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第十二話「爆誕する悪」

熱下がりました。




「わたくしはベラン王立騎士学校五年、ブリュエット・フォンテーヌ・クリスティネ・ドゥ・モンテクレールと申します」

「テンプレを踏破するが如き名前の長さ。ここはお見事と言わざるを得ない」

「なにがですの!?」


 訳の分からないプロポーズ合戦の後、七人は場所を移動した。

 さすがに立ち話していい内容ではないし、周りからの注目を集め始めてもいた為移動したのだ。

 移動した先は生きてるだけで丸儲け亭、二階の個室。


「では、最後は君だね。名前を教えてくれるかい?」


 酒場はまだ準備中だったのだが、ロシェルが意外な顔の広さを見せ、酒場の店主に快く個室を貸してもらう事に成功。

 テーブルにそれぞれの飲み物が揃い、順番に自己紹介が始まっていた。

 一平、リュリュ、セレスティヌ、ロシェル、ヴァレリー、ブリュエットが終わり、遂に謎の少女の番。


「……ポワン」


 無表情を張りつけて、淡々と口にしたのは名前でいいのだろうか?

 あまりに足りない語句に、ヴァレリーはもう少し突っ込んで聞こうとする。


「君は──」

「うはっ! まさかのクーデレキタコレ! 確実にヒロインじゃん!」

『ッ!?』

「ヒロイン? ただのクソじゃろ」

「あうう……ボクもヒロインだもん……」


 が、一平に遮られた。


「く、クーデレ? なんだい、それ?」


 ヴァレリーの抱いた疑問。

 おそらくそれは、ポワンと名乗った少女を含めた全員の疑問だったのだろう。


「バッカ、クーデレはクーデレだろ? クールでデレデレ。ポワンはちょっとツンが入ってるっぽいから、ツンクールデレ」

「皆に聞きたい。今のイッペーの説明は本当に言葉として成立してたのかい?」


 ヴァレリーは一平以外の全員を見渡して聞いた。

 もしかしたら狂ったのは己なのかもしれない、と一瞬疑ったからだ。


「イッペーの言葉を頭で受け取るな。脳が破壊されても知らんぞ」


 全員の脳を守ったのはリュリュ。

 伊達に天才は名乗っていないのだ。


「そうだよね、イッペーさんの言葉は心で感じないと」


 そして追随してきたのはセレスティヌ。

 一平に一度心を折られたとはいえ、いやだからこそ、TSヒロインは急速に力を付けてきていた。

 人は悲しみを知る程に強くなる。皆さんもご存知だろう。


「第一、問題はそこじゃないじゃろ?」

「そうだよ。いきなり求婚なんておかしいよ」

「そこからか? 私の立場ではヴァレリーとブリュエットの隠し事が激しく気になるのだが……」

「僕もブリュエット先輩の話を先に聞きたい」

「あの……イッペーさん? は、情報屋かなにかですの? まさか本当にあてずっぽうという事はありませんわよね?」


 それぞれが勝手に喋り出し、場はカオスへ。

 まあ、それも止む無し。

 異次元探偵の推理は過程を飛ばす。

 原因と過程があって結果があるのではなく、結果が先にあり、無数のテンプレを当てはめるという推理を超えた何か。

 真実は一つ、ではなく、無限の真実の中の一でしかない、というのが異次元推理の真骨頂だ。

 常人が付いていく事など出来る筈がない。

 一平とポワンの二人を抜かした面々は、好き勝手に疑問を口にしていた。


「ポワンって呼び捨てにしてもいい? 俺の事も一平でいいから」

「……いい」

「耳触ってもいいよね?」

「……ダメ」

「え~~、さっき触らせてって言ったのにぃ……」

「……アナタと結婚するのは、水の精霊の命令」

「なにイチャついとるんじゃソコォオオオ!!」

「真面目な話してるのに!! 怒るよイッペーさん!!」


 肝心な一平は、馬鹿共をほっぽってポワンとイチャイチャトークに夢中だった。

 ちなみに、一平の両隣りはポワンとブリュエットである。

 二人を座らせてから自身が間に座る事で、リュリュとセレスティヌが隣になる事を防いだのだ。

 当然、二人は椅子を抱えてさらに一平の隣に陣取ろうとしたのだが、それは勇者渾身のWアイアンクローを前に断念。

 リュリュとセレスティヌは泣く泣く一つ隣の席になった。

 皆さんは一平を酷いとお思いになるだろう。

 しかし男とは、合コンの席順の為には神さえ殺す用意がある生き物なのだ。


「アホか! キミタチはクーデレの需要の高さを知らないワケ!?」


 一平は二人のチョロインを叱る。


「クーデレは可能性の塊だヨ!? いったい何人のクーデレ達が正ヒロインを食ってきたと思ってんの!」

「ッ!?」

「ッ!?」


 ここでチョロイン二人はようやく気が付いた。

 己の最強のライバルが、公爵家のお嬢様ではない事に。


「ま、待ってよ! え、えと、ポワンさんはなんでイッペーさんと結婚したいの?」


 このままではマズイ。

 一平がひどく乗り気な気配を感じ取ったセカンドチョロインは、強引に話の主導権を引き寄せる。


「? ……水の精霊の命令」

「それは聞いたよ! そうじゃなくて、なんで一平さんと結婚しなきゃいけないのかって事!」


 セレスティヌの疑問はもっともだろう。

 というか、ここにいる全員の疑問に違いない。


「……命令だから」


 しかし、少々不機嫌な表情を浮かべながらも、藍色の髪の少女は同じ答えを繰り返した。


「ああ、君は精霊の森の民なんだな」

「なるほど、そういう事か」


 要領を得ない少女の答えに、ヴァレリーとロシェルは頷いた。

 皆がアッと納得する。


「精霊の森の民? なにそれ? いや、語感からエルフの事なのは分かるんだけど……」


 ここで知らないのは一平だけだ。


「彼女は隣のバラティエ公国の妖精族エルフですわ」

「バラティエ公国? ここから近いの?」

「ええ、精霊の泉の少し先が国境線ですので」

「はあ? ベラン王都の傍に国境線があって、反対側が違う国の公爵領? いくらなんでもおかしくね?」

「あら、きちんと教養がありますのね」


 答えたブリュエットに怪訝な顔をする一平だったが、これは一平が正しい。

 防衛という一点から見ても、首都が国境線の傍にあるのはおかしいし、他国の公爵領が隣接しているなど常軌を逸している。

 一体歴史に何があればそんな事になったのか。


「ベラン王国とバラティエ公国は建国が特殊なんじゃよ」


 ここでロリババアがしゃしゃり出た。

 歴史を語るのは老人の楽しみの一つなのだ。


「ベランはかの奴隷勇者──」

「ああ、別に興味無いから話さなくていいよ」

「聞かんかあああああああああああああああああああ!!」

「絶対に嫌」


 しかし、一平はキッパリ断った。

 クソ長くなりそうな話など御免こうむる。

 まあたしかに、世界観の設定などクソつまらん上にクソ長い話になる。

 そんな物を長々と説明するくらいなら話を進めた方が建設的だろう。

 ちなみに、バラティエ公国は元は辺境伯領であったのだが、精霊の森の民を招けという王家の無茶振りを遂行して侯爵。

 精霊の泉をぶんどるぜと、いきなりトチ狂った王家の所為で、あわやベランと全面戦争になりそうな状況を纏め上げ公爵。

 その後も、ルフェビュール王家がベランに宣戦布告紛いの書状を送るたびに奔走し続けた。

 最後は三代に渡り王家の尻拭いをし続けた当時の頭首が、「森に火ぃつけて王を殺して死んでやるぅぅぅ!!」とブチギレ。

 様々な条約を結びつつも公国として独立したのだが、それは歴史の闇に葬り去られた真実だった。


「まあ、僕達には分からない政治的に高度な何かがあってね。王都ベランとバラティエ公国は隣接してるんだよ」

「精霊の森の三分の二はバラティエ公国領だ。不可侵領域と決められたが、管理は妖精族エルフが引き受けている」


 一平の態度に苦笑しながら、ヴァレリーとロシェルは完結にまとめた。


「なるほど、精霊のお願いイベントって事か……。ぶっちゃけポワンは報酬なんだな」


 分かっていたとはいえ、一平は少しガッカリ。

 ヴァレリーとロシェルの説明だけでも、異次元探偵にはある程度分かってしまうのだ。

 どうやらやっぱり純粋にモテた訳ではないらしい。

 間違いなく水の精霊から何らかの指令をもらっているのだろう。


「そうなのかい?」

「そうなのか?」

「そうなんですの?」


 ヴァレリー、ロシェル、ブリュエットは同時に聞いた。

 精霊の森の民は、水の精霊には逆らわない。それがどんな無茶な事だったとしてもだ。

 何代にもわたって自分達を守ってくれた精霊とは、妖精族エルフにとっては母であり神なのだ。

 それを知っていたからこそ、一平を除く全員がポワンの求婚に納得したのだが、しかしなぜそこで精霊の頼みが出てくる?


「あのなぁ……、フラグもイベントもなしにクーデレが手に入るわけないでしょ? 恋愛を舐めちゃダメだよ、三人共」

「なん……だと……」

「こっちが舐めたのかい!?」

「なにかが酷く間違っていますわ!?」


 恋愛ベタな年上三人組に溜息を吐いた一平は、恋愛ゲームではいつもモテモテなのだ。


「ふ、ふらぐが何なのかよく分からないけど……」


 そこで前に出るTSチョロイン一年生。


「ボクのおっぱい触ってもいいよ! イッペーさん!」

『ナニィィィィィィィィィィィィィィ!?』


 セレスティヌの爆弾発言は皆を絶叫させた。


「いきなりなに言っとるんじゃ!! それじゃただの痴女じゃろが!!」


 リュリュはキレたが、おまえが言ってはいけない。


「え? で、でも、これがイッペーさんの言うふらぐなんでしょ……?」


 真っ赤になって恥ずかしがるセレスティヌは恐ろしくあざとかった。

 だが、姉が椅子に座ったまま泡を吹いている事にも気付いてあげて欲しい。


「ハハハ、ちょっと直接的すぎだぜ。まあ、まだまだセレスに使いこなせるモンじゃねえよ、フラグは」

『……………………』


 鼻で笑い飛ばす一平だったが、手に持ったグラスがガタガタと震え、中のジュースがテーブルに飛び散りまくっている。

 男子高校生にとって、女の子のおっぱいとは夢に見る程触りたい禁断の果実。

 一平は一流の紳士でもあったが、スタイルのいい美少女からの”おっぱい揉んで”は強烈過ぎだ。

 TSチョロインだとしても女体は女体。

 それに抗える男子高校生など日本に何人いるというのか。


「……けど、おっぱい触っていいって……え、マジ?……いや、アイツ元男だヨ……でもおっぱい……い、一本指なら……」


 一平の精神は崩壊を始めて行く。

 凄まじきは元男のあざとさ。これを計算してやっていないなどは言わせない。

 ロリババアに追い付け追い越せとばかりに、セレスはチョロイン力を加速度的に増大させていた。

 

「イ、イッペー!! もも、もしセレスに触れたら、キサマをコロス!!」


 しかし、そんな一平を救う美女の声。


「……な、なに言ってんの~? オレ触らないヨ~……?」

「私の目を見て言え!!」


 泡を飛ばしながら妹の貞操を守るロシェルは、やはり姉の鑑と言わざるを得なかった。


「だ、大丈夫だって。ブリュエットとポワンの触るから」

「それなら構わん」

「構いますわ!! 触らせませんわよ!? 頭がおかしいんですの!?」

「私のを触ればいいじゃろ! 浮気は許さんからな!」

「お前におっぱいは無い」


 どうしても前に進まない。

 ヴァレリーは溜息を吐きながら結論を出した。


「つまり君は水の精霊の指示でイッペーと結婚しなければならない。あと、水の精霊からの依頼もこなさなければならない」


 それで合ってるかい? と聞くと、ポワンという名の妖精族エルフはコクリと頷いた。


「それで俺は何をすればいいの? 魔王を滅ぼす? それとも世界の危機を救えばいいわけ?」

『話デカッ!!』


 一平の突拍子もない予測は、年上三人を驚愕させる。


「……たぶん、そんな感じ」

『ええええ!? ホントに!?』


 勿論、ポワンの答えにさらに驚愕だ。


「クーデレエルフが報酬ならそんなもんか。わかったよ、暇な時に世界救っとく」

「……うん」

『えええええええええええええええええええ!?』


 いい加減うるさいのだが、夢を忘れた三人組には一平とポワンの会話は現実感が無いのだろう。

 そりゃそうだ。具体的な事は何も説明されてない。

 安請け合いという言葉があるが、これはそれとは違う何かだ。

 世界とは一体何だったのか。

 ロシェル、ヴァレリー、ブリュエットの現実は、徐々に歪んでいった。


「しょうがないの……。イッペーが世界を救うというなら、私も付き合うしかないじゃろ」

「ボクも一緒に行きます。世界の平和の為に一生懸命がんばりますね」

「……ありがとう」

「俺一人で十分なんですけど?」


 まあもっとも、こちらの四人の頭が少しおかしいだけなのだが。


「こっちは片付いたぞ。そっちの話終わった?」

『うえっ!?』

「ん? 退学の問題はどこまで話したわけ?」

『うっ……』


 一平の疑問が年上三人組に飛び、同時に少女三人の視線も集まった。


『……………………?』


 一平を筆頭に、リュリュ、セレスティヌ、ポワンの訝しげな目。

 そんな目をされては、まだ何も話し合っていないなどとは言い難い。

 というか、いつのまにそれぞれの話題の担当を決めたというのか。

 酷い、さっきまで皆で仲良くお喋りしていたではないか。

 

「……あーその、もしかして、まだ終わってないの?」

「え!? ロシェ姉の退学ってそんな複雑な事情があったの!?」

「世界を救う事よりも複雑な事情じゃと……?」

「……大変、私も力になる」

『……………………』


 一平達の言い方が酷過ぎる。

 世界の危機より大変な退学問題なんてあるわけないだろう。

 現にロシェルが退学した所で世界は滅んでいませんよ?

 ロシェル、ヴァレリー、ブリュエットの三人は、もしかして自分はグズなんだろうかと考え始めていた。


「そ、そうなんですの! 実はちょっと複雑でして! ねえ、ヴァレリーさん!」

「あ、ああ! 王国の機密にまで関わってしまっていてね! 少し複雑なんだ! だろ、ロシェル!」

「ん!? ま、まあそうだな! 機密が複雑に機密ってしまっていてはな!」


 そんな事を認められないブリュエットは見栄を張り、二人もすぐさま乗っかる。


「ふ~ん。どこまで話したの?」

「こ、皇太子殿下の第一王子がヴァレリーさんに嫉妬いたしまして!」

「えええ!? アレクシス王子がっ……そ、そうなんだよ! いやまいったね!」


 一平の質問に即座に答えたのはブリュエット。

 ヴァレリーはクソ驚いたのだが、そんなそぶりは微塵も見せない。


「なんでその王子がヴァレリーに嫉妬したのさ?」

「ヴァ、ヴァレリーさんは陛下の庶子でして!」

「それ言っちゃうのかい!?」

「なんだと!? ヴァレリーお前……っとお! さっきも聞いたが驚愕の事実だな!」


 ベラベラと国家の機密を喋ってしまう公爵令嬢。

 ベラン王国の未来に暗雲が立ち込めている。


「ああ、なるほど。ヴァレリーって学年最強らしいしな。取るに足らない雑種如きが上にいて気に食わないのか」

「そ、そうなんですの!」


 一平は溜息を吐いた。

 なんというテンプレな小悪党。


「これホントに俺のイベントかぁ……?」


 あまりに分かりやすい展開に、こんなのでブリュエットのフラグを回収する事が出来るのかと不安になる。


「でも、それならなんでロシェ姉が退学になるんですか? 全然関係無いみたいですけど……」


 その通りだ。

 ここまでの話ではロシェルがまったく関係していない。

 セレスティヌが首を傾げるのは当然だった。


「バッカ、そんなの考えるまでもないだろ?」


 しかし、異次元探偵には、事件の全貌がハッキリと見えていた。


「まず、ロシェルを退学させたのはその王子様じゃねえ。多分ブリュエットで合ってる」

『ッ!?』


 さあ、異次元推理の時間だ。


「ブリュエット、ここ二十年以内で王位継承権の大きな変動があったろ? 廃嫡か暗殺、もしくはその両方で」

「な、なぜそれを……ッ!」

「ヴァレリーの歳が20才以内だからな。まあ、それはいいよ。今は関係無いし」

『……………………』

「となると、ヴァレリーの存在はかなり危険だ。それでもヴァレリーがまだ生きてるのは、間違いなく国王が守ってるのさ」

『ッ!?』


 一平の言葉に全員が驚いたが、ヴァレリーの驚愕はもっとだ。

 国王とはいえ、母と自分を捨てた父。実はあまりいい印象を持ってはいなかった。

 しかし、よくよく考えれば確かにその通りだ。

 自身の立場はかなり際どい。今までのほほんと生きてこれたのは、たしかに何らかの大きな力に守られていたのだろう。


「おそらく、王の血を引く次々代の男子がその王子一人か……居てももう一人ってとこなんじゃね?」

「そ、そうですわね。陛下の嫡孫で男子となるとアレクシス王子のみですわ。ですが……」


 その他の面々は黙って聞いていたが、一平の言わんとする事が何となく分かってきたブリュエットは微妙な顔だ。


「もちろん庶子に王位継承権は無いだろうさ。そんなの皆分かってる。だからヴァレリーが生きていられるわけだし」

『……………………』

「でも、同年代で継承権を持つ王子様は、常に比べられるんじゃねえか? 継承権を持っていないヴァレリーと」

『あっ!』

『……?』


 ここでロシェル、ヴァレリー、ブリュエットは気付いた。

 ロシェルとヴァレリーはともかく、ブリュエットは気付いていてもよさそうだが、ベラン王国では女子に継承権はない。

 良き妻、強き母たれと教育されるお嬢様には、政治の重圧など実感する事が出来なかったのだ。

 ちなみに、セレスティヌとポワンはまだよく分かっていない。

 この子達にはこのまま伸び伸びと成長して欲しいもんである。

 決して、隣で欠伸をしている元宮廷魔法師のようにはならない事を祈るばかりだ。


「本人見たわけじゃないから想像になるけど……」


 自信なさそうに言う一平だったが、実物を見てもきっと想像で判断するので問題はない。


「その王子様、嫉妬や焦りで周りが見えなくなってんじゃね?」

「よくある話じゃな」


 くだらん、という感情を乗せて、リュリュは切って捨てた。

 伊達に65年も生きていない。

 リュリュにとって、一平の推理はそこらに転がっている三流ドラマだ。

 一平は、まあなと答えて続きを話す。


「国王に守られてるヴァレリーに手は出せないから、ヴァレリーの大事な人間に危害を加えようとしたって所じゃね?」

「……概ね、その通りですわね」


 ブリュエットは深々と溜息を吐いて、肩の力を抜いた。


「アレクシス王子の取り巻き達が、当時のロシェルさん襲撃を計画していまして……」

「それで、ブリュエット先輩がロシェルを退学させたと?」

「……はい。正確にはお父様と校長に報告させて頂きました」


 結果、ロシェルの退学へと繋がったのだろう。


「もちろん、わたくしもロシェルさんの退学に賛成いたしましたわ」

『……………………』


 力は無かったが、それでも毅然と言うブリュエット。

 今でもその選択が最善だったと思っているのだろう。

 たしかに、ロシェルの実力とブリュエットの権力があれば撃退は可能かもしれない。

 しかし、根本的な問題が解決しない以上、ロシェルは恒久的に危険に晒されてしまう。

 ならばヴァレリーが退学すれば解決しそうだが、国王の耳に入ってしまうのはいらん軋轢を生みそうだ。

 第一王子や王の庶子を切り捨てるくらいならば、平民であるロシェルを切り捨てた方が楽でいい。

 当事者のロシェルとヴァレリーにしても、面白くはないが納得も出来てしまう話だった。

 相手が未来の国王ではどうにもならない。


「でも、やっぱりおかしいですよ」


 しかし、当然納得できない者もいる。


「だって悪いのは王子様じゃないですか。ヴァレリーさんもロシェ姉も全然悪くない」

『……………………』


 まったく悪くないのに、なぜ姉が被害を被らねばならないのか。

 まだ15才のセレスティヌに納得しろというのは酷だった。

 しかも、セレスティヌは良い子である上に、神に仕える神官なのだ。

 まだまだ正義を信じている元少年に、それは世間知らずなのだと諭す真似など出来る筈がない。

 年上三人は苦い顔をするしかなかった。


「あたりまえじゃん。心情的にも同情できねえよ、そのバカ王子には」


 しかし、一平はズバリと言う。


「学校で一番取れないから嫌がらせしますたって、どんなDQNなのよ?」

「い、イッペーさん……! ……ど、どきゅん?」


 自身の怒りを肯定してくれた勇者に喜ぶセレスティヌだったが、一平の操る言葉に脳が一瞬停止してしまう。

 ちなみにDQNとは、他人に迷惑をかける非常識人を指すネットスラングの事。

 一平やリュリュが微妙に当てはまってしまうのが悲しい所だ。


「イッペーの言う通りじゃな。己の能力は己で磨くしかないんじゃぞ? 未来の王がそれでは、ベランの未来に先は無い」


 手厳しい。

 が、たしかにリュリュの言う通りだろう。

 一平の言葉を正確に理解しているロリババアは、やはりセレスティヌより一歩先んじていた。

 現在空気になっている耳長少女は、皆の目を盗んで他人のジュースを飲んでいたのだが、それは割愛する。


「そ、そうだよね! 悪い事は悪いもの! そんなの許しちゃ駄目だよ!」


 リュリュの援護もあって、セレスティヌの気炎が上がった。

 しかし。


「ん~、でもなあ……」

「え? イッペーさん……?」


 急に歯切れの悪くなった一平に不安になる。


「アレがああなってこうなるだろ? となると、ソレがこうきてアレがそうなる……」


 今、一平は頭をフル回転させていたのだ。

 宙に視線を飛ばしながら、人差し指で無数の計算を行っていた。


「ん~~……」


 と唸りつつ、突然ロシェルを凝視。


「な、なんだ、イッペー?」


 ロシェルは怯んだ。

 一平の視線は居心地が悪い。

 今までの一平の行動を鑑みれば、彼女の底まで見透かしかねないのだから当然だろう。


「ん~~……」


 今度はヴァレリーを凝視。


「ちょっ、やめてくれ! 僕のなにを暴くつもりなんだい!? 家が準男爵ってくらいで、もう秘密はないよ!」


 ヴァレリーは露骨に恐れた。

 一平の魔眼を両手で遮ろうとする姿は、男らしくない上にとにかくみっともない。


「軟弱な……ッ」

「これはしかたないだろぉ!?」


 仕方がなかったとしても、当然ロシェルの好感度はダダ下がりだ。


「ん~~……」


 最後にブリュエット。


「た、たしかに恐ろしいですわね……」


 ブリュエットも素直に認めた。

 こちらを見て考える一平の姿は、もしかしたら己の過去と未来を見通しているのではないかという気にさせるのだ。


「……実はさ、学園イベントってリスクが高いんだよ」

『は?』


 溜息を吐いた一平は、頭をガリガリと掻きながら力無く言う。


「元々学園物なら問題ないんだけどさ、俺の冒険の目的はチョロイン探しなわけじゃん? それ以外は単なるオマケなわけ」

『はあ?』


 一平の言葉はメタ過ぎた。

 誰にも理解する事など出来ない。


「一エピソードでしかないのに、学園編は展開上どうしても無駄に長くなる。そこまでのリスクを負うのはなぁ……」

『はあああああ?』


 そうなのだ。

 一ジャンルとして、学園物とは既に確立している。

 学園物ではない物語で学園編を行うというのは、一つの世界にジャンルを二つぶち込むという事。

 それは容易く冗長を生んでしまうのだ。

 無理なく、無駄なく、スマートに学園編を組み込む。これを行う事の困難さ。

 無数の才能ある作家達がこれに手を出し、結果尽く潰れていったと言えば、その困難さが理解出来るだろうか?

 学園一武道会を開催した所で、その場しのぎ以上の効果をもたらす事は難しい。

 サブカルチャーの英才教育を施された一平には、安易な学園編への移行は躊躇わざるを得なかった。

 主人公として、己の物語を壊す様な真似は御免被りたい。

 勿論打開策はある。

 あるにはあるのだが、しかし、一平が躊躇するはそれだけではない。


「しかもさ、コレ、本来は俺のイベントじゃないくせーんだよ……」


 そう、一平は初めから違和感を感じていた。

 初めとは、ヴァレリーとの決闘である。

 なぜ、かませと判断した筈のヴァレリーが、主人公たるこの身と引き分ける事が出来たのだ?

 あの決闘で己は全力を出した。

 にも拘らず、ヴァレリーを引き離す事が出来なかった。

 この違和感を無視するようでは、きっと両親に笑われてしまう。


「君はさっきから何を言ってるんだい!? まったく意味が分からないんだけど!?」


 たまらず叫ぶヴァレリーに、一平はその目を見ながら告げた。


「正直俺、お前を侮ってたわ。ホントごめん、ヴァレリー」

「は、はあ!? 余計に分からないよ!?」

「多分お前も主人公なんだよ。いや、俺が居なかった場合はお前が主人公だった、が正解だろうな」

「駄目だ……ッ! 僕には君が同じ言葉を喋っている気がしない……ッ!」


 一平はの言葉は、ヴァレリーの脳細胞に多大なダメージを与え続ける。


「学年最強、二つ名持ち、イケメン、ロシェル、ブリュエット、そして国王の庶子。お前もリュリュに劣らず見事な設定だわ」

「ロシェル! ブリュエット先輩! 教えてくれ! 狂ったのは僕かい!? それとも全部夢なのか!?」

「私も分からん。弟が妹になる現実に意味などあるのだろうか?」

「おそらくイッペーさんがおかしいのでは?」

「じゃからイッペーの言葉は心で聞けと言っとるじゃろ?」

「そうだよ。頭が壊れたら僕に治せる自信ないよ、ヴァレリーさん。ロシェ姉も気をつけて」

「……………………」


 発狂寸前なヴァレリーのグラスは、既にポワンが飲みほしていた。


「その証拠にさ、ブリュエットってヴァレリーの事が好きだろ?」

『ッ!?』


 瞬間、世界が止まる。


「思った通り、か……」


 異次元探偵は、己自らの手で、フラグを叩き折った。

 誇り高き探偵とは、それがどんなに残酷な真実だったとしても、真実を捻じ曲げる事などしない人種。

 そして、過去を振り切る強さを持つ者の事だ。


「思い出を、ありがとう。さよなら、俺が見つけたパーフェクトチョロイン」


 ブリュエットの手を取った一平は、一つ涙を流し、異世界で出会った理想のチョロインへの想いを立ち切った。

 本当にどうでもいい事なのだが、パーフェクトチョロインとパーフェクト超人の語感は似すぎている。


「な、なぜ分かり……あっ!?」


 動き出した時間はブリュエットの自爆を呼んだ。

 ヴァレリーのみならず、皆の目がブリュエットへと集中する。


「あ……あう……」

「ぶ、ブリュエット先輩?」


 真っ赤になって俯いた公爵令嬢の姿は、一平の心に憎悪を掻き立てた。


「ちっ! 死ねよヴァレリー、爆発して粉々になれ……ッ」

「酷くないかい!? 僕はなにもしていないだろう!?」

「うるせえ! これ間違いなくロシェルとブリュエットのフラグ強化イベじゃねえか! しかもお前の!」

「ふ、ふらぐ強化いべ?」

「分かんねえフリしやがって! なんで俺がヴァレリーのフラグ管理すんの!? 自分でやればいいじゃん!」


 そう、ブリュエットの本心を暴いてしまった異次元探偵は、イケメンなど皆死ねばいいとヤサグレてしまったのだ。


「な、なにを言っているのかホントに分からないけど、僕はロシェル一筋だ!」

「そ、そんな……、わ、わたくしの前でなんて、酷すぎますわ……」

「あ……、い、いや、そうではなく……」

「そうではない? なんだヴァレリー、今のは嘘だったのか? 私は別に構わんが」

「え!? い、いや……、ええ!?」


 心優しき騎士は、当然テンパッた。

 まあブリュエットを振るにしても、こんなに人数が居る所で振っては彼女の面子が立たないだろう。

 第一、本人から直に告白された訳ではない。

 ”僕の事好きらしいんだって? でも僕は好きじゃないからゴメンネ”

 ヴァレリーの頭の中での己は、明らかに自意識過剰の嫌な奴だった。

 そんな姿をロシェルに晒すなど、どう考えても自殺でしかあるまい。


「いいですね、イケメン様は。息をするように女を落としちゃうんですから」

「いつ僕がそんな事をした!?」


 一平のクソ醜い嫉妬の言葉は、より一層ヴァレリーを追い詰めた。

 ロシェルの目がクズを見る目に変わっている。


「今ですよ、い、ま。きっとヴァレリーさんは女性に不自由した事が無いんでしょうね」

「ちょっ!?」


 一平は手を緩めるつもりはない。

 イケメンは一時評判を落としても、いつのまにかまたリア充へと復活している。

 ならば初太刀で殺しきるしかないのだ。


「ロシェルとブリュエットみたいな美女達を侍らせるなんて、うらやましいなぁ」

「君だって同じじゃないか!」


 が、さすがは一平に認められた男。

 ヴァレリーはただでやられるような弱者ではなかった。


「リュリュ、セレスティヌ、そしてポワンを侍らせているだろう!? うらやましい話だよ!」


 なんと、自身の命と引き換えに反撃にでたのだ。

 冷静な判断力の無くなったヴァレリーには、ロシェルとブリュエットの好感度が激減していく事にさえ気付いていない。


「んんん? ポワンはともかく、リュリュとセレスがうらやましいって言いました?」

「うぐっ……」


 誠実な騎士は口ごもった。

 さすがにそれはないなと思ったヴァレリーは、己が興奮しすぎていた事を認める。


「とんでもないクソじゃな、とても騎士とは思えん」

「酷いですよ、ヴァレリーさん……」

「ヒィッ!? ち、違うんだ、違うんだよ……」


 ああ、なんという事か。

 一平を敵に回すとはこういう事なのか?

 今まさに、ヴァレリーの命の火が尽きようとしている。


「俺を怒らせたキサマがいけないのだよ……」


 一平の顔は歪んでいた。

 ロシェルといい、ブリュエットといい、この男はどこまで自分の邪魔をするのか?

 特殊ジャンルであるNTR(寝取り、寝取られ)がどうしても駄目な一平は、既に二人の美女を諦めている。

 正統派ヒロインを二人も手にしつつあるヴァレリーは、ハーレム主人公たる己の明確な敵だ。


「さらばだ、ヴァレリー」


 脂汗を流しながら涙目になっているヴァレリーの姿。

 それを脳裏に焼き付け、一平は目を閉じた。

 しかし。


「イッペー!! 君の言うふらぐとはハーレムの事かい!?」


 足掻く。

 ヴァレリーはまだ足掻く。

 土壇場でヴァレリーは自らの失敗に気付いたのだ。

 敵にしてはいけない相手に牙を向いた。それ故の逆境。

 ならば、敵でなくなってしまえばいい。

 いや、味方となるのだ。

 まさに逆転の発想。


「ハーレムとはどういう事ですの?」

「ちょ、ちょっとコッチで、な? イッペー、ちょっと隅の方で、な?」

「なんだよ……、もうお前は終わりだぞ?」

「た、頼むよ、ホラ。男同士の話ってやつさ」


 眉をひそめる美女の声になど構っちゃいられないヴァレリーは、強引に一平を部屋の隅っこに引っ張った。

 そして、泣きそうになりながらも、一平に耳打ちする。


「イ、イッペー、知ってるかい? アレクシス王子には妹がいるんだ」

「詳しく話せ。それがお前の生死を決める」

「も、もちろんさ。歳は十六。一度見た事があるけど、とても可憐な美少女だったよ」

「ほう」


 なんと、騎士は自分の国の王女を売った。

 人間、追いつめられると何をするか分からないモンである。


「僕なんかじゃとても紹介出来ないけど、アレクシス王子と和解できたらどうだい? 王子になら君を紹介できるだろう?」

「ふむ。だが、どうやって俺が騎士学校に潜り込むんだ? 俺は騎士になるつもりなんてないぞ?」

「た、体験入学で行こう」

「体験入学? そんな制度あるのか?」

「ふ、普通はないよ。でも、大貴族の子弟には適用される場合がある」

「大貴族だあ? おまえにそんな権力……ハッ!」

「ああ……、ブリュエット先輩に頼む……」


 人とはどこまで堕ちていけるのか。

 

「オーケーだ。よく決心してくれた、親友」

「だ、だろう? 僕達は、親友だよ……だから助けてくれ……」


 大事な何かを犠牲にしたヴァレリーは、その全身から力が抜けていた。

 一平はすぐさま親友を救うべく動く。


「ロシェル、ブリュエット」

「なんだ?」

「な、なんですの?」


 男の内緒話に訝しげな顔をしていた美女達だったが、一平は思考させるつもりなどない。


「ヴァレリーのヤツ、二人の為に王子様ぶっ飛ばしてくるんだって」

「ちょっ!?」

『なにいいいいいいいいいいいい!?』


 ヴァレリーの死罪が確定した。


「ヴァレリーが言ってたぞ?」


 一平は畳みかける。


「ロシェルは僕の全てで守ってみせる」

「む?」

「悲しむブリュエットなんて見たくない」

「えっ……」

「ロシェルを支えるのは僕の役目だ」

「ほ、ほう」

「ブリュエットの涙は僕が拭う」

「はうっ……」

「……………………」

「こんなの言える男なんて滅多にいないぜ?」


 みんな基本的にチョロインですが、良い子ばかりです。

 勿論、半失神しているヴァレリーも良い子。


「心配だから俺も学校行ってくるよ」

『え!?』


 良い子の一平は拳を握り、満面の笑顔で言った。


「学園編はスピード勝負。モブは全無視、狙うは王子ただ一人。24時間以内にケリをつけるぜ!」







 第十二話「爆誕する悪」







 場所はベラン王立騎士学校、ヴァレリーがいるクラス。

 転校生の一平は、皆に元気よく挨拶した。


不運ハードラックダンスっちまってベラコー送りの”一平”ってモンだ。キチンとさんを付けろよデコ助共ぉ」


 パンツ丸見えの腰パンで斜に構えたそのツラは、顔面神経痛のように変形している。


「ホンジツからぁ、この組の目標”全国制覇”でキメっからぁ、チョーシくれてんダサ坊は全員”上等”覚悟なぁ?」


 ヤンキー爆誕。

本編が八行しかない……。

でもこれで完成だと思いました。

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