第六話「殺す覚悟」
二章始まり。
日刊見ました。ありがとうございます。
頑張って全員笑い殺すつもりで書きました。
一人でも多く笑って頂けたら幸いです。
「リュリュのやつ遅いな……」
カリエール大陸にいくつか存在する国家の一つ、ベラン王国。
王国名と同じ名を冠する王都ベランの東に、精霊の森と呼ばれる広大な森林地帯があった。
「にしてもホントただのほったて小屋だよな」
深い森の奥、少し開けた場所にポツンと建つボロイ小屋の前で、一平は小枝を拾いながらリュリュを待っていた。
「空間を拡張するとか、四次元ポケット涙目じゃねえかよ」
一平はどら焼きを食べるロボットを思い出し、魔法のデタラメさに感嘆する。
あきらかに小屋の外観と中の広さが一致しないのだ。
テンプレといえばそれまでだが、いくらなんでもチートが過ぎるというものだろう。
「見事じゃろ? ここまで空間魔法を操れる者など一握りの天才のみじゃ」
一平の独り言に答える声。
フフンとドヤ顔をキメている銀髪の幼女が、汚い小屋の玄関から顔を覗かせていた。
「いくらなんでも遅過ぎ。もう昼じゃん」
リュリュがババアからロリへと華麗に変身を遂げた後、朝食を摂った一平は結局リュリュの同行を認めた。
決め手はリュリュがロリ化した事、ではない。
良い子である一平は、命を賭けてまで自分と遊びたいと言ったリュリュを切り捨てられなかったのである。
後できっと後悔するのだろうが、未来の後悔を憂いて現在の気持ちを抑えつけるなど馬鹿げている。
あまり勉強が得意ではない一平は、瞬間瞬間を大切に生きるのだ。
いや、瞬間でしか物を考えられないからこそ、リュリュに出会う事が出来たと言える。
「スマンがそこは我慢してくれ。女は準備に時間が掛かるんじゃよ」
と言いつつ、リュリュはその場でクルリと一回転した。
大分縮んでしまった体に合わせた、いつもの縁に白線が入った黒いローブ。
右手にはお馴染みの黒杖。
そして、長い銀髪を二つに括ったツインテールがふわりと舞った。
「どうじゃ?」
「あざとい」
照れてはにかんだ少女を即答で斬り捨てる一平。
「あ、あざとい!?」
それは愚か者を断罪する刃だった。
「お前、計算しただろ?」
「ッ!?」
「というか、鏡の前で何度か回って確認してきたな?」
「なぁッ!?」
一平の冷徹な目。
英才教育を施された少年は、ロリ一年生たる少女の底の浅さを即座に見破っていたのだ。
断罪者が、目を覚ます。
「そのツインテール。なるほど、ロリの武器である快活さと愛らしさを底上げした事は評価する」
「そ、そうじゃろ? 十代の時、この髪型をするとよく男が奢ってくれたんじゃ」
ポロっと馬鹿女だった過去を漏らしてしまうリュリュ。
自称天才は伊達ではない。
「だが、それはロリババアじゃなければの話」
「ッ!?」
そう、リュリュはロリではなく、ロリババア。
ババアからロリになったのでババアロリが正しいのだろうが、語呂も悪いし別にロリババアで構うまい。
「ロリとロリババアが同族だとでも思ったのか?」
「なん……じゃと……?」
驚愕。
リュリュ驚愕の瞬間だった。
リュリュは、少女の体を手に入れた。
たしかに少々幼いが、幻でも偽物でもない本物の肉体をだ。
その価値に違いがあるとでもいうのか?
「あまいあまい。お前は単にロリボディを手に入れただけのババアにすぎん」
「じゃ、じゃが肉体は間違いなく少女なんじゃぞ!? その価値はどちらも同じはずじゃ!」
「違うな。同じじゃない」
「ええい! 何が違う!」
ちっちっちっ、と人差し指を振る一平の姿は、リュリュの頭に血を昇らせた。
命を賭して手に入れた少女の姿。
それを無価値と断言されればキレもしよう。
「リュリュ。肉体と精神は合わせて一つだ」
「……なんじゃと?」
「お前の精神は成熟しきっている。子供の純真さを持つ事は不可能だと思わんか?」
「……………………」
何を当たり前の事を。
リュリュには一平の言っている事が理解出来なかった。
しかし──
「ロリババアに価値がないんじゃない。ロリババアがロリの様に振る舞う事に価値がないと言っている」
「ッ!?」
蒙が、啓く。
安易な行動に出た天才の背に、ひどく冷たい物が。
「もし65才のジジイがリュリュの目の前で子供になったとして、ボク10才だよーなんていきなり言い出したらどうだ?」
「ぁ……ぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁ……」
もう駄目。歯の根が合わない。
いや、リュリュの全身がおこりの様に震えだした。
「滑稽だな、リュリュ」
「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!」
三日月の様な口から出た刃の一言は、リュリュを地獄の底へと叩き落としてしまった。
愚かなリュリュには這い上がる力など無いのに。
「は、恥ずかしい……ッ、私はなんて真似を……ッ」
憐れなリュリュは泣き崩れた。
地球人なら当たり前に持っている感覚。
ロリさいこー! ロリババアもさいこー!
そう、二つが全然別のジャンルである事に、リュリュはいまさら気が付いたのだ。
「た、たのむイッペー! さっきの姿は忘れてくれ! お願いじゃから……ッ、お願いじゃから……ッ」
「……………………」
リュリュは泣きながら一平の足に縋りつく。
あまりの羞恥に大人の精神が耐えられない。
いきなり黒歴史を生み出した愚か者に、一平は一つ溜息を吐いた。
「リュリュ、ロリババアにも需要はあるよ」
「……ぇ」
たしかにリュリュはロリババアを穢した。
しかし、まだなって一日目の新米ロリババア。
「というか、地位的にはかなり高い位置にあるんだぜ?」
罪を憎んで人を憎まず。
一平は、踵を返してゆっくりと歩き出した。
「ロリババアへの道は一日にして成らず」
それはまるで、背中で語る父のよう。
「リュリュならなれるさ、最強のロリババアに」
「イッペー……」
リュリュの仕度を待つ間に集めていた小枝。
ボロ小屋の壁に山積みされていたそこに、手に持っていた小枝をポンと乗せ、一平は言う。
「だから涙を拭けよ、リュリュ。旅立ちは笑顔で行こう」
「うん……ッ、うん……ッ」
笑顔を向けてくる一平に、リュリュは救われた。
泣いている者を救わずにはいられない、勇者の心。
絶望に倒れた筈なのに、なぜこうも力が溢れてくるのか。
リュリュは自らの足で立ち上がり、ローブの袖でグシグシと涙を拭った。
需要はある。そう言ってくれたのなら、自分は自分らしく生きていけばいい。
「そういや、暖炉の火って消した?」
「い、いや、これからじゃ。ス、スマン、身支度に時間が掛かって……」
「ああいいよ。ちょうどいいから火種取ってくる。ちょっと待ってて」
「う、うむ。ここで待ってる」
私だけの勇者様。いつかそう言える日を楽しみにしていよう。
しかし、慰めたのは一平だが泣かしたのも一平。
ヤクザの手口にまんまと嵌ったリュリュは、乙女チックな事を考えながらポーっと突っ立っていた。
一平はすぐに戻ってきた。
長い菜箸の様な物で、器用に燃える薪を掴んでいる。
そして流れる動作で小枝の山に突っ込んだ。
「……………………」
「……………………」
小枝の山からゆっくりと煙が出てくるのを、静かに眺めている二人。
「……え?」
が、ここで、リュリュはようやく我に返った。
「ちょっと待てイッペー! そんな事をしたら家が燃えてしまうぞ!?」
その通り。
小枝の山は、小屋の壁に隣接している。
「うん? そうだよ?」
「どういう事おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
リュリュが叫ぶも、煙の規模はだんだん大きくなっていく。
「旅立つ時は家を燃やすもんなんだよ。帰る場所があると甘えがでちゃうからな」
「なんじゃよそれええええええええええええええええええええ!!」
遂に火が付いた。
みるみる内に燃え広がってく小枝達。
「あわあああああああああああ!!」
だが、さすがは天才。
慌てながらも一瞬で展開した水魔法で、あやうく大火になる前に押し流す事に成功した。
「なにすんだよ!?」
「こっちのセリフじゃボケェェェェェェェェェェェ!!」
たしかにリュリュのセリフだった。
「何考えとるのぉお!? 頭大丈夫ぅう!?」
口調がおかしくなるほどテンパッたリュリュに、一平は何も分かっていない生徒を諭すような表情を浮かべた。
「あのなぁ、とある兄弟が家焼いて出発した時なんて12才だぞ?」
「知らんわ!! 誰じゃそれ!!」
「しかも兄は右腕と左足無いし、弟なんか体全部無かったんだぜ?」
「体無いってなんじゃよ!? 居るのに無いぃ!? 狂ったのは世界と私のどっちじゃと思う!?」
ファンタジーの旅立ちは己に厳しくなければいけない。
危険な世界での甘えは死に直結するのだ。
「甘えがあったら、血と陰謀が渦巻く戦場を超えられねえよ」
「嫌じゃよ!! そんな血まみれの道行くの嫌あああ!!」
「ホラ、わがまま言ってないで火魔法で燃やして。今すぐ」
いやああああああ!! と泣き叫ぶリュリュ。
一平の覚悟は大した物だったが、燃やすなら自分の家を燃やすべきだろう。
しばらく燃やす燃やさない言っていた二人だったが、最後は時間がもったいないと一平が折れた。
結局、リュリュは泣きながらの出発となった。
初っ端から暗雲立ちこめる二度目の冒険。
波瀾の予感に、一平は胸を躍らせていた。
第六話「殺す覚悟」
「うはあ……、すげえ……」
辺り一面、森森森。
大小様々な木々の群れ。
本や映像でしか見た事の無い風景に、一平はただただ圧倒された。
「……………………」
そんな、大自然を前に感嘆しかできない少年の姿を見て、リュリュは溜息を吐くしかない。
「見ろよ、リュリュ。この木でかすぎじゃね?」
たしかにでかい。
一平が見上げている木は、いったい樹齢何年になるなのか。
大人が何人も手を繋がねば、幹を一周する事が出来ない程太い。
「……イッペー」
「なにこの葉っぱ!? なんでピンク!? ファンタジーを極める気なの!?」
「イッペー!!」
「うおっ、な、なんだよ?」
観光気分であっちこっち見ながら進む一平は、ファンタジー世界の旅をなめきっていた。
「とっとと進まんといつまで経っても森から出られんじゃろ!」
出発からいくらも経っていないのに、その旺盛な好奇心の所為でちっとも前に進まない。
「森を出るまで最短で五日掛かるんじゃぞ? このままでは一月あっても出られんわ!」
「いや、分かってるんだけどさ……」
そう、一平は分かっていた。
英才教育を受けてきた一平にとって、ファンタジーの旅が過酷な事も、森が危険な事も、十分承知していたのだ。
「だから転移で行けばよかったんじゃ! 王都まで一瞬なんじゃぞ! 歩いていく事になんの意味があるんじゃ!」
「序盤は歩くのがRPGの鉄則だろ」
「またわけの分からん事を! 無駄を省いていくのが人の叡智じゃろうが!」
しかし、どうしても好奇心が抑えられない。
物見遊山全開の一平の行動は、とっとと森を抜けたいリュリュをイラつかせた。
だが。
「森を抜けてもまだ十日は掛かるんじゃぞ!? 無意味にもほどがあるわ!」
「この世に無意味な事なんかない」
またも飛び出す無駄にカッコイイセリフ。
「……へ?」
「リュリュ、お前は人生を無駄にした。けど、だからここにいるんだろ?」
「ぁ……」
「だから無駄な事にも意味はあるんだ」
頭の中にある、一平印のカッコいいセリフ集(全三巻)から最適な言葉を抜粋する一平。
きっとそれこそが、この世でもっとも無駄な物に違いない。間違いなく意味なんぞ欠片も無いだろう。
「くっ……、イッペーはずるい……」
チョロイン炸裂。
リュリュはもう駄目だ。
リュリュはもう、既に引き返せない所まで来ていた。
「こ、今回だけじゃぞ? 今回だけ付き合って……む? マズイ!」
男に都合のいい女が男に都合のいい言葉を吐こうとした時、男に都合のいい女は異変を察知。
「どうしたリュリュ!」
最初に右、そしてグルリと左に視線を回す。
「ねえどうしたの!? 敵!? ねえねえ敵来ちゃった!?」
尋常じゃないリュリュの様子に、一平はワクワクが止まらない。
「うむ、しかも数が多い。全部で23。これは包囲しようとしとるな」
「23!? そんな正確に分かるわけ!?」
「探査魔法は天下一じゃと言うたじゃろ」
フフンとペタンコの胸を張るリュリュ。
その姿は中々に愛らしいのだが、リュリュにしても一平にしても危機感がまるでなかった。
「探査だけはスゴイじゃん」
「だけじゃないわ! 全部凄い!」
とまあ、こんなグッドコミュニケーションを続けている場合じゃない。
「足が速い。その上群れているとなるとウルフ種が濃厚じゃな」
「また犬かよ! そろそろドラゴンきてもよくない!?」
「アホか。竜23体なんぞ軽く死ねるぞ」
一平は不満を口にするが、探査魔法を常時展開し続けていたリュリュは安堵した。
不意打ちの心配も無いし、自身と一平の二人なら脅威にはなるまいと緊張が抜けていく。
だが、それはリュリュのミス。
戦闘に絶対は無いという事を、元でしかない冒険者は忘れていたのだ。
戦闘中は何が起こるか分からない。これは鉄則。
「そろそろ来るぞ、イッペー」
そのリュリュの忠告を待っていたかのように、視界の隅で灰色の大型犬がチラチラと姿を見せていた。
「サーベルウルフか……。やつらは足を狙ってくるぞ。食い千切られんようにな、イッペー」
「誰に言ってんだよ」
先輩冒険者として、リュリュは講釈を垂れた。
しかしそれは無知な一平に生態を説明する以上の意味はなく、食い千切られるも何も、近づかせる気などサラサラない。
「まあ、面倒じゃし? 囲まれた瞬間拘束魔法で動きを止めるから、後の止めはイッペーが頼む」
「エグイな、リュリュ」
「なにがエグイんじゃ! 戦術じゃろ!」
「バインドで動けない相手にトドメ刺すとか、どこの魔法少女?」
「はあ? いや、肉体的には魔法少女であっとるんじゃけど……?」
「ばっか、お前は闇の福音枠でいけよ」
「さっきからなんの話しとるんじゃああああああああ!!」
その怒声が開始の合図になった。
鋭い牙を輝かせた灰色の狼達が、四方八方から襲いかかる。
しかし、リュリュは慌てず騒がず、自身と一平を中心に広大な戒めの網を張った。
「おおスゲー! やるじゃんリュリュ!」
三重に展開された光る拘束魔法は、全ての魔物達の動きを封じる。
このままリュリュ自身が殲滅してもいいが、勇者の見せ場を奪う程、リュリュは無粋な女ではない。
「ま、こんなもんじゃ。ホレ、とっとと止めを刺せ」
フフンと胸を張るも、その頬はほんのりと染まっていた。
楽しい。
やはり一平と一緒に居るのは楽しいと、リュリュはそう感じていたのだ。
「トドメ……」
一方、一平。
リュリュが顔を赤くしていた時、優しい勇者は苦悩していた。
──俺より明らかに弱い生き物を殺せるだろうか?──
もはやテンプレ中のテンプレ。
異世界物に限らず、あらゆるジャンルで問題視されてきた超弩級の難問。
「殺す覚悟、か……」
不殺の誓いと対をなす、おそらく有史以来数々の著者にゲロを吐かせ続けてきた問題だ。
主人公の答え如何によっては、その作品自体が消滅するというシャレにならない力を持っていた。
ここさえ乗り切れば、ここさえ乗り切れれば。そう呟いた者は星の数。
数多の作者達がまず最初にぶつかる壁と言えるだろう。
「どうした、イッペー?」
「……………………」
さて、一平の出した答えとは?
「早くせんか。魔力がもったいないじゃろ」
目を瞑っていた一平は、己の心に問いかけていた。
「……イッペー?」
ファンタジーの世界で生きる。
それは現実と綺麗事が大きく離れる事になるのだろう。
命を助ける、命を奪う。
誰なら助ける? 誰なら奪う?
人でないものの命の価値は?
「笑わせるな!! そんな葛藤などすでに二年前に超えている!!」
「ッ!?」
カッと目を開いた瞬間放たれた、天をつんざく闘者の咆哮。
「命は廻る、強者も弱者も等しくな!!」
リュリュは、ポカーン。
「ならば闘争に意味を求めるは無粋!!」
いきなり悪霊が乗り移ったとしか思えない一平は、リュリュをポカンとさせた。
「戦闘者の矜持とは!! その心のままに活殺自在である事!!」
バッバッバッ、と手足を動かす一平の演説は、まだまだ続く。
「遺恨も苦悩も後悔も、全てを抱えて俺は往く!!」
「な、なにこれ恐い……」
一平はもうクライマックス。
「涅槃での再会を誓い!! 永遠に眠れ、サーベルウルフ!!」
その拳を握り──
「殺ァァァァァァァァァァァ!!」
一体のサーベルウルフへと突進。
そして激情のままに右拳を叩き込んだ。
ぼむん。
布団を叩いた様な音が、戦場に響き渡る。
「…………あれ?」
しかし信じられない事に、サーベルウルフは未だ生きていた。
拘束され無防備であるにも拘らず、一平の攻撃に耐えてみせのだ。
「チッ!」
一撃で仕留められなかった一平は、返す刀で左拳を叩き込む。
ぼこ。
一体どういう事か。サーベルウルフの胴体は二撃目も跳ね返した。
「あれ~~~~~~~~~?」
ぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこぼこ。
一平の両腕から繰り出される凄まじいラッシュ。
が、駄目。
「どうなってんのこれええええええええええええ!?」
「もうええわ!!」
ボコボコ殴り続ける一平に、リュリュが切れた。
「さっきからなに奇行を繰り返しとるんじゃ!! いいから退いとれアホウ!!」
魔力だって無限にあるわけじゃない。
命の掛かった戦闘でふざけまくる一平は、リュリュを本気で怒らせたのだ。(※一平は全力でホンキです)
「あ、ああ、うん……」
だが待って欲しい。
激怒したリュリュは気付いていなかったが、不測の事態が起こっていたのだ。
リュリュの怒声に素直に従った一平は、初級の氷の矢で狙撃しているリュリュの姿など目に入らない。
じっと自身の両手を見詰め、ブツブツと考え事をしていた。
「なんで……? 何が……? チート……」
ゾワリと、一平の背筋が粟立つ。
チートが無い。
その現実は16才の少年を押し潰すに足る衝撃だろう。
だが。
「落ち着け、一平。本当の絶望はこんな物じゃないだろ?」
野々宮一平は、勇者の資質を持つ者。
「三年最強の玲奈先輩、二年最強の結衣先輩、一年最強にして幼馴染の涼子。全員に告白して尽くキモイと言われた」
その絶望たるや、滝の様な涙を流しながら口と鼻を押さえ、セルフ窒息死を試みる程だった。
「あの絶望に比べたら、この程度」
どんな絶望も、一平の心を折る事など出来はしない。
「チートはある。俺が引き出せていないだけだ。発動条件を探せ」
「イッペー! ちょっとお主に言いたい事がある!」
ギラリと目を光らせた一平が再び深く思考しようとした時、肩を怒らせた銀髪の幼女が近づいてきた。
「いいか、驕るな! 戦闘と遊びをはき違えれば、待つのは死だけじゃぞ!」
「ああ、分かってる」
「分かっておらん! なんじゃさっきのは!」
リュリュは心配していたのだ。
だから怒る。
古代龍の甲殻を砕く程の実力があるならば、ザコモンスターとの戦闘などただの遊びかもしれない。
しかし、万が一がある。
戦闘に絶対など無いのだから。
「だから、あれが今の俺の実力なんだよ」
「は?」
一平はリュリュと受け答えをしつつも、その思考は無数の設定を検索していた。
「ど、どういう事じゃ?」
一瞬で怒りが消えるリュリュ。
一平の言っている事が理解出来ない。
「わかんねえけど力が消えた。今の俺はその辺の子供と同じになったみたい」
「なぜ!?」
ここでようやくリュリュは己のミスに気が付いた。
戦力がいつも同じという事などありえない。
事前の戦力確認を怠るなど、冒険者時代の時にはありえなかったミス。
もし拘束魔法を選択していなかったら。
もし戦闘を一平に任せていたら。
一平は既に死んでいた。
「だから分かんねえって」
少々ぞんざいな態度ではあったが、今の一平は考えるので忙しい。
コメカミを指で叩きながら目を瞑る一平に、リュリュの不安は増大した。
「い、一度帰るぞ、イッペー」
そう言って、リュリュは転移魔法の術式を展開。
さりげなく一平の手を掴んだのは御愛嬌だ。
「はあ? なんで?」
しかし、一平からは否定の声が。
「あたりまえじゃろ! 力を失ったんじゃぞ!? もうすぐ日が暮れる、危険じゃ!」
「だからなんだよ」
「な!?」
リュリュの心配は当たり前。
危ないから帰るのも当たり前。
だが、その当たり前では勇者の行動は縛れない。
「心配してくれるのはありがたいけどさ、今帰ってどうすんだよ?」
「か、帰れば安全……」
数日前と似たやり取りを思い出し、リュリュの語尾は自然と小さくなった。
「お前なぁ、せっかくロリったんだからその年寄り思考もなんとかしろって」
やれやれと溜息を吐く一平。
「ここで帰って、飯食って風呂入って寝て、じゃあいつ力を取り戻すわけ?」
「じゃ、じゃが……」
無茶苦茶だ。
一平の言ってる事は無茶苦茶で、リュリュの言っている事の方が断然正しい。
しかし、ここは異世界。
ファンタジーな問題は、ファンタジーなやり方でしか解決できないのだ。
「いいか、リュリュ。これは修行イベントだ」
「……は?」
覚醒イベントはおっきい犬の時やりました。
「多分、力のコントロールが課題なんだよ」
「なに言っとんのこの子!?」
無力な存在になり果ててしまった筈なのに、いつも通り平常運転な一平の言動は、リュリュの不安を一気に払拭する。
「すでに目星はついてる」
「ええ!? 力をとり戻せるのか!?」
「とりあえず、200パターンほど解決策を考えた」
「200ぅぅぅぅぅぅぅぅ!? イッペースゲエエエエエエエエエエ!!」
野々宮太平とその妻、伊織の二人で鍛え上げた少年は、いかなる困難をも打破する力を秘めているのだ。
「ま、これから試す方法で当たりだろ」
よく見てな、という言葉と共に、一平は近くの大木へと足を進めた。
「アチョー!」
そして、両手を大きく広げた怪鳥蹴り。
しかしレモン10個分程度しか跳び上がっていない跳び蹴りでは、木の皮を傷つける事すら出来ない。
「な? これが今の俺の力」
「う、うむ。なんかカッコ悪かった……」
あまりのカッコ悪さに、リュリュの顔は酷く歪んだ。
なんか一平のそういう姿見たくなかったな、とかなりのイメージダウンである。
「で、ここからが本番だ」
そう言うと、一平は構えを取り始めた。
形作るのは、勿論、無敵。
「召喚。魔法。魔力の漏れない体。まだキーワードが足りないけど、ここで固有魔法というワードをぶち込んでみる」
反っていく胸。捻じれる腰。突き出る尻。
リュリュはドキドキしながら見守った。
「この世界の魔法は特化型」
広げた右手のひらを顔の前に、ピンと伸びた左手のひらをその胸に。
「一人一つの、自分だけの魔法」
つま先立ちの左足。軸を支える右の足。
それら全てが、美しい。
「天乱八手」
構えた右拳が──
「天・撃」
大木の幹に突き刺さる。
一平の繰り出した霞む速度の右ストレートは、着弾地点を大きく爆散させた。
「つまり俺の魔法は──」
支えの無くなった大木が重力に引かれて倒れ込む。
一平は握り込んだ左拳を右肩まで持っていくと、落下してくる大木に裏拳を叩きつけた。
「──絶対無敵魔法」
ゴバンと轟音を響かせて、大木が砕けながら吹き飛んでいく。
「な? やっぱ修行イベントだったろ?」
振り向いた一平の顔は、悪戯小僧の顔だった。
「……………………」
リュリュは顔を真っ赤にしている。
なんかもう、超カッコよく見えて仕方がない。
「おい、なんとか言えよ。カッコイイだろ? 絶対無敵魔法だぞ?」
「……そそ、そうじゃな、カッコイイ。こう、カッコイイし、カッコイイ……ま、まあカッコイ──」
「何回カッコイイ言ってんだよ! 語彙足りなすぎだろ!? どんだけバカなの!?」
一平は驚愕するが、これは違う。
チョロインたるリュリュは、ただ単にテンパッているだけだ。
元々使えていた物が再び使えるようになっただけで、もうメロメロなリュリュ。
まあもっとも、力ではなく、一平の頭のおかしさに惚れているのだから救いがない。
「ゴ、ゴホン。と、とにかくじゃ、天乱八手が使えるのなら問題はないじゃろ」
「だから言ったろ? イベントはクリアしてくから面白いんだって」
「そうは言うが、やはり心配な物は心配なんじゃ」
ドキドキする胸を誤魔化すように喋るリュリュだが、次の言葉がこの旅を大きく変える事になるなど想像もしていなかった。
「精霊の森で力を失うなど、死以外考えられん」
「精霊ぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!?」
そう、もはやドラゴン、エルフと並ぶ、ファンタジーでは必ず登場しなければならない定番の存在。
精霊とドラゴン。実際に見るならDOTCH? と聞かれれば、間違いなくどっちもと答えてしまうだろう。
一平のテンションが振りきれるのも当たり前だった。
「ここ精霊いるのおおおおおおおおおおおおおお!?」
「な、なんじゃいきなり」
「早く答えろYOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
テンションの高まり過ぎた一平の両人差し指が、リュリュに向けてビシッっとキマる。
「いや、見た事はないんじゃが、森の中心にある精霊の泉という場所に……」
「なんでそれを早く言わねえんだよ!! ロリになってもババアはババアか!!」
「な、なんじゃその言い方は!! もうババアじゃないわ!!」
「こっ、おまっ、精霊とかっ、ババアっ、ババアアアアアアアアアアアア!!」
「なんなんじゃよ!? 何を興奮しとるんじゃ!!」
「精霊狩りじゃああああああああああああああああああああ!!」
だんだんと暗くなり始めてきた森に、一平の魂の絶叫が響き渡った。
「はあ!? ギルドはどうするんじゃ?」
「あ゛ーーーーーーーー!! ギルド忘れてたーーーーーーーー!!」
頭を抱えてウンウン唸りだす一平。
あまりに無様な姿に溜息を吐くしかないのだが、チョロインとして生まれてきた以上、リュリュに進路を決める資格はない。
「悩むのもいいが、そろそろ野営の準備に入るぞ」
「はあ!?」
「森はあっという間に暗くなる。いますぐ──」
「なんでそんな無駄な時間使う気満々なわけ!?」
「は?」
「無意味だろ!! そんなもん!!」
「ええええええええええええええええええ!? ッ!? ッ!?」
リュリュは心臓が止まりかけた。
「まずはギルドに行こう!! リュリュはすぐに転移の準備して!!」
「じゃって、さっき、無意味なのは無いって……」
「過去を振り返ってばかりいちゃダメ!! 人は未来に向かって走っているんだから!!」
「えぇぇぇぇぇ……」
二人は無事、森を脱出。
王都ベランへと辿りついた。
恐い。この路線でいいのか……。