第十五話「ポワンの正体」
皆さん、お久しぶりです。吉川兵保です。
がんばりました。
でもがんがりすぎて文字数多い……ッ!
書き方忘れてる……ッ!
学園編の完結です。ではどうぞ。
「才無き者の苦悩など貴様には分からん!」
アレクシスの電光石火の抜き打ちから始まった決闘。
風を纏った王子の斬撃は、視認する事も困難な速度で一平の首を狙う。
「じゃあイケメンじゃない者の苦しみがお前に分かるってのか!」
が、上体のみで円を描く一人Choo-choo-Trainの前には掠らせる事もできない。
「それでも私は王にならねばならない!」
野々ザイルの動きを捉える事は困難、と瞬時に判断したアレクシスはすぐさま狙いを足に切り替える。
「努力が実らぬこの重圧が貴様などに……ッ!」
パフォーマーの足元目掛け、最速の三段突き。
しかし、その非凡な判断力さえも、コサックダンスの前には無力だ。
「俺だってハーレム王目指して頑張ってんだよ! でも全然うまくいってないっつーの!」
「話がおかしいだろうがあああああああああ!」
アレクシス渾身の風の刃。
振り切った斬撃からカマイタチが発生し、愚か者を縦に両断しようと牙をむく。
「左手は添えるだけ……」
だが信じられない事に、一平の左掌は真空波の軌道すら変えてしまう始末だ。
「貴様はハーレムを作る気なのか!? 私の妹に妾になれと!?」
ゼイゼイと呼吸を荒くしたアレクシスは驚愕。
一国の姫に懸想する怪人かと思ったら、なんと愛人にしようとしている。
国家を馬鹿にしているのか?
それとも本物の狂人なのか?
王国丸ごと敵に回す行為だと気づかないほどイカレてるのか?
とても正気とは思えない。
「いや、妾って……。もっとオブラードに包んでくれよ。俺が最低みたいじゃん」
「きっちり最低だドアホウが!」
「クソじゃよ! イッペーのそこだけはホントクソじゃ!」
チョロイン候補であるお姫様の兄から叱責され、一平はちょっと怯んだ。
関係無い外野からの声は無視できたが、さすがに肉親の不満を無視する事は難しい。
よくよく考えてみれば、『王子様と仲良くなって妹紹介してもらおう作戦』だったのに、なぜマジで喧嘩しているのだ?
ブサメン呼ばわりされて頭に血が上ったとはいえ、このまま何も考えずにぶっ飛ばしてはお姫様のフラグは折れてしまうだろう。
アレクシスの正論は、一平に冷静さを取り戻させる事に成功する。
「ええっと……少し誤解があったようですね、お義兄さん」
「誰が義兄だ!」
「じゃあ親友でいいよ。親しみを込めてアレクって呼ぶな? 俺の事も一平でいいからさ」
「なんなんだコイツはああああああああああ!」
アレクシスの脳は悲鳴をあげるが、一平の徹底は尋常では無かった。
まあ、それも当然だろう。
ヴァレリーは言った。お姫様を紹介できるのは王子様だけだと。
だからこそ、他人のフラグイベントであるのに、自身とは何の関係も無いフラグ管理を引き受けたのだ。
今朝見つけた名も知らぬツンデレすら諦めた以上、もはや失敗は許されない。
「俺さ、そろそろ真ヒロインに出会いたいんだ」
「はあ!?」
全てはまだ見ぬチョロインの為。
ヒロインが王女であるなど、それこそ由緒正しいテンプレ中のテンプレだ。
真ヒロインの可能性が恐ろしく高いお姫様に出会えるなら、クサレイケメン王子とだって仲良くしてみせる。
最後の最後で台無しになどしてたまるか。
一平は、徹底していた。
「せっかく見つけたパーフェクトチョロインはヴァレリー用だったし、俺だって欲しいんだよ」
「貴様の言葉がまるで理解できん! 本当に同じ言葉を喋っているのか!?」
「ここじゃよイッペー! 出会っとる! 真のヒロインに、イッペーはもう出会っとるんじゃ! 届けこの想い!」
一平の切実な願いは、アレクシスにはどうやっても理解できなかった。
この場で理解できたのはリュリュだけだ。まあ理解できたとしても、その想いが届いたりはしないのだが。
「貴様の戯言はもういい! 構えろ! 続きだ!」
「いや、だからさ――」
「待ちなさい!」
そして、ぐだり始めた場に飛ぶ制止の声。
「よく分からないけど、アンタの目的は私なんでしょう!」
男二人が己の守りたいものの為に戦う場へ、無粋な第三者が乱入する。
あまりに空気の読めないその闖入者は、アレクシスを守る様に両手を広げて仁王立ちになった。
「この変態悪魔! お兄様には指一本触れさせないわ!」
小柄な体躯に似合わぬ意志の強さを両目に乗せ、可憐な相貌を歪ませながら一平を睨みつける。
しかし、やはりヤンキーキカイダーの姿は恐ろしいのだろう。
その小さな体は小刻みに震えていた。
「……え゛?」
「ナディ?」
呆気にとられる一平とアレクシスだったが、二人ともすぐ正気に返る。
「あ、朝のツンデレ……ッ」
そう、一平が気づいた通り、飛びこんで来たのは芋洗い係に任命したクラスのツンデレだった。
「下がっていろ、ナディーネ。この怪人はお前を狙っている」
「だからこそですわ! お兄様、この変態は私達二人で倒しましょう!」
どうやらアレクシスの妹らしい。
兄とよく似た色の長髪がとても美しい少女、ナディーネ姫。
言葉使いはやや乱暴であったが、その立ち振る舞いには良家の気品が満ちている。
おそらく同じ躾を受けているのだろう。兄と妹、どちらも似た性格を有している事が窺えた。
「私に恥をかかせる気か? 決闘に妹の力を借りる兄がどこにいる」
「で、ですが……ッ!」
「くどい。いいから下がれ」
「う……、わ、分かりました……」
荒げた声ではなかったが、アレクシスは強い口調で叱責する。
有無を言わさぬ兄の態度は、妹をしぶしぶ下がらせた。
ショボーンと肩を落とし去っていくナディーネの姿は哀愁を誘ったが、兄は安堵の息を漏らす。
妹をこんな怪人と関わらせなくてすむのなら、たとえ嫌われたとしても一向に構わない。
不出来な兄だが、それでも守らせてくれ。
ああ、なんと麗しき兄弟愛か。
妹を守りたい兄と、そんな兄を助けたい妹。
アレクシスの家族関係は中々良好の様だ。
「妹が失礼したな──って、オイ、どうした?」
乱入してきた妹を追い返し、決闘を再開しようとする王子様。
「……ダメ……無い……復活ルート……魔王に攫われなきゃもうムリ……」
しかし、当の対戦相手は両手を地面に付け、膝から崩れ落ちているではないか。
「……聞いてない……なんで……お姫様はここにいちゃダメ……」
そう、一平のプランでは、お姫様は騎士学校にいてはいけなかったのだ。
絶望を背負うヤンキーキカイダー。
彼の心は、既に折れていた。
第十五話「ポワンの正体」
「何をしている、さっさと立て! 始めるぞ!」
「そんな場合じゃねえよバカ!」
「は?」
イラついたアレクシスの声に、一平は涙目で怒鳴り返す。
「なんなのこれ……なんなのコレエエエエエエエエ!?」
それは信じていたものに裏切られた者の悲鳴だ。
「朝の時点でフラグ折れちゃってるんですけどおおおおおおおおおおお!?」
「……はあ?」
アレクシスには、一平が何を言っているのかまったく分からなかった。
いや、誰にも分からないだろうが、一平は世界を呪う程に胸が張り裂けそうだったのだ。
「こんのクソヴァレリーーーーーーーー!」
ガバリと立ち上がり、全速力でヴァレリーのもとへ向かう一平。
その姿、まさしく疾風。
呆気にとられるアレクシスを置き去りに、一平は虚ろな表情で体育座りしているヴァレリーの襟を掴んだ。
「ねえどういう事!? こんなの聞いてないよ!?」
「ちょっ、ぐるじぃっ、やめっ、やめてっ……!」
ギュウギュウと襟を締め、ガクガクとヴァレリーを揺さぶる一平は、涙で顔がベチャベチャだった。
「い、いきなりどうなさったんですの!? ヴァレリーさんが死んでしまいますわよイッペーさん!」
「どうしてこの学校にお姫様いるのおおおおおおおおお!?」
ブリュエットの制止など、今の一平にはまるで意味が無い。
「紹介してもらえるまで会えないはずでしょ!?」
「言っでない……ッ、ぞんな事言っでない……ッ」
「もう会っちゃったよ!? 第一印象大丈夫かな!? ねえ!?」
大丈夫なわけがない。
ヤンキーキカイダーとは恐ろしく業の深い生き物であり、お姫様どころか人類の第一印象としても最悪なのだ。
「二つ下っで言っだ……ッ、ちゃんど言っだぁぁぁ……ッ」
「情報は正しく伝えなきゃらめええええええええええええ!」
「もうヴァレリーさんは限界ですわ! 離してくださいイッペーさん!」
二人の間に割って入るブリュエット。
子を庇う母の様に、必死でヴァレリーを抱きしめる姿はあまりにも美しい。
あわや失禁寸前の騎士を救う彼女は、とても包容力のある女性なのだ。
「返してよぉぉ……俺のツンデレフラグ返してぇぇぇ……」
一平はその場で泣き崩れた。
本気でオイオイと泣く姿は、それがどれほど無念であったかを物語っている。
一平はチョロインが大好きであるが、別にツンデレが嫌いというわけではない。いや、普通に大好きだ。
サブカルチャーの英才教育を受けてきた少年にとって、どんなタイプのヒロインだろうと美点を探す事など造作も無い。
自身のもっとも好きなタイプがチョロインというだけで、ツンデレヒロインだって大好きに決まっている。
「もうダメ……ッ、魔王に攫われて救い出すくらいのインパクトじゃなきゃ……ッ、折れたフラグはもう立たない……ッ」
ひどいよ~ひどいよ~と泣く一平を、ヴァレリーとブリュエットは未知の生物を見る目で眺めていた。
一体この少年はなぜこんなにも慟哭しているのだ?
一国の姫が攫われたら戦争なんですけど?
魔王とか勘弁してください。
二人はドン引きだった。
まあ、そんな目で見ていたのは二人だけではないのだが、しかし、そんなおかしな少年にも救いの手を差し伸べる者はいる。
「も~、イッペーはしょうがないんじゃから~」
ホクホク顔で近づく影。
「どれ、私がイッペーだけのお姫様になってやろう」
銀髪ツインテールの幼女が、両手を広げて一平のもとへ。
「ぬぐうっ!?」
しかし、抱きしめる前に顔面を掴まれる。
「……今の俺に冗談は通じないんだよ、リュリュ」
「痛だだだだだだだ!」
「顔面を変形されたくなかったら今日だけは俺に構うな」
「分かったああああああ! スマンかったああああああ! 潰れちゃうううううう!」
いつもの倍の力が籠められたアイアンクローは、遂にロリババアを謝罪させた。
第一ヒロインの顔が歪みかねないほどに、一平の悲しみは深い。
「貴様はいったい何をしている!」
そして怒声が。
その声の主は当然アレクシスだ。
決闘中なのに奇行を繰り返され、真面目な王子は激怒した。
王族をおちょくるとは正気か?
それとも、己は庶民に舐められるほど無様なのか?
「イッペーと言ったな! さっさと来い!」
怒髪天を衝くとはこの事か。
アレクシスは、もうムカついてムカついてしょうがなかった。
神聖な決闘が、なぜこんな喜劇になっているのだ。
目の前の怪人にも、ヴァレリー・クーブルールにも、馬鹿な取り巻き達にも、そして未熟な己自身にも腹が立つ。
ムカつくものが多すぎて、いったい何に対してムカついているのかも分からないほどにムカついていた。
故に、叫ぶ。
「私に勝てば妹以外全て不問にしてやる! だから本気でやれ!」
あきらかに勝てないだろう相手だからこそ、アレクシスは吼えた。
若さ故と言うところだろうか、冷静さが消し飛んでいる。しかも勝てば無罪にするとまで言う始末だ。
一平とヴァレリーからしてみれば僥倖以外の何物でもないのだが、おそらく、アレクシスは叩きのめされたいのだろう。
理想の自分に追いつけないクソッタレなど無様に這いつくばってしまえばいい。
その代わり、全力で暴れさせろ。
世界が違ったところで、キレる若者とはデリケートな社会問題なのかもしれない。
「ゴメン、もういいよ。お姫様フラグ無くなったし、このイベントは俺の負け。やっぱ学園編は難しすぎだわ」
「なんだと!? このままなら間違いなく極刑だぞ!?」
しかし、一平はイケメンには優しくなかった。
「ちょうどいいのでヴァレリーを死刑にしてください」
『ナニィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!?』
当然、ヴァレリーにはもっと厳しい。
王子様だけでなく、グラウンドにいた全員が驚愕だ。
「それはあんまりだよ! 僕はまだ死にたくない! イッペーが死刑になればいいじゃないか!」
ヴァレリーは泣きながら悲鳴をあげた。
「このボケ! お前みたいな馬鹿はいっぺん死んでこい!」
「いやだぁぁぁぁぁ! イッペーが死ねばいいだろおぉぉぉぉぉぉぉ!」
「バカッ! このバカッ! 魔王になってお姫様さらえ! そんで俺に倒されろ! このヘタレッ!」
「どっちにしろ死んじゃうじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
見苦しい。
泣きじゃくりながら罵り合う一平とヴァレリーは、目を覆いたくなるほど見苦しかった。
ツンデレお姫様フラグが消え、さらに命まで消えそうなのだから取り乱すのも仕方ないが、友情すらも消えてしまうとは。
「……………………」
あまりの醜さにアレクシスは唖然とするしかない。
「俺もう帰るよ! 帰って寝るから!」
「わーーー! バカーーー! ここで帰ったらホントに死んじゃうだろお!?」
もう何もかも嫌になった一平は踵を返して歩き出し、ヴァレリーが慌ててしがみ付く。
「放せよ!」
「本気で見捨てる気かい!?」
「元々お前のイベントでしょ!」
「事を大きくしたのはイッペーじゃないか!」
「お姫様フラグはもうないの! 完全にゲームオーバーなの!」
「諦めたらそこで試合終了なんだろ!?」
「開始直後で終了してたわボケエエエエエエエッ!」
一平は構わず進む。
腰にしがみつくヴァレリーをズリズリと引き摺る姿は、まさしく鬼の所業だ。
「……馬鹿共が」
そんな、凄まじい罵りあいを眺めていたアレクシスは、全身から力が抜けた。
もうどうでもいい。
こんな阿呆共の未来など知った事ではない。関わる事自体が時間の無駄だ。
アレクシスは大きく深呼吸し、そしてグラウンドを去ろうとする。
しかし──
「君は勇者なんだろ!? 困ってる者を見捨てるのかい!?」
「ぐっ……」
聞き捨てならない言葉が。
「……勇者?」
思わず呟き、首を二人に向ける。
「助けようよ! いや助けるべきだ! 勇者なら今すぐ助けるに決まってる!」
「ぬぐぐぐ……、こんのクソヴァレリーが……ッ」
「クソでもヘタレでもいい! 頼むから助けてくれ!」
そこには立ち止まった怪人と、行かせまいと縋りつくヘタレの姿が。
「あのなあ! いまさら王子様と友達になってどうすんだよ!」
その言葉に衝撃を受ける。
「なんだと? 友達……?」
アレクシスには一平の言葉が理解できない。
朝遭遇してから何一つ理解できなかったのだが、これはさらに別格。
ならばなぜ敵対する?
親しくなるために宣戦布告とは、いったいどういう事だ?
ヤンキー物というジャンルを知らない異世界人には、一平とヴァレリーの会話は謎だらけだった。
「もうお姫様のフラグは折れたの! 王子様に紹介してもらっても意味無いの!」
「大丈夫だよ! まだ折れてない! きっとまだ大丈夫!」
「この恋愛オンチが! 全然大丈夫じゃねえよ!」
「アレクシス王子と和解すれば、きっとナディーネ様とも仲良くなれるさ!」
そして、「ああ、そういう事か……」と納得した。
二人が己を利用しようとしている事を理解し、アレクシスの心は完全に冷え切る。
馬鹿共が妹姫との面識を求めて、馬鹿な事を考え、馬鹿な事をしでかしただけ。
結果、馬鹿馬鹿しい喜劇と化している。
打算まみれで近づいてきたというわけだ。
こんなのはよくある事。それこそ日常茶飯事。
「……正しく、無駄な時間だったな」
アレクシスは呟いた。
が、続く一平の言葉は一気に沸点を超えさせる。
「あるわけねえだろ! 第一アイツ超ヘタレじゃん!」
「ちょっ!?」
「自分の取り巻き達にすらビビってんだぞ! そんな奴と友達になりたくねえよ!」
「ヒィッ! ハッキリ言いすぎぃっ!?」
あまりの侮辱に、奥歯が砕けそうなほど噛みしめる。
しかし、馬鹿共の相手などしたくない。
「だいたい、意味が分かんねえっつーの! 王様になるために努力してますって、何ソレ!? 馬鹿なの!? 死ぬの!?」
「暴言はやめてぇぇぇぇぇぇ!」
どうせ死罪は確定の罪人共だ。
あんな馬鹿共の言葉に反応すれば、自身も同レベルだと吹聴する様なもの。
「うっせえ! 努力して王様になるとかわけ分かんねえ事言ってるんだぞ! どこまで馬鹿なんだよ!」
「いい事じゃないか! 努力するのはいい事じゃないかぁぁぁぁぁぁぁ!」
アレクシスは必死に耐えていた。
全身を震わせながら怒りを制御する。
「お前はホント馬鹿だな! あのヘタレ王子は覚悟が決まらねえからウジウジしてるだけでしょーが!」
「貴様ァ! 私を侮辱するか!」
しかし無理。
そりゃ無理だ。
すぐ目の前にいるというのに、よくもまあこれだけ暴言を吐けたものだ。
一平の精神力は化物クラスに違いない。
アレクシスは腰の騎士剣を即座に抜く。
噴き出す怒りが瞬時に魔力を練り上げ、雷光の如き一撃が一平の後頭部に振り下ろされた。
「イッ──ッ!」
驚いたヴァレリーが一平の名を叫ぼうとするも、その前にギィンという甲高い音が鳴り響く。
「後ろから襲いかかるとか、卑怯じゃね?」
そこには、両腕を交差し、左手人差し指と親指で剣先を掴む一平の姿があった。
アレクシスの手には半ばからへし折れた剣が。
おそらくは左手で剣先を摘まみ、右手で叩き折ったのだろう。
まあ、ビームですら躱せるという設定なのだから、『天・観』状態ならばそれほど難しい事ではあるまい。
「黙れ無礼者が! 私自身の手で引導を渡してくれる!」
激昂しまくっているアレクシスは剣を投げ捨て、風を纏った拳を繰り出した。
「ホントの事言っただけじゃん。なんでそんな怒ってんだよ」
しかし、顔面を打ち抜くはずの拳は簡単にキャッチされる。
「貴様に私の何が分かる!」
「お前だって俺の事知らねえじゃん」
掴まれた右拳を引き抜こうと暴れるも、岩に挟まったかのようにビクともしない。
「私の努力はそれほど滑稽に見えるか! よき王になる為に力を欲する事が!」
「完全に的外れだろ、それ」
「貴様ァ!」
残った左拳を握りしめ、己の努力を全否定された怒りを全て込める。
吹き荒れる激情を一点に集めて、相手の顔面を撃ち抜くべく発射。
「王は生まれた時から王なの。なんで王子様のお前にそれが分からないんだよ?」
しかし、全魔力を込めた左拳も、まるで通用しなかった。
「な……に……?」
両拳を封じられ、魔力消費の疲労で呼吸の荒いアレクシスは、溜息を吐く怪人の顔をマジマジと見る。
「努力しようがしまいが王様になるのは確定してるんでしょ? じゃあ努力まったく関係ないじゃん」
「……………………」
本日特大の意味不明の言葉。
いや、人生でもっとも意味不明の言葉だった。
一平の論理はあまりに極論すぎて、どうあがいても屁理屈の域を出ない。
どんな事であれ努力は尊いものであるし、また無駄になるという事もない。
しかし、飛躍しすぎているが故に、アレクシスは思考を停止させてしまったのだ。
つまり、詐欺師の論法。
こんなのに負けないよう、王子様にはこれからも努力を続けていってもらいたいが、一平ワールドが展開中の間は無理だろう。
「いつか必ず王様になるのに、今から王様の練習してどうすんの?」
「……それのどこが間違っているというのだ?」
分からない。
アレクシスには何が間違っているのか分からない。
王子が王になる努力をするのは当たり前。
民を守るため、国を背負うために、王とは何かを理解する事が己の使命だ。
「お前は王子様なんだから、王子様になる努力をしろっつーの」
「……は?」
だから、一平の言っている事が分からない。
「今のお前って、お前自身が思い描く理想の王子様なわけ?」
「ッ!?」
電流が走った。
アレクシスの魂が震える。
「まずは最高で最強で理想の王子様になる努力をしろよ。王様になる努力は王様になってからでいいじゃん」
「ぁ……」
理解した。
ようやく理解できた。
土台の部分が駄目なのに、己はその上に積み上げようとしている。
今日が駄目な事を痛感していて、なぜ明日なら大丈夫だと思っていたのか。
強き王を目指して努力し続けた結果、現在の己は弱き王子。
いったいどこで何を間違えたのか。
全ての努力が水泡に帰したような感覚は、アレクシスの体から力を奪うに十分だった。
「貴族の馬鹿息子ごときの顔色窺って同じ学校の生徒一人守れないとか、それホントに王子様って言えるかよ?」
「ぐ……」
一平は力の抜けた拳を解放すると、なおも辛辣な言葉を投げかける。
お姫様フラグは折れるわ、ヴァレリーはヘタレだわ、王子はイケメンだわでイライラしていたのだ。
完全な八つ当たりであるが、ここで王子の意識改革をしておかないとヴァレリーが死刑確定なのも事実。
手を緩めるつもりはなかった。
「いつ王様になるのか知らないけどさ、その時は生徒一人くらい助けられるようになってるといいな」
「……………………」
一平の言葉はとことん突き放した言い方だ。
「まあ、いっぱい努力して思う存分王様の練習すればいいよ。たぶん今のお前にはなんの意味も無いけど」
「……………………」
そこには欠片の期待も無い。
「……………………」
「……………………」
あまりに無情な一平だったが、相手は”持たざる者”ではなく一国の王子。
恵まれている者の甘えにまで手を差し伸べるなど、それは勇者の仕事ではない。
「……貴様に何が分かる」
「だから何度も知らねえって言ってるだろ」
「貴様に何が分かる!」
繰り返す悲鳴は、ただの駄々だ。
アレクシスの心は完全に折れていた。
さすがに見当違いな努力をしていたと思わされれば、真面目であればあるほど堪えるだろう。
しかも諭したのは人類ではなく、ヤンキーキカイダー。
これで心が折れなければどうかしている。
「お前なあ……」
親の仇の様な眼を向けてくる王子様に、一平は溜息を吐くしかなかった。
さっきまでは『勘違いしたヘタレ王子』だったが、今目の前にいるのは打ちひしがれて蹲る者だ。
さすがに勇者の出番だろう。
まあ、散々打ちのめして蹲らせたのは一平自身なのだが……。
「お前イケメンだから、金貨一枚だぜ?」
「…………?」
アレクシスにはなんの事か分からなかったが、SEKKYOUは唐突に始まった。
「まだ未熟だから何もできないとか言ってたけどさ、お前いつになったら完成するわけ?」
「……完成……だと?」
「お前が言ってる事は、『努力し足りないから困ってる人がいても見捨てます』って事なんだよ。つまりただの言い訳」
「ち、違う!」
これは一平が正しいだろう。
大人だろうが老人だろうが、未熟でなくなった者などこの世にはいない。
経験や年齢になど関係無く、完璧な者など歴史上存在しなかったのは周知の事実だ。
「なら誰なら助けられるんだよ?」
さすがに酷い。
というよりタチが悪い。
心が病んだらどうするつもりなのか。
「有力貴族が許可した人なら助けられる? でも取り巻き達ってまだ家督継いでないだろうし、そんな公子って結構な数いるんだろ?」
「ぐっ……」
まだ十代の青年が、もっと年下の子供に上から目線で説教を垂れられる。
真面目で努力家のアレクシスでは心が持つまい。
「敵の顔色窺うとか、おかしいと思わないの?」
「……敵?」
だから、王子様の心が砕ける前に、ヤンキーキカイダーは論点をすり替えた。
「お前がしたい事を邪魔をするヤツらなんでしょ? なら敵じゃん」
「…………は?」
凄まじいハンドル捌き。
暴論にも程がある。
「ここに取り巻き達いないみたいだけど、大方お前置いて逃げたんじゃね?」
「……………………」
しかし、不平不満を肯定してあげる暴論は、時に正論よりもはるかに力を持つ。
苦しんでいる者が望むのは、常に救いと共感なのだから。
「ムカつくだろ? 全員蹴り飛ばしたいとか思わない?」
「ば、馬鹿を言うな……。別に、敵というわけではない……いや味方だ……」
味方にしなければならないと考えるから下手に出る。なら敵だと認識させてやればいい。
敵ならば叩きつぶす。
必要ならば、叩き潰した後で従わせればいいだけだ。
「そうか? 頭空っぽにして考えてみろよ。敵か味方、ホントはどっちだと思うわけ?」
「…………味方でなければ、ならない」
「……………………」
「……………………」
アレクシスは苦渋の顔だった。
全力で頷いてしまいたいのだが、今までの価値観がそれを許さない。
「格下相手にビビってんじゃねえ!」
「ッ!?」
だからここで叩き壊す。
一平はいきなり吠え、拳をアレクシスに向かって突き出すという演出を繰り出した。
グチグチと考えすぎる真面目君には、思考を許さぬ長ゼリフで勝負だ。
「アレクシス! お前は未来の王なんじゃねえのか! 賢王だろうが愚王だろうが王は王! 優秀とか無能とか関係あるか! どんだけマヌケでもお前が王になるのは決定してんだよ! お前は評価される事にビビってるだけだ! 馬鹿かお前! この国で一番偉い人間になるってのに、なんで他人の目を気にしなきゃならない! 正しいとか間違ってるとか、そんな小せえもん基準にするんじゃねえ! 基準は常に自分だ! 自分がやりたい事をやれ! やりたいようにやっちまえ! 馬鹿共のご機嫌とりがお前のやりたい事なんかじゃねえはずだ!」
「~~~~ッ!」
『~~~~ッ!』
ほとばしる黄金の魂が、王子だけでなく、未来の騎士達の心をも熱くさせる。
「クソみたいな馬鹿はブン殴れ! クソみたいな悪意は叩き潰せ! クソみたいな世界はなぎ払え!」
勇者の気迫が暴風となってグラウンドを駆け抜ける中、アレクシスは尻もちをつきつつも目が離せなかった。
「ムカつく現実に縛られるな! いいから走れ! 現実なんざぶっちぎれ! 理想の自分ごとぶち抜いちまえ!」
目の前の異形の怪人が、なぜか自身が思い描く理想の王とダブってしまう。
「やるだけやって届かなかったら──」
拳を己の胸に持ってきたヤンキーキカイダーは、口の端を釣り上げた。
「──その現実をぶち砕く」
これにはカミジ○ーさんも苦笑い。
まさかのSO☆GE☆BU☆。いいのかこれは。
信じられない事に、一平は某熱血主人公のキメ台詞を九割方パクったではないか。
これは酷い。
どうやら相当熱くなってしまい、途中から何かがその身に降りてきてしまったらしい。
しかし、テンションが上がりすぎたとはいえこれは駄目だ。
もはやこの作品が終わるのも時間の問題と言えよう。
応援してくれた皆様、関係者各位の皆様方、大変申し訳ありませんでした。(´;ω;`)
「……俺にも、真似事くらいはできましたよ……カミ○ョーさん……」
空を見上げ、万感の思いで呟く一平。
その心中は尊敬する最弱ヒーローだけでなく、数多の主人公達への感謝でいっぱいだった。
しかし、いつまでも彼らに頼るわけにはいかない。
この物語の主人公は『野々宮一平』なのだ。
ヒーロー達と同じ高みまで登ると誓った以上、自身の足で歩かなければ。
一平は固まっている王子様に真っ直ぐ視線を向けると、厳かに告げる。
「テンプレ通りなら、ここでお前と決闘してたのはヴァレリーだったはずだ」
そう、異次元探偵は終局まで読み切っていた。もう一つの可能性でさえも。
「……ぇ?」
アレクシスは困惑中だ。
というか脳が働かない。
テンプレが何か分からないし、目の前の怪人がなんなのかも分からない。
なぜ身動きが取れないのか?
なぜ心がざわめくのか?
己が生きてきた事の意味は?
もはや人生の意味すら探し始める始末。
「もちろん、そうなるとヴァレリーがお姫様フラグを立てちまう可能性も考えたよ」
「……言っている意味が分からん」
しかし、そんな王子の困惑などサブカルエリートの前では無意味だった。
「けど叔父姪の関係じゃん? 最近じゃ実妹ルートも珍しくないけど、やっぱ血が繋がってるのはアウトだと思う」
「貴様は何を言っている……?」
一平の頭脳は、最初から一次元下で稼働していたのだ。
混乱する王子様を置き去りに、異次元探偵は未来予測を開示する。
ついでに種明かしもだ。
「つまり今回の学園イベント、俺はヴァレリーの成長とヒロインフラグを同時に管理し、さらにお姫様ルートの開拓を行った」
「ふ、ふらぐ? 姫とは私の妹の事か? ルートとはどういう意味だ?」
指を三本立てる怪人に、アレクシスだけでなく、他の生徒達も聞きいってしまう。
しかし、誰にも理解できないのが辛いところ。
「本来ならさ、お前とヴァレリーが殴り合えば全部丸く収まって、めでたしめでたしだったんだよ」
「なん……だと……?」
「どういう事だいイッペー!? 意味が分からないんだけど!?」
過程を飛ばした一平の言葉に驚愕するアレクシス。ついでに空気と化していたヴァレリー。
当然、二人は過程の説明も求めた。
「ヤンキー物はそうなの。タイマン張ったらマブダチだもの」
『なんじゃそりゃああああああああああ!!』
しかし、JAPANでは当たり前の常識が異世界でも通用するとは限らない。
イケメン二人は仲良くツッコんだ。
「まさか君は、殴り飛ばせば友情が生まれると考えていたのかい!?」
「そうだけど?」
「なぜ私が殴られねばならん! というか、王族が殴られて処罰せんわけにいくか!」
そりゃそうだ。
身分という物が実際に力を持つ社会なのだし、毅然とした治世を示すためには見せしめこそが効果的だろう。
「大丈夫だって。お前らホント心配性だなあ」
『なにがだあああああああああああああ!!』
が、一平は肩を竦めてヤレヤレ。
アレクシスとヴァレリー、二人の当事者達は当然理解できなかった。
もちろん、これを理解できる者などこの場のどこにもいない。
日本でも、そんなご都合主義が起こるのは漫画の中だけだ。
つまりここが少年の限界であり、妄想を現実に当てはめる弊害と言えた。
でも目を瞑ってあげて欲しい。
一平はとても純粋な子なのだ。
漫画の中のヤンキーこそがヤンキーの中のヤンキーであり、彼らの美学は現実でも通用すると信じているだけ。
暴力を振るうのは悪。
しかし、その中には一流の悪漢もまた存在する。
アンチヒーロー、ダークヒーロー等、彼らの事だって一平は大好きなのだ。
「でもさ、そうすると一つ問題が残るよな?」
『は?』
いや、一つどころじゃない。
問題は何も解決していない。
しかし、一次元下で考える異次元探偵の中では一つだ。
「ヴァレリーがタイマン張っちゃうと、最悪お姫様が悲恋ルートに入っちゃうかもしれないじゃん? 途中でその事に気がついてさ」
『はあ?』
意味が、分からない。
「さっき言ったろ? 血が繋がってるのはアウトだって。だから俺が代わりにタイマン張ったわけ」
『……え、なに言ってんの?』
アレクシスとヴァレリーには、一平の言っている事が欠片も理解できなかった。
だが、次の言葉でニュアンス程度は掴む事に成功する。
「叶わぬ恋なんて苦しいだけじゃん。お姫様がいつか泣いたりしない様に、ヴァレリーが立てかねないフラグを折っといたんだよ」
『……………………』
その発想は無かった。
なんと、一平はお姫様を悲しませない為に戦ったのだ。
超理論から超発想、そして超展開へと繋がったというわけだ。
「まあ、ヘタレヴァレリーが大ボケかましたせいで、俺自身のフラグも折れちまったけどな……」
「ヒドイ! 君は言い方が酷すぎるよ!」
溜息を吐いて落ち込む一平と、本日まったくいいところの無かったヴァレリー。
そんな二人を眺めながら、アレクシスはなんとか頭を働かせる。
「イッペー……だったか? そこの怪人」
「誰が怪人だよ。一平で合ってるぜ」
ムッとした声をあげるも、一平はきちんと目を見て答えた。
「何を言っているのか、何を考えているのか、何がなんだかまるで分からんが……、最終的に貴様はナディーネを守ろうとしたのか?」
「当たり前だろ? つーかあんだけ説明したのにまだ理解できないって、お前ヴァレリーと同レベルじゃね?」
「黙れ無礼者。一緒にするな」
ヒドイ! と叫びたいヴァレリーだったが、相手は王子様。顔をしかめて黙るしかない。
「貴様はどうしようもない無礼者だが、先ほどの苦言には聞く価値があった。それには礼を言う」
「オイ、タダじゃないぞ? 金貨一枚って言ったじゃねえか」
「なに?」
「イケメンの場合、SEKKYOU料は金貨一枚なの。絶対いつか払えよな」
アレクシスは怪訝な顔をするも、フンと鼻で笑う。
「いいだろう、払ってやる。ただし、貴様が生き残るには私の慈悲が必要だという事を忘れるな」
その言葉に青褪めたのはヴァレリー一人。
「戦闘能力に自信があるようだが、事を大きくしすぎだ。王族に暴言を吐き、全生徒にケンカを売ったのだぞ?」
「で? それがどうかしたの?」
どんな阿呆でも死罪確定な事くらい分かるだろう? という含みを込めるも、一平は涼しい顔を崩さない。
やたらと舐めた態度ではあるが、しかしアレクシスは怒りを覚えなかった。
予想していた反応を引き出せなかった事は残念ではある。
しかし、徹頭徹尾無礼を貫いた胆力を考えれば予想はできた。
「フン、事態を収拾するのに金貨一枚で手を打ってやる」
これはいいツンデレ。
妹と同じく、兄もまた教科書に載せたいくらい丁寧なツンデレだった。
しかし、王子様は知らない。
学園を震撼させたヤンキーキカイダーが、学園どころか天すら乱す存在である事を。
「マジで? じゃあ頼むわ」
一平はニヤリと嗤って続ける。
「あ、そうだ。ついでに俺の役職教えとくよ」
「役職だと?」
「ちょっ!?」
「イッペーさん!?」
「今日だけの辛抱じゃ……じゃけどあんな怒らんでも……」
アレクシスは聞き返し、ヴァレリーとブリュエットが顔面を蒼白にして慌てる。
リュリュが大人しかったのは、頭蓋骨が変形しかかった後ずっといじけていたからだ。
「俺、ベラン王室直属特殊監査機構諜報部外諜課に所属してるんだ」
一平は満面の笑みでサムズアップ。
グラウンドの隅っこでなぜか雑草を引き抜き続けている幼女は別として、ヴァレリーとブリュエットは失神寸前だ。
「王室直属特殊監査機構だと……? なんだそれは! 私はそんなもの知らんぞ!」
自然と語気が荒くなってしまう。
王室直属という事は、自身もまた知っていて当然ではないのか?
まさか父にさえ信用してもらえないほど、己は無能なのか?
アレクシスの中で不安が膨らんでいった。
「今回の任務は、モンテクレール家と陛下の御子息の協力を仰ぎ、王子の性質、友好関係、王としての資質の調査となります」
「なん……だと……」
一連の騒動が自身の内偵調査だったと言われ、父にも公爵にも信用されていなかったと理解した王子様の足元はグラグラと揺れる。
もちろん、モンテクレール家令嬢と王様の庶子二人の足元も盛大に波打っている。
救いはないのか。
「そう言って先生達丸めこんだからさ、そこら辺のフォローもよろしく頼むな」
「…………は?」
本日何回目なのだろう。アレクシスは思考が停止した。
ヴァレリーとブリュエットはとっくに停止している。
雑草を引き抜き続けるリュリュにとって思考とは何なのか。
「でも超カッコよくね? ベラン王室直属特殊監査機構諜報部外諜課って名称、俺が考えたんだぜ?」
「……………………」
「あ、やっぱお前んとこにもそういう特殊機関ってある?」
「…………ちょっと待て」
「いや、当然あるよな。そりゃあるよ。裏の諜報機関がなきゃ――」
「いいから待て!」
ベラベラと喋り出した怪人を、なんとか再起動した王子様が止めた。
「……なんだよ急に大声出して」
「いいから答えろ。さっき貴様が言った機関は現実に存在するのか? しないのか?」
「するわけないじゃん。俺が考えたって言ったろ?」
ちゃんと聞いてたのと、馬鹿にするような声音にアレクシスの血管がブチ切れそうになる。
「に、入学してきたという事は、ベランの騎士になるのだな?」
「そんなわけねえだろ。今日一日だけの体験入学だもの」
「ほ、ほお? で、ではベランに仕えるつもりはないと?」
「俺を縛れるのは――俺だけだ!」
両手の親指でビシッと自分を指差す一平は、それはもう大変なドヤ顔である。
「つ、つまり貴様は、我が国の架空の諜報機関をでっちあげ、騎士学校に潜入したという事か?」
「そういう事になりますね」
「ドアホウがッ!」
これまた本日何回目なのか。
アレクシスの怒りは有頂天。
体が震えてしまうほど、真面目な王子様は怒りを爆発させた。
「貴様本物の狂人か! どこの手の者だ!」
「は? いや俺ただの冒険者だから、国とか組織とか関係ないぞ?」
「信じられるかこのドアホウ!」
「ホントマジだって。ギルドで確認してみ? 四日くらい前に冒険者全員にケンカ売ったし、結構有名だと思うぞ?」
「貴様どこでも同じ事をしているのか!? 正真正銘の狂人ではないか!」
「バカ言え。俺は勇者だよ」
「どこがだ! 平気で嘘を吐く勇者がどこにいる!」
たしかにそれはそうだ。
嘘はいけない。
ここは王子様が正しい。
「人聞き悪くね? その場のノリとか冗談の類いだろコレ?」
しかし、現代っ子のモラルの低下はいかんともしがたい。
一平は基本的に良い子なのだが、本当に『基本的に良い子でしかない』のだ。
「冗談だと!? この騒動がか!」
「軽いジョークじゃん。いっぺージョーク」
「ジョークで貴様は死ぬんだぞおおおおおおおおおお!」
「ベランの罰重すぎだろ」
叫びすぎてゼイゼイと呼吸が荒い王子様に、一平は他人事のように言う。
「ま、お前が事態を収拾してくれるんでしょ?」
「……は?」
当然目が点だ。
今なんと言ったのか。
「金貨一枚で手を打つって言ったじゃん」
「ふ、ふざけるな! さすがにこの場で見逃す事などできるか!」
「なんで?」
「貴様は国と王と私の父、そして公爵の名を使ったんだぞ! 私の裁量でどうにかなる問題ではない!」
そりゃそうだ。
さすがにアレクシスには荷が重すぎるだろう。
下手にかばえば王子であっても処罰の対象になってもおかしくはない。
「国と王様はともかく、他二つはヴァレリーとブリュエットの事だぞ?」
「そんな屁理屈が通用するか!」
当の二人は体育座りで白目を向いていた。ブクブクと泡を吹き出している。
どうやら心が持たなかったらしい。
「ん~、じゃあお前じゃ何もできないって事?」
「当たり前だろう! なんでこんな馬鹿な事をしでかしたんだ貴様は!」
アレクシスは怒鳴る。
目の前の怪人がただの阿呆だという事はよく分かった。
しかし悪い奴ではない。
できれば救ってやりたいが、どうあがいても己の力では無理だ。
「お前が思い描く、理想の王子様でも無理?」
しかし、その言葉が引き金になった。
「ぇ……?」
「最高で最強で、理想の王子様でもできないわけ?」
一平はアレクシスの目をじっと見る。
決して目を離さない。
ここが王子の分岐点だと確信している勇者には、嘘も甘えも誤魔化しも、保留も逃走も何一つ許す気はなかった。
「……………………」
「……………………」
アレクシスの目が泳ぐ。
徐々に呼吸が荒くなり、額に汗の玉まで浮き出した。
喉が渇くのか、喘ぐように二度三度と嚥下を繰り返す。
よくない兆候だ。
「落ち着けよ、アレクシス」
「ッ!?」
声を掛けただけでビクリと震える姿に、一平は溜息を吐いた。
どうやらこの王子様は、また勝手に勘違いしてテンパッたらしい。
「お前ってホント勘違いが好きだよな?」
「か、勘違い?」
「理想のお前ならできるかって聞いただけで、今できるかなんて聞いてないだろ。つーか、今は無理ってさっき自分で認めてたじゃん」
「ぁ……そ、そうか、そうだな。理想の私ならか……」
なんとか落ち着いたようだ。
額の汗を拭うと、アレクシスは一つ大きく息を吐き即答する。
「理想の私ならできない事など何もない」
そりゃそうだ。
理想の自分ならなんでもできるに決まっている。
「理想のお前ならこの件どうすんの?」
「こんな馬鹿騒ぎは速やかに収拾をつける。幸い、乱闘は起こったが誰も負傷していない」
「俺とヴァレリーの処分は?」
「私が不問にすると口にした以上罪には問わん。第一、アホウを処刑したところで税金の無駄だ」
その答えを聞いて、一平はニヒヒと笑いながら全て任せる事に決めた。
「オッケー。じゃあ今日だけ最強の王子様にしてやるよ」
「は? どういう意味だ?」
「いいか? まずお前がしなきゃならないのは、全生徒の掌握だ」
怪訝な顔をする王子様などお構いなしに、異次元探偵は終局までの勝ち筋を明かす。
「仲間は多けりゃ多いほどいい。従わない奴は懐柔するなり脅迫するなり潰すなり、お前の好きにやれ」
「待て、何を言っている?」
「いいから黙って聞けっつーの」
アレクシスの困惑を両断する一平は、ポケットに手を突っ込みながらいかにも楽しそうだ。
「ヴァレリーとブリュエット、それから生徒会? を使えば大した時間はかかんねえだろ。王子って肩書もあるし」
「……………………」
「次に校長を含めた全教師との意見交換だ。学校側とお前が望む結末のすり合わせをしろ。意思統一できてないと最初から破綻するぞ」
「私と学校側とのすり合わせ……」
真面目な王子様は思惑に気がついた。
一人で無理なら全部巻き込めと言っているのだ。この怪人は。
「騎士学校自体が負わなければならない責任を、全員で考えてできるだけ回避しろ」
「そうだな。教師達の首が飛んでは寝覚めが悪い」
「責任の分散にはお前の取り巻き達が使えるはずだ。詳しい事はブリュエットと校長に聞け。今回の騒動の原因が分かる」
「脅してでも聞き出そう。この馬鹿馬鹿しい大騒ぎの発端には興味がある」
「ほんっとに馬鹿馬鹿しいぜ? クソ真面目な王子様じゃまたブチギレそうだわ」
「ほお? 益々興味深い」
打てる手がある事が分かり、余裕を取り戻したのだろう。
アレクシスの心に、いつもの馬鹿共への怒りが戻ってきた。
「ここからが本番だけど、覚悟完了してる?」
「いいからとっとと言え。貴様等と違って私は忙しい身なのだ」
努力の方向性が間違っていたのは認めてもいい。
しかしそれでも努力してきた事自体は間違っていないはずだ。
ならば遅れを取り戻すまで。
真面目な王子様はやはり真面目だった。
「学校側とのすり合わせができても、事態がでかいからどうしても話は洩れちまう」
「たしかにそうだろうが……、事を大きくした貴様が言えた義理か。このアホウが」
「うっせ。俺はいいの。俺用の解決方法もあと十通りくらいあるし」
「なんだと!? 十通り!?」
これにはさしもの王子様も驚愕だ。
異次元探偵の頭脳には、そんじょそこらの秀才では太刀打ちする事などできないのだ。
「まあな。だから難しいと思ったらすぐ諦めてもいいぜ?」
「黙れ! いいから早く続きを話せ」
一平の挑発にすぐさま血が上るも、心理的にかなり楽になったのは確かだった。
ミスを恐れる必要が無いのならば限界まで攻める事ができる。
「お前の親父とモンテクレール公爵に協力させろ」
「なに!? それは……」
それはキツイ。
皇太子殿下と公爵が相手では、知識、能力、経験、あらゆるものがまさしく格が違う。
正面からではあしらわれて終わりだろう。
「公爵の方は騒動の発端に関わってるらしいぞ」
「そうなのか?」
「下手するとお前の親父も知ってるかもな」
「意外に元の事件は重大だな……」
「いや、ホントしょっぱいから。期待してると血管切れちゃうよ?」
「そ、そうか……」
まあ確かに、取り巻き達によるヴァレリーへの嫌がらせが発端だと知れば卒倒するかもしれない。
「ヴァレリーとブリュエットをうまく使えばなんとかなるだろ。王子様なんだし人を使う事には慣れてるよな?」
「貴様はその無礼な物言いを今すぐ正せ」
「だが断る」
「キ、サ、マァ……ッ!」
いや、今すぐ卒倒しそうだ。
何者にも媚びないヤンキーキカイダーという存在は、やはり人類にとって天敵に違いなかった。
「落ち着けよ、これで最後だ。できれば王様に謁見してお前の考えを押し通せ。国のトップに認めてもらえりゃチェックメイトだし」
「馬鹿が、無茶を言うな。こんなくだらん件で陛下の政務に割り込めるか」
「まあな。さすがにそこまで期待してねえよ」
「む?」
「ただ、お前の最終目標をそこにしろって事」
「……なぜだ?」
アレクシスは疑問だった。
父である皇太子とモンテクレール公、そして騎士学校を押さえれば十分だろう。いや十分すぎる。
皇太子かモンテクレール公のどちらかだけでもどうとでもなるはずだ。
というより、隠蔽だけに走るなら王へ知らせるのはうまくないだろう。
はしゃぎすぎた一平が処断される確率も低くは無いのだから。
「今回の騒動の発端な、本当なら助けられた生徒をお前が助けられなかったのが始まりなんだぜ?」
「……そんな事を言っていたな」
「理想の王子様を目指すなら、知らなかったで済ましていい事件じゃなくない?」
「……………………」
「今日一日だけど、俺ってお前と同じ学校に通う生徒なんだよね」
「ッ!?」
そして気づく。
「だから俺を助けて証明してみせてくれよ」
目の前の怪人は、やり直させようとしているのだ。
「窮地の学友一人くらい、『アレクシス王子』なら鼻歌交じりで助けられるって事をさ」
自身の与り知らぬところで切り捨てられた女生徒。
王になる為に努力し続けてきたのに、助けるどころか知る事すらできなかった一だ。
しかし、今回の一はどうだろう?
王になった時の事などまるで考えてないし、理想の王子を目指すだけで精いっぱいの今回は救えるだろうか?
「貴様に言われるまでもない。とっとと帰れ。どこかのアホウのせいで私は多忙だ」
なぜか全く問題ない気がする。
「俺がいなくても大丈夫なわけ?」
「貴様の無罪は確定している。駄目そうなら陛下へ直訴すればいいだけだ」
「オイオイ、直訴って基本死罪じゃね?」
「それがどうかしたか?」
まあ、さすがにこんな怪人のために死ぬのは御免だ。
だからその前にはケリを付けよう。
「じゃあ大丈夫そうだし、悪いけど俺帰るよ。あと頼むな、アレクシス」
ヒラヒラと手を振りながら、一平は踵を返す。
「ああ。二度と来るなよ、イッペー」
アレクシスもまた、意識が飛んでいるヴァレリーとブリュエットの襟を掴んで歩き出した。
この後、叩き起こした二人を馬車馬のように働かせる王子様の姿があるのだが、それはまた別のお話。
「あんなに頑張ったのにフラグ折れるとか……、やっぱ学園編は鬼門だったな……」
そう言って、肩を落としたヤンキーキカイダーはトボトボと学園から出る。
学園編のあまりの難しさに溜息しかでない。
「ツンデレ王女なんて絶対ヒロインなのに……」
しかし、イベントにはバッドエンドも付き物だ。
それを再認識できただけでも、本日のイベントは無駄ではなかっただろう。
溢れる涙は、きっと少年を一段強くしたに違いないのだから。
「でも別にいいもんね!」
涙を拭い、一平は真っ直ぐ前を向く。
ただのカラ元気ではあるが、もちろんそれでいい。なぜなら少年は勇者なのだから。
「あとでポワンの耳触らせてもらうし! 全然へっちゃら!」
いつまでも過去になど囚われず、未来を目指せばそれでいいのだ。
雑草を引き抜く作業で忙しいロリババアを置き去りにし、少年は力強く一歩を踏み出した。
しかし、ここで残念なお知らせがある。
前話の頭でロシェルとセレスティヌが、大剣のメンテナスのために武器屋へ向かった事を覚えているだろうか?
実はアレ、ポワンとの遭遇フラグだったのだ。
一人で剣を眺めていたポワンに姉妹が気づいた後、三人で会話した流れがコレ。
『剣を使えるとは、意外だな……』
『ほんとだね。森の民と言えば弓と魔法だもん』
『……武器、使った事ない』
『ん? ではなぜ剣を見ている?』
『……イッペーに作っとけって言われた』
『『は?』』
『……聖剣作っといてって』
『……………………』
『……………………』
『……聖剣って、どれ?』
『…………ぁ』
『ま、まさか、君、金魚……』
『…………?』
『ポ、ポワン。お、お前……まさか水の精霊なのか?』
『……もう違う。今はお母さんが水の精霊に戻ってる』
『『お、お母さん……ッ!?』』
『……ポワンにはまだ早かったって、会合から帰ってきたお母さんに怒られた』
『……………………』
『……………………』
『……お尻いっぱい叩かれた』
『……………………』
『……………………』
『……………………』
ああ、なんという事だ。力強く踏み出した先は金魚ではないか。
事後報告を兼ねて”生きてるだけで丸儲け亭”へ集まる予定なのだが、まさかそこでも絶望が待ち受けているなど神でも予測は不可能。
どこかに希望はないのか。
しかし、一日で二度も絶望を味わって心がもつのか疑問ではあるが、勇者ならきっと乗り越えてくれるに違いない。
元男のチョロインだって、一所懸命慰めてくれるはずなのだから。
誰も彼もが心を折られた学園編。これにて閉幕。
次回は王宮編で会いましょう。
スゴい事に気がついた。
35時間起き続けて、二時間寝て、また35時間起き続けると72時間。
一日が消えてる。
最近二桁の足し算ができなくなってますけど、たぶん相対性理論とかの難しい理論が働いてる。
アインシュタインってスゴイ。