第十三話「ヤンキー祭り」
ちょっと短いです。
息切れしてきたかもしれません。
「いいか? 王道の”学園物”ってのは恋愛が全てだと言っても過言じゃねえ」
『恋愛?』
一平がヴァレリーと共に騎士学校へ行く事が決定した後、作戦会議が始まった。
主導者は勿論一平だ。
「思春期の少年少女達が織り成す、甘く切ない恋模様。ここを軸にしないと学園物である意味がないんだよ」
一平は学園物が大好きだった。
たとえ最強の力など無くとも、三角関係どころか四角五角関係を次々に捌いていく主人公達。
彼らは常に真ヒロインを求め続ける猛者であり、ハーレム主人公という一面を持ちながらも決して礼節を忘れない。
安易な結論を出さず、楽な展開を許さず、登場するヒロイン達一人一人の為に日々心を砕くのだ。
その誇り高き姿に、一体どれほどの憧れを抱いたか。
一平の恋愛観の原点はここにあった。
「ここまで言えば、学園バトル物はそこからの派生にすぎない事が分かるだろ?」
『まったく分かりません』
無論、異世界の住人が理解するのは困難ではあるのだが。
しかし、一平は構わず続ける。
「けどな、”学園編”ってのは恋愛主体になり難いのさ。なぜなら、元々の世界観のテーマが恋愛じゃないからだ」
「何を言っているのかまるで分からないけど、学園物と学園編は違うという事かい?」
ヴァレリーは必死に理解しようとしていた。
まさかとは思うが、本当に王子様を殴る役をやらされるかもしれない。
王族に暴行するなど、もしかしなくとも死あるのみだ。
己の命がマッハで無くなりそうな以上、一平の考えをキチンと理解しなくては。
ヴァレリーが他のメンバーと比べて必死になるのは当然だった。
「ああ。そこさえ分かってればもう大丈夫だよな?」
『なにが!?』
異次元探偵の説明は常に過程が抜けてしまう。
ヴァレリーを含めた皆の叫びは妥当な所だろう。
「多分三日くらいなら大丈夫だとは思うけど、最強ハーレム主人公として最速を目指すから。ヴァレリーもそれでいいだろ?」
「だからなにを言ってるんだよおおおおおおおおおおお!!」
結局ヴァレリーには、何が何だか分からなかった。
「王道の友情、努力、恋愛を絡めると時間が掛かる。なら、同じ学園物でありながらまったく違うジャンルで攻めるしかない」
サブカルエリートたる一平が出した結論。
「そう、学園ヤンキー物だ」
拳で語る事を選択した一平と、もはやただでは済まない事が確定したヴァレリー。
目指すは皇太子殿下が第一子、アレクシス王子との和解のみ。
騎士がお嬢様を利用して行われた勇者の体験入学は、二日後という電光石火の速度で実現した。
ベラン王立騎士学校に、JAPANの90年代が吹き荒れる。
ちなみに、ヴァレリーがブリュエットを利用したとは、一日恋人券を渡すという下衆な行為であった事を明記しておく。
第十三話「ヤンキー祭り」
「き、き、君はいったい何を言っているのかね!?」
入学初日の朝の教室。
一平の元気のいい挨拶は、クラスの生徒全員を凍りつかせた。
いや、実は挨拶する前から全員の心臓が止まり掛けていたのだ。
まあ無理もあるまい。
一平が行ったのは腰パンにメンチビームだけではない。
オールバックにした髪はいいとしても、顔面の右側を青、左半分を赤く塗りつぶすという暴挙に出ていたのだ。
これも勿論一平の策。
学園編とは、基本的に主人公が成り上がらねば終わらない。
一日で全生徒、全教師から一目置かれる存在にならねばならない以上、その姿は悪夢に魘されるくらいで丁度いいだろう。
本日の一平の演出は、ヤンキーになったキカイダー。
残念ながらリーゼントにする事は出来なかったが、赤青二色の顔面に、唇と目の周りを黒くした容貌は完全にバケモノ。
これを無視できる存在が人類にいるわけが無かった。
「お゛? っまのぁっのオレにぃっちゃったんか?」(はい? 今のこの僕に言ったんですか?)
「ヒィィッ!?」
教壇に立っていたのは一平と教師の二人。
清々しい朝にいきなり出現した悪夢へと物申した教師は、まさに教育者の鑑と言えよう。
しかし、悪魔から帰って来た言葉は当然悪魔の言葉。
普通の人間に聞きとる事は出来なかったのだ。
「っにビビってんっラァ! っとコッこお!」(なに怯えてるんですか、ねえ。ちょっとこっち来て下さい)
「ヒィッ!? ヒィッ!?」
顔面を変形させながら肩に手を回してくる悪魔に、男性教諭は心停止寸前。
「ゆ、ゆるして……ッ! ゆ、ゆるしてくれ……ッ!」
「ベラン王室直属特殊監査機構諜報部外諜課所属の野々宮一平です、そのまま聞いて下さい」
しかし、一平は無理やり教師を教室の隅にまで連れて行くと、生徒達に背を向けて囁く。
「ヒッ……へッ!? へ、へぁ……?」
「モンテクレール家と陛下の御子息の協力を仰ぎ、現在アレクシス王子の内偵調査が行われています」
一平の声はひどく真面目だ。
顔面も変形していない。
この姿は擬態なんですよ? という態度。
「……へ? ……へ?」
「ブリュエット・フォンテーヌ・クリスティネ・ドゥ・モンテクレール嬢がご在籍していらっしゃるでしょう?」
「は、ハヒ……」
「王子の性質、友好関係、王としての資質の調査。それらを極秘裏に行わねばなりません。ベランの未来の為どうかご協力を」
「……は、ハイ」
そして流れるように教師を籠絡した。
嘘を吐くコツは事実を混ぜる事だなどと、今さら皆さんに説明するまでもないだろう。
一平が行ったのは、思考が停止した状態の人間にあり得ない程巨大な嘘を吐き、逆にあり得る話なのだと思わせた事だ。
つまり、暗示。
人間の魂を引っこ抜きそうな恐ろしい悪魔が、実は味方だった。
人間が自分に都合のいい事を信じてしまう生き物なのは周知の事実。
一平はその心理を突き、手っ取り早く教師陣を排除しようというのだ。
主人公とはやりたい放題してもなんら問題ない存在なのである。
「っくよぉ、いきなり”セッキョー”じゃ”コーフン”しちゃうべー? センコー様よぉ」
一平は呆然とする教師を解放し、またも顔面を変形させながら生徒達の前に立った。
ここでもっとも不幸だったのは、教室の最前列に座る八人の生徒達。
「ハジメマシテー、”一平サン”で頼むゾ?」
「ヒッ……」
一平は左から順に、一人一人挨拶していく。
「気をつけろよ? あんまチョーシくれてっとひき肉になっちまうナ?」
「ハ、ハヒ……」
勿論、失礼が無いように至近距離で相手の目をちゃんと見てだ。
「顔色ワリーべ? ちゃんと朝メシ食ったんか?」
「たたた食べっ、食べまっ、した……ッ」
自身の顔色が尋常でないのに、相手の体調を心配する始末。
「おほう!」
「ヒィィッ!?」
「ダサ坊だけかと思ったら”マブ女”もいるじゃねーの!」
「ヒッ……ヒッ……ヒグッ……」
女の子の容姿を褒める事も忘れない。
最前列の生徒だけであったが、一平は誠心誠意、肉食獣の笑みを持って挨拶した。
「イマからぁオレが”アタマ”だ。文句ネーナ? あるヤツぁ”上等”コキやがれ」
ヤンキー一平のなんたる支配力。
一平がグルリと見渡すと、なんとクラスメイト達は全員頭を下げるではないか。
登場からわずか十分で、一平は一クラス40人の心を掌握した。
「ん?」
だが一人だけ、そう、たった一人だけ下を向いていない者がいたのだ。
「オイオイオイ! ヴァレっちゃんじゃねーの!」
その一人とは、ヴァレリー・クーブルール。
彼は現在、自身の席に着き、大量の泡を吹いている。
一平の考えがまったく理解出来なかった彼は、当日に一平がクラスに来るという事しか知らなかったのだ。
不安に思いながらも迎えた朝。
現れたのは、街のチンピラが人格者に見える程の強烈な無頼。
というか、顔の真ん中から赤青に分かれている一平の姿は、もはや人間ではない。
こんな怪物と一緒に王子を殴る? 正気か?
現実とはなんだ? 世界とはなんだ? 何を持って人と定義する?
真理を考え始めた脳はオーバーフローを起こし、ヴァレリーは白目をむいて泡を吹き出し続けていたのだ。
「またつるめるたぁ、もうベラコーシメたようなモンじゃねーか! なあ”兄弟”!」
「ハッ!」
一平は大げさにヴァレリーと肩を組む。
一平のシナリオでは、二人は旧知の親友でなければならない。
途端に現実逃避から帰ってきたヴァレリーだったが、至近距離にある一平の顔が恐ろしくて仕方なかった。
「い、い、イッペーか?」
「おうオレだぜ、”兄弟”」
「そ、その格好は……」
「いやよぉ、ダボどもに”ナメ”られるわけにもいかねーしよぉ。どーよ? ドエレー”COOOL”にキメてんべ?」
怪物がニコニコと話しかけてくる行為は、人間にとっては恐怖でしかないと、この時ヴァレリーは知った。
「あ、あのっ……ヴぁ、ヴァレリーと、い、い、イッペーさんは知り合──」
そこに、勇気を振り絞った隣の男子が。
「あ゛あ゛っ!? ヴァレリーさんだろうが! ”チョーシくれ”てっと”バラ肉”にしちゃうよぉ!?」
「ヒィッ!? す、スミマセンデシタ!!」
尊い勇気は無残に散っていく。
「イ、イッペー! いくらなんでも恫喝はやりすぎだろう!」
しかし、さすがはヴァレリーだった。
その精神は騎士。
学年最強の騎士が、いつまでも恐怖に飲まれ続けるなんてある筈がない。
ヴァレリーは一平を叱りつけた。
「おう……、スマネェ”兄弟”。ダサ坊あいてにうっとーしー事やっちまった」
「あ、ああ。分かってくれればいいんだ」
この瞬間、クラスのヴァレリーへの好感度はマックスにまで上がったのだが、そんな事を許す一平ではない。
誰の為にこんな事をしていると思っているのか。
世の為人の為、イケメンの好感度などコナゴナに粉砕する。
「カハハハ。”上等”コクヤツぁ片っ端から皆殺しにしてた”獄炎ヴァレリー”に言われちゃ、さすがに頭下げるしかねー」
『なっ!?』
「ちょ、なんだいソレ!?」
「んだよ、隠すなよぉ。オレラぁ最強謳ってたんだ、どうせここでも最強やってんだろ”兄弟”」
『ッ!?』
「な、な、な……」
「もしかしていい子ちゃんやってんのかぁ? やめとけやめとけ。ヴァレっちゃんが我慢なんてしたトキねーべ」
またも嘘の中に一カケラの真実を混ぜる一平。
クラス全員のヴァレリーに向ける目が、疑惑の目へと変わっていった。
「ち、違う! 僕はそんな事っ!」
その目に気づき慌てて否定するヴァレリーだったが、焦った姿に説得力などある筈もなく。
「ち、違うんだよ……」
悪魔と同類を見る目に、ヴァレリーはもう泣きそうだ。
酷い。
友人を陥れる一平は間違いなく最低の人間だろう。
でも待って欲しい。
一平のヒロインは、元ババアと元男。
それに比べて、ヴァレリーは正統派ヒロインである二人の美女を手中に納めようとしている。
しかもその内の一人、ブリュエットに対しては、その権力を利用するという下種な事までしでかした。
一平がパーフェクトだと認めたチョロイン。そしてそれを食い物にしたイケメン。
そう、これは、一平のパーフェクトチョロインに対する弔いなのだ。
ロシェルとブリュエットを手にする事は認めよう。
二人のフラグを強化する事にも協力してやる。
だが、リア充学校生活など断じて認めない。
「ロシェルとブリュエット以外は全部捨ててもらうぜ、ヴァレリー……」
「ッ!?」
嫉妬に狂った一平の呟きは、勿論ヴァレリーにしか聞こえなかった。
「しょーがねーなぁ。オレがお膳立てしとっからよー、ヴァレっちゃんはここでビッとしといてくれや」
「な、なにをするつもり……」
ヴァレリーが最後まで言いきる前に、一平は席を立つ。
「おう、センコー。オレぁ”便所”。昼には戻ってくっからぁ」
「ず、ずいぶんと長いんだね……」
そして未だパニクっている男性教師(26才)に声を掛ける。
「”便所”が十九個もあるんじゃしゃーねーべ?」
「じゅ、十九……?」
「このガッコ、一学年四クラスって聞いたゾ? なら十九で合ってっだろぉ?」
「……………………」
男性教師は理解した。
このベラン王室直属特殊監査機構諜報部外諜課員は、他の教室を便所呼ばわりしているのだと。
極秘任務とはいえ凄まじい無礼さだ。
それだけ職務に忠実なのだろう。
男性教師は一平の言った事を信じていた。
勿論、信じたいから信じたが正解なのだが、嘘であるとはどうしても思えなかったのである。
王室直属特殊監査機関など聞いた事もない。しかし、そんな大それた嘘を吐く者がいる筈が無い。
数日でバレる上に、関係者全員拷問に掛けられた上で死刑は確実。
これがまったくのデタラメなのだとしたら、目の前の男の精神は人ではないだろう。
残念な事に、男性教師は知らなかった。
天を乱す存在を。
一平は力だけでなく、その大胆さだけでも天を乱す事が出来るのだ。
「ど、どうぞ……」
「あ、ヴァレっちゃーん。昼は屋上で一緒に食おうゼ? んじゃ出発~~」
踵をつぶしたスニーカーをずっかけ、一平はだらしなく教室を出て行った。
『……………………』
静まり返る教室。
誰も何も言わない。
ここに居る誰一人として、いま起こった事が現実だと思えないのだ。
このままじっとしていれば、布団の中で目が覚めるのではないのか?
皆がそんな事を考えている。
しかし。
”シャバ憎どもぉ、オレぁ一平。きょーからこのベラコーはオレとヴァレリー・クーブルールがシメっ事に決定したぁ”
隣のクラスから、何か聞こえてきた。
”ってっだらねぇぞぉ! めんだらぁクソがぁ!”
突然の大声に、ヴァレリーを含めた皆がビクッとなる。
”オレラ『無敵人間ギャーTOYズ』に上等コクヤツぁくしゃくしゃに潰してやっからなァ!”
悪夢が、終わらない。
”文句あんヤツぁ放課後全員グランドこいやぁ! こっちゃバリバリ気合入ってっぞ!”
ヴァレリーはまたも泡を吹き始めていた。
”んだらぁぁ! 上等だよテメ~~。凶器だろうが騎士団だろうがなんでも持ってこい、ベコベコにしてやるよォ”
明らかにヤバイ事になっている。
そこで、誰かがポツリと呟いた。
「隣のクラス、アレクシス王子がいるんだけど……」
ヴァレリーは気絶した。
さて、気絶したヴァレリーはここまででいいとしても、このまま十九もの”便所”の描写などしてはいられない。
それこそまさしく冗長以外の何物でもないので、一部簡単にダイジェストしよう。
とあるクラス。
「ホンジツからぁ、このベラコーの”支配者”になる”一平ぇ”。喜べヨ? テメェラ”全国制覇”の兵隊だからなぁ」
『……………………』
「なーに固まってんだぁ? 聞こえてんか? ボクちゃんたちぃ?」
『……………………』
「聞ぃてんのかダボどもがぁ!!」
『ヒィッ!?』
「顔面潰れたトマトみてーにしてくれんゾ……?」
『ヒッ……ヒッ……』
「文句あんヤツぁ放課後しゅーごー。全員ブッチメっからぁ人数集めてこお!!」
とあるクラス。
「こ~~~ら、”五年坊”。オレぁ四年の”一平ぇ”。きょーからテメェラの”神”として”君臨”すっからぁ」
『……………………は?』
「オレとヴァレリーの”カンバン”にドロぬんじゃねーゾ? ”ひき肉”の刑にしちまうゾ?」
『……………………』
「い、い、イッペーさんですの……?」
「おっ、ブリュエットじゃねーの。あいかわらずマビーな?」
「ま、まび? い、いえ、それよりその姿は……」
「またヴァレっちゃんと『無敵人間ギャーTOYズ』結成してよー」
「ぎゃ、ぎゃーといず……? な、なにをおっしゃっているのか……」
「もう”世界征服”すっしかねーべ?」
『世界征服……ッ!?』
「放課後によー”ハンランブンシ?”の”公開処刑”すっからよー、見物こいやー」
『……………………』
とあるクラス。
「センパイらは~~全員カスなので~~この”一平”が”アタマ”になる事にしました~~。ちゃんと服従な~~?」
「あの男、執行部に欲しくないか、エミール君?」
「リュファス会長、さすがに悪趣味だと思いますが……」
「この淀んだ空気を吹き飛ばすには、ああいう粗野な者も必要なのだよ、エミール君」
「副会長としては賛成しかねます、リュファス会長」
「会長秘書の私、アレクシアもそう思います」
「執行部書記たる僕、セヴランは会長に賛成です」
「会計係の私、コレットはあの人ちょっと恐いですぅー」
「うるせえ黙れっ!! 余計なフラグいらねえっつってんだろっ!!」
『ッ!?』
とあるクラス。
「二年のダサ坊どもはぁ、全員オレラ『無敵人間ギャーTOYズ』の”専属いも洗い係”になりましたぁ。気合入れてけぇ」
『……………………』
「たまに”バット”も洗ってもらうからよぉ、リンキオウヘンに頼むゼぇ?」
「ア、アンタ、なに言ってるの……?」
「あ゛?」
「そ、そんな変な格好したって恐くないんだからね!」
「……………………」
「な、なによ! こ、恐くなんて、ないんだから……」
「くそったれがあ!! 学園必須のツンデレがこんな所に!!」
『ヒッ!?』
「これ無視すんの!? 嘘だろ!? ヴァレリーのやろうブッ殺してやるぅぅ!!」
とまあ、様々なフラグを全てスルーし、一平は午前中だけで学校中に顔を売った。
入学して僅か三時間。
既に一平の顔(赤青)を知らない者はいない。
そして昼休み。屋上。
「初めての愛妻弁当じゃな、イッペー」
「キメェよ……、やめてくれよ……」
「キモいのはイッペーの顔じゃろ。朝も見たが、間違いなく夢に見るじゃろそれ」
「しょうがないじゃん。リーゼント以上のインパクトが他に思いつかなかったんだし」
「まあ、たしかにインパクトはあるじゃろうが……」
なんと、リュリュがいた。
「でも弁当はサンキュー。昼飯の事すっかり忘れてたわ」
「構わん。イッペーの食事は、よ、嫁とし──」
「それ以上言ったらお前の喉笛を喰いちぎるぞ?」
「ぬぐぐ……」
そう、今一平に顔面を握り潰されようとしている幼女は、愛しい人にお弁当を届けにきたのだ。
最近、一平の周りには人が増えてきた。
しかも女の比率が高い。
少し前までは自分一人が独占していたというのに、やはり勇者を一人占めなど出来ないのだろうか。
しかし誰にも渡す気はない。
元男の変態は大丈夫にしても、いきなり現れた妖精族には危機感を煽られてしまう。
故に、リュリュはベッタベタなお弁当作戦にでたのだ。
まあ、効果の程はまるでなさそうだが。
「イッペー……、君はなにを考えているんだい……」
「本当ですわ……。イッペーさんが入って来た瞬間、世界が歪みましたもの……」
そこに入ってくるヴァレリーとブリュエット。
二人は非常に疲れていた。
いや、ヴァレリーは死に掛けていたと言ってもいいだろう。
魂が抜けたような虚ろな表情が痛々しい。
「……イッペー、分かっているのかい? 君は全生徒にケンカをふっ掛けたんだよ?」
「そうだけど?」
「そうだけどじゃないだろおおおおおおおお!!」
ヴァレリーは一気に点火した。
しかし、その姿は燃え尽きる前のろうそくと酷似している。
「正気かい!? アレクシス王子と和解するんじゃなかったのか!? なんで逆にケンカ売るんだ!?」
しかも僕の名前まで出して、と言いながら泣き崩れた。
「しかも全生徒敵にするってどういう事ぉ……、王子以外は無視するって言ったじゃないかぁ……、言っだじゃないがぁ……」
「ヴァレリーさん……」
普段の学年最強など何処にもいない。
恐れる様な目を向けてくるクラスメイト達が、ヴァレリーの魂をすごくちっちゃくしていたのだ。
ひぃぃぃん、と男が泣く姿はひどくうっとおしい。
もしここにロシェルがいたら、間違いなくヴァレリーの恋は終わっていただろう。
しかし、パーフェクトチョロインたるブリュエットにとっては、アリだった。
弱り切ってクソ情けないヴァレリーの姿。
なぜか、守って上げなくてはという気にさせられる。
これが加虐心の目覚めでない事を祈るのみだ。
「今さらビビんなよ。お前は王子様殴るんだぞ?」
「そこがおかしい! 和解するのになんで暴力!? 王族殴ると仲良くなれますって、僕の知ってる現実と違う!」
「ヤンキー物はとりあえず殴るの。敵も味方も全部殴ればいいの」
「頼むから分かる言葉を喋ってくれよおおおおおおお!!」
「やかましい男じゃな」
リュリュの言葉は酷かったが、ご飯を食べてる時に叫ぶのはマナー違反だ。
だが、まあ、学校生活を破壊され、その上死刑覚悟で王子を殴らなければならないとか、どう考えても人生が詰んでいる。
叫びたくなるのも仕方ないだろう。
しかも、問題はそれだけじゃない。
「先生方から聞きましたが、その、王室直属特殊監査……? ってなんですの?」
「あ、ベラン王室直属特殊監査機構諜報部外諜課ね。それちゃんと話合わせてくれた?」
「ま、まあ、話せませんで全て突っぱねましたけど……」
ブリュエットの疑問はもっともだ。
話が大きくなり過ぎている。
ロシェルの退学は、言葉は悪いが小さな事である。
というより、小さな事にする為にロシェルを切り捨てたのだ。
それなのに、一平が関わったせいでベラン王立騎士学校全体が巻き込まれているのはどういう事だ。
「ベラン王室直属特殊監査機構諜報部外諜課じゃと? なんじゃそれ?」
さすが自称天才。
リュリュは、クソ長い架空の機関の名前を一発で覚えた。
脳の無駄使いとはこの事だ。
「俺が考えた謎の機関なんだ、超カッコイイだろ? 教師達には俺、その機関から来たエージェントって事になってるから」
『ナニィィィィィィィィィ!!』
一平達しかいない屋上に、三人の絶叫が響き渡る。
ちなみに、ヤンキーキカイダーがいる屋上でお昼を摂ろうとする猛者などはいない。
「き、君は国家の組織を騙ったのか!?」
「な、なんて事を……ッ!」
「すぐベランを脱出するぞ、イッペー。なに、大丈夫じゃ。この二人は拷問くらいで済むじゃろ」
あまりの事に驚愕する二人と、もはや人情という物にクソを垂れているとしか思えない元ババア。
「大丈夫だから落ち着けよ。あとババア、お前はホントババアだわ」
「どういう意味じゃ! せめてロリを付けんか!」
しかし、一平はどこまでいっても一平だった。
その態度に微塵も揺らぎはない。
一平は楽しんでいるのだ。
ヤンキーになった自分を。
異世界の学園編を。
この剣と魔法のファンタジー世界を、この世界の誰よりも楽しんでいる。
自分を信じるという事にかけて、一平の上をいく者などこの世に存在しないだろう。
それ故に、勇者。
「……なあ、イッペー。せめてこれからどうするのかだけでも教えてくれないかい?」
余裕綽々な一平の態度に少し落ち着いたヴァレリーは、一平の自信が知りたかった。
今の状況は明らかに詰んでいる。
リュリュが言ったように、ベランを捨てなければ命は無い状況だ。
この上さらに王族を殴りとばすなど、死以外にどんな結果が待ち受けているというのか。
「ん、ん~~……、言ってもいいのかこれ?」
しかし、一平は眉をひそめて渋い顔をした。
赤と青に別れた顔面が恐ろしい形相になっているのだが、ヴァレリーはなんとか我慢して顔を逸らさない。
「たのむから教えてくれ。このままじゃ僕の心臓がもたないよ……」
情けない。
とても情けないが、問題をここまで大きくしたのは一平だ。
自身で引き起こしたのなら覚悟も出来るだろうが、何も知らないまま流されているというのは不安だろう。
一平は一つ溜息を吐き、折れた。
「これな、ロシェルとブリュエットのフラグ強化だけじゃないんだよ」
『……………………』
しかし、やはり一平の言っている事は誰にも理解出来ない。
それでもヴァレリーは黙って聞いた。
一平の話は終わっていないのだから。
「お前の成長イベントでもあるわけ」
『は!?』
やっぱり、意味が分からなかった。
「僕の、成長……?」
「そ。言ったろ? 俺が居なかったらお前が主人公で、この学園編はお前のイベントだってさ」
「……………………」
「本来このイベントは、お前がお前のやり方で解決してたはずだ」
「……………………」
「でも、俺がいるからそのやり方は出来ない。もう俺のやり方で進行しちゃってるしな」
「……………………」
「もし俺と出会わなかったとしてもお前はこの場所にいたはずだ。ロシェルとブリュエットが関わってるし、まず間違いねえ」
「……………………」
「だからな、誰も死なねえよ。俺が死なせるわけないじゃん。いざとなりゃ王国ごと叩き潰してやるよ」
「……………………」
意味が分からないのに、分かる。
一平が言わんとする事が、ヴァレリーにはハッキリと分かった。
己を成長させようとしているのだ、この頭のおかしい年下の少年は。
「あわーーー!! イッペーーーー!!」
メロメロになったチョロインがダイブしたのだが、それは勇者のアイアンクローに迎撃される。
「ヴァレリー、お前学年最強なんかで満足してんの?」
「……………………」
「多分、俺の次ぐらいには強くなれるんですけど?」
「……………………」
なんだこれは?
ヴァレリーの怯えていた体に力が満ちていく。
「騎士にすらなってない、有象無象の学生達がどうしかしたか?」
「……………………」
「嫌がらせしかできないバカ王子を敵に回したからなんなのよ?」
「……………………」
ああ、なるほど。
他者の勇気すら引き出せる存在がいたな、物語の中では。
「覚悟決まった?」
「必要無いね。覚悟するほどの事でもないよ」
この身は『炎剣』
炎の意志を宿す者。
「よく言うぜ。さっきまでビビリまくりじゃん」
「そんな昔の事は忘れたよ。それで? あんなにケンカを売って、結局どうするんだい?」
ヴァレリーの顔に不敵な笑みが生まれた。
それを受けて、顔面がおかしいヤンキーが告げる。
「決まってっだろぉ。オレラ『無敵人間ギャーTOYズ』に”上等”コキやがったヤツラぁ全員”皆殺し”よぉ」
ヴァレリーを成長させたい親心。