第十七話「始まる前から詰む盗賊」
本当にごめんなさい。大変遅くなりました。
中途半端なところで終わっている気がしたので二話連続で上げようと思ったんですが、そんな時間ない。(涙)
気がついたら年末なので、とりあえず十七話を投稿して一年の締めくくりにしたいと思います。
「今日も転校生が来るみたいだね?」
いつもより少し遅い通学路。
寝坊した僕は、風の様に駆けながら話題を振る。
「らしいな。ここも来年は遷都されて新たな首都になる。どんどん人は増えていくだろう」
結構な速度で駆けているというのにまるで乱れのない口調で返す彼女は、小さな頃から一緒に育った僕の幼馴染だ。
「そうだね、どんな娘だろう……? 可愛い娘だったらいいなぁ」
「……………………」
なぜか今度は返事がこない。口をとがらせて無視してくる。
たまにあるんだよね、こういう事が。
ヤレヤレ。クソ真面目なのはいつもの事だけど、ちょっとした軽口なんだから笑顔で会話できないもんかね?
彼女は基本仏頂面だ。相当な美人なのに、もったいないとはこの事だよ。
しかもすぐ暴力を振るうんだ。僕限定で。
毎朝起こしに来てくれるのはありがたいんだけど、なぜいつもいつも蹴り起こすのか。
下半身が元気なのは仕方ないじゃないか、朝なんだから。
おはようのチューで起こせとは言わないけどさ、たまには優しく起こしてほしいもんだよ、まったく。
「あ~ん、遅刻ですわ遅刻ですわ~。初日から遅刻ではかなりヤバいって感じですわ~」
そんな僕の耳に、どこからか切羽詰まった声が。
「ん?」
なんだ? と思うも、僕の足は素晴らしいスピードで十字路へ突入する。
瞬間、目に飛び込んできたのはパンを咥えた女生徒のドアップ。
「うわぁ!?」
「ひゃぁッ!?」
ゴチーン。
そんな音が聞こえてきそうなほど激しく接触した僕は無様に転がってしまう。
いやホント、避ける暇も受け身を取る暇もなかったよ。
朝からツイてないね。
「痛つつ……痛ぁ……え?」
「痛たたたた……え?」
と思うのは早計だった。
「ぅええッ!?」
なんと、激突して尻もちをついた女生徒の股間が鼻先に展開しているじゃありませんか。
しかもスカートが軽く捲れ上がってるもんだから、その奥にある薄いブルーのクロッチが丸見えだ。
なんという奇跡。もう僕の目は彼女の股間に釘付けさ。
いやあ、朝からこんなハプニングに見舞われちゃあ、さすがの僕も驚愕するしかないよ。
「キャアッ!」
もちろん女生徒だって悲鳴を上げる。まあ当然だね。
バッとスカートを押さえ、羞恥で顔が真っ赤っかだ。
僕は謝るべきか、それとも『ありがとう』とお礼を言うべきか迷ったけど、結局黙って歯を食いしばった。最低でも平手打ちが飛んでくるのは確定だもの。
そこらへんはもう幼馴染みで慣れっこだ。
だいたい週二くらいで彼女の裸か下着姿に遭遇するし、そのたんびにボコボコボコボコ殴られてる。
そりゃ殴られ慣れるってもんさ。
心の中で溜息を吐きながら、僕の覚悟は完了済みです。
さあ、ドーンと来たまえ。
「え、えへへ。申し訳ありません、マジで急いでたんですの!」
しかし、そんな覚悟は空ぶった。
彼女はすぐさま立ち上がると、なんとぶつかった事を謝罪してくるじゃないか。
え、なにその反応?
ウチの幼馴染みとはえらい違うんですけど?
事故とはいえ、至近距離からパンツ見られたのに照れ笑いで謝罪する? ……ああ、種族『天使』とかそういうカテゴリーの娘なんだな、きっと。
じゃなきゃウチの暴力幼馴染みは何なんだって事になるしね。
「ホントに申し訳ありませんでしたわ~!」
そう言って駆け出す彼女。
僕が幼馴染みの凶暴性に思いを馳せているうちに、心も外見もとても美しい女生徒は走り去ってしまった。
「は、はあ……」
「むぅ……」
あとに残されたのはポカンと見送る僕と、不機嫌そうにこちらを睨みつけてくる幼馴染みだけだった。
おっと、自己紹介がまだだったね。
僕の名前は『碇・ヴァレリー』。
隣で仏頂面を張り付けている幼馴染は、『惣流・ロシェル・ラングレー』。
ベラン王立騎士学校に通う学生だ。
※
「なんだと!? それで見たのか!? その女のパンツを!」
なんとか朝のホームルームに間に合った僕は、隣の席に座る友人にさっきのラッキーイベントを話した。
「別に見たってわけじゃ……チラッとだけさ」
「か~~! 朝っぱらから運のいいやつだ!」
結果はご覧の通り。鼻を膨らませて妬む妬む。
彼の名は『鈴原・アレクシス』。
一応この国の王子様なんだけど、頭の中身はエロい事でいっぱいだ。
美形だし仕草に気品もあるのに、口を開けば女の事ばっかりでどーにも三枚目に見えてしまう。
まあ、悪い奴じゃないんだけどね。
「い、痛たたたたた!? い、いきなりなにをする、委員長!」
「アレクシスこそ朝っぱらから何バカな事言ってるの!」
そんなアレクシスの耳を引っ張る女生徒。
名前は『洞木・セレスティヌ』。
『セレス』の愛称で慕われる、このクラスの委員長だ。
神官位を取得しているせいか、彼女は破廉恥な事が許せないらしい。
そりゃキング・オブ・ハレンチのアレクシスとは衝突するよ。
毎度毎度ゴシューショーサマだね、アレクシス。
「ホラ! さっさと花瓶のお水換えてきなよ! 週番なんだから!」
「チッ、ホントうるさいやつだ……」
セレスに怒鳴られ、アレクシスがブツブツと文句を言う。よく見る光景だ。
「……尻に敷かれるタイプだね、アレクシスは」
僕が溜息を吐くのもしかたないだろう?
いったい何度繰り返せば気がすむんだよ、ホントにさ。
「お前もだ」
しかし、そんな僕にいちゃもんをつける声が。
「なんで僕が尻に敷かれるタイプになるんだい?」
ロシェルだった。
この幼馴染は、一日一回は何かしら難癖をつけてくる。
そんなに僕とケンカがしたいのかい? いったい何が不満なんだよ。
「フン、本当の事を言ったまでだ」
「どうしてさ!」
ああ、駄目だ。
兄弟みたいに気心が知れてるせいで、ロシェルが相手だとすぐヒートアップしてしまう。
「見たまんまだろうが!」
「ロシェルがそうやってポンポンポンポン殴るからだろ!」
人の頭をボコボコ叩くロシェルと、それを必死にガードする僕。
僕の頭は太鼓じゃないんだ。いい加減にしないと温厚な僕だって反撃するよ?
「……ハァ」
腐れ縁の幼馴染みと、もう何百回目になるのか分からないマジケンカを覚悟したとき、後ろの席からポツリと溜息が聞こえてきた。
「……平和ね」
なにが?
今まさに僕とロシェルの戦争が勃発しそうなんですけど?
遠い目をしながら意味不明な言葉を吐いたのは『相田・ポワン』。
美少女である事は間違いないんだけど、行動も言動も意味不明の人物だ。
噂では精霊の血を引いてるとかなんとか。
まあどうでもいいんだけどね。皆には内緒だけど、実は僕自身も王族の血を引いてるわけで、クラスメイトの誰かがたとえ竜の血を引いてようが農家の血を引いてようがどうでもいいわけで。
むしろ『お父さんは人参です』とか『お母さんはコンニャクです』とか言われた方がビビるわけで。
そんな益体もない事を考えていたら、教室のドアが勢いよく開けられた。
「おお! リュリュ先生がおいでだぞ!」
アレクシスの歓声に素早く反応する。
『葛城・リュリュ』。僕達男子生徒全員のマドンナ先生が漸く登場だ。
「……ふむ。やはりいいな、リュリュ先生は」
「同感だね。リュリュ先生はいつもいつも可愛いよ」
王子様としてあるまじきデレッとした表情だが、アレクシスの意見には頷かざるをえない。
トコトコと教壇まで歩く姿は、まさに『愛らしい』だ。
リュリュ先生は十歳。
その短い手足。
触らずとも想像できるプニプニの肌。
ポッコリしたお腹。
ああ、その全てが愛くるしい。
「「ぬふふふふ」」
ベラン人男性の九割がロリコンという業の深い国。それがベラン王国だ。
たとえロリコンが死に至る病だったとしても、きっと僕達は息絶えるその瞬間まで幼女を愛でる。
なぜなら、それが高貴なる紳士というものだからだ。
もちろん彼女達に指一本触れたりはしないよ、紳士の義務だからね。
「フン、馬鹿コンビが!」
「バッカみたい!」
そんな僕たちの姿に、ロシェルとセレスの息ピッタリな罵声が重なる。
まるで姉妹みたいだよ、君達。
くだらない嫉妬をする前に、一緒に幼女を愛でようよ。
「起立」
とかなんとかやってる内に、リュリュ先生が教壇に辿り着いた。
クラス委員長のセレスが号令を出す。
「礼、着席」
リュリュ先生に深々とお辞儀しながら、そういえば転校生が来る事を思いだした。
「喜ぶんじゃな、男子ども! 今日は噂の転校生を紹介じゃ!」
着席の声と同時に、いきなりテンションマックスで話し始めるリュリュ先生。
姿は愛らしいんだけど、この幼女先生は少し会話のテンポがおかしい。
コミュニケーションを司る脳のどっかに障害があるんじゃないか、なんて事を言われてる。けどまあ、幼女ってだけで無問題なんだけどさ。
リュリュ先生の合図の後、ドアが開いて一人の女生徒が姿を現した。
教壇に立つ姿は、これぞ『ザ・お嬢様』と言わんばかりだ。
清楚な振る舞いと鮮やかに結わえられた金髪が、彼女の美しさを強烈に表現していた。
まあ、胸は少々残念ではあるんだけれども。
「『綾波・ブリュエット』と申します、どうぞよしなに願いますわ」
男を魅了する満面の笑み。
「ああッ!?」
しかしその笑みに、僕は思わず驚愕の声を出してしまう。
「え? ……ああッ! ア、アナタ今朝のパンツのぞき魔ですわね!」
ヤバイッ、気付かれた。
でも少し酷くないかい?
あれは間違いなく事故で、君の方から謝ってくれたじゃないか。
「ちょっと待て! 言いがかりはやめてもらおう! 貴様が勝手にヴァレリーへ見せたにすぎん!」
驚愕で軽くパニックになりモゴモゴと口を動かしていると、即座に僕を擁護する声が響き渡る。
なんとロシェルだった。
ありがとう、ロシェル。凶暴女とか言ってゴメンよ。
君は素晴らしい幼馴染みだ。
たまに着替えを目撃してしまう事も謝るよ。
でもわざとじゃないんだから、あんまり殴らないでくれるとうれしい。
君に呼ばれて家に行くと、君はなぜかいつも着替え中なんだ。
僕が来る事分かってるんだから、着替えくらいさっさと済ませといてくれよ。
僕がトイレへ行ってる間にお風呂に入る習慣も直してくれ。
バスタオル一枚の君と何回出くわしたと思ってるのさ。
そのたんびに襲いかかってくるし。
そりゃすぐ逃げちゃう僕も悪いよ?
でも僕は殴られたくないんだ。血走った目で飛びかかられると命の危機を感じるんだよ。
まあ、次の日にボコボコにされるから遅いか早いかでしかないんだけどね……。
「アナタこそ、なに直ぐにこの方庇ってるんですの? なんです? まさかお二人、デキてらっしゃるのかしら~?」
「た、ただの幼馴染みだ! 黙っていろ!」
幼馴染みに感謝していたはずが、いつのまにかその凶暴さを再認識するという不思議。
しかし、今はそんな事をしている場合じゃない。
ブリュエットさん、そんな火に油を注ぐような事言わないでくれよ。
収拾がつかなくなっちゃうだろ?
「ちょっと授業中だよ! 静かにしてよ、もぉー!」
「フフン、楽しそうじゃな。私も興味ある、ぜひ続けてくれ」
怒る委員長に、煽る幼女。
「「「あははははは!」」」
ほらね。
皆バカばっかなんだから、結局今日も大騒ぎの一日になっちゃうよ。
ハァ……、こんなんで本当に騎士になれるのかなぁ……。
「カ――――ット!」
※
そこそこ広い部屋に、一平の大きな声が響き渡った。
その瞬間、ガックリと崩れ落ちる数人の男女。
「僕は断じて幼女趣味なんかじゃない……覗きだってしないよ……」
「破廉恥……この私が……破廉恥な王子……」
「別に小さくありませんわ……私の胸は、残念なんかではありません……」
「裸で襲いかかるなど……ただの変態ではないか……」
順にヴァレリー、アレクシス、ブリュエット、ロシェル。
年長組四人は精も根も尽き果て、精神を極限まですり減らしていた。
「マドンナ教師か。まさに私のためにあるような役じゃな。イッペーはよく分かっておる」
「結構楽しかったね。今度はボクがヒロイン役やりたいなあ」
「……セリフ、一個しかなかった」
そしてリュリュ、セレスティヌ、ポワン。
元老婆と元男と正体金魚は、意外にも楽しめたようである。
三人は良い笑顔だった。いや、ポワンは無表情だが、まあいい笑顔だ。
「即興にしてはよくやった。まだまだ大根役者だけど、みんな良い演技だったぜ」
一平はそんな七人を大いに労う。
短い劇だったが、僅か三十分の指導でここまでやれたのだ。当然、役者達の頑張りに敬意を表さねばならないだろう。
全くいらないだろうが、ここで一応配役を説明しておく。
『碇・ヴァレリー』役=ヴァレリー
『惣流・ロシェル・ラングレー』役=ロシェル
『綾波・ブリュエット』役=ブリュエット
『鈴原・アレクシス』役=アレクシス
『洞木・セレスティヌ』役=セレスティヌ
『相田・ポワン』役=ポワン
『葛城・リュリュ』役=リュリュ
『監督兼、演出兼、道具係兼、ナレーター』=一平
これでお分かり頂けたと思う。
そう、先程までのヴァレリー視点の一人称は、全て一平がナレーションしていたのだ。
ですのでご安心ください。この作品の形式が急に変ったわけでも、いきなりヴァレリー外伝が始まったわけでもありません。
「さあ、これで分かったろ? お前達がどれだけ時間を無駄にしてきちまったのかがさ」
そう言って、一平は部屋の隅に座っていた四人の人物達に視線を向ける。
「「「「…………なにが?」」」」
しかし、その四人はポカーンとしていた。
もちろん、読者の皆様もポカーンだろう。
ですので簡単に説明させていただくと、部屋の隅でヴァレリー達の寸劇を眺めていた四人は、ロシェル退学の原因となったアレクシスの取り巻き達で、ベラン王から依頼を受けた一平達と偶然出会い、王城内で因縁をつけてきたというわけである。
王や親から激しく叱責されたボンクラ達の恨みは深く、ヴァレリーや一平達だけでなく、王子たるアレクシスにまで矛先が向く始末。
キレたアレクシスが四人の首を刎ね飛ばしかねないと判断した一平は、勇者として、また主人公として、学園編のもう一つの可能性を見せたのだ。
もちろんアレクシスはグズった。
覚醒した王子様は、「こんな馬鹿共など手討ちにしてくれる!」と息巻いていたのだが、一平の「俺に任せてみ。大団円のお手本見せてやるよ」という言葉に乗せられ、後で激しく後悔するとも知らずに協力したという次第。
「これも一つの世界。お前らの中の可能性だ」
「「「「は?」」」」
部屋の中央でガックリとうな垂れている年長者組を置き去りに、一平はゆっくりとボンクラ息子達に近づいていく。
「今のままのお前達じゃない、いろんなお前達があるんだ」
「「「「……はあ?」」」」
有力貴族に生まれ、好き勝手して生きてきたドラ息子達四人は、一平の言っている事がまるで理解できなかった。
まあもっとも、うな垂れながらも一平の言葉に耳を傾けているアレクシス達四人と、そして黙って聞いているリュリュ達三人の誰もが理解できなかったが。
「つまり貴族としてではない、学園の一生徒としてのお前らもありえるんだよ」
「「「「……………………」」」」
本当にわけが分からない。
取り巻き四人組からしてみたら、目の前のわけの分からない少年は、わけの分からない事をし、わけの分からない事を喋り、全くもって意味不明。
わけが分からなすぎて、理解する為にはいったん怒りを脇に置き、脳をフル回転させなければならないではないか。
「……馬鹿馬鹿しい。僕達は貴族だ。それも名門の大貴族だぞ」
そして四人の中の一人が、なんとか自分なりに解釈して言葉を出す。
「その通りだ。第一、あのくだらない劇となんの関係がある」
「ヴァレリー・クーブルールはアレクシス王子の友になる資格があり、我々にはないとでも言いたいのか?」
「あの野良犬が主役で、私達は脇役だとでも?」
それを皮切りに、残りの三名も追随した。
「なにわけ分かんねえ事言ってんの? 劇の主役はヴァレリーじゃないでしょ?」
『は?』
しかし、一平はそれらの反論を一蹴する。
もちろん疑問の声を上げたのは、4+4+3の十一人全員だ。
「主役は『碇・ヴァレリー』だっつーの。ヴァレリー・クーブルールなんて一言も言ってねえよ」
『…………?』
馬鹿息子達だけでなく、全員の顔が困惑に歪む。
無表情がデフォのポワンでさえ眉をひそませているのだから大したものだろう。
「『碇・ヴァレリー』はお前らなの。つーか、どれでも好きな役やればいいじゃん」
『……………………』
「というか、新キャラ作ってオリジナル主人公でも全然かまわねーし」
『……………………』
「劇、ちゃんと見た? 『碇・ヴァレリー』君のモテっぷり凄かったでしょ? 『鈴原アレクシス』君だって良い味でてなかった? ヒロイン達だって可愛いかったろ?」
『……………………』
呆然とするドラ息子達(アレクシス達も呆然としているが)に、一平はヤレヤレと肩をすくめて言う。
「お前ら全員、ありえたかもしれないスクールライフを無駄に消費してるの」
『……………………』
「どうせ卒業したら嫌でも権力争いとかしなきゃいけないんでしょ? なら学生の間くらいは女の子や友達と楽しくやろうぜ」
バカじゃないのキミタチ。と、心底呆れる一平。
まあ、なんだ。呆れるのは一平の頭なわけだが。
「……一理ある」
『ッ!?』
しかし、ドラ息子の一人が感化された。
価値観など十人十色。
つまり十一人もいれば、中には一平の意見になるほどと思う者も出てくるのだ。
「甘酸っぱい学園生活か……。僕には許されない生活ですね……」
『ッ!?』
さらにもう一人がしみじみと言う。
なぜか感染した。
「オ、オイ、私達を裏切るのか……?」
「そんなことは言っていない。ただ一理あると思っただけだ」
「そうですよ。僕達だって楽しく生きたっていいはずです」
「馬鹿を言え! 格の合わん者達と付き合うなど、それこそ時間の無駄だろう!」
ドラ息子は基本的にボンクラだからこそドラ息子なのだ。
故にすぐ流されてしまう。
確固たる信念や初志を貫徹する意志などはない。
当然普通に我が儘なので、何かあればあっという間に分裂だ。
四人は二対二に分かれて醜く罵り合った。
しかし。
「格下共に媚びてどうする! 我らには高貴な血が流れているのだぞ!」
「その通りだ! 第一、下級貴族の僻みを受けるのも私達の義務! 下々の者達との純粋な友誼など結べるわけもない! 利用されるだけだ!」
「アンタ馬鹿ぁッ!?」
一平が加われば三対二だ。
「そんなのアンタが一人でそう思い込んでいるだけじゃないの!」
気色悪い声を出しながら、一平は二人を非難した。
「「な、なんだと!?」」
「アンタ達は自分自身が嫌いなんでしょ! 自分を好きにならなきゃ、誰かを好きになる事も信頼する事もできないに決まってるじゃない!」
「「ぐっ……」」
いったい彼に何が乗り移ったというのか。
一平の口調は完全にオネエ言葉になっていた。
「例え誰かに裏切られたとしても、裏切られるまで信じ続けられた自分を好きでいてあげなさいよね!」
「「……………………」」
「ほんっとにもうっ、馬鹿なんだから!」
『……………………』
最後まで頑張った二人のドラ息子だけでなく、『式波一平』の言葉は室内にいる全員を黙らせる事に成功する。
正直ただ単に気色悪すぎてドン引いただけなのだが、それでもいがみ合いバラバラだった皆の心を一つにさせたのは称賛に値するだろう。
結論としては、学園エヴァは異世界でも完全正義だった。
第十七話「始まる前から詰む盗賊」
「あんなふざけた劇でなぜ奴等が改心したのか非常に謎だが、まあいい。陛下の依頼の期日は一月だ。さっさと行け」
城門の前で不機嫌そうに言うアレクシス。
いや、実際に不機嫌全開だった。
まあ、意味不明のおかしな寸劇に参加させられたわけで、しかも破廉恥なロリコン王子役とくれば無理もないだろう。
しかしそれでも見送りにきてくれているのだから、そのツンデレ力は大したものである。
「一月ぃ? たかが盗賊ぶっ飛ばすだけなのに一月も掛かるわけないじゃん」
そんな激励に一平は、やたらと多すぎる猶予期間に面食らう。
盗賊の出没場所は、王都から街道を七日ほど進み、山岳地帯へ差し掛かったところにある村近辺だ。
現場に行くまでが面倒なんであって、たとえ盗賊が百人いたところで一日で方がつく。
帰りはリュリュの転移魔法で一瞬なわけだし。
「猶予が多くて困る事などなかろう? 無論、解決が早い事に越したことはないがな」
「……ふ~ん」
アレクシスの妙に含みの込められた言い方に、一平は胡乱げな目で相槌を打つ。
どうやら単純な盗賊退治ではないようだと確信したからだ。
元々何かあると思ってはいた。
盗賊退治などギルドでは定番の仕事だろうし、よしんば冒険者達の手に負えない規模の盗賊団ならば国の騎士団が討伐に乗り出すだろう。
だから今回の依頼はこちらの力を測るものさし程度と考えていたのだが、どうやら裏がありそうだ。
「まあ順当に考えて、試験じゃろうな。私達が使えるかどうかの」
人生経験は薄っぺらいのに、歳だけは無駄に食ってきたリュリュも同じ結論に達している。
「試験?」
「どういう意味だい?」
王様の依頼を額面通りに捉えていたセレスティヌとヴァレリーは、同時に疑問を投げかけた。
馬鹿正直なロシェルも同じく怪訝顔なので、この三人にはこのまま捻くれずに生きていってもらいたい。
ちなみにポワンは無表情過ぎて存在感がまるでなかった。
ブリュエットにいたっては、先程無表情になるほどキレていた父親に連れていかれた為に、存在自体がない始末だ。
「既にイッペーを含め、私達の事は調べ終わっとるじゃろ。じゃが、私とイッペーは少々特殊じゃ。調べたところで何も出てこなかったに違いあるまい」
リュリュは、人を疑う事を知らないであろう者達へと説明する。
「じゃから、この依頼はイッペーと私の能力を確認するための試験というわけじゃ」
ここら辺はまあ、王様サイドの観点に立てば当然の推測だろう。
ただの馬鹿が騒ぎを起こしたのならそれまで。使える人材であるなら貸しとすればいい。
依頼を提示された瞬間には、一平とリュリュは即座に看破していた。
だが、こういった大人の思惑を見破れるのは、正直いって嫌な子どもと言わざるをえない。
ヴァレリー、ロシェル、セレスティヌ、ついでにポワンの四人は清い心のまま育つ事を祈るばかりである。
「ついでに言うなら、戦闘能力というよりも目標達成能力が知りたいんじゃろな」
「目標達成能力?」
セレスティヌは首をかしげて聞き返すが、ロシェルとヴァレリーは「なるほど」と頷いた。
「もちろん戦闘能力が高いに越したことはない。じゃが、戦略的に行動できねばいい冒険者とは言えんからの」
「ふえ~、すごいなぁリュリュ。いっぱい考えてるんだね」
そんな良い子の称賛に、幼女は得意げでふんぞり返った。
「当然じゃ。天才魔法師なんじゃぞ? 貴様らとは頭の出来が違う」
歳をとるとどうしてこうも説明したがりになってしまうのだろう。
ベラベラ調子に乗って話すリュリュは、自身の頭脳を自慢しているようにしか見えない。
しかも相手を乏しめることで自身の優位を示そうとするなど、人として大丈夫なのか?
幼女のやり直し人生はお先真っ暗だ。
「なあ、アレクシス。その盗賊の被害ってどれくらいなわけ?」
とそこで、考えをまとめ終わった一平の疑問が飛んだ。
村周辺の街道――というか山道に出没する少数の盗賊の捕縛、もしくは排除としか聞いていない。正確な人数は不明との事。
村や行商人が被害にあっているという話だが、王家からしてみれば所詮は田舎の些末事だろう。
ならば、いったいどれだけ大きな被害ならば王の耳にまで届くというのか。
「ほお。いいところに気付いたな」
アレクシスは感心して目を向ける。
王が雑事を依頼するという不自然さに気付いていたのは一平だけだ。
「報告では被害件数は五回。村一度、四人の行商人が被害者だ」
「被害総額は?」
「軽微過ぎてよく分からん。金品の被害は一切なし、人的被害もな。僅かな食料を奪われたという話だ」
「……ふ~ん、食料だけねぇ」
アレクシスの答えに、一平はフムフムと思考を重ねていく。
「な、なんじゃそれ? 本当に盗賊か?」
しかし、リュリュはポカンとした顔で呆気にとられてしまう。
人的被害がないという事は魔物の仕業ではあるまい。
が、盗賊という線も薄いだろう。金品を奪わぬ盗賊などいるわけがないのだから。
「被害が少ないのは良い事だと思うけど……」
「意味が分からん。子どものイタズラではないのか?」
「報告書が間違ってるという事はないのかい?」
「……………………」
セレスティヌ、ロシェル、ヴァレリーも頭をひねった。
延々ボーっとしているポワンが頭を使っているのかは謎である。
「……ああ、じゃからか」
一瞬思考が停止したが、それでも元宮廷魔法師の頭脳は伊達ではないという事なのだろう。
リュリュは即座に事態を看破した。
「丁度いいから面倒な案件を丸投げしたというわけじゃな、王子」
「どう解釈するかはそちらの自由だ。こちらは解決さえしてくれれば構わん」
苦虫を噛み潰しながら睨みつけるも、相手は肩を竦めるのみ。
「どういう事なの、リュリュ?」
どうやら正解に辿り着いたらしいリュリュへ、セレスティヌが素直に尋ねる。
「正体不明の盗賊。大した事のない被害。さらに犯行地域までの距離を考えると、国やギルドとしては解決したところで大赤字じゃ」
「お、お金の問題なの?」
愛はあっても金などない神官の顔が歪む。
その姉と騎士見習いも同様だ。
「犯人が村人の可能性もある。いや、下手をすると村含みの犯行じゃな」
「えー!? なんで!?」
軽微な被害である事から村全体で盗賊の真似事をしている可能性は低いだろうが、村人が犯人の場合匿う事がある。
閉鎖された仲間意識というものもあるが、馬鹿な村人一人のせいで村自体に責任を負わせられる事があるからだ。
村の被害件数一は、正直カムフラージュとしか思えない。
「村や山の調査から始めなければならないとなると、一月などあっという間じゃ。報酬も滞在費だけで吹っ飛ぶぞ」
「「「うわぁ……」」」
「被害自体は大したことないが治安面では優先度が高いという、はっきり言って面倒極まりない依頼じゃな」
リュリュの話を聞いて、三人の顔に『割に合わねえ』という苦渋が浮かんだ。
もちろん、話したリュリュの顔も沈痛だ。
「じゃから、これ幸いと私達に押し付けたというわけじゃ。試験がてらな」
「おしい」
しかし。
「いい線いってるけどな」
ここで一平がしゃしゃりでる。
「む? 何か見落としたか?」
リュリュは首を傾げたが、一平が間違っているとは露程も思わない。
異次元探偵の力を体験した以上、その能力を疑うのは馬鹿のする事だろう。
「試験ってのは賛成だ。村人が犯人なんじゃねえかって事も。けど多分、王様達にほぼ真相が分かってるはずだ」
「なぜそう思う?」
「謁見の時、焦点になってたのが俺の考え方だったからな」
フフンと笑い、依頼と謁見が連動していると言う一平。
「王様顔見せイベントがまだ続いてんのさ。きっと口で言った事と行動が合ってるのかどうかが知りたいんだろ」
「……なるほど、信用に足るなら不問。たとえ解決したところで、信用できないと判断したなら処分というわけじゃな」
「「「「な……ッ!?」」」」
あくまでゲーム感覚でものを話す一平に、リュリュは恐ろしく黒い現実を予測した。
当然セレスティヌ達三人は絶句だ。
品行方正な王子様も絶句していたのだが、これは幼女の黒さに驚愕した為である。
「なんでいきなり処分なんだよ! 精々ペナルティーがあるってとこだろ!」
現に、そんな暗い未来を予測したのはリュリュだけなのだから。
「そうじゃろか? 使えん駒は処分するのが宮廷ってとこじゃろ?」
「お前の人生どんだけブラックだったんだよ!? もっと白く生きろ! 黒ババア!」
「だれが黒ババアじゃ!」
「オメーだよ! 頭の中が闇よりもなお深いじゃねーか!」
「違うもんね~。今は桃色じゃもんね~。イッペーの事でいっぱいじゃもんね~」
「シネ!」
リュリュの闇は深過ぎた。
が、いつまでもこんな馬鹿話で時間を浪費するのも無意味だろう。
一平はとても酷い暴言でリュリュを斬り捨てた後、勘違いして不安になっている三人へ自信満々に告げる。
「ま、この時点である程度の事は分かったし、問題ねえけどな」
そう、既に現時点で、異次元探偵には今回のクエストの展開が見えていたのだ。
「なんだ? 何を分かった?」
一平という人物を測りかねていた王子様は、つい好奇心で尋ねてしまう。
「今回の盗賊は訳ありの人間だ」
「……訳あり?」
表面は眉を顰めただけだが、アレクシスの胸中は驚愕していた。
「もしかしたら訳ありの、子ども、かもな」
「ッ!?」
驚きで目を見開いてしまう。
一平はアレクシスの微かな表情の推移を観察しながら、ニヤリと確信を深めていった。
「金より食料を奪う。つまり金を使う事ができないか、もしくは金の価値がわからない人物」
「……………………」
黙り込んだアレクシスに、一平は畳みかけるように言う。
「被害にあった四人の行商人。自衛の手段を持ってるからこそ行商なんて事ができる」
「……………………」
「そんな人達から物を奪えるって事は、きっと能力は一般人より遥かに上なんだろうな。もしかして結構な魔力持ちなんじゃね?」
「……………………」
「んでもって被害が僅かな食料のみってんなら単独犯だな。戦利品の運搬役すらいないから、被害は軽微ですんでるってわけだ」
「「「……………………」」」
アレクシスだけでなく、ロシェルとヴァレリーも異次元探偵の推理に呆然だ。
「さすがは私のイッペーじゃ」
「イッペーさんはいつでもスゴイよね」
「……頭いい」
訳ありのチョロインズは既に異次元推理にすら余裕で対応。
「つまり今回の盗賊は、『買い物ができなくて、仲間を作る事ができなくて、魔力の高い、おそらくは子ども』って事になる」
異次元探偵は結論に移る。
「これに当てはまる奴っていないの? 種族的な意味でもいいよ? 呪いか、もしくは祝福を受けた子どもって感じだと思うんだけど?」
「いる。忌み子じゃ」
それを受けて、リュリュの口からニューワードが飛び出てきた。
「そうだな。その条件なら忌み子が当てはまる」
「この目で見た事はないけど、たしかに授業でそんなの習ったね」
ロシェルとヴァレリーも揃って幼女を肯定。
「おっとこれまたキタヨ。忌み子ですか」
面白くなってきたと、一平は厄介事の予感に胸をときめかせる始末だ。
「バ、バカな……、僅かな情報でなぜそこまで推測できる……」
アレクシスも異次元探偵の被害者ではあるのだが、常識人の彼には呆然と一平を見詰める事しかできなかった。
かわいそうだが早めに慣れてもらわないと、このままでは驚愕キャラとして定着してしまうだろう。
「しかも単独で行動してるけど、おそらく一人じゃねえぜ」
「ッ!?」
なぜ分かる! と、案の定内心でまたも驚愕するアレクシス。
「こりゃちょっと急がねえとマズそうだな」
一体何がマズイというのか。
異次元探偵に見えているモノは、今はまだ誰にも分からない。
「というわけだ、アレクシス。すぐにでも出発するからさ、王様達に言っといて」
「な、何をだ?」
「何人いるのか知らねえけど、全員ちゃんと保護してくるってさ」
「ッ!?」
もはや驚愕キャラとしてやっていく決意を固めたとでもいうのか。
アレクシスの驚愕力はとどまる事を知らない。
まあ、おかしな推理で一方的に驚かせ続けている一平が全て悪いのだが。
「……ああ、とっとと行け。陛下には報告しておく」
「おー、頼むわ」
一平はアレクシスに軽く手を上げると、仲間達に満面の笑みで冒険の開始を合図。
「よーし、忌み子を捕まえに出発だー!」
おー! と、アレクシスを除いた全員が気勢を上げた。
そして、和気藹々と歩き出す集団を胡乱げに見詰めながら、王子様はその場でポツリと呟く。
「あのアホウ、まさか頭脳も一流なのか……?」
未来の王に多大な勘違いを与えつつ、一平達は新たな冒険に旅立った。
王様謁見イベントから発生した盗賊フラグ、魔王フラグ、そして忌み子フラグ。
その終着地点は未だ見えない。
精々うまく着陸する事を祈るのみである。
今回はギリギリを攻めすぎた感がある……話も全然進んでないし……。
皆さん、よいお年を。