみるか!? やれ!! いますぐぶち込むがええ!!」
人通りが無いとはいえ、リュリュはその場で大の字になった。
凄まじきはリュリュのチョロイン力。
往来でいきなりぶち込めと叫ぶなど、リュリュのチョロインとしての資質は世界に通用するのかもしれない。
「はあ? いきなりなに叫んでるの? 夜に騒いだら迷惑だぞ」
「馬鹿にしとんのかあああああああああああああああ!!」
「意味分かんねえ」
リュリュの業火にハッと我に返った一平は、実は本当によく分かっていなかった。
武器屋が閉まっていたショックがあまりに大きく、おそらく碌に働いていない脳からポロッと零れ出たのだろう。
まあそれはそれで100%本心と言う事になってしまうので、酷さはむしろ上がった事になるなのだが。
「いきなりクソ失礼な事を言ったのはお主じゃろうが!! もう許さん!!」
「は? 俺リュリュになんか言った? つーかうるせえよ」
「黙れ!! 今すぐ世界を滅ぼしてもいいんじゃぞ!!」
なにやら猛烈に怒り狂っているリュリュに、一平は困惑するしかない。
この手足を広げて寝そべる幼女は、一体何故こんなにも世界に呪いを振り撒こうとしているのだ?
命を祝福できないなど、いくらなんでも悲し過ぎるではないか。
「いいから早くチンコ突っ込まんか!!」
「狂ったのかこの変態がああああああああああああああ!!」
この後、お腹が空いた二人は酒場に向かう事になる。
そこで出会う運命。
二人目のヒロインとなるかもしれない人物と、そして一人の騎士との邂逅。
それが一平の冒険にどう影響してくるのか。
現時点では誰にも分からなかった。
第八話「出会いと騎士の怒り」
「君はあいかわらず美しいね、ロシェル」
王都にいくつもある酒場。
多くの人が集まるここベランでは、商業区とは違い、繁華街の眠りはとても遅い。
危険と隣り合わせなのが何も冒険者達ばかりではない事は、剣と魔法の世界である事を考えれば容易に想像がつくだろう。
多くの商人に限らず、普通の一般人、そして騎士達もまた生ある事に感謝し、一日の疲れを癒すのだ。
王都ベランの歓楽区は、今日も多くの人で賑わっていた。
その酒場の一つ、生きてるだけで丸儲け亭。
「そうか。お前はあいかわらず軽薄そうだな」
真っ当に生きている者に喧嘩を売っているとしか思えない店名の酒場で、三人の男女が食事を摂っていた。
「そんな事はないさ。僕が軽薄に見えるとしたら、それは君の魅力のせいだよ」
「お前の人格形成に私が関与した事など一度も無い」
5、6人が座れる丸テーブルの上には、それぞれの料理と、そしてワインのボトルが二本。
ロシェルと呼ばれたポニーテールの美女は、やたらと気障なセリフを吐く男を鬱陶しそうにあしらっている。
「だいたい、ヴァレリー。お前はなぜ当たり前のように相席しているんだ?」
「つれない事を言う。店が混んでるんだから仕方ないだろう?」
一方、ヴァレリーと呼ばれた青年。
明らかに邪険にされているのだが、美女と同じブロンドの下のその表情にはまったく陰りが見えなかった。
「なぜ私達と相席するのかと聞いている。席なら他にいくらでもあるぞ」
「騎士学校の先輩を見つけた。だから後輩の僕は同じ席に着いた。なにか問題でも?」
「あるに決まっているだろ。私はすでに退学した身だ」
ああ言えばこう言う。
ロシェルはこの元後輩が苦手だった。
十五で入学した騎士学校。
五年制である騎士学校を三年で放校処分になったにも拘らず、この眉目秀麗の一つ年下の男は何故か自分に執着している。
この一年は特に邪険に扱ったのに、まったく堪えるそぶりもない。
自身が一般的に見て見目麗しい容姿をしているのは知っていたが、正直、軽い男は好みでは無いし年下にも興味無かった。
「それは関係無いね。退学した所でロシェルの価値は変わらない。僕は今でも君を尊敬しているよ」
だが、そんな事は金髪の青年には知ったこっちゃない。
グラスを傾け口をナプキンで拭った後、ヴァレリーはロシェルの手を取った。
「ミオ・アモーレ……」
愛の言葉と共に、そのまま手の甲に口づけを落とす。
「調子に乗るな」
「ぶへあ!!」
しかし、むちゅ~と口を突き出した瞬間には殴り飛ばされていた。
「軽々しく婦女子の手を取るとは何事だ。私はそういう軟弱な男が大嫌いだと言っているだろう? 次は叩きのめすぞ」
椅子ごと後ろにひっくり返ったヴァレリーに一瞥もくれず、ロシェルは食事を再開する。
「痛たたたた……。次はって、もう叩きのめしてるじゃないか」
アゴを抑えながら、倒れた椅子を戻すヴァレリー。
どうやら意外と三枚目のようだ。
「あはは、ヴァレリーさんもめげませんね」
そこに、テーブルで共に食事をしていた最後の一人が笑い声を上げた。
「笑い事じゃないよ、セレスタン。そろそろ僕の想いを受け取ってくれてもいいと思わないかい?」
「僕がなにを思った所でどうしようもないですよ、ロシェ姉に関しては」
柔和な顔にふわふわとした金髪を持つ美少年。
真っ白い法衣に身を包んだ少年は、パスタをフォークで絡め取りつつ二人のやり取りを眺めいた。
「どういう意味だ、セレス。まるで私の頭が固いみたいな言い方だが?」
「いや、さすがにそこは自覚してくれるとありがたいね。なあ、セレスタン?」
「うん。ロシェ姉は頭が固すぎるよ」
ヴァレリーの援護射撃を受けたセレスタンは、ジロリと睨んでくる姉を物ともしない。
「フン。軟弱よりはよっぽどマシだ。セレス、ヴァレリーを見習ったら許さんぞ」
「いくらなんでも酷くないかい?」
「そうだよ、ロシェ姉。ヴァレリーさんにも良い所はいっぱいあるよ」
「にもって……、セレスタンも十分酷いんだけど……」
そう言って落ち込む青年の姿を見て、セレスタンは笑った。
ロシェルもフフっと笑みを漏らす。
中々どうして、ヴァレリーという男は二人の信頼を勝ち取っているようであった。
「ごめんなさい、ヴァレリーさ──あっ!!」
とここで、いきなり驚愕の声を上げる少年。
「セレス?」
「ロシェ姉、あの子だ……」
姉の怪訝に、視線で答える。
ロシェルとヴァレリーは少年の視線の先を追った。
「うはぁ、これが酒場かぁ……。ここで仲間を探すのもありだな」
「な、仲間? わ、私はイッペーと二人で十分じゃと思う……」
酒場の入口。
そこにはお互い黒い服装で固めた、二人の子供の姿があった。
「盗賊は必要だろ?」
「盗賊!? 犯罪者ではないか!」
「あと遊び人もいいな」
「遊び人仲間にしてどうすんじゃ!」
「賢者に転職させる」
「なれるかああああああああ!!」
やたらと騒がしい。
室内自体が騒がしいのでまだ気にならないが、子供特有の騒々しさが少々酒場にそぐわない。
「あの少年……」
「……………………」
「ん? あの子供達と知り合いかい?」
ロシェルとセレスタンが目を見開いて黙っているのを見て、ヴァレリーは訝しげな表情。
「いや、さっきギルドでちょっとな……」
「ギルド? あの子達も冒険者?」
「あ、ああ。今日登録しに来ていた」
「へえ、ルーキーか。でも若過ぎな気がするけど」
この時点では、ヴァレリーに一平達への興味はまったく無い。
冒険者などヤクザな商売だ。
食うに困った者、腕に自信のある者達等が、入れ替わり立ち替わりで加入する。
それこそ冒険者になる理由など人の数程存在すると言ってもいい。
少々若すぎるが、そんな冒険者は別に珍しくもなんともないのだ。
「僕ちょっと行ってくる!」
しかし、ここで無視できない存在となった。
「セレス!?」
「は? オイオイどういう事?」
なんと、引っ込み思案の少年が急に立ち上がるではないか。
ロシェルは驚き、ヴァレリーも呆気に取られた。
セレスタンは温和な少年だ。いや、温和過ぎる少年だった。
故に積極性という物に欠けていた。
あまり何かに執着するという事がないだけに、そんな性格を知っている二人は面食らったのだ。
二人を驚愕させたままダッシュするセレスタン。
その足は一直線に一平へと向かっている。
この行動が一体何を生む事になるのか?
それは──
「あ、あの! 席が空いてないようですので、僕達のテーブルにきませんか!」
「ナンパとか困ります」
ナンパと間違えられてしまうのだ。
「ええ!? ち、違いますよ!?」
「つーかお前男だろ? 俺も男だぞ? うちの母ちゃんが大喜びしちゃうじゃねえか」
「はあ!?」
さらに意味が分からない。
「ただの美少年に興味はありません。美人の姉、可愛い妹、チョロイ幼馴染がいたら俺の所に来なさい。以上」
「はああああああああ!?」
もはやカオス。
一平の発言は、初心者には少々高度過ぎたのだ。
「なにアホな事言っとるんじゃ!」
「大事な事だよ。女の子を紹介してくれるなら、そいつは俺の親友だもの」
「させんぞ! 紹介なんぞ絶対にさせん!」
「それを決めるのはお前じゃない。まだ見ぬ俺の親友だ」
「ぬぐぐぐ……」
一平とリュリュ、二人のやり取りをポカンと見る事しか出来ないセレスタン。
まるで会話に入れない。
というか言ってる事は分かるのに、言ってる意味が分からない。頭がおかしくなりそうだ。
だからだろう。
言ってしまったのは。
「い、いますよ、美人の姉! 中身はおかしいですけど、外見だけなら美人です!」
引っ込み思案な少年は、躊躇う事なく姉を売った。
──な!? そんな風に思っていたのか!?──
──ロシェルを紹介!? 僕を裏切るのかセレスタン!?──
どこかで悲鳴が聞こえる。
「くわしく話を聞こう。俺は一平だ。親友、お前の名前は?」
「ちょっ!?」
「あっ、ハ、ハイ! セレスタンです! セレスでいいですよ!」
「そうか。なら案内してくれ、セレス」
「嫌じゃ嫌じゃ!! イッペーは私と二人だけでご飯を食べるんじゃ!!」
「リュリュ、メッ! わがまま言うんじゃありません、さっきの変態行為で臭い飯食いたいんですか?」
「ど、どっちも嫌じゃよぉ……」
一平はリュリュを完全封殺。
そう、チョロインたるリュリュには、勇者の道を阻む事など最初から出来はしないのだ。
「まったく、このド変態ロリババアは……。じゃあよろしくな、セレス」
「は、はあ……」
生返事をしているが、セレスタンは呆れているのではない。
なんかやっぱりスゴイなぁ、とビックリしていたのだ。
「ちなみにお姉さん、おいくつ? 俺16才なんだけど?」
「じゅ、十九かな。僕は十五」
「イケメンの歳とかどうでもいいよ。多分人生で一番いらない情報だもの」
クッソ失礼である。
親友呼ばわりまでしたのに、初対面の相手に向かって言うセリフではない。
「お姉さん彼氏いる?」
「ううん。きっと恋人なんて出来た事ないと思う」
「ほう!」
しかし、一平は浮かれていたのだ。
ようやくヒロインが登場しそうな予感に、未来のハーレム王を目指す身としては期待が抑えられない。
「ようやく最初のヒロイン登場か」
「へ? ヒロイン?」
「いや、こっちの話」
「ここココ! ヒロインならここにおるぞ、イッペー!」
隣で飛び跳ねる元ババアを華麗にスルーし、一平は歩を進めた。
そしてセレスタンが向かう先、丸テーブルには二人の男女が座っていた。
「おおうっ、なんという美女……ッ」
「な!?」
そこに居た美女。
キリリと整った眉を持つ、金髪ポニーの美女を見た一平は、おもわず感嘆の声を漏らす。
可愛いではなく、美しいのだ。
正直三次元舐めてました、いや、ファンタジー期待通りでした。とテンションがガン上げされる一平。
一平の感嘆の声に反応したリュリュの存在など、既に少年の意識からは消えていた。
「うっは、これ間違いねえよ。これでヒロインじゃなかったらもうヒロインいないレベル」
「うぎぎぎ……」
リュリュは歯ぎしりが止まらない。
チョロインからヤンデレに堕ちるのも時間の問題か。
「ここです。空いてる席へどうぞ、イッペーさん。あと、えっとリュリュちゃん?」
「呼び捨てでも構わないぜ?」
「い、いえ、誰にでもこんな感じなので」
「次にちゃん付けで呼んだらコロスぞ……」
リュリュの愛憎が限界を迎える前にテーブルに着いた。
セレスタンの勧めに従い、一平は美女の正面に座る。
そしてそのまま自己紹介に入った。
「はじめまして。野々宮一平、16才です。君の勇者グハァッ!?」
そして吹っ飛んだ。
一平の横っ腹にリュリュの頭突きが突き刺さったのは、遺憾な事に本日二度目である。
「な、なに、すんだよ……」
「こっちのセリフじゃ!! ダメじゃろ!? それは他の女に言っちゃダメなセリフじゃろ!?」
倒れた一平に馬乗りになり、リュリュは涙目で襟をガクガクとゆすった。
「わ、わかっ、た……。分かっ、た、から、離……せ……」
めっちゃ痛い。
腹が超痛い上に頭を乱暴にゆすられては堪ったものではなかった。
「絶対じゃぞ!? 絶対じゃからな!?」
しかも今にも泣きそうな幼女が目の前にいる。
何度か泣かしてきたが、どうやら本気で嫌がっているようだ。
さすがに女を泣かせてまで言うような事ではない。
「言わない、っつーの……」
一平は簡単に了承した。
「お待たせしました。こっちの頭のおかしいロリはリュリュです」
「誰の頭がおかしいんじゃ! イッペーだけには言われたくない!」
そして何事も無かったように席に着く。
「あ、ああ、ロシェルだ……」
「……あ~、ヴァレリー・クーブルール。ヴァレリーでいいよ」
「さっきも言ったけど、僕はセレスタン」
「……リュリュじゃ」
ロシェルとヴァレリーは呆気にとられていた。
セレスタンは少し耐性ができたっぽい。
リュリュは不機嫌ながらもきちんと自己紹介した。
「……リュリュ」
「……なんじゃ」
「メニューの字が読めないんですけど……」
「も~、しょうがないの、イッペーは!」
しかし、リュリュの機嫌は一瞬で回復する。
そう、一平は字が読めなかったのだ。
「私がいないと注文一つ出来ないんじゃから!」
「くっ、このロリババア……」
凄まじいチョロイン力を発揮するリュリュだったが、間違いなくロシェルに対する牽制も含まれているのだろう。
意志疎通の術式が文字にまで作用しなかったのをこれ幸いと、一平にかいがいしくメニューを説明する。
そして一平とリュリュが注文を終えた頃、ようやくロシェルが我に返った。
「あー、その……イッペー、でいいのだろうか?」
「ダメに決まっとるじゃろ。頭がおかしいのか、小娘」
リュリュの呼び方で判断したロシェルだったが、その幼女に即答で断られて絶句する。
クソ失礼さは、残念ながら一平の上と言わざるをえない。
「お前ちょっと黙れよ」
「ぬぐぐぐぐ……」
しかし、一平渾身のアイアンクローがリュリュを黙らせた。
「もちろん一平でいいですよ、ロシェルさん」
「あ、ああ、私もロシェルと呼び捨ててくれて構わない」
「うぐぐ……」
一平は満面の笑顔を炸裂させたのだが、リュリュの顔面を握り潰そうとしている為、少々表情が硬い。
一平からしてみたら、最近のリュリュははっちゃけ過ぎているので釘を刺しておきたかったのだ。
決して腹を二度も攻撃された腹いせからでは無い。
「この馬鹿が失礼な事言って本当にすみません」
「いや、気にしていない。もっと砕けた喋り方でも構わないから、そろそろその子を放してあげてくれ」
あまりに痛そう過ぎて、お仕置きにしても少しやり過ぎだ。
相手はまだ幼い幼児なのだから、もう許してやって欲しい。。
内情を知らないロシェルから見たら、一平が行っているのは児童虐待以外の何物でもなかった。
「……ロシェルに感謝しろよ」
「するわけないじゃろ」
一平は溜息を吐いてリュリュを解放したのだが、自身の敵になりそうな女からの施しなど感謝するつもりはない元ババア。
リュリュの態度は最悪だった。
「それで、何? ロシェルなにか言いかけなかった?」
一平は簡単に敬語を手放した。
呼び捨てでいいと言われはしたが、年上相手にソッコーでタメ口である。
ゆとりを甘やかしてはいけないという好例だろう。
現に、ヴァレリーの眉がピクリと跳ね上がったのだから。
「ちょうどいいのでな、イッペーに謝罪しようと思う」
「謝罪? なんで?」
一平は怪訝な顔をしたのだが、まあ当然だろう。
この異世界に来てまだいくらも経っていないのに、初対面の相手から謝られる事に心当たりが無さ過ぎる。
一平だけでなく、リュリュも、ついでにヴァレリーも疑問に思っていた。
「実は、私とセレスはさっきまでギルドにいてな……」
「……ああ、あの冒険者達の中にいたのか」
「そうだ」
「けどだからってなんで謝るの? 俺なにもされてないんだけど?」
そう、一平は別に何もされていない。
どっちかといえば、加害者は一平の方だ。
「登録する時ハーレムを作ると言っただろう?」
「言ったな」
「ハーレムゥ!?」
おもわずヴァレリーの驚愕の声が上がるが、それを無視して話は進む。
「私はイッペーの事を男のクズだと吐き捨てた」
「ああ、そういう事……」
一平は全て理解した。
目の前の美女が、テンプレ武士女だという事に。
自身が思っただけの事にまでケジメをつけようなど、いくらなんでも普通人に出来る事ではない。
「すまなかった。全面的に謝罪しよう」
「マジかよ、本物くせえな……」
頭を下げてくるロシェルに一平は、ヒロイン属性有りだ、と呟いた。
「は?」
「いや、こっちの話。あと、謝罪は受け取ったからもう気にしなくていいぜ?」
「そうか、感謝する」
そう言って、ロシェルは笑みを浮かべた。
「ちょっと待ってくれ! おかしくないかい!?」
が、黙ってられないのはヴァレリーだ。
自身ですら滅多に見れない笑顔を見せたロシェルに、ヴァレリーは疑問をぶつける。
「意味が分からない! えーと、イッペー君がハーレムを作ると宣言し、ロシェルがクズだと思ったから謝った?」
「そうだ」
「どういう事おおおおおおおお!???????」
ヴァレリーの叫びはクエスチョンマークだらけ。
そりゃそうだろう。
その場にいた者でなければ意味不明の事態だ。
いや、その場にいたとしても完全に理解出来たかどうかは疑問である。
「セレスタン! ロシェルは何を言っているんだい!? 今の説明はおかしいだろう!?」
「ううん、間違いなく合ってる」
「世界に何が起こったんだよおおおおおおおお!!」
一平の巻き起こした旋風は犠牲者を増やさねばならないとでも言うのか。
厳しい現実は、ヴァレリーの脳細胞を破壊しに掛かっていた。
「うるさいぞ、ヴァレリー。男が食事中にギャーギャー騒ぐな」
「うぐっ……」
憐れ。
ヴァレリーは何も悪くないのに、何故か想い人からの評価を下げてしまった。
一平の犠牲者がまた一人生まれた瞬間である。
「しかし、イッペー。夢を笑うつもりはないが、やはり女としては納得しかねる」
ロシェルは女の立場から苦言を述べた。
あの時の一平の言葉は恐ろしい程の力でロシェルの心に届いたのだが、それでも女を侮り過ぎではないだろうか。
「そりゃそうだろ。納得できる女なんて早々いるわけないじゃん」
だからチョロインを探すのだ。
「ほ、ほう。それだけ男としての魅力に自信があるという事か……」
だが、ロシェルは逆の意味で取った。
せめて同い年くらいならばな、と少し顔を赤らめている。
その様を見たリュリュは怒りが点火。
外見は少々整っているが、いきなり現れて自身の勇者に色目を使うなど許せる事ではない。
リュリュは叫ぶ。
「小娘──」
「待ってくれロシェル! いったいどうしちゃったんだい!?」
しかし、ヴァレリーに遮られた。
「なにがだ?」
「ハーレムだよ!? 君がもっとも嫌いそうな考えじゃないか! ハーレム作って君に好かれるなら僕も作るよ!」
もはや何が正しいのか分からなくなってしまったヴァレリーは、自らどんどん底無し沼にはまっていく。
「イッペーのハーレムとお前のハーレムを一緒にするな。全く違う物だと思え」
「ハーレムの違いってなんだよおおおおおおおお!!」
勿論、ハーレムはどこまで行ってもハーレム。そこに違いなどある筈がない。
ここは間違いなくヴァレリーが正しいだろう。
しかし現実とは必ずしも正しければいいという物ではないのだ。
「いいかげんにしろ、ヴァレリー。今日のお前は見苦しすぎる。それでも男か」
「えあおっ!?」
イケメン青年の口から出る変な声。
歪んだ端正な顔はオモロ顔になっていた。
まあ仕方あるまい。
二年以上もの時間を掛けてコツコツ上げてきた好感度が、何故か凄まじい勢いで下降しているのだから。
このまま一平に関わり続ければ、ストップ安も時間の問題だろう。
「う~~ん……」
そんな、一つの恋物語が終焉を迎えようとしている横で、一平は顎に手を当てて考え事をしていた。
「スゲェなぁ……」
「すごいって何が?」
その呟きに気づいたのは、一平の隣に座っていたセレスタン。
警戒心からロシェルに意識を向けていたリュリュと違い、セレスタンはずっと一平だけを観察していたのだ。
なぜならセレスタンもまた、他の冒険者達と同じように、未来のハーレム王の言葉に痺れたからだ。
自身には持ち得ない強さを持つ一平。
間近で話をすれば、その強さを自分も手に入れられるのではないかと思った。
敵を作るのは恐くないと言い切り、理想の自分を諦めないと吼えた姿は、気弱な少年に憧れを抱かせるのに十分だったのだ。
「いやな? あのヴァレリーってイケメンの圧倒的なかませ臭はどういう事なの?」
「ぶふっ!」
こそっと耳打ちする一平は、セレスタンを吹き出させる事に成功する。
これまた初対面の人間に対してクソ失礼ではあったのだが、セレスタンの目から見ても今日のヴァレリーは駄目駄目だ。
結構若い女性達から人気があるのに、何故かもう三枚目にしか見えない。
セレスタンは口を隠してくっくっくと、笑いをかみ殺している。
「あいつ絶対ロシェルの殴られ係だろ?」
「ぶはあ!」
とうとう笑いが吹き出した。
記憶を起こせば、たしかに普段から殴られている。
姉にちょっかいを出したヴァレリーが殴り飛ばされるのは、ここ二年の日常の光景。
それをあっという間に看破した少年に、セレスタンは吹き出してしまったのだ。
ヴァレリーの底が浅いみたいで笑いが止まらない。
「ど、どうした、セレス?」
弟が腹を抱えて笑うなど滅多に見た事のない姉は、驚いた目をセレスタンに向けていた。
勿論、ヴァレリーも同様だった。
「な、なんでも、にゃい……よ? ぶふっ!」
キョトンとした顔を向けてくるヴァレリーがまたツボにはまる。
セレスタンは顔をテーブルにくっ付けて、腹をギュッと抱えながら笑いを堪えていた。
「セレスはどうしたんだ、イッペー?」
「さあ? 思い出し笑いなんじゃね?」
「……どうせまたイッペーが馬鹿な事でも言ったんじゃろ」
ロシェルの疑問に一平は肩を竦めたのだが、リュリュは簡単に真実を見破った。
と、ここで、ようやく一平とリュリュの料理が到着する。
二人が注文したのはセレスタンと同じパスタだった。
腹が減って仕方のなかった一平は、さっそく食事に取りかかる。
「へえ、酒場のメシなのに結構おいしいんだな」
「フン。まあまあじゃが、私が作った方が美味い」
酒場は酒を飲む所という先入観から、一平は意外だったなと感想を漏らした。
不機嫌なリュリュは、もう何もかもが気に入らない。
肉体年齢的には第一次反抗期でもおかしくはないのだが、精神年齢65才のロリババアのくせに大人気無いにも程がある。
しかし。
「たしかにリュリュの作ったご飯の方が美味しかったかも」
「んぐふっ」
ハーレム王を目指す鈍感主人公は最強だった。
「まあ、リュリュは年季が違うしな。当然か」
素知らぬ顔で食事を続ける一平。
「も、も~。イッペーは、も~……」
リュリュは顔を真っ赤にしてモジモジし始めた。
照れたその仕草は、幼女の姿と相まってとても可愛らしいのだが、鼻から飛び出たパスタが全てを台無しにしている。
「(正真正銘のアホだな)」
一平が心の中でそう思ってしまったのは罪になるのだろうか?
あまりにも巨大なチョロイン力を身につけてしまったリュリュは、きっと既に人生すらも台無しにしているのだろう。
「イッペー君、ちょっといいかい?」
とそこへ、一平がリュリュの人生を憐れんでいた時、恋敵を見るような目を向けてきたイケメン。
「ん? 俺の事はイッペーでいいぜ?」
「ぐっ、君は年上に対する礼儀……いや、なんでもない。僕の事もヴァレリーで構わないよ、イッペー」
ゆとりの態度に一瞬頭に血が上ったヴァレリーだったが、大きく息を吐いて自制した。
相手は二つも年下なのだ。
生意気な後輩などいくらでも対処してきた自分を思い出す。
まあ、既に対処できていないのだが、好きな女の前でこれ以上無様を晒す訳にはいかなかった。
一平は一平で、この踏み台モブとしか思えないイケメンを敬う事がどうしても出来ない。
「サンキュー。で、なに?」
「教えて欲しい。ハーレムなんて女性を敵にする事だと僕は思うんだけど、ここまでは合っているかい?」
「あたりまえじゃん」
「そうだろ!? そりゃそうだ! そう、あたりまえなんだよ! 世界は間違ってない!」
「テンションたけぇなオイ……」
ようやく理解を得られた事に、ヴァレリーは興奮した。
当たり前の事が当たり前でなかった異次元空間など、やっぱりただの幻だったのだ。
そりゃ当然テンションも上がるというもの。
しかし、その異次元空間を作り出したのが一平だという事を、ヴァレリーは忘れている。
「なら君はロシェルから嫌われている、そうだね?」
「ええ!? ロシェルって俺の事嫌ってんの!?」
「いや、どちらかと言えば好意を抱いているぞ?」
「なんでだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ヴァレリーは叫んだ。
世界よ砕けろ、と言わんばかりの男の咆哮。
「うるさい!!」
「グハッ!!」
そしてロシェルに殴られる。
「もう帰れ! 周りの客の迷惑だ馬鹿者!」
床に蹲り、なんでだよ~なんでだよ~と悲哀の声で泣くヴァレリーは、いくらなんでも憐れ過ぎた。
「まあまあ。あっ皆さんスミマセーン。ちょっとツレが悪酔しちゃって。もう騒がせませんから、ホントすみませーん」
良い子の一平はロシェルを落ち着かせ、さらに周りに謝罪するという最強振りを発揮。
なんという事か。
正しい筈のヴァレリーが、本当に一平の踏み台となってしまっている。
これは酷い。
「まったく、少しはイッペーを見習え」
「うえぇぇぇ……」
死者を蹴りまくる行為。
ロシェルの言葉はヴァレリーの心を大いに傷つけた。
もう泣きそうなヴァレリーは、のそのそと席に座ると、一縷の望みを賭けて一平へと問いかける。
「イッペー……、君は、その……、ロ、ロシェルを狙っているのかい……?」
男らしくない。
ヴァレリーは信じられない程、男らしくなかった。
好きな女の前で、他の男にそんな事を聞くなど、いくらなんでもヘタレ過ぎるだろう。
現に、ロシェルのコメカミに血管が浮き出ている。
しかし、勘弁してやって欲しい。
今のヴァレリーは混乱しているのだ。
世界から自分一人だけ取り残されてしまった様な気がして、魂が凄くちっちゃくなっているのだ。
普段の彼はこうではない事を、皆が分かってあげてもらいたい。
「ん~、ロシェルか……」
ヴァレリーのその問いかけに、一平はふむんとロシェルを見た。
ヴァレリーだけでなく、全員が緊張の一瞬である。
ロシェルなど、少々顔が赤い。
失礼にも女を品定めしている状況なのだが、異次元空間と化したこの五番テーブルでは誰も違和感を覚えなかった。
「たしかに超絶美人だよな、おっぱいも大きいし……」
「そ、そうか。正面から褒められるのは悪い気はせんな」
恐るべきは一平の異次元殺法。
おっぱいをガン見してますよと言っているのに、ロシェルはなぜか照れている。
そもそも、ヴァレリーの性格ならば毎日の様にロシェルを褒めていた筈だ。
「性格も悪くない。というか正直、王道ヒロインとしてはかなりのものだと思う……」
『ッ!?』
一平の言葉に、リュリュを含めた全ての者達が驚愕した。
ロシェルの性格。
一言で言えば質実剛健。
あえて悪く言うのなら、まるで女らしくない女。
現実でこんな女がいたら確実にボッチ確定である。
しかし、一平の判断基準は、チョロインであるかどうか。
「ん~~……」
一平は目を閉じて、無数のヒロインを検索。
そしてロシェルのチョロインとしての資質を推測した。
ロシェルは間違いなく暴力キャラ。
王道のツンデレから派生したこのキャラは、扱いが恐ろしく難しい。
ツンデレキャラでさえ大量のアンチが湧くというのに、暴力を躊躇いなく振るうヒロインなど何をか言わんや、だ。
「有りだな!」
『ッ!?』
しかし、一平はそれを肯定した。
ツンデレからの派生という事は、デレの大きさが想定を遥かに超える可能性がある。
さらに、ギャグやコメディでは殴られる事が既に決定しているが、現実である以上全て避ければいい。
なにより決め手となったのは、この手のキャラはサービスシーンをまかされる事が多いという事。
お色気担当ではなく、ちょいエロハプニング担当。
物語を彩る上で、欠かす事が出来ないキャラとも言えるのだ。
「よし、ロシェル! 俺のハーレム──」
「決闘だああああああああああああ!!」
一平の言葉は遮られた。
遮ったのは、恋の騎士。
リュリュの怒りよりも速く反応したヴァレリーは、椅子を蹴り倒して立ち上がる。
「ノノミヤ・イッペー!! 僕は君に決闘を申し込む!!」
ベラン王立騎士学校四年、ヴァレリー・クーブルール、18才。
学年最強で居続けた先輩に憧れ、恋をし、その先輩が退学した後は自身が最強であり続けた生粋の恋の騎士。
二つ名は、『炎剣』。
「必ず受けてもらうぞ!!」
『炎剣』と『最強』の激突。
「まるで構わないぜ?」
最強は、ニヤリと口の端を吊り上げた。
本当なら決闘も終了してる筈なのに……。(´;ω;`)
人物増えると字数の食いが半端じゃないです。