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第十四話「新人類」

最近うまく生きられない。(´;ω;`)





「朝見たイッペーさんスゴかったね、ロシェ姉」

「ま、まあたしかに、凄いと言えば凄いのだが……」


 王都ベランの商業区をトコトコと歩くロシェルとセレスティヌ。

 二人は早朝に一平を見送った後、神聖教会へと赴いた。

 ある一人の少年がチョロインへと覚醒した事を報告する為である。

 TSチョロインは、恩師の司教、そして他の司祭達の心臓を止めかねない程驚愕させたのだが、それはそれだけの話。

 最後には皆に笑顔で祝福され、凍結されていた司祭位への復帰も果たした。

 まあ、その笑顔は全て引き攣っていたのだが、それは御愛嬌と言う事で勘弁してもらいたい。

 教会への報告を終えた二人は、そのまま商業区にある武器屋へ向かっていた。

 ロシェルの馬鹿力で振りまわされる馬鹿でかい大剣はメンテナンスが大変なのだ。


「たとえ男のままだったとしても、ボクにはあんな生き方出来ないなぁ」

「男女の問題か!? 人間として超えてはいけないラインを軽く飛び越えていたぞ!?」


 うっとりと憧れの表情を見せるセレスティヌ。

 姉であるロシェルは、最近どんどんおかしくなってきている元弟が心配でたまらなかった。


「普通の人には出来ない事が出来るからこそ、イッペーさんは勇者なんだと思うよ」


 ニッコリと微笑むセレスティヌはとても美しい。


「……私がおかしいのか? 私の知ってる勇者はああいうのじゃなかった気がする……」


 一平を信じ切っている元弟に、現実の残酷さを思い知ってしまう。

 ロシェルは思った。

 もう男をやめたとかどうでもいい。ただの人間であるというだけで十分じゃないか。

 ロシェルがセレスティヌを妹と認めた瞬間である。

 ヤンキーキカイダーという存在は、ロシェルから大幅な譲歩を引き出していた。


「そういえばさ、ロシェ姉?」

「なんだ?」


 色々な物を諦めた姉に気づかないTSチョロインは疑問を口にする。


「もしイッペーさん達がうまくいったとして、復学するの?」


 そう、セレスティヌはそこが疑問だった。

 姉のロシェルは過去を引きずらない性格だ。

 誰かの為になら執着もするだろうが、自身に振りかかった不運など気にしない所がある。

 現に、退学が決まった時も不機嫌な顔をした程度で、次の日には冒険者として生きて行く事をさっさと決めていたのだ。

 そんな姉が、いまさら復学するなどありえるのだろうか。


「まさかな。別に騎士になりたかったわけではない」

「だよね? 正規の剣術と魔力の運用を学びたいって言ってたもん」

「学をつける為にもちょうどよかった。無知では周囲に舐められる。基礎的な物は身に付けたからな、もう十分だ」


 ああ、なんという事か。

 ヴァレリーが命を賭けているというのに、それに何の意味もないとは。


「じゃあ、何であの時言わなかったの? ヴァレリーさんがかわいそうなんだけど……」


 さすがに酷い姉の所業に、セレスティヌは少し非難を込めてロシェルを見る。


「ヴァレリーが男を見せようとしているんだぞ? 私が口を挟んでどうする」


 しかし、姉はフッと口を吊り上げた。


「あいつは少々軟弱だからな、男らしさを磨くにはいい経験になるだろう」

「……………………」


 酷い。

 一見まともな事を言っているように聞こえるが、意味の無い事で命を掛けさせるのはどう考えても酷いだろう。

 セレスティヌは絶句。

 この姉頭おかしいんじゃないの? 男らしくを付ければ何でも許されるって思ってるのかな?

 さすがは一平にありだと思わせた女。やっぱりロシェルもどこかおかしかった。


「心配するな、セレス。いよいよとなれば、ヴァレリーとお前を担いで地の果てまででも逃げてやるさ」

「うわ、そこまで考えてるんだ」

「女冥利に尽きるが、さすがに私の為に王族にケンカを売ると言った馬鹿は見捨てられん」


 やたらと男前な事を言っているが、発想がババアになるまで逃げ続けたリュリュと同じだ。

 リュリュの予言がいよいよ現実味を帯びてきた事を知らないロシェルは、きっと幸せに違いない。


「う~ん、でもたしかに心配はいらないかな?」


 姉の思考がまったく理解できなかったセレスティヌは、微妙な顔をしつつも不安など抱いてはいなかった。


「ああ。そんな事態になる事など万に一つだと私も思う」


 姉もまた、妹の笑顔に笑みで返す。


「イッペーさんがいるしね」

「そうだな。イッペーがいればどうとでもするだろう」


 セレスティヌの一平への信頼は恐ろしく高い。

 勿論、ロシェルも一平を信頼していた。妹と違い、信用はしていないが……。


「きっと今頃すごい事になってると思うよ?」

「あの姿で騒動になっていないわけがない。ブリュエットも災難だな」

「ヴァレリーさん泣いてるかもね」

「まさか。さすがにそこまで軟弱ではあるまいよ」


 そろそろ昼食時。

 まさにこの瞬間にヴァレリーがビービー泣きだしていたのだが、そんな事を知らない姉妹はハハハと冗談を言い合う。

 苦労するのは学校組であり、自分達は気楽なものだ。

 もっとも、セレスティヌはリュリュが抜け駆けした事を後で知り、益々チョロイン力を上げて行くのだが、それは別の話。

 今はただ、ヴァレリーが大きく成長する事を祈ろう。

 彼もまた、物語には欠かせない名脇役なのだから。


 




 第十四話「新人類」





「うはっ!! うはっ!! オレTUEEEEEEEEEEEEE!!」

「キャー!! 素敵じゃイッペーーー!!」


 時間は飛び、放課後。

 騎士学校のグラウンドでは、既に戦いは始まっていた。

 さすがは未来の騎士達と言った所か。

 ヤンキーキカイダーに震えあがったとはいえ、時間と共に闘志を復活させた者は五十人近くいた。

 己の力に自信を持っているにしても、人間を斜めに超えた存在へと立ち向かう勇気は凄まじい。

 そんな彼らに敬意を払うかのように、一平は一対全部という戦いを繰り広げていたのだ。


「あ、当たらない!?」

「なんだコイツは!?」

「ぜんぜん当たらん!!」

「避けるなチクショウ!!」

「クソッ! クソッ! どうなってんだ!?」

「なんで当たらないんだ!?」

「おかしいだろコレ!? おかしいだろ!?」


 グラウンドの中央で巻き起こる凄まじい乱戦。

 一度に飛びかかれるのは数人とはいえ、間断なく次々に襲いかかる生徒達。

 しかし、その攻撃はまるでカスリもしなかった。

 一平は今、『観』を使っているのだ。


「見える!! そこ!! 甘い!! おっと、このプレッシャーは!!」


 天乱八手・観。

 ニュータイプ。以上。


「な、なんだ、あの怪人は……」


 そう呟いたのは、学年次席に甘んじていたアレクシス王子。

 金髪というより茶髪に近い、ブリュエットの黒金の髪をもっと深くしたような髪のイケメンである。

 アレクシスは怒り心頭だった。

 朝いきなり現れた怪人は、問答無用で己の下に付けと恫喝してきた。

 まったく意味が分からない。

 言葉も乱暴とか無礼とか、そんな次元ではなかった。

 なにしろ半分以上の単語が理解不能だったのだから。

 どう考えても狂人。

 というか、いまでも人間なのかどうか分からない。

 そんな人物(?)が、嫡孫たるこの身に服従しろとのたまったのだ。頭に来るなという方が無茶だろう。

 しかも、己では届かない能力を持つヴァレリー・クーブルールも頂点に立つと言う。


「ふざけるなよ……ッ」


 アレクシスにとって、ヴァレリーは叔父にあたる。

 現国王が18歳の時の子が、己の父である皇太子。

 ヴァレリーはなんと王が37歳の時の子なのだ。

 無論庶子である以上、ヴァレリーとの間に血縁という事実はあるが、家的には何の関係も無い。

 だが、父である皇太子は常に言う。庶子如きに後れを取るとは何事かと。

 しかし正直、アレクシスはヴァレリーに興味など無かった。

 いや、庶子などに関わっている時間は無いが正解か。

 王になる為の教育とは尋常ではない。

 騎士学校に通ってはいるが、それは未来の己の騎士達との顔合わせの様な物。

 強く賢き王を期待されているアレクシスには、幼い頃から自由な時間という物が存在しなかったのである。


「おーい、どうだヴァレリー。これが『天・観』だけど、盗めそうかー?」

「ただ躱してるだけにしか見えないよ!?」


 だが、奴等はどうだ?

 奴等は遊んでいる。遊びで王族にケンカを売ったのだ。


「ふざけるな……ッ」


 アレクシスは再度怒りの声を出した。

 自身は努力している。

 たしかに剣でヴァレリーに勝つ事は難しいだろう。

 だがそれでも、未来の王たるべく毎日努力し続けているのだ。

 その自負があるからこそ、アレクシスは怒髪天を衝いていた。


「ア、アレクシス王子。そ、その、王子は行かれないんですか?」


 そんな、怒りに震える王子に恐る恐る話しかける者。

 乱戦を遠巻きに見ていたアレクシスの周りには、四人の生徒達が居た。


「私はヴァレリー・クーブルールと戦う。あの怪人はお前達が相手をしろ」

「い、いえ、僕達は……」


 口籠る四人の少年達に、アレクシスは忌々しげに舌打ちする。


「これだけの人数を集めたのもお前達だろう? 大方、また私の名を使ったに決まっているが」

「そんな事はありません。皆、アレクシス様への無礼に憤った者達です」

「そうです。僕達はアレクシス王子の為に呼びかけただけです」

「あのヴァレリーとかいう野良犬の増長は目に余りました故」


 四人は有力貴族の子弟達だった。

 未来のベランを見据えれば、無下に扱う事など出来ない。


「そうか。私が頼んでもいない事までするとは、見事な忠義だな」


 それが四人の増長を生む事も分かってはいたが、現在の自身の力ではどうしようもない。

 皮肉を言うのが精一杯な己にも腹が立つ。

 アレクシスの心中は、どいつもこいつもふざけやがって……、とかなりヤサグレていた。

 なんという事か。

 どうも王子様は悪者ではない気配がする。

 このままでは一平達が完全に悪者になってしまうのだが、その時だった。事件が起きたのは。


「なにそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 アレクシスの上げた驚愕の声。

 アレクシスは人生初の声を上げた。

 まあ、言うまでも無く、原因は一平である。

 天乱八手の真骨頂は、初心者には心臓に悪い事はご存知の通り。

 アレクシスもまた、シリアスを維持出来ない程に驚いていた。

 さて、アレクシス王子の人物紹介はここまでとして、一平とヴァレリーが何をしているのかを説明しよう。

 昼に一平が言った、ヴァレリーを成長させる。

 放課後のグラウンドで、一平はヴァレリーにこう言った。


 ”天乱八手は教えられねえ。だから技術を盗め”


 野々宮太平が考案した天乱八手。

 それは野々宮家一子相伝の”ぶじゅつ”であり、日本では技名すら他人に言ってはいけない流派だった。

 現代日本で周りに吹聴すると、一体どんな結果になるのか?

 それを理解していた太平は、幼い一平に口を酸っぱくして言い聞かせていたのだ。

 そう、一平を心の底から愛していた父は、子を守る為に一子相伝の設定を追加していた。

 故に、一平はヴァレリーを直接指導できない。

 しかしヴァレリーを手っ取り早く強化するには、天乱八手の術理を理解させるのが最善。

 そのジレンマを解消する為に、一平は技を分かりやすくヴァレリーに披露していたのである。

 一平が選んだのは、『観』。

 攻防一体のこの技は、身につける事が出来たなら、もはやビームすら躱すという信じられない技だった。


 ”観は知覚力を拡大する。これほとんど天乱八手の奥義だからな? まず俺一人で行くからちゃんと観察しろよ?”

 ”わ、分かった。必ずモノにしてみせるよ、イッペー”


 というやり取りが戦闘直前。

 そして始まった乱戦が冒頭というわけだ。


「なんで躱せてるのかを考えるの。知覚力を拡大するって言ったでしょ?」


 のほほんと言う一平だが、体の至る所をミリ単位で剣が通り過ぎている。

 剣戟の嵐の中心で、一平は実にくつろいでいた。


「クソォ! クソォ! クソォ!」


 首を左右にヒョイヒョイヒョイ。


「当たれ! 当たれ! 当たれよぉぉぉ!」


 腰に手をあてクイックイックイッ。


『どうなってんのこれええええええええええ!?』


 空振りし続ける生徒達が悲鳴を上げていた。

 いや、周りで観戦していた全生徒と全職員達も驚愕している。

 その中にブリュエットも混じっている事は、まあ言うまでもない事だろう。

 皆が異次元へと巻き込まれていた。


「知覚力を拡大するってどういう事だい!? ヒントをくれ!」


 しかし、『天・舞』を見た事のあるヴァレリーは、辛うじて異次元行きを免れている。

 デタラメに強い一平が、自分の次に強くなると言った。

 しかも奥義とまで言っている技を盗めだなどと、一体どれほど感謝すればいいのだろうか。

 ならば、ここで一足飛びに成長できなくてどうする。

 ヴァレリーは必死で一平の動きを追った。

 が、しかし、どうしても理解出来ない。


「も~~、意識を拡散するイメージだよ。ほとんど答えだぞこれ」


 物憶えの悪いヴァレリーに、一平は口をとがらせる。

 出血大サービスなんだからね! とツンデレるのだが、顔面が赤青の怪人がやってもおぞましいだけだった。


「意識を拡散!? どうやったらそんな事が!?」


 ホントに答えなのそれ? とヴァレリーは当然驚愕だ。

 数十人が織り成す凄まじい剣舞を鼻歌交じりで躱し続ける姿は、たしかに何らかの術理が働いている。

 それは分かる。

 しかし、ヴァレリーにはそれが不条理以外の何物にも見えないのだ。


「ぢぐじょーぢぐじょー!!」

「なんだよコイツ!? なんなんだよコイツ!?」

「キモイ……! キモすぎる……!」

「こんなのおかしいですよ!!」


 勿論、生徒達全員が理不尽を感じている。

 攻撃している騎士候補生達の中には、泣きながら剣を振る者まで出る始末だ。


「重力に魂を引かれたら絶対出来ないよー」


 躱す躱す躱す。

 ブチ切れた生徒達の何人かは属性攻撃まで繰り出しているのだが、一平の『天・観』の前には何の意味も無い。

 自身を中心に、広範囲にわたって周囲を知覚している一平。

 全身を超高感度レーダーと化した一平は、一人一人の衣擦れや息遣いに至るまで全てを察知していたのだ。


「どうヴァレリー? なんとなくでも分かったぁ?」

「全然分からない! 取っ掛かりすら掴めないんだけど!?」

「そこで諦めるちゃダメでしょ!」 


 まったく駄目駄目なヴァレリーを、一平は叱りつけた。

 ここまで丁寧に技を出しているのにそれでも分からないなど、それはやる気の無い証拠だ。


「重力に魂を引かれないように意識を拡散するって言ってるでしょ! なんで分かんないの!」

「まだ難しいよ!? というかそれ言葉として成立しているかい!? もっと分かりやすく!」

「ああ、もうっ! ヴァレリーいくらなんでもセンス無くない!?」


 まあ、無茶を言っているのは一平なのだが。


「す、すまない! でも頼むよ! もう少し分かる言葉で!」

「も~~~!!」


 明らかに酷い方は一平なのに、何故かヴァレリーが謝った。

 なんとか踏み止まっていたヴァレリーも、そろそろ異次元へと吸い込まれてしまいそうだ。

 そして、イライラし始めていた一平は思わず言ってしまう。


ときの涙を見るって事だよ!! ってヤベッ! 全部教えちゃった!」


 何という事か。

 一子相伝の技の術理を、一平はウッカリ喋ってしまったではないか。


「全部ぅ!? 嘘だろう!? 謎が深まるばかりだよ!?」

「これで分からないわけ!? お前どんだけ馬鹿なんだよ!?」


 が、残念。

 それでもヴァレリーには理解する事は出来なかった。

 ヴァレリーは一平の説明に驚愕し、一平はヴァレリーの知能に驚愕する。

 どうにもならない事態ではあるが、しかし、これでヴァレリーの頭が悪いと決めつけてはいけないだろう。

 これでヴァレリーが覚醒したらそっちの方が恐い。

 皆さんにはお解りだろうが、一平の所為である事は間違いないのだ。


「くっ……、コイツホントに成長キャラか? もう成長限界な気がする……」


 危ない。

 一平がヴァレリーを見放す寸前だ。


「ちょっ、成長するよ!? 僕はもっともっと成長するさ! ああそうさ! もう少し長い目で見るべきだ!」


 言っている事は微妙に分からなかったが、一平の本音が心に響いてきたヴァレリー。

 ここで見捨てられたら命的にヤバイ事を本能で悟ったのだろう。

 ヴァレリーは慌てて全力アピールする。


「……じゃあ『舞』と合わせて使うから、前見た時とどう違うか比べてみろよ?」

「あ、ああ、ありがとう! 僕はきっと理解してみせるよ!」


 精霊と戦った時は『舞』だけだった。

 今度は『観』を使った状態で『舞』を使う。

 これなら一目瞭然だろうと、一平は物凄く譲歩したのだ。

 友人の為に骨を折る。

 一平は間違いなくいい子である。


 ──天・舞──


 知覚力の跳ね上がっている一平が、超絶体術である『舞』を使う。


「分かりやすいように基本からいくからな~、しっかり見ろよ~?」

「分かってる! 一動作たりとも見逃さないよ!」


 これが何を意味するのか。


「イッチ、ニィ、サン、シィッ、ゴー、ロク、シチ、ハチ」


 信じられない事に、一平の動きはラジオ体操なのだ。


「ニィ、ニッ、サン、シィッ、ゴー、ロク、シチ、ハチ」

『なにそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』


 ヴァレリーだけではない。

 攻撃している者も、観戦している者も、皆平等に悲鳴を上げた。

 アレクシス王子が驚愕したのもこの場面である。


「おかしくない!? ねえ! それで躱せちゃうのおかしくない!?」

「今度は足使ってくよ~」


 遂に異次元に潜り込んでしまったヴァレリーは、もう理解とか無理だ。

 ただ単に、皆と一緒に現実とは何なのかを考えるだけで精一杯。

 しかし、一平は構わず次のステップへと移行してしまう。


「ハイ、右左右左、前、後ろ、前、後ろ」

『ええええええええええええええええええええ!???????』

「次は少し複雑だから~」


 腰に両手を当てた一平が、一歩だけ体をズラすという足運びを見せた。

 なぜそれで攻撃が躱せる?


「一歩前、一歩前、一歩前で二歩下がる。一歩前、一歩前、一歩前で二歩下がる」

「どうなってんの!? ホントそれどうなってんの!?」


 全然複雑じゃない。ヴァレリーの目には単純な動きに見える。

 ならば悲鳴を上げるしかないだろう。

 目の前にある物を肯定しては、今まで現実だと思っていた物はなんだったのだ?

 剣術ってなに?

 戦闘術ってこうだっけ?

 常識に当てはめて見れば、一平は行進しているだけだ。

 両手の指先までピシリと揃った行進はたしかに美しい。が、戦闘中に行ってはいけない物だろう。


「全体~止まれ。前へならえ。なおれ。右向け右。左向け左。回れ右。全体~進め」


 なのに、ざっざっざっと、戦闘中に堂々と行われる行進。

 現実にも常識にも意味など無かった。


「な? 躱し放題だろ? ダメージ食らう事なんかありえないし、カウンターとか入れ放題なわけ」

『……………………』

「観は攻防一体だって事分かった?」

「……………………ゴメン。僕が悪かったよ」


 ヴァレリーは謝った。

 膝から崩れ落ちて謝った。


『……逆らってスミマセンデシタ』


 いや、全員謝った。

 ああ、なんたる事。

 一平は攻撃など一切していないのに、ヴァレリーを含めた五十人近い未来の騎士達の心をへし折ってしまったのだ。


「……は?」


 一斉に体育座りする生徒達。

 もう殺せという事なのだろう。


「まだ攻撃技出してないんですけど!?」


 一平は不満の声を上げるが、誰も反応しない。

 戦闘開始からまだ15分程しか経っていないにも拘らず、ヤンキーキカイダーは全員の心を皆殺しだ。

 ヴァレリーとブリュエットの心まで殺してしまう始末。

 最強とは孤高の存在だった。


「さすがは私のイッペーじゃーーーーー!!」


 しかし、そんな孤独を許さぬ者もいる。

 多くの死者達の真ん中で佇む勇者に飛んでいく影。


「勝者には美女の口づけを! ん~~~~~ぬぐぅっ!?」

「誰がお前のだ。この変態が」


 唇をむちゅーと尖らせ突っ込んできたリュリュは、当然の様に顔面を握り潰されかけていた。

 隙あらばレイプしようとするド変態ではあるのだが、顔面凶器と化している今の一平の唇を狙うその根性は評価したい。


「アレクシス王子ってのどこだ?」


 ぺっ、とリュリュを放り投げた一平は、そう言って辺りを見回す。


「……私はここだ」


 溜息と共に聞こえてきた声に目を向けると、ノロノロと身を起こすアレクシスがいた。

 あまりに現実離れしたナニカを目撃したアレクシス。


「……私に何か用か? 勝負はお前の勝ちだ、怪人」


 その姿は、気力とかやる気という物がごっそりと抜け落ちている。


「ここに在籍中の間なら、『無敵人間ギャーTOYズ』とやらの下につくぞ」

「んなもん興味ねえよ。なんだよ『無敵人間ギャーTOYズ』って、頭おかしいのか」

「…………な、に?」


 そして歪んでいく景色。

 頭のおかしい怪人に頭がおかしいと言われた。

 アレクシスは頭がおかしくなりそうだった。


「お前さ、ヴァレリーに嫌がらせする為にロシェルを襲おうとしたってホントか?」

「……は? ロシェル? 誰だ?」


 どこかで聞いた事のある名前だったが、アレクシスにはすぐに思い出す事ができない。

 一平の所為で、まるで脳が働いていないのだ。

 しかし、この言葉だけで十分。

 異次元探偵は学園編の終わりを感じ取る。


「やっぱな。全クラスで真っ向から突っかかってきたのはお前とツンデレだけだもん。そんなヤツが女襲撃するとかねーよな」

「…………つんでれ?」


 テンプレ通り取り巻き達の独断かよ、という一平の呟きは、王子にはまるで意味が分からなかった。


「ったく、お前も王子なら周りの人間くらいうまくコントロールしろよ」


 しかし、続く一平の言葉は理解した。


「……遊びで王族にケンカを売るような貴様等には分からん」


 故に出てしまう。

 ただの愚痴でしかない事は百も承知だが、王族として生まれた者の苦労を知らずに好き勝手言って欲しくはない。

 しかし。


「遊んだらなにかマズイわけ?」

「……なに?」


 一平はまるで悪びれなかった。

 勿論一平が悪いに決まっている。

 王族にケンカを売ってもいいのなら、革命とは一体何なのか分からなくなってしまうだろう。


「だいたい、分からんって何が? 取り巻き達が大貴族の馬鹿息子って事? 政治を身につける為に遊ぶ暇が無いって事?」

「……………………」


 一平はさらに畳みかける。


「俺がケンカ売ったのはお前だけじゃないんだけど? 全生徒なんですけど?」

「……………………」

「波風立たないように生きるのが楽しいわけ?」


 そう、これはテンプレSEKKYOUだ。

 ウジウジ悩む者に、何も知らない者が上から説教をする。

 そこに意味など無い。

 しかし、一平は学園編のラストに向け、着々とイベントをこなしていた。


「お前は知らないだろうけど、お前のせいで退学になった女がいるんだぜ?」

「……………………」

「知らなかったでも別にいいけどさ、このままだと同じ事が起こるんじゃね?」

「だからどうしろと?」


 馬鹿共が隠れて馬鹿をした所で、それを糾弾する力が自分には無い。

 馬鹿な事をしでかさないように押さえつける力も無い。

 さっきまで近くに居た筈の取り巻き四人は、いつのまにか消えていた。

 そんな馬鹿共を心の中で罵る事しか出来ないのだ。現在の己の力では。

 故に、アセクシスは反論する。


「政治は市井とは違う力学が働いているのだ」

「みたいね」


 王になる為には、有力貴族の支持とは必要な物。


「如何に馬鹿共とはいえ、その家が持つ影響力を無視する事はできん」

「だろうね」


 権謀渦巻く政治に身を置かねばならない以上、どんな馬鹿息子だろうが上手く付き合っていかねばならない。


「未だ未熟な私がどうすれば満足なんだ?」

「知らねえよ!!」


 そして一平はキレた。

 グチグチグチグチと鬱陶しい上に、正直イケメンの悩みとかまるで興味が湧かない。

 一平はもう面倒臭くなってしまったのだ。


「は?」

「なんで俺に相談すんだよ!? 質問に質問で返すんじゃありません!」


 まあ、その通りだろう。

 そんな事したらどんどん話がズレてしまう。


「お前の悩みを解決したら俺の悩みも解決してくれるわけ!?」

「な、悩み?」

「俺モテないんだけどさ! どうしたらいいと思う!?」


 一平はいきなり悩みを言い出した。

 話をズラすのはいつもこの少年だ。


「イッペー! ここココ! 私にモテモテじゃ!」


 どこか遠くで何か聞こえたが、一平はド変態の声など完全無視。

 ズレた流れにすぐ乗っかるロリババアがいるのも、話が進まない原因と言えるだろう。


「お前みたいなイケメン様は女にモテモテなんだろ!? なら俺もモテるようにしてくれよ!」


 それはきっと魂の叫びなのだろう。

 一平の切実な悩みに、悩みを抱える努力家の王子様は口籠る。


「そ、それは、ちょっと無理……かも……」

「はあああああ!? 自分の悩みは解決してもらいたいのに、俺の悩みは簡単に諦めちゃうんですか!?」

「む、う……、しかし、その顔では……」


 そりゃそうだ。

 今の赤青に塗りつぶした顔面では、相当特殊な性癖を持つ女でなければどうにもなるまい。


「イッペー! ここじゃって! その悩みを解決できる女神はココ! ここじゃよ!」


 まあ、一人もいない訳ではないのは救いだろう。


「なにその言い方!? 俺がブサメンだって言いたいの!? たしかにイケメンじゃないけど普通くらいでしょ!?」


 無茶を言う一平。

 ヤンキーキカイダーがフツメンになるなら、フツメンの定義とは何なのか。


「ふ、普通ではないような……。す、少し個性的というか……」

「個性的? ブサイクではないんだな?」

「あ、ああ、私はそう思う……」


 アレクシスは相当無理をしていた。

 建前は別にしても、厳格な教育を受けてきた王子様には、嘘を吐く事自体が心理的にかなりキツイ。

 しかし、彼は未来の王。

 時に優しい嘘をつかねばならない事を、そろそろ知ってもいいだろう。


「ホント? ホントにそう思ってくれる?」

「も、もちろんだ。私は嘘が嫌いだ」

「じゃあ妹紹介して」

「嫌に決まってるだろおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 しかし、化物から妹を守る為には、嘘を吐いた事を認める勇気も必要なのだ。


「なんでだよ! 未来の王様が嘘をついたのか!?」


 一平は必死だった。

 そう、一平はここに妹姫を紹介してもらいに来たのであって、それ以外は全てついで。

 グラウンドの隅っこで、じっと体育座りしながらブリュエットに慰められているアホなど、もうどうでもいい。


「ああ嘘だ! 私はいま嘘を吐いた! 貴様は不細工とかそういう基準を遥かに超越している!」

「ふざけんなよ!! いくらなんでもそこまでじゃねえよ!!」

「いいや!! 貴様の様な顔面を私は初めてみた!! これから先、貴様を超える顔面など見る事はあるまい!!」

「ブッ殺すぞ!! このクサレ王子がああああああああ!!」

「誰がクサレ王子だ!! 無礼者が!!」


 ヒートアップが止まらない一平とアレクシス。


「上等だよぉクサレ王子ぃ……。テメェをブチのめしてチョロイン姫を迎えにいくぜぇ」

「できる物ならやってみろ!! 妹を守る為に私は逃げん!!」


 ここまでくれば、もうあれしかあるまい。


「タイマンだ!!」


 ヴァレリーとは一体何だったのか。

本当にスミマセン。

人生が詰み始めましたので、投稿速度が遅くなるかもしれません。

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