第十六話「理想の王」
すみません。本っ当におまたせしました。
第四部の開始です。
「ロシェルと言ったな、まずは謝罪しよう。私が馬鹿共を御しきれんばかりに割を食わせてしまった」
すまん、と頭を下げる王子様。
「気にされるな、アレクシス王子。実際、たいして不満に思ってもいない故」
それに対し、少々慇懃に返す美女。
「そう言ってくれると助かる。謝罪金は当然払わせてもらうが、そちらが望むなら復学も可能だ。どうする?」
「ありがたい申し出だが金も復学も不要。過去の小さな出来事を騒ぎ立てるなど、私の矜持が許さんよ。王子殿」
一国の王子相手にクソ偉そうな言い方だが、これがロシェルという人間の生き方なので仕方がない。
この生き方によって被る被害も恩恵も、全て呑みこむ覚悟はできている。
というより、ずっとこうして生きてきた為に、今さら違うやり方などできないだけかもしれないが。
「そうか。では今回の事は『借り』にしておこう。何かあれば私が力を貸す」
「いや、それも不要。『貸し』は返すが、『借り』をあてに生きたくはない」
「そう言うな。こちらにも面子というものがある」
「む?」
「ロシェル殿の矜持は理解できるが、私の矜持も理解してもらいたい」
堅い。というか硬い。
もう少し柔らかくならないものか。
真面目な王子様と武士女二人の会話は、その場にいた他の面子に一切口をはさませなかった。
「たしかに。これは私の思慮が足りなかった。今度はこちらが謝罪しよう」
「構わん。元々の非はこちら側だ」
「では私の手に負えぬ事が起きた時は、ありがたく頼らせていただく」
「そうしてくれ」
要約すると、
『うちの馬鹿共が迷惑かけちゃってホントごめんね』
『いやいや、気にしてねーってww』
『ちゃんとお詫びするんで』
『いやいや、いーからいーからww』
『そんなわけにいかねーだろww』
『マジいーってww』
『じゃあ今度力貸すしww』
『おー頼むわww』
たったこれだけなんだから、もうちょっと気さくに会話できんもんだろうか。字数的に無駄としか思えない。
さて、時刻は朝。そろそろ街が活気づく時間帯。
ヤンキーキカイダーという悪夢が出現し、学園内の生きとし生けるもの全てを絶望の渦へと叩き込んだ事件から一夜明け、現在”生きてるだけで丸儲け亭”のテーブルに、八人の男女が座っていた。
「んで、アレクシス。朝からなんか用?」
八人の内の一人、一平は、謝罪を終えた王子様に疑問を投げかける。
早朝、ギルドへ顔を出した途端、待ち構えていたヴァレリーにいきなり拉致られたせいで少々不機嫌だ。
もちろんリュリュも一緒であり、途中でなぜかポワンも合流。
着いた場所にはアレクシスとブリュエット、そしてロシェルとセレスティヌの姉妹(?)までおり、冒頭の謝罪現場に立ち会ったというわけだ。
「……誰だ貴様は?」
尋ねられた王子様は怪訝顔。
茶髪のどこにでもいそうな少年にタメ口で話しかけられ、少し気分を害している。
誰だか知らないが、王族を呼び捨てにするとは命がいらんのか。
「はあ? なにボケてんだよ、俺だ俺! 昨日の今日で忘れるとか失礼にもほどがあるだろ!」
「は?」
たった一日しか経っていないのに、顔を忘れられてしまった一平は憤慨する。
だが、これをアレクシスの非礼だとするのは酷だろう。
現在の一平はヤンキーキカイダーではないのだから。
「ま、ま、まさか……」
ポカンと馬鹿面を晒した後、己のありえない予想にわなわなと震えだすアレクシス。
「き、貴様、イッペー、か……?」
一平を差す指先までブルブル震えているのは、きっと驚愕の深さを物語っているのだろう。
「当たり前だろ! 服だって変ってねーだろうが!」
「顔面をどうしたあああああああああああああああああ!」
おそらく、ヤンキーキカイダーのあまりに凄まじい顔面に目を奪われ、服装など記憶に残らなかったに違いない。
「俺の顔面がなんだよ! またブサイクだって言うつもり!?」
「おかしいだろうがあああああああああああああああああ!」
「ブッ殺!」
顔を馬鹿にされて跳びかかる一平だったが、アレクシスは昨日の出来事が夢だったのかと叫んだだけだ。
まあ、覚悟を決めてもう一度ヤンキーキカイダーの顔面を直視するつもりだったのだから、その反動で驚愕してしまったのだろう。
「ちょっ、いきなりケンカしないでくれ!」
慌てて飛び込んだのはヴァレリーだ。
どったんばったん取っ組み合う二人を慌てて引き離し、なんとか宥めて席に座らせる事に成功した。
「次ブサイクって言ったらマジ殺すからな、ヘタレ王子!」
「誰がヘタレ王子だ! 馬鹿な仮装をしていた貴様に非があるだろう、このド阿呆!」
「ま、まあまあ、落ち着いてくださいな、アレクシス王子」
「イッペーさんも、ほら。お水でも飲んでよ」
それぞれの隣にいたブリュエットとセレスティヌも二人を宥める。
一平が少々キレやすくなっているのだが、実はこれには理由があった。
昨日、“生きてるだけで丸儲け亭”で発覚したポワンの正体。
クーデレエルフだと思っていたら、クーデレ金魚だった。
ツンデレお姫様フラグを逃した一平に、この絶望を耐える力はなかったのである。
「魚類はムリだろ……」の言葉を残し気絶した一平は、新たなフラグ探しに忙しいのだ。
「いい加減に話を進めてもらえんか? 昨日の今日じゃからな。なんぞ問題でも起こったのか?」
と、全く進まない話に焦れた幼女。
相変わらず偉そうな口調だったが、過去、国に追われた経歴を持つリュリュは、ヤンキーキカイダー事件の穏やかな収束を心から望んでいる。
人生のやり直しを決心したのに、十日も持たずにまたお尋ね者へ逆戻りなど勘弁してもらいたい。勇者と己は一蓮托生なのだから。
「その点は問題ない。あらかた片付いた」
「なに!? たった一晩でか!?」
驚くリュリュ。
激しい剣幕の幼女はアレクシスをのけ反らせた。
「あ、ああ。この件でお前達が罰せられる事はないだろう」
「ふむ。中々手際がいいではないか。じゃが、国を背負う以上はこれからも精進するんじゃぞ?」
「な、なんなんだ、この偉そうな幼女は……」
一時は国外脱出まで考えたリュリュは、一日で事後処理を終えた王子を称賛する。
アレクシスはアレクシスで、クッソ上から目線の幼女に慄くしかない。
無礼という点においては、リュリュは一平と同レベルなのである。
「僕とブリュエット先輩も頑張った事を忘れないでくれ……」
「ええ、本当に。昨夜はほとんど寝ていませんのよ……」
そして疲れた声が。
「ああ、だからそんなに元気がないんですね。お疲れ様です」
「疲れているのは分かるが、二人とも徹夜程度でダレるんじゃない。シャキッとしろ。アレクシス王子を見習え」
テーブルに突っ伏すヴァレリーとブリュエットへ、優しい美少女と厳しい美女の声が飛んだ。
背筋を伸ばして座るアレクシスと比べれば確かにだらしないが、女性らしく労わるという点において、ロシェルは元弟の足元にも及ばなかった。
「ひどいよ、ロシェル。イッペーがしでかした事なのにどれだけ怒られたと思ってるんだい?」
「そうですわ。先生方から学園長、お父様にも散々叱られましたのよ?」
「叱られるだけで済んだのなら僥倖だ。イッペーと一緒にアレクシス王子に感謝しておけ」
ヴァレリーとブリュエットは、昨日の事を思い出しながらブチブチと愚痴を垂れた。
たしかに大変だったのだ。
あの後全生徒と教師を講堂に集め、アレクシスが今回の騒動の他言無用を命令。
一時的にヤンキーキカイダーの存在を隠蔽するために王家の強権を行使した。
そして生徒会と連携し、事態が収束するまで全員を軟禁するという暴挙にでる。
もちろん、後日に事態の説明をする事を約束したが、反発する者も当然ながらいた。
特に、身分が高い家の生徒達が非難を浴びせてくるも、命令という形で全て押さえつけ、脱走しようとする者はヴァレリーを筆頭とした実力者達で実力行使だ。
「冗談じゃない。アレクシス王子の命令で、大貴族の生徒を四人も叩きのめしたんだよ? 近い将来僕は暗殺されるね。全部イッペーとアレクシス王子のせいだ」
ヤンキーキカイダーによってタガが外れた王子様は、ブリュエットと学園長に騒動の元である退学事件の詳細を求めた。
「親呼び出しなんて無茶苦茶です。『今すぐ呼ばなかったら首を刎ね飛ばす』とおっしゃいましたのよ? モンテクレール領まで跳べる術者を泣きながら探しましたわ……」
あまりのしょうもなさにブッチぎれ、モンテクレール公爵をはじめ、取り巻き四人の親、さらには己の父たる皇太子まで呼びつける始末。
アレクシスが王となった時、独裁政権にならない事を祈るのみである。
「聞いてるのかいイッペーッ!」
「もう勘当を覚悟していましたのよ? イッペーさんはわたくし達に謝罪と感謝をすべきです!」
きっと悪夢のような一夜だったのだろう。
いや、今後も問題が山積みの様なので、二人が怒るのも無理はない。
「……………………」
「……………………」
しかし一平は、そんな二人の愚痴など最初から聞いていなかった。
「……………………」
「…………なに?」
二つ隣の偽エルフを、真顔でじっと見つめている。
そして、一平の視線に気付いたポワンから怪訝の声で問われるも、それには答えずブツブツと呟き始めた。
「……人外チョロインの加入は予測してた……けど、金魚だと……? それはアリなのか? はたして魚類はケモノ娘に入るのだろうか……」
そう、一平は果てなき真理の探究者。
「犬、猫、狐娘辺りは言うに及ばず、象、カバ、キリン娘でも問題はない……」
昨夜一瞬でナシだと判断した己を諌め、ポワンがヒロインにふさわしいかをもう一度吟味していたのだ。
「ロボ、イカ、天使。例え邪神だろうと、俺なら心から愛せる……」
なんという愛。
完全に頭が壊れているではないか。
「ポワンの分類はなんだ? 精霊……いや人魚……? まてまて、あいつ全部魚だったよ、間違いなく魚類だから」
ポワンの真の姿を思いだし、一平の額には汗が噴き出ていた。
「魚類に欲情するって……、数ある特殊性癖の中でも最上位レベルじゃないのか……?」
さらに己が限界を模索する。
「……無理だ……魚類は無理だヨ。だって生殖方法だってきっと魚類だモン……」
そして涙が出た。
片手で口を押さえ、嗚咽を堪える事しかできない。
「ど、どうしたのイッペーさん!?」
「ブツブツ言っとると思ったら、なんでいきなり泣きだしとるんじゃ……」
残酷な現実の前には、まさに純情な感情がカラ回ってアイラブユーなどとても言えなかった。
「僕の方が泣きたいよ!」
「というか、なにを泣いてますの……?」
「まあ十中八九ポワンの事だとは思うが……」
「泣かないでイッペーさん!」
「チューしてもいいか、イッペー? 慰めるという名分もあるし、ホッペならいいじゃろ?」
「……………………」
順にヴァレリー、ブリュエット、ロシェル、セレスティヌ、リュリュ。ポワン。
まあ人数が多い分、結局カオスになってしまうのも仕方あるまい。
「「やかましい!」」
一平とアレクシスの怒声がハモった。
「お前も一々脱線させんなよ、アレクシス! 俺は早いとこ真チョロインを探しに行きたいんだから!」
「脱線させたのは――し、真チョロ……?」
脱線させたのはお前らだろうが! と怒鳴りつけようとしたが、一平の言葉が理解できなくて気勢を殺がれてしまう。
「いいから話を進めろっつーの!」
「チッ……、分かっている」
大変腹立たしいが、確かに話が進まないので王子様は怒りを呑みこんで言った。
「イッペー、陛下が貴様に会いたいそうだ」
「いいよ」
『即答!?』
さっきまでの怒りの態度はなんだったというのか。
一平の高速OKに、ポワン以外の身分制度社会で生きてきた全員が驚愕だ。
「驚くような事か? 本物の王様見れる機会なんだから、そりゃ会うよ」
あっけらかんと答える一平。
しかしこれは当然だろう。
昨日の事件の規模を考えれば予測はできたし、異世界召喚物で『王様に謁見する』というのは義務と呼べるほどのテンプレだ。
「……貴様は大物なのか馬鹿なのか判断できんな」
「一応セーブしときたかったし、ちょうどいいよ」
『は?』
が、思考が斜め上すぎる為に、異世界人が理解する事などできない。
「死ぬつもりないから別にいらないんだけど、途中からロードできる可能性もゼロじゃないしな」
いいやゼロだ。
そんな可能性はない。
『……………………』
人生に『ふっかつのじゅもん』を計算に入れる一平は、きっとどこまでもゲーム脳なのだろう。
おかげでポワンを含めた全員の脳はとろける寸前である。
「……イッペーの言っている事は本当に難解じゃな」
「……そうだね。心で感じるのも限界があるよ」
「そうか? 俺的には普通の事しか言ってないつもりなんですけど?」
「……普通ってなんじゃろな」
「……最近、普通と異常の境界線が曖昧になってる気がするよ」
『……………………』
日々爆発的にチョロイン力を上昇させている二人ですら再起動に時間がかかるのだ。他の面子が夢幻を彷徨い続けている事など推して知るべし。
「イッペーは少し自重せい。おかしな言動と行動のせいで、自ら厄介事を招いておるぞ」
「ボクもそう思う。王様に呼び出されるなんてただ事じゃないよ」
美幼女と美少女の忠告は愛しい人の身を案じてのものだが、元老婆と元男の心配など一平にはなんの意味も無い。
「なに言ってんだよ、これ予定通りだから」
「「は?」」
あまりにも今さらな事に、一平は溜息を吐いた。
「王様に会うのは騎士学校に行く前から計画に組み込まれてたっつーの」
『はああああああああああ!?』
心配するチョロイン達だけでなく、夢幻を彷徨っていた年長者組すら驚愕させる一平。
「いやまあ、もちろん予定通りではあるんだけど、予想外な出来事のせいでもう意味無いんだけどね……」
何が言いたいのかというと、お姫様に会うには城へ行く必要があると思っていたのだ。
結局お姫様も学校に通っていた為に何もかもがパーになってしまったわけだが、元々城に行く口実を作るために派手な騒動を起こしたという事。
本末転倒もまた、異次元探偵の真骨頂なのである。
「イッペー、貴様本当に他国の間者ではないのだろうな?」
最初から王との謁見を目論んでいたと聞かされれば、当然王子の疑心を呼ぶだろう。
「アホか。俺はハーレム王になるんだぞ? スパイなんてやってる暇あるかよ」
しかし、目的はあくまでチョロイン姫であって、王に会うのはその手段にすぎなかったなど思いもしないに違いない。
「本気でハーレムなんぞ作るつもりなのか、貴様は……」
「フン。そんなもん作らせるわけないじゃろ。断固阻止じゃ」
「ボクは断固として恋人になるからどっちでもいいけどね」
「お前らには関係ねーよボケッ!」
呆れるアレクシスに、断固たる決意を見せるリュリュとセレスティヌ。
特に、勇者渾身のアイアンクローを喰らいながらも諦める気配の無い二人は、きっと、既にチョロイン人生の完遂を決意しているのだろう。
「……私もイッペーの子供産む」
「どうやってだよ!? お前はまず哺乳類に進化しろ! この魚類が!」
偽エルフも参戦してきたが、残念ながら一平の腕は二本しかない。
ポワンは罵声を浴びるだけで済んだ。
「イ、イッペーさんはハーレムを作る気なんですの?」
「信じられない事に、イッペーは本気らしいよ……」
「イッペーならやり遂げるだろう」
信じられないという顔で慄くブリュエットへ、ヴァレリーが溜息を吐いて答える。
そんな中、ハーレムの成就を確信していたロシェルは、もしかしたら一平の唯一の味方なのかもしれない。
城から迎えの馬車が到着するまでもう間もなく。
事件に関わった一平、アレクシス、ヴァレリー、ブリュエット、そしてロシェル。
五人が城に行く事は確定しているが、駄々をこねたリュリュがついて行くと言う事で、なし崩しに他二人のチョロインも同行する事となった。
王宮編が始まる。
第十六話「理想の王」
「城なんてシンデレラ城以来だぜ」
『シンデレラ城?』
「城が水没したり天空に舞い上がったりしないうちにいくぞ」
『するわけあるか!』
とまあ、千葉にあるネズミの国や、マザードラゴンがいる天空城を思いだしつつ入城した一平と他七名。
彼らは謁見の間で王に頭を垂れていた。
「アレクシス、顔をあげよ」
「はい、陛下」
玉座には壮年の美丈夫が足を組んでおり、少し距離を取った場所には数名の男女が立っていた。
アレクシスは玉座正面、五メートル程手前で片膝をつき、その更に後ろに一平達が跪いているという配置だ。
まあこれ以上の詳しい描写など読者様方には退屈なだけだと思うので、後は皆様の訓練された想像力で補完してもらいたい。
「予定より三人ほど多いようだが?」
「申し訳ありません。一番幼い童女がどうしてもついて行くと泣き喚きまして……」
「いや、構わん。急な召喚は余の我が儘だ。いきなり引き離されそうになれば怯えもしよう」
いつもは子供扱いされる事を嫌がっているのに、利用できると思ったら鼻水垂らして駄々をこねまくったリュリュ。
はっきり言ってクソである。
まあ、それだけ心配だったという事なのだろうが、いざとなったら上級魔法をぶっ放して逃げようとも考えているので、どっちにしてもクソだった。
「ご苦労だった。下がれ」
「はっ」
とても五十代には見えない若々しい王から労いの言葉をかけられたアレクシスは、玉座の周りに並んだ男女の端に向かう。
彼も王族の一員である以上、この場にいる権利を持っているのだろう。
「さて、堅苦しい挨拶は抜きでいい。その方ら、全員顔をあげよ」
その言葉に、跪いていた一平達が顔を挙げる。
リュリュとセレスティヌは少々表情が硬い程度だが、ヴァレリーとブリュエットは蒼白だ。
処罰なしと言われてはいても、心臓のドキドキが止まらない。
陛下にも怒られるんだろうなと、ヴァレリーとブリュエットの二人は超不安である。
一行の中で平然としてたのは三人だけだ。
主人公としてど真ん中にいた一平は言うに及ばず、ロシェルとポワンはいつも通りの表情だった。
いや、ポワンはアレクシスの傍にいる人物を見た瞬間、目を見開いていたのだが。
「余がヴィクトル・ドゥ・ベランだ。昨日の今日で疲れもあるだろうがよく来てくれた。礼を言おう」
ニヤリと軽い皮肉を飛ばされつつ視線の合ったヴァレリーは、引きつった笑みを浮かべながら失神寸前である。
余計な仕事を増やしたのだから、当然王様だって疲れているに違いない。
「真ん中の少年、そなたがイッペーか?」
馬鹿庶子への初めてとなる説教は後でじっくりしてやろう、と思いながらベラン王はすぐさま一平に意識を切り替えた。
事件の主犯は少年という報告なのだから、消去法で該当者を特定するのは簡単だ。
「はい。はじめまして王様。野々宮一平と言います」
笑顔で自己紹介する一平は、相手が失礼でないならきちんと挨拶のできる良い子だった。
迷惑をかけた相手に物怖じしない事を長所と言っていいのかは、甚だ疑問だとしてもだ。
一平のそんな態度に、ベラン王は「ほう?」と軽く感心する。
立場的に一番怯えていなければならないはずなのに、そんなそぶりは一切ない。
ただの子供にしか見えないが、その胆力は大したものである。
「では少年、一歩前に出て事情を説明するがいい」
「分かりました」
宮廷作法などとは無縁の一平は、普通に立ち上がり、そのまま一歩前に出た。
「事の起こりは後ろにいる友人、ロシェルの退学の話を聞いた事ですね」
作法として正しいのかどうか気にする事もなく、普通に事件のあらましを話し始める。
しかし、そんなものは既に報告済みだろう。
「なので、王子様を殴り飛ばしてお姫様と仲良くなろうと思いました」
『は?』
だから裏話を暴露した。
「ほら、なんて言いますか……ケンカしたあと仲良くなりますよね? それで王子様と仲良くなって、後からお姫様を紹介してもらおうと
思ったんですよ」
『……はあ?』
当然ベラン王からだけでなく、色んなところからも疑問符が飛んでくる。
少しだけ事情を知っているアレクシスは、右手で顔を覆いながら溜息した。
全てを知っているヴァレリーに至っては、白目で泡を噴き出す始末だ。
「でもアホヴァレリーのせいで結局失敗しちゃいまして。いやあ、俺もまだまだだなって実感しましたよ」
テヘヘ、と頭を掻きながらテレる一平。
完全に空気が読めていなかった。
「……あー、少年?」
「はい? なんですか、王様?」
目上の人間にしっかりと敬語を使っている事は正しいのだが、何かが激しく間違っている。
まあ、自力でそれに気がつくようであれば、一平はここにはいないだろう。
「姫とはナディーネの事か?」
「たしかそんな名前でしたね。アレクシスの妹さんで合ってるならそうです」
危ない。
謁見の間で、しかも王様の目の前で王子を呼び捨てだ。敬語がどうこうというレベルを大きくクリア。
ロシェルの顔は引きつり、リュリュとセレスティヌの顔面が蒼白になっていくではないか。
ブリュエットに至っては、泡を噴き始めたのでヴァレリーの仲間入りである。
「つまり何か? 余の孫娘へ近づく為にあんな騒動を起こしたと言うのか?」
「そうなりますね。ご迷惑をおかけしました」
アウト。
迷惑をかけた事を自覚し素直にペコリと頭を下げるも、それにいったいどんな意味があるというのか。
正しいのに間違っているとはこの事だろう。
現に、リュリュとセレスティヌの二人が、新しくヴァレリーの仲間入りを果たしたのだから。
「本気か、少年?」
「もちろんです。俺はいつだって本気ですよ」
命はいらんらしい、と結論付けるのは早かった。
満面の笑みを浮かべて肯定する一平の姿に、王様は深く溜息を吐く。
しかし。
「まあ上手くいかなくて、アレクシスのヘタレ癖を直すだけで終わっちゃいましたから、偉そうなことは言えないんですけどね……」
「ん? どういう事だ?」
王の溜息に釣られて同じように溜息を吐いた一平に、興味をそそられる。
かなりの不敬を働いているというのに即座に罰しないところを見ると、意外と温厚な王なのかもしれない。
現に、アレクシスは肩を怒らせて激怒しているのだから。
一平が会話しているのが王でなければ、既に怒声をあげ終わっていただろう。
「やだなあ。君主政治は自浄能力が極めて不安定な政体なんですから、下に舐められたら終わりじゃないですか」
そんな完全アウトの状態から、一平はのほほんと最強ぶりを発揮し始めた。
「国家元首は自身が権力行使に対するチェック機能と抑止機能にならなきゃいけないってのに、アレクシスの奴アホ共との軋轢なんてものを気にしてたんですよ?」
「……………………」
「民主政治みたいに任期が限られてるわけじゃないんだし、将来逆らわない様に今のうちから従わせるのが効果的だって分かってる筈なんだけど……真面目すぎてパニクったかな」
「……………………」
「国民がいつだって優秀な王を求めるってのは分かるし、それに応えたい気持ちも分かるんですけど、世襲君主制なんだから短期的政治戦略じゃなくて、素直に長期政略視野を鍛えりゃいいんだよ。あ、敬語忘れてました、鍛えればいいん……です? ですよ?」
王様どころか全員ポカンだ。
ただの馬鹿だと思ってた少年がいきなり政治を語り出したのだから、まあそれも仕方あるまい。
しかしお気づきだと思うが、これは一平の頭がいいわけではない。
もちろん全てマンガとアニメから学んだ知識だ。
正しいかどうかはともかく、それほど勉強が得意というわけではない一平にこれだけの知識を植え付けたのだから、アニメ監督・マンガ作者という人種は全員超弩級の文化人と言えるだろう。
「い、意外に賢しげな事を言うな、少年。なんというか……本当に意外だ」
アホな子供と侮っていただけに、ベラン王は顔をひきつらせてしまう。
「いや、意外って……。俺結構勉強してきたんですけど? もしかして馬鹿に見えるんすか?」
イラッとして少し口調が強くなってしまったが、ここでベラン王を責めるのは酷というものだ。
第一、勉強と言ってもそれはきっとサブカル的勉強に違いないのだから、馬鹿に見えてしまったところで一平自身の責任だろう。
「怒るな、少年。実際に馬鹿な事をしたのは少年の方だ」
正論である。
拗ねた一平の姿に苦笑を洩らす王様は、間違いなく賢王と言えた。
「いやいやそんな事ないですって。理想の王になる為には、まず最初に理想の王子になれって言っただけですもん。ちゃんと合ってる筈ですよ」
正論を吐く大人に反発したい年頃なのは分かるが、王が言っているのはそういう事じゃない。
ヤンキーキカイダーの時点で既に馬鹿な事なので、王の方が正しいのだ。
やはり一平は少しだけ頭が悪かった。
「ほう、それは良い事を言う」
「でしょ?」
認められた一平は調子に乗るが、大人な対応をする王は更に深くつっこんだ。
「では少年。少年が思い描く理想の王とはどんな王だ?」
それがイッペーワールドの引き金になるとも知らずに。
「そうですね、まず肩にマークを描きます」
一平は胸を張って、自信満々に理想の王を語り出す。
「マーク?」
ベラン王の疑問は、この場にいる全員の疑問だ。
「ええ。マークは何でもいいです。花でも何でも、例えばタヌキさんマークでも」
「?」
「あっ、もちろん素肌に直接ですよ? 服を着たら見えなくなるように」
「自分の肩に直接マークを描くのか?」
「ええ。そして王様だとバレない格好で、しょっちゅう街へ繰り出して遊びまくります」
「ほう、遊びまくるのか。それは楽しそうだ」
「街の人達に遊び人だと認識されれば完璧ですね」
「ふむ、遊び人か……。一度でいいから存分に羽目を外してみたくはある」
少年が何を言っているのかまるで分からなかったが、日々激務をこなす王様はそんな生活に思いを馳せる。
しかしそれも一瞬の事。
一平の言っている事が理解できない王は、少し眉を顰ませ硬い声で言う。
「だが少年。遊び呆ける王が理想の王か?」
「いやいや、違いますよ。遊び人は仮の姿です」
「む? どういう事だ?」
「街の噂を集めるんですよ」
一平は絶好調だ。
身振り手振りを交えて説明。
「それも、あくどい商人や不正を働いてる貴族達の噂をです」
「……ふむ。間諜の真似事は面白そうだが、しかし何も王自身がする必要もなかろう?」
「面白いのはここからですって」
「ほう?」
「『悪党の証拠を調べて叩きのめすまで』を、ぜ~んぶ自分一人でやっちゃうんですよ!」
一平の笑顔は、本気で理想の王を語っていた。
「なんだと?」
「悪事の証拠をつかんだら悪党共の目の前に躍り出て、肩を肌蹴てこう言います」
実際に学ランとパーカーを素早く脱ぎ捨て、Tシャツの首の部分からバッと肩を肌蹴出す。
「テメエらの悪事! このタヌキさんにはまるっとお見通しだ! ってね」
一平の笑みは輝かんばかりだ。
対照的にベラン王はポカーンだが。
一平は肩を元に戻して続ける。
「当然襲いかかってくる悪党共を全て叩きのめして、騎士団に引き渡します。もちろん王としてではなく、遊び人としてですよ?」
「……………………」
「そして最後。裁きの場で悪党共を尋問しますが、悪党故に奴らは簡単には罪を認めません。逆に、自分達は不当な暴力を受けた被害者だと言い張るでしょうね」
「……………………」
「そこで俺の出番です!」
「……………………」
「悪あがきする悪党共の前に、王様の姿に戻った俺は肩を肌蹴てこう言うんです」
もう一度バッと肩を肌蹴た一平は、謁見の間中に響く程の大きな声だ。
「おうおうおう! テメーらこのタヌキさんマーク! 忘れたとはっ、言~~わ~~さ~~ね~~ぜ!」
金さんですね、分かります。
「はっはっはっはっは! それは傑作だな!」
ベラン王は爆笑した。
「でしょう?」
一平はしたり顔だ。
JAPANサブカルチャー、勧善懲悪物の原点といえば間違いなくこれだろう。
時代劇とはアニメ同様、日本が世界に誇る偉大な文化なのだ。
「理想の王様ってのは弱い人達の味方です。そんでもって、そんな弱い人達を食い物にする馬鹿共の敵ですね」
「見事な回答だ、少年。余も一度でいいからそんな王をやってみたい」
まあ、時代劇はフィクションなので、現実の王様がそんな事しちゃ駄目だろう。
政治とは夢や理想から恐ろしく遠いものだ。
「しかし、少年の頭は少しおかしいな。優秀なのかそうでないのか判断がつかん」
金さんがツボにハマったのか、ベラン王はクククと笑いながら正直に口する。
「俺のどこがおかしいんですか。だいたい頭の良さなんてそこそこで十分でしょ。俺より頭のいい奴なんてゴロゴロいるんだし、必要なら集めればいいだけじゃないですか」
それを受けて、またもイラッときた一平は投げやりに返した。
「ほう。では少年が王になるとして、絶対に必要なものはなにか教えてれ」
「王様に必要なのは三つ。『カリスマ』、『人を見る目』、そして『運』」
打てば即座に響く一平に、ベラン王は上機嫌だ。
「この三つがあれば最強の王様ですね。二つしかなくても十分に優秀な王様なんじゃないかな?」
「なるほど、他者に任せてはならん部分というわけか」
「そういう事っすね。王様は人を使ってなんぼの職業ですし」
「ハハハハハ! その通りだ、少年。他者をうまく使えん王など王ではない」
ひとしきり笑った後、王は命令を下した。
「冒険者イッペー、そなたに盗賊の討伐を依頼する。拒否は認めん」
王宮編はあっという間に終わり、ファンタジーのテンプレたる盗賊退治編が始まる――のかもしれない。
おまけ
「どうだったかな、水の精霊殿? 余にはあの少年が魔王になど見えなかったが」
「元々半々だと思ってはいましたが、直接見ても判断できませんでしたわ」
「む? 水の精霊殿の目でもか?」
「ええ。魔力が全く無い人間など初めてです」
「魔力がないだと? ではあの少年は死人か?」
「いえ、きちんと生きています。体内を流れる水も正常でした」
「……ふむ。頭の中だけでなく体もおかしな少年であったか」
「今はまだ監視で十分でしょう。娘はあの子供を気にいったようですし、何かあればすぐに知らせてきますわ」
「我が子を間者に使うか……。精霊の世界も世知辛い」
「私の娘は何も知りませんよ?」
「む? どういう事か?」
「あの子供に嫁げとお尻を叩いただけですもの」
「それはまた……」
「それでは森へ帰ります。ごきげんよう、ベラン王」
「うむ。そちらも息災であってくれ。ベランの守護者よ」
魔王編が始まる――のかなあ。
( ゜д゜)
( ゜д゜ ) アレ……?
スミマセン……。王宮編じゃないみたいです……。
騎士団の話とか、王妃・王女の話とか、過去の後継者争いとか、天乱八手の秘密とか考えてたのに、また違う方向に行っちゃいました……。
……でも、え? 魔王編? いや、盗賊編かな……? 魔王はラスボスですし。(ガクガクガクガクガクガクガクガク)