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第七話「被害者は冒険者達」

恋愛も重要な要素なので、とりあえずリュリュの対抗馬を出します。

「着いたぞ、イッペー」


 夜の帳が下り始めている街。


「え~? ここが王都? なんかやたら寂れてるんですけど……」


 日が沈む王都ベランの片隅で、二人の男女が音も無く出現した。

 辺りに人影は無い。

 無造作に生えた雑草以外には、ポツリポツリと民家があるのみだ。


「そりゃそうじゃろ、この辺りはまだ都市開発が済んでおらん。街の中心まで一時間以上は掛かる」


 大陸でも有数の大国であるベラン王国。

 しかし、その歴史は意外と浅かった。

 建国してまだ400年程しか経っていない国家は、いまだ成長期を終えていないのだ。

 その中心たる首都もまた、日々拡大し続けていた。

 ちなみに、天才が召喚に組み込んだ意志疎通の術式は、異世界の単位さえも便利に翻訳してくれる。ご都合主義さいこー。


「はあ? なんでそんな所に跳んだわけ?」

「街に入る前に検問があるんじゃよ。小額とはいえ入場税も払わねばならんし……」

「ああ、そういう事ね」


 バツが悪そうな幼女に、少年は全てを理解した。

 入場料うんぬんは関係ない。

 間違いなく顔を確かめられたくなかったのだろう。


「大変だな、犯罪者って」

「誰が犯罪者じゃ!」


 キレるリュリュだったが、それはただの逆ギレだ。


「一般市民は皆が払ってる税金を払わないし」

「うっ……」

「魔法を悪用して街に不法侵入」

「ううう……ッ」


 そんな逆ギレなど、勇者たる一平には通用しない。


「リュリュさんは、犯罪を犯す事に関してはホント一生懸命なんですね」

「スミマセンでしたああああああ!! 本っ当にっ、スミマセンでしたああああああ!!」


 ニッコリと笑う一平は、遂に犯罪者を反省させる事に成功した。

 もうしない……もうしないから止めて……ゆるして……、とゲロを吐きかねない程えずくロリ。

 他人が見たら間違いなく一平が逮捕されてしまうのだが、犯罪者を更生させる事はそれほどに厳しい意志が必要なのである。


「だいたい、そんなんじゃ金も稼げなかったんじゃねえの? もしかして裏で暗殺者でもしてた?」

「するわけないじゃろおおおおおお!!」

「冗談だよ」


 興奮するリュリュにしれっと返す一平だったが、やはり疑問に思ってしまう。

 日蔭者のリュリュは、一体どうやって日々の糧を得ていたのだろう。


「これでも元宮廷魔法師じゃぞ? 一生遊んで暮らせるだけの金は稼いだわ」


 冗談とはいえ殺し屋呼ばわりは酷過ぎる。

 リュリュはフンッとソッポを向いて肩を怒らせていた。


「35年間、ずっと消費するだけの人生に疑問を抱かなかったんだ……」


 さすが天才ヒキコモリ、と一平は溜息を吐いた。


「な、なんじゃよそれ……、自分で稼いだんじゃから文句ないじゃろ!?」


 その通り。

 リュリュは、自分で稼いだ金で生きてきたのだ。


「じゃあ、実際ほぼ一生遊んで暮らしたわけだから、もうほとんどお金ないんじゃないの?」

「ッ!?」


 しかし、そんな理屈が一平に通用する筈もなかった。

 数多くのSEKKYOUに触れてきた少年にかかれば、針の穴ほどの隙があれば突破する事など容易い。


「お婆ちゃんの老後の貯蓄はあとどれくらいなのかな?」

「も、もうお婆ちゃんじゃない……」

「一年は大丈夫だよね? でも二年はちょっとキツイかな?」

「……ご、五年は、いける……」

「そっかぁ、じゃあ五年後から狩りをしていくつもりだったんだぁ」

「……………………」

「70才のお婆ちゃんのハイパーサバイバル生活。ベストセラー間違いなし、きっと映画化も狙えるよ」

「なんなんじゃよおおおおおおおおおおおおお!!」


 これは酷い。

 あまりに酷い言い草に、リュリュはたまらず悲鳴を上げた。

 だが。


「いいか、リュリュ。もう犯罪は無しだ」


 急に真顔になった一平が、遥かに年上な筈の幼女に諭すように言う。


「故意だろうが過失だろうが、一度犯罪を犯したら人生が狂う。身を持って知っただろ」

「うっ……」

「その姿なら、お前がリュリュ・シェンデルフェールだなんて誰も分からねえよ」

「……………………」

「もっと堂々といこうぜ? その方が楽しく生きられるじゃん」


 ニッと笑う一平は、先ほどの嫌味全開の少年と同一人物であるとはとても思えなかった。


「……そうじゃな、コソコソして生きるのはもううんざりじゃ」


 しかし、その笑顔は間違いなくリュリュの心に響く。

 人生をやり直すと決めたのに、以前と同じ行動をとる事に何の意味があるだろうか。

 舵を取るのは勇者に任せてもいい。

 でも、生き方を決めるのは自分自身でなければならない。


「これからは好きに生きると決めた。じゃが、生き難くなるような生き方はせん。一平に誓う」

「自分に誓えよ、そんなもん」

「いやじゃ、私の勇者に誓う」


 リュリュのこっ恥ずかしいセリフ。


「これが、私が自分で決めた生き方じゃ」


 遅れてきたチョロインは満面の笑みで全力アピールだ。


「ふ~ん。まあどっちでもいいけどさ」

「ちょっとは反応せんかあああああああああ!!」


 が、間違った鈍感主人公の壁は厚かった。

 けれど実はこれ、一平は分かってやっている。

 しかし、一平はロリ属性が薄かった。

 というより巨乳派なのだ。一平は。

 思春期真っただ中の16才にとって、やはりおっぱいこそが正義。

 おっぱいに貴賎が無い事くらい勿論知ってはいるのだが、それでも大きなおっぱいに憧れを抱いてしまう。

 しかも、リュリュは印象が強烈過ぎた。

 おそらく一平の記憶からババアの姿を消すには、少なくともあと数年は掛かるだろう。

 ボインボインの美女を手に入れる気満々の一平と、あらゆる点でマイナススタートのリュリュ。

 一平の心の中では、互いの攻防は水面下で激しく行われているのだ。


「落ち着けよ。とりあえず、その生き方についてだ」

「…………?」

「生き方には、大きく分けて二種類あるのは知ってるか?」 


 一平は強引に話を切り替えた。


「む? 表で生きるか裏で生きるかという事じゃろうか……?」

「ナチュラルに犯罪者を選択肢に入れるなよ! どこまで堕ちちゃってるの!?」


 自称天才はたやすく丸めこまれる。


「むう、表の世界だけで二種類か……。範囲が広すぎてまるで見当がつかん」

「まったく、この犯罪ロリババアは……」


 一平は大きく溜息を吐くと、人生経験という言葉をスコーンと忘れてしまった65才のロリに、いいか? と厳かに告げる。


「最初からオレTUEEEEE!! をするか、後からオレTUEEEEE!! をするかだ」

「オレツエエ? なんじゃそれ?」


 リュリュには、一平の言っている事が欠片も理解出来なかった。

 当然だ。

 オレTUEEEEE!! は、地球でもごく選ばれた人間にしか理解できない概念なのだから。


「俺がギルドに登録するだろ?」

「う、うむ」

「俺の力なら、隠そうとしない限りすぐ有名になっちゃうぜ?」

「……ん~、まあそうじゃろうな」

「それが、オレTUEEEEE!! だ」

「はあ?」


 未だ理解の及ばないリュリュに、一平はさらに詳しく説明する。

 ギルドに行く。

 モブに絡まれる。

 モブを瞬殺する。

 モブが実は実力者。

 いきなり高ランク認定。

 ハーレム。


「ハーレムじゃと!? そんなの許さんぞ!!」

「落ち着け、今はそういう事を話してるんじゃない」


 一平の見事な説明に、リュリュは動揺した。

 が、今は今後の異世界の歩き方を模索している真っ最中なのだ。

 一平は華麗にスルー。


「後でオレTUEEEEE!! をする場合はこうだ」


 ギルドに行く。

 モブに絡まれる。

 低姿勢でやり過ごす。

 冒険者には珍しい謙虚な態度が受付嬢に大人気。

 街にドラゴン襲来。

 実は実力者だったモブ即死。

 街の危機を救う。

 ハーレム。


「結局ハーレムじゃろがあああああああああああ!!」

「そこはしかたねえよ」


 うがぁぁぁぁぁ!! と発狂するリュリュを無視し、一平は持論を述べ始めた。


「いいか? 最強物の場合、九割九分オレTUEEEEE!! になる」

「……さ、さいきょうもの?」


 次々に出てくる異世界用語に、いかな天才とて即座に理解するのは難しい。


「最大の問題は、周りに力を示すタイミングだ」

「よ、よく分からん。力を示し過ぎて厄介事に巻き込まれるとか、そういう話か?」

「バッカ。そんなの力で跳ね返せばいいだけだろ? そういう表面的な事じゃないんだって」

「? ではなにが問題なんじゃ? 最初から隠す必要なんかないじゃろ?」


 ヤレヤレ。

 一平は肩を竦めてヤレヤレである。


「想像してみろ、リュリュ。元宮廷魔法師と他言出来ないお前は、新人としてギルドに登録される」

「……? そりゃそうじゃろ」

「そのロリボディじゃ侮られるぜ?」

「む」

「馬鹿にされるだろうし、生意気なガキだって言われるかもな」

「ぬぐぐ」


 ありえる未来だ。

 天才にとってその光景を想像する事は容易い。

 リュリュの額に血管が浮く。


「けど、天才魔法使いたるお前は、そんな弱者の戯言なんてまったく気にしない」

「む?」

「馬鹿にされながらも飄々と生きていたある日、街に空を埋め尽くすドラゴンの群れが」

「なんじゃと!?」


 リュリュは引き込まれた。

 娯楽の少なそうな異世界で語られる三文小説は、リュリュの心をがっちりキャッチ。


「燃え盛る炎。崩れる家屋。砕ける大地。一人、また一人と力尽きていく強者達」

「なん……という……ッ」

「もう駄目だ。お母さん、お母さん。逃げ遅れて泣きながら母を呼ぶ、小さな子供」

「くっ……」

「その幼い体に魔獣の牙が突き刺さろうとした、まさにその時──」


 ──断裂エスパスクーパー──


「ッ!?」

「少し待たせたようじゃ、とドラゴンの首を落として言う小さな黒い影」

「ッ!? ッ!?」

「イッペー、ここは私が抑える。蹴散らしてこい」

「ッ!? ッ!? ッ!?」

「抑えきれんのか? という少年の問いに、なんなら全て私が始末してもかまわんのじゃぞ? と笑みを返す少女」

「っくぅーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 リュリュの体がピーンとなった。

 気をつけの姿勢が一直線に、つま先も指先も何もかもがピーン。


「それじゃ!! なんて素敵な生き方なんじゃ!! もうそれしか考えられん!!」


 リュリュの目からはボロボロと鱗が零れ落ちていた。

 かわいそうに。

 憐れなリュリュは、遂に一平を理解してしまった。いや、厨二病をと言うべきか。


「いや、ここはやっぱり最初から全開で行こう」

「なぜ!?」


 リュリュは驚愕した。

 そんな馬鹿な。これ以上の生き方などあるわけがない。

 だが、続く一平の言葉にも一理あったのだ。


「力を隠すと日常パートが平坦になりやすい。なぜなら他者との交流を極力控えなきゃならないからだ」

「はあ?」

「しかも、いざと言う時の度合いで行動に矛盾が出る場合があるんだよ」

「い、意味が分からんのじゃけど……?」

「せっかく隠してた力。どの程度の危機なら周りに示していいと思う?」

「は? じゃから、竜が……」

「じゃあ、盗賊に誰かが襲われてても力を抑えるのか?」

「うっ……」

「チンピラに絡まれてる女の子がいたらどうすんの?」

「……………………」


 そう、見て見ぬ振りが出来ない状況などいくらでもある。

 力を隠すという事は、少なからず他者を見捨てる可能性がある上に、結局小さな出来事でバレるかもしれなのだ。


「な? それなら最初から全開でいた方が楽しいと思うんだよ。ストレスも溜まらないだろうし」

「むう……、たしかに」


 力を隠して生きる事を選択し、しかし誰かの危機の時には爆発させる。

 最強物の中でも人気の手法。

 厨二心をくすぐりまくる、誰もが一度は想像した事のある生き方を、一平は選ばなかった。

 この選択が何を生むのか。


「なあリュリュ。冒険者って、やっぱガラ悪いのか?」

「なんじゃいきなり。まあ全てではないが、荒くれ者は多いぞ」

「テンプレ通りだな。じゃあどうせギルドでケンカ売られるだろうからさ、全力で買ってやろうぜ?」


 それはすぐに分かる事となる。


 

 

 


 第七話「被害者は冒険者達」






 肥沃な大地に恵まれた国、ベラン王国。

 農業と商業がうまくかみ合った王国は、当然他国との貿易にも力を入れていた。

 特に王都ベランは経済の中枢を担っており、様々な人材が集る大陸有数の都市として有名だった。

 そこの冒険者ギルド、メインストリートの一角に佇む王都ベラン支部は、今日も冒険者で賑わっていた。

 広さはちょっとしたホールくらいある。

 入口の真正面に七つの受付があり、両サイドの壁には合計10台の丸テーブル。そして小さなバーカウンターがあった。

 おそらくはちょっとした酒場も兼ねているのだろう。

 情報を交換する為に、多少のアルコールは必需品という事だ。

 時間はまだまだ宵の口。

 本日の仕事を終えた冒険者達が、グラス片手に何人ものグループを作っていた。


「ロシェねえ。僕甘い物が食べたい。新作のジェラートが二割引きなんだって」


 その中の一組。

 白い法衣に身を包む、ふわふわの金髪が特徴の美少年。

 受付嬢から教えてもらった情報に、その柔和な顔を綻ばせていた。


「軟弱な。男がそんな物を口にするな。あれは婦女子の食べ物だろう、セレス?」


 そしてもう一人。キツ目の眉とポニーテールが特徴の、同じくブロンドのとんでもない美女。

 革の軽鎧を纏った少女の背には、その身に身合わぬやたらとでかい剣があった。


「そ、そんな事ないよ。他の男の子達だって食べてるの見たもん」

「そんな軟弱者などどうでもいい。男ならば十五にもなってそんな物を欲しがるなと言っている」


 少々どころか巌の如き厳しさを見せる美女はスタイルまでもが完璧ではあったのだが、ハッキリ言って美人が台無しだ。


「……ロシェ姉だってもうすぐ二十歳なのに、ぜんぜん女らしくないよ」


 さすがに厳し過ぎて、当然の様に少年の不満を呼んでしまう。

 

「いいかげんにしろ、セレスタン。父と母の無念──」


 と言いかけた所で、ズバンッ、と轟音がギルド内に鳴り響いた。


「──なんだ?」


 美女が、というより、室内に居た全ての者達が目を向ける先。

 轟音の発生地点は、ギルドの出入口だった。

 そこには扉を全開で開けた姿勢の少年と、まだ十歳に届かないであろう少女の姿がある。


「……………………」


 二人は共に無言。

 止まった時間の中、ゆっくりと、本当にゆっくりとズボンのポケットに両手を突っ込んだ少年が、一歩踏み出した。

 コツリ。

 まるでゴム底のスニーカーの裏に石でも仕込んでいるかの様な音が、静まり返ったホールに響く。

 コツリ。

 恐ろしく一歩が遅い。


「かましすぎじゃろ……」


 少女が小さく呟いたのだが、黒ずくめの少年の存在感が巨大過ぎて、誰の耳にも届かなかった。

 コツリ。

 牛歩が如き一歩。

 その一歩を踏むたびに、少年の鋭い眼光が左右へと飛ぶ。

 それは威嚇ではなかった。

 品定めでもなかった

 少年は絶対強者の立場から全員を見下ろしているのだ。

 何人もの冒険者達が息を飲む。

 全冒険者を敵に回すが如き真似。それを平然と行うその胆力。

 黒髪の少年から繰り出されるプレッシャーは、ギルド内の人間全てを飲みこんだ。


「もういいじゃろ、イッペー」


 とそこへ、少年の背に少女の溜息混じりの声が飛ぶ。

 音をぶち抜く最速どころか、時間を止める最遅すら自在な少年は、顔をしかめた。


「…………………………………………リュリュ」


 一平はゆっくりと首を後ろに回し、溜めに溜めてから非難の声を出す。


「それもういい。三歩歩くのにどれだけ掛かっとるんじゃ、朝になってしまうじゃろ?」


 このままでは受付まで辿りつけない。

 力を隠さないとは本当にこういう事なのか。疑問ばかりが募る。

 なんかもう面倒臭くなったリュリュは、早くも厨二病を卒業した。


「……それもそうだな」


 ギルドイベントの後には精霊イベントが待っているのだ。

 時間は有効に使わねばなるまい。


「じゃあもう石はずして。すげえ歩きにくい」


 リュリュはまたも溜息を吐きつつ、一平の靴裏に魔法で固定していた石を解除した。

 サンキュー、と言いつつスタスタと受付に向かう一平。そしてその後を追いかけるリュリュ。

 そんな二人を唖然とした顔で見詰め続けていた冒険者達は、ようやく再起動した。


「な、なんだあいつ等……」

「あれハッタリだったのか?」

「どういう育てられ方したんだよ」

「見ない顔だな……新人か?」

「なんつークソ度胸してやがる」

「頭がおかしいんでしょ」

「二人とも若いな」

「若いどころか片方幼児なんですけど……」


 そこら中で話題になっている。

 たった三歩で思惑通りに事を運んだ一平、恐るべし。二人は既に時の人だった。

 しかし、一平の恐ろしさはここからが本番と言える。


「あ、すみません。登録したいんですけど大丈夫ですか?」


 正面のカウンターに座る受付嬢の一人に、一平は丁寧に話しかけた。

 良い子である一平は、お店の店員さんにいきがるような空気の読めない輩とは違うのだ。


「え、ええ。もちろん大丈夫ですよ。新人登録ですね?」

「はい。二人ともそれでお願いします」


 にこやかな対応。

 しかし受付嬢の笑顔は若干引き攣っていた。

 変わり者の多い業界とはいえ、ここまでの変人は早々お目に掛かれないのだろう。


「では名前と年齢、出身地。あと簡単でいいですので、冒険者になる動機を教えて下さい」


 まるで面接だった。

 だがまあたしかに、危険思想の持ち主が加入するのはギルドとしても御免被りたいだろう。


「ハイ! 地球出身、野々宮一平! 16才です!」


 遂に憧れの冒険者になれる。

 一平は元気よく発言した。


「げ、元気がありますね。もう少し声を落としてもらっても構いませ──」

「動機はやっぱりハーレムですね!」

「は?」

「魔王退治もいいですけど、比重が高いのは間違いなくハーレムです! 夢はでっかくハーレム王!」

「……………………」

「綺麗な女性に好きになってもらう為には、やっぱり冒険者として名を上げるのが最善の道だと判断しぐふえっ!!」


 少々テンションが上がった一平のどてっ腹に、リュリュの頭突きが突き刺さった。


「……………………」


 リュリュは頭を摩りつつ、痛みで蹲る一平を無言で見詰めている。

 それが乙女心からなのか、それとも同行者として恥ずかしかったからなのかは分からない。

 幼女は一つ溜息を吐くと、受付に自身の登録を頼んだ。


「名前はリュリュ、10才じゃ。出身は精霊の森。そこのアホウについていく為に冒険者になりたい」

「お、お嬢ちゃん、冒険者はとっても危ないのよ? もう少し大きくなってからの方が……」

「無用の心配じゃ。魔法の腕には自信がある。だいたい、冒険者に年齢制限など無かったはずじゃが?」


 受付嬢は困った。

 少年の発言にも困ったが、目の前の幼女にも困る。

 普通に命の危険がある職業なのに、こんなおかしな二人を登録してもいいものなのだろうか。

 

「いいじゃねえか、認めてやれよ!」


 とそこへ、からかい交じりの声が。


「なんたって未来のハーレム王らしいからな!」


 瞬間、ギルド内がどっと沸いた。

 あちこちから大きな笑いが起こっている。

 先ほどの一平の元気な発言は、冒険者達の笑いの種にはちょうど良かったのだろう。

 それに最初、ただの馬鹿なガキの奇行を真に受けてしまったという事もある

 多くの冒険者が揶揄しているのは憂さ晴らしの側面もあったのだろう。

 自身の無様を認められない者ほど、その笑いは大きかった。


「あ、あんな事を堂々と言うなんて、あの子すごいなぁ……」


 しかしそんな中でも、一平の態度に感心した人物も僅かながらいた。

 自己主張の薄そうな金髪の美少年は、自分と一つしか変わらないのにまったく物怖じしない一平をポカンと見詰めている。


「どこがだ! もう見るんじゃない、セレス。子供とはいえ、あんな男のクズを見たら目が腐るぞ!」


 まあ、本当にごく僅かしかいないのは仕方がない。

 その姉である美女は、女を馬鹿にしているとしか思えない一平をクズ呼ばわりした。

 しかし──


「ハッ!! ここの冒険者はどうしようもないクズばかりのようだな!!」


 腹を摩りながら立ち上がった一平に、同じ言葉返される。

 勿論、一平は美女に向けて言ったのではなく、己を笑い者にした全冒険者に向けて嘲りの声を上げたのだが。


「あ? 今なんて言ったんだ、馬鹿ガキ?」


 いきなり吐かれた暴言に一瞬静まり返ったが、それを破ったのは最初に笑い者にした髭面の男である。


「理解出来なかったのか? 他人の夢を笑ったオマエ等は、全員クズだって言ったんだよ」


 心底馬鹿にした様な、吊り上がった一平の口元。

 リュリュは、え? 喧嘩を買うんじゃなくて売るの? と、少々頭が混乱している。

 臨機応変に対応するという事に、リュリュは一平の足元にも及ばなかった。


「おい、新人。お前自分が何言ってるか分かってんのか?」

「ここにいる冒険者全員敵に回したってだけだろ?」


 まったく態度の変わらない一平は、全てを理解している。

 幾通りものパターンを妄想し続けた少年にとって、これは冒険者になる為の通過儀礼に過ぎないのだ。


「馬鹿は馬鹿なりに現状を認識できてんだな」


 そう言うと、髭面の男は腰の剣に手を伸ばした。

 いや、他にも何人かの冒険者達が己の獲物を手にしている。


「このままやってもいいけどさ、でもその前に言いたい事がある」

「かまわないぜ、馬鹿ガキ。お前の最後の言葉だ、言ってみろ」


 もはや戦闘は避けられない。

 室内にいる冒険者はざっと4、50人。

 しかも、ここで全員叩きのめす事が出来た所で、問題を起こした一平の冒険者登録が認められるかは疑問だ。

 だから、一平は悔いを残すつもりはなかった。


「俺はアンタ等をSEKKYOUするぜ」

「ああ!? 説教だあ?」

「違う!! 説教じゃない、SEKKYOUだ!!」

「……はあ?」


 ギルド内にいる人間全てが困惑した。勿論リュリュも。

 一平以外に、説教とSEKKYOUの区別がつく筈もない。


「SEKKYOUってのは、意味のないただの戯言さ」


 一平は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと髭面を指さす。


「アンタ、俺がハーレム王になるって言ったら笑ったな?」

「それがどうした。エロガキの馬鹿らしい妄想だろうが」


 鼻で笑う姿を見て、一平の笑みはますます深くなった。

 やっぱりだ。

 コイツラは何も分かっちゃいない。


「ハーレムを作るには資格がいるって、知ってたか?」

「資格?」


 これから始まるのは──


「ハーレムを築けるのは」


 SEKKYOUタイム。


「ヒーローだけだッ!!」

「ッ!?」


 ゆっくりと小さく溜めたあと、一気に激情を吐きだした一平。

 その演出に驚いた冒険者達が、一歩後ずさった。


「ハーレム主人公は、ヒーローでなければならない」


 ゆっくりと両手を広げていく一平の姿。

 それは、高位司祭の説法の如き厳粛をもたらす。


「黄金の魂を持つ者でなければ、無数の少女達の心を癒す事などできないからだ」


 嫉妬は容易く憎悪へと変わる。

 しかし、その憎悪を受け止めるだけの器を持つ者が稀に存在する。


「ヒーローとは夢の存在」


 目を瞑り、天井へと顔を上げて行く動作は、あまりに静謐に満ちていた。


「誰もが夢見た、理想の己」


 敬虔な姿は、まるで殉教者。


「強く、優しく、わがままに、誰かの涙を、許さない」


 一平は心に描く。

 たくさんのハーレム主人公達を。

 追いつきたい。

 憧れの彼らと肩を並べたい。

 その為なら命だって賭けられる。


「助けたい。理由はいらない。目の前で泣いている者を笑顔にしたい」


 冒険者達は見た。

 一平の胸に灯る、黄金の光を、その目で確かに見た。

 それは勇者の資質。ヒーローの魂。


「アンタ達にもたしかにあった筈で、でも今は無くなってしまった黄金のかけら」


 ゆっくりと目を開く一平。


「それを摩耗することなく、大事に抱え続けたヒーロー達を、俺は知っている」


 ギラリと目に力を込めた一平は、胸の前で右拳を握りしめ、吼えた。


「敵を作るのは恐くねえ!!」


 さらに首を右に向け、吼える。


「勝てる勝てないも関係ねえ!!」


 今度は左。


「恐いのは無理だと諦める事!!」


 そして正面に戻って吼えた。


「俺が俺じゃなくなる事だ!!」


 一平の体から吹き荒れる風。

 それは、英雄ヒーローのみが纏う事を許された王者の覇気。


「アンタ達はいつ諦めたんだ?」


 その問いかけには、憐憫が籠っていた。


「夢を諦めて生きるなんて、自分がかわいそうじゃないのか?」


 しかし憐れむのはもう終わり。

 惰性で生きるかどうかは、本人にしか決められないのだから。


「世はまさに大ハーレム時代」


 激情を鎮火させた静かな声は──


「ハーレム王に、俺はなる」


 未来のハーレム王を確信させた。


「まだ俺の夢を笑う奴は出てこい、相手になってやるぜ」


 挑む様な一平の目。

 ここで声を出せる様な、空気の読めない者はどこにもいなかった。


「……………………」


 しばらく待った一平は、無言で一歩足を出す。

 割れて行く人波。


「いくぞ、リュリュ」

「ぁ……う、うむ」


 ポケットに両手を突っ込んだ少年は、タイトルマッチを終えたボクサーの様に胸を張って歩きだした。

 皆が呆然と見送る中、一平が入り口で振り返る。


「いまのSEKKYOU。意味のない戯言かどうかはアンタ達が決めろ」


 無論まったく意味など無い。

 夢というオブラードに包んだというだけで、やはりハーレムなど思春期の戯言以外の何物でもないだろう。

 しかし、だれもが正常な判断力を失っていた。

 それほどまでに、本日の一平の演出力は神懸かっていたのだ。

 相当な数のシミュレーションをこなしたとしか思えない。


「……………………」


 一平をクズだと言った美女ですら、うっかりおとこの中のおとこだと思ってしまったのだから。


「す、すごい……」


 呆然とし続ける姉弟。

 声を出す事に成功したのは弟の方だった。


「なんか、すごい……」


 溜息にも似たスゴイは、きっと冒険者達の総意に違いなかった。

 当然加害者は一平で、被害者は冒険者達である。

 最悪だったのは、今日の一平の無意味な演説に感化された者が結構いた事。

 その者達が尽く高ランク冒険者となるのだが、それは別の話であり、本当にどうでもいい話でしかなかった。

たくさんの感想ありがとうございました。

これから感想返しさせて頂きます。

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