第十一話「異次元探偵」
第三部の始まりです。
宜しくお願い致します。
「イッペーさん遅いなぁ……」
早朝というには少しばかり遅い冒険者ギルド。
既に大半の冒険者達が出払っている為賑わいはないのだが、何らかの理由で留まる者達も当然ながらいる。
その少人数の中の一人、白い法衣に身を包んだ美少女が、テーブルで水の入ったグラスを持ちつつそう呟いた。
そわそわと落ち着かないその姿は、どう見てもデートを待ちわびる乙女である。
「ももも、もう今日は来ないんじゃないか? わわ、私達は私達で、い、依頼を受ければいいと思うぞ、セレス」
そんな物憂げな少女を説得しようとする美女。
おそらくは姉妹なのだろう、二人の顔立ちはとてもよく似ていた。
「ぼ、僕もそれがいいと思うよ? 昨日の今日だし、もしかしたら寝込んで……」
「絶対やだ」
姉妹と一緒に居たイケメンの青年も美女に同意するが、少女の意志は鉄より固い。
「ロシェ姉、ヴァレリーさん。ボクはイッペーさんのハーレムの一員なんだよ? ちゃんと待ってなきゃ」
「ゼレズゥゥゥゥゥ!!」
セレスティヌの爆弾発言は、ロシェルをいきなり号泣させた。
「ゼレズ! お前は男なんだぞ!?」
「違うよ、女の子になったんだもん」
「男に戻ってくれぇぇぇぇぇ!!」
まあ、仕方あるまい。
昨日まで弟だったのに、何故か今は妹なのだ。
これで衝撃を受けるなという方が無茶だろう。
「そんな事したらイッペーさんと合体出来ないじゃない」
「合体とか言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
涙と鼻水でグシャグシャになったロシェルは、弟、いや妹の生々しい発言に絶叫した。
「す、少し落ち着いたらどうだい、ロシェル? 顔が凄い事になってて、恐いというかキモイというか……」
「落ち着いてどうする!! セレスが女になってしまったんだぞ!? 私が落ち着けば男に戻るというのか!?」
ハンカチを差し出すヴァレリーの言葉は、当然ロシェルの心を鎮める事など出来ない。
そりゃそうだ。
男の中の男に育てようとしていたのに、何故か女の中の女と言える程の美少女に成長してしまった。
己は一体どこで何を間違えたというのか?
昨日一平が言っていた様に、ホント世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかりなのだ。
まあ、この言葉は本当は某魔法少年の言葉であって、一平の言葉ではないが……。
「ロシェ姉、後ろ見てよ」
「……?」
そんな、正気を失くした姉の背後を指さす元弟。
「あ……」
そこには、十人程のギルド職員が笑顔で整列していた。
ロシェルに集中する目、目、目。
無言で微笑む職員達であったが、まるで笑っていない無数の目玉が恐ろしい程のプレッシャーを生み出している。
「ス、スミマセン……。あ、あの……も、もう騒いだりしませんので……」
一瞬でロシェルの心を折った職員達は、結局最後まで無言を貫き、それぞれの業務へと戻っていった。
「もー、周りに迷惑をかけたら駄目じゃない」
「ぐっ……、誰のせいだと……」
「人のせいにしてはいけないって、いつもロシェ姉が言ってる事でしょう?」
「はうっ」
セレスティヌにトドメを刺されてテーブルに突っ伏すが、これでは話が進まない。
「あーその、セレスタン? 君は本当にイッペーのハーレムに入るつもりなのかい?」
「……………………」
ヴァレリーは微妙な顔だった。
友人がホモだったのもそうだが、まさか性転換してハーレム入りするってどういう事だ。
友人の人生が急転直下でぶっ飛びまくっている。
「セレスタン?」
「……………………」
しかし、少女は答えない。
「……セレスティヌ?」
「もちろんだよ、ヴァレリーさん。ボクはイッペーさんについていくって決めたんだもの」
ヴァレリーが恐る恐る名前を言い直すと、満面の笑みで答えてくれた。
「そうか……、もうセレスタンは死んだんだね……」
「死んでない……、私の弟はまだ死んでないぃぃ……」
「生まれ変わっただけだよ」
どうやら既にセレスタンは死んでいた様だ。
それを理解したヴァレリーは、泣き崩れるロシェルの背中を摩りつつ、言葉を続ける。
「ん~、でも、友人としては正直反対だよ、セレスティヌ」
「え!? た、たしかにハーレムなんて褒められた事じゃありませんけど……」
ズバリときた苦言は、セレスティヌを動揺させた。
友人として心配されているのが分かるからこそ、強く反発する事ができない。
「そうじゃない。ハーレムは置いておくとしても、イッペーは得体が知れないって事さ」
「……どういう意味ですか?」
しかし、ヴァレリーの言い方はチョロインを不機嫌にするには十分だった。
「勘違いしないでほしい。イッペーがいい奴だって事くらい僕にも分かるよ。問題はあの強さだ」
「強さ?」
「……そうだな。それは私も気になっている」
力が全てと言っても過言ではない戦闘職のロシェルも、ノロノロと会話に参加してくる。
「ロシェル。君もあの水の精霊には勝てないと、そう判断しただろう?」
「ああ。悔しいが、全員の戦力をどう組み合わせても勝てる相手ではなかった」
「そうだね。まさか精霊があんなに厄介な存在だとは思わなかったよ」
セレスティヌは黙って二人の話を聞いていた。
自分は勇者を回復させただけで、直接的な戦闘を行った訳ではない。
まだ十代とはいえ、二人の実力はそこらの冒険者より遥かに高いのだ。
その二人が直接肌で感じた精霊の強さ。きっと自身が考えるよりずっと恐ろしい物だったのだろう。
二人の話に入るのは背伸び以前の問題だ、とセレスティヌは思う。
「それを一蹴したな、イッペーは」
「今でも信じられない。精霊を歯牙にもかけないあの力、天乱八手なんて聞いた事あるかい?」
「あるわけないだろう。格闘術はあくまでも対人術だ。魔物に素手で殴りかかる流派など初めて聞いた」
が、イッペーさんは勇者だもの、と言いたくて仕方が無い。
セレスティヌのチョロイン力は、今が成長期なのだ。
「しかも彼、本当は剣士らしいんだよ」
「なんだと!?」
「す、すごい……。やっぱり本気じゃなかったんだ……」
ほふぅ、と乙女力を高めまくるセレスティヌ。
順調に育つチョロインにとって、相手の良い所を見つける事など児戯に等しい。
恋する乙女へとクラスチェンジした元男は、正直、色気で姉を圧倒していた。
「くっ……、おのれイッペー。うちの弟をどうするつもりだ……ッ!」
チョロイン力をガンガン上げる元弟の姿に、ロシェルは一平を怨まずにはいられない。
「それだけじゃないよ。精霊はなぜ攻撃してきたんだい?」
「……そういえばそうだな。イッペーは運命力を高めすぎたと言っていたが?」
「そんなわけないだろ。そんな訳の分からない物あるはずないじゃないか」
「まあ、そうだな。よしんばあったとしても、精霊が襲ってくる理由にはなっていない……いないで合っているか?」
「……た、多分ね」
ロシェルの常識はヴァレリーを肯定したいのだが、あの少年を常識で判断していいものだろうか。
二人が日本のサブカルチャーに汚染されない事を祈るばかりである。
「そんな事ないよ! きっとイッペーさんのスゴイ運命力にビックリしたんだよ!」
そしてチョロインの目覚め。
セレスティヌはもう一平を信じまくっていた。
愛する人を否定されたのなら、愛の使徒として断固戦う覚悟を持っている。
心優しき元少年をここまで虜にするとは、一平は罪作りな男だった。
「リュリュも言ってたじゃない。イッペーさんは勇者なんだもの、きっと運命力がスゴイんだよ!」
一生懸命一平を庇う姿は尊いのだが、そもそも運命力ってなんなの?
ヴァレリーとロシェルはツッコんでいいのか大いに悩んだ。
「リュリュと言えば、あの子もそうだ」
「そうだな……」
二人揃って溜息を吐く姿は、己の能力に自身を失くしているのかもしれない。
「? リュリュがどうかした?」
そんな二人に、セレスティヌは怪訝な顔をした。
が、遂にリュリュの実力が判明する時が来たようだ。
一平は駄目魔法使い呼ばわりしているが、リュリュの元宮廷魔法師第五位としての実力はハンパではない。
基本的に魔法使いは術式を三つ同時展開出来て一人前とされる。
五重展開できれば一流の仲間入りだ。
それをリュリュは、先の精霊戦でなんと12もの術式を制御するという離れ業を見せたのだ。
しかも転移魔法を使ったという事は、属性は空間。
にも拘らず、土魔法すら操っていた。
どう考えてもただの魔法使いだと思う方がどうかしている。
「あの年寄りみたいな喋り方はどういう事だい?」
「妙に貫禄があったな。幼いのに口も悪い」
「そういえば、イッペーさんもババアとか言ってたね」
が、残念。
最強の前にはあらゆる事象が弱者となってしまうのだ。
大変遺憾な事であるが、一平の天乱八手はインパクトが強すぎた。
「あそこまでおかしな幼女は初めて見たよ」
「そうだな。私も初めてだ」
「あんなに変わった子とパーティーを組むなんて、イッペーさんスゴイなぁ」
誰もリュリュの戦闘など憶えていない。
憶えていないどころか、印象が最悪である。
ロリババアの自業自得とはいえ、いつかは救われてほしいもんである。
「なぜそう邪険にするんじゃ!」
「うっせえロリババア! 変態さんはもう僕に近づかないで下さい!」
そんな、三人が一平とリュリュについてあれこれ話していると、ギルドの入口から騒音が聞こえてきた。
「だれが変態じゃ!」
「少年のベッドに潜り込むババアは間違いなく変態だろうが!」
「ベッドが一つなんじゃからしょうがないじゃろ!」
「だから出てくって言ってるじゃん!」
「嫌じゃ嫌じゃ! イッペーは私のなんじゃ!」
「俺は俺のだボケェ!!」
「唇も体も下半身も、全部私のじゃあ!!」
「このド変態がああああああああ!!」
クソやかましい少年と幼女の登場。
ロシェルとヴァレリーは微妙な顔をした。
「おはよう、イッペーさん!」
ようやく待ち人に逢えたTSチョロインは、満面の笑みで出迎える。
新しい騒動の足音はゆっくりと五人に近づいていたのだが、今は仲間との交流に時間を割こう。
どっち道厄介事に巻き込まれるのは主人公の役目であり、華麗に解決する事は確定しているのだから。
第十一話「異次元探偵」
「なんでお前らもついてくるの?」
あの後、リュリュと一平はギルドで依頼完遂の手続きを行った。
もはや誰も覚えてはいないだろうが、昨日は精霊の泉に花を取るというれっきとした目的があったのだ。
勿論、昨日の五人はスコーンと忘れて帰路についていた。
「え? ボクはイッペーさんの恋人だからずっと一緒だよ?」
「アホかああああああああああああ!!」
早朝、リュリュがその事を思い出し、二人は急いで花を探しに行ったのである。
精霊と一平の存在感がでかすぎて、自分達は精霊を倒しに来たのだと記憶が塗り変わっていた。
もしリュリュが気づかなければ、一平は最初の採取クエすらも達成できないマヌケになる所だったのだ。
まあ、起こす時に目覚めのチューをかまそうとしたロリババアが蹴り飛ばされたのだが、それは余談だ。
「セレス! お前がそんなんだからこの変態にレイプされそうになったんだぞ!」
「ええ!? れ、レイプ!? ちょっ、なにしてるのリュリュ!」
「ご、誤解じゃ! ただちょっと寝てるイッペーに接吻しようとしただけで……」
「それがレイプだ!」
「それはレイプだね」
「そうだな、それはレイプだ」
「抜け駆けはずるいよ!」
チョロインが二人もいると、どうしても皆の心が一つにならない。
存外、チョロインとは業の深い生き物なのかもしれない。
「だーもうっ、セレスも勘弁してくれよ!」
今、五人は商業区を歩いている。
一平の今日の冒険はお休み。
昨日心に多大な傷を負った少年は、気晴らしに武器屋を見に行くつもりなのだ。
まだ人はまばらではあったが、朝というにはかなり遅い。店も開いているだろう。
「ないからな!? お前がハーレムINとかありえないから!」
それなのに、心に傷を負わせた張本人が一緒にいるとはどういう事だ。
男に唇を奪われたトラウマを癒す為の気晴らしが、これではまるで逆効果ではないか。
一平は序盤から狂いっぱなしの異世界生活に、不安を覚るしかなかった。
「いやだ、絶対にはいる。イッペーさんに言われた通り、ボクは自分を信じるって決めたんだもの」
「俺のせいみたいに言うなよおおおおおおおお!!」
やはり何かがおかしい。
自分は重大な何かを見落としている。
元ババアに元男。どう考えても呪われているとしか思えない。
明らかに自身の望んでいた展開とは違う事に、一平の中でパズルのピースがまた一つはまった。
「イッペー! お前がセレスを変えてしまった! どう責任を取るつもりだ!」
「チンチン取れとは言ってねえよ! こっちだって嫉妬に狂った変態の痴漢行為に悩まされてるっつーの!」
半泣きで非難してくるロシェルに、こちらも半泣きで反論する一平。
酷い。
何が酷いのかはよく分からないが、もう何もかも酷かった。
「リュリュ? イッペーさん嫌がってるんだから、止めてあげなよ」
「フン! カマ小僧に負けるなど女としての沽券に関わる」
「差別はやめてくれる? ボクはもう身も心も女の子になったんだから」
しかも、別の所では元ババアと元男の戦いが勃発している。
酷過ぎだ。
どっちが勝っても一平に救い無しとは、コレを酷いと言わずに何と言えばいいのか。
「なにが身も心もじゃ。心は男じゃろ、カマ小僧」
「リュリュの中身はお婆ちゃんじゃないか」
「ッ!? な、なぜそれを……ッ!」
「あ、やっぱり?」
「なッ!? 引っ掛け……ッ」
「ボク四年間必死で勉強したんだ。理論上、魔法で若さを取り戻す事はできるよね?」
「ぐ……」
「イッペーさんが言ったロリババア。後五年も経てば間違いなく美少女なのに、なんであんなにリュリュを拒絶するのかな?」
「ぐぬぬぬ……」
「どうやって魔力を集めたのかは知らないけど、『逆時』か『回帰』じゃない?」
「だだ黙れ! もういい!」
「どっちにしてもすごいなぁ。リュリュは超一流の魔法使いなんだね」
「分かった! セレスタン、いやセレスティヌ! とりあえず女とは認めてやる! じゃからもうしゃべるな!」
「うん。ボク達はきっと仲良くできるよ」
恐い。
ヴァレリーは素直にそう思った。
詳しくは分からなかったが、どうやら幼女は実年齢ではないらしい。
しかし、相手の弱点を看破し、笑顔で弱みを利用するなど、過去のセレスタンは幻だったとでも言うのか。
「やっぱり、僕の友人は死んでしまったんだね……ん?」
ギャーギャー騒ぐ四人に溜息を吐いていたヴァレリーは、ふと視線に気が付いた。
「あの耳……」
一人の女性が、反対側の建物の影からジッとこちらを見詰めている。
いや、女性というより少女だろうか。
背は高くなく、深い藍色の髪を背中に流していた。
顔立ちはかなり整っているのだが、白過ぎる肌と能面の様な無表情が人形を連想させた。
なにより、耳が長くとがっている。
「妖精族? いや魔族かな?」
「なにいいいいいいいいいいいいい!?」
『ッ!?』
ヴァレリーが小声で呟いた言葉。
しかし、そんな重要なキーワードを、一平が聞き逃す筈がない。
「おいヴァレリー! いまエルフって言った!? やっぱ魔族とかいるのか!?」
「あ、ああ、妖精族っぽい女性がいてね」
「そっかぁ……、やっぱいたかぁ……」
一平の不安は全て取り払われた。
ここはファンタジー世界。
そう、何が起きてもおかしくないのだ。
例え元65才のババアに犯されかけようと、例え男にファーストキスを奪われようと、そんなのは日常茶飯事。
当たり前の事だと思わなくてどうする。
ファンタジー世界が危険に満ちている事くらい、召喚される前から知っていたではないか。
「で? どこ? どこにいるの? 早くおしえて? 間違いなく俺のフラグだから」
一平はキョロキョロしながら新フラグを探す。
「落ち着きたまえよ、ほらあそこ……アレ?」
子供の様にはしゃぐ一平に溜息を吐くヴァレリーだったが、既に耳長の少女はいなくなっていた。
「……オイ」
「いや、さっきまでいたんだよ? こちらをずっと眺めていたんだ、嘘じゃない」
「……なんていうか、ヴァレリーはホントヴァレリーだな」
「どういう意味だ! 僕がヴァレリーなのは当たり前だろう!?」
溜息を吐き返す一平の姿は、全身でダメだコイツを表現。
あまりの失礼さに、ヴァレリーは一瞬で頭に血が上る。
「アホかよ! こんなみえみえのフラグを逃す馬鹿がどこにいるってんだ!」
「訳の分からない事を言わないでくれ! 君が騒いだから逃げたんじゃないのかい!?」
「もしここに地球人がいたら、ヴァレリー馬鹿す(笑)って全員指さしてる所なんだぞ!」
「なにを言っているのか分からないけど、僕を馬鹿にしてる事は分かった!」
「フラグは発見、構築、管理、回収でしょ! 発見でミスってどうすんの!? 反省してよ!」
馬鹿す(笑)は一平の方だった。
「ねえ、リュリュ。なんでイッペーさんはあんなに興奮しているの?」
「イッペーは他種族を見た事がないのか?」
「……わからん。イッペーがどこから来たのかは知っておるが、どういう場所なのかはさっぱりじゃ」
天界から来たという、一平の超拡大解釈説明を鵜呑みにしているリュリュには、姉妹(?)に答えを返す事ができない。
この世界での種族は、人間族、妖精族、獣人族、魔族と、ファンタジー定番種族が一通り揃っている。
しっかりと住み分けが出来ている為、人間の街で他種族を見る事は滅多にないが、それでもまったくいない訳ではない。
数百年前までは争いもあったが、現在は概ね平和だ。
世界から奴隷制度という物が完全に廃止されて約五百年。
魔獣の所為で交通が命懸けになってしまうのと、文化の違いが著しいが故に、まだまだ全種族の融和には到らない。
しかし、ゆっくりとではあるが交流は行われている。
時代が逆行する可能性も確かにあるが、現時点では、世界の未来は明るいと言えるだろう。
「リュリュはイッペーさんとどうやって知り合ったの?」
「秘密じゃ」
「イッペーがどこから来たのか聞いてもいいか?」
「それはイッペーに聞け」
一平との出会いはリュリュにとっては宝物だ。
誰かに見せびらかすつもりなど欠片も無い。
泣いている魔法使いを助けた勇者の物語は、自分と一平だけが知っていればいいのだ。
「いいじゃない、ちょっとくらい教えてくれても」
「フフン。聞けばあまりのロマンチックさに泣いて負けを認めるじゃろ。それほどの出会いだったとだけ言っておこう」
が、リュリュはちょっと頭が弱いので、すぐ自慢してしまう。
「へ~」
「いやいや、リュリュが死ぬ時は俺も一緒だ、と言われたんじゃがな? さすがに痺れたわ」
「うそだ!」
はい、嘘です。
自身が死んだらリュリュも死んでと言ったのであって、変態ロリババアが死んでもきっと一平は死なない。
ファーストチョロインたるリュリュは、既に自身の記憶を捏造していた。
どうでもいい事なのだが、ファーストチョロインとファーストチルドレン、語感が少し似ている。
「あら、道の往来でなにを騒いでいるのかと思えば、ロシェルさんとヴァレリーさんじゃありませんの」
「なっ!?」
そして飛ぶ誰何の声。五人の前に現れた第六の人物。
黒金と言えばいいのだろうか?
黒が混じったような重い金髪を腰まで垂らし、頭頂部側面の髪を結いあげながら後ろで結んでいる。
俗に言うお嬢様結びをした女性が纏っているのは、ドレスを連想させる白いヒラヒラのワンピースだ。
しかも腰から下が前開きになっており、赤いフレアスカートを穿いていた。
勿論、その足が白いニーソックスに包まれているなど当然の事であり、皆さんのご想像通りである。
「ブリュエット……」
声を掛けられたロシェルは途端に渋い顔になった。
まるで会いたくなかった人物に会ってしまった表情。
そんなロシェルの心情を察したヴァレリーが、先陣を切って挨拶した。
「おはようございます、と言うには少し遅いですね。学校はどうしたんですか、ブリュエット先輩?」
「それを貴方がいいますの? 精神的疲労で自宅療養中と聞きましたのに、随分と元気そうではありませんか」
「ええ、ですから気晴らしに街を散歩しています」
「退学したロシェルさんも一緒のようですわね?」
「たとえ退学しても、ロシェルは僕の大事な友人ですから」
「あら、仲がよろしくて結構な事ですわ、オホホ!」
「なっ!?」
ヴァレリーの対応はとてもにこやかだ。
しかしその笑顔とは裏腹に、言葉が妙に刺々しい。
どうやら騎士学校の先輩の様だが、馬鹿丁寧な口調が壁を感じさせている。
「誰じゃ、あのお嬢様は?」
新キャラの登場においてきぼりになったリュリュは、小声でセレスティヌに聞いた。
「ボクもよく知らないんだけど……ブリュエット様って言って、どうも公爵家の御令嬢らしいんだ」
「なっ!?」
「ほう、生粋のお嬢様じゃな」
「うん……。あと、ロシェ姉の退学に関わってる人らしくて……」
「なっ!?」
「……なるほど」
自分から聞いておいてなんだが、リュリュの興味は完全に失せた。
何故公爵家のお嬢様がこんな所を一人で出歩いているのかは知らないが、別にどうでもいい。
ロシェルと因縁があるのだとしても、それは自身には何の関係も無い事だ。
あまりに薄情な事を考えるリュリュだったが、これは仕方ないだろう。
公爵家などほとんど王族と同じだ。
過去に伯爵家の人間を半殺しにして失敗したのに、それ以上の相手に関わるなど馬鹿すぎる。
しかし、お気づきだろうか?
「な、な、な、なんという……ッ」
美女が現れた瞬間からチョコチョコ会話に混ざる感嘆符に。
「典型的チョロイン……ッ」
そう、一平はブリュエットが現れた瞬間から驚愕し続けていたのだ。
胸は少々足りないが、正直華麗という面では最高クラスの容姿。
そのあまりに分かりやすいお嬢様語は、どう考えてもただ者ではない。
しかも、テンプレとはこういう事なのだ、と言わんばかりのお嬢様的笑い方は現実に存在していいのか?
「いまこそ唸れ、俺の脳細胞……ッ。世界の全てを見通せ……ッ」
「イッペー?」
「イッペーさん?」
ブツブツと呟く一平は、リュリュとセレスティヌの困惑を完全無視だ。
そして脳をフル回転させる。
「リュリュはチョロインだ。ああ、認めてやる。とんでもない力を持ったチョロイン。悔しいが美幼女なのも認めよう」
「ッ!? イ、イッペー……」
その呟きは、ロリババアを真っ赤にさせた。
「だがババアの姿が強烈すぎた。ヤツはダメだ」
「な!? そ、そんな……ッ!」
「しかもド変態ときては、いかにチョロインロリババアといえどヒロインたる資格なし」
「ぶえっ……ぶえっ……」
しかし一瞬で泣かせる。
リュリュの心を折る事にかけて、一平の上を行く者など存在しまい。
「セレスも間違いなくチョロイン。あのあざとさは普通じゃねえ。ただでさえ可愛いのに、加速度的に可愛くなる可能性大だ」
「も、もう。イッペーさんったら……」
モジモジするセレスティンは、確かにあざとかった。
「だが男だ。元だろうがTSしようが、男だった事を俺は知っている。ヤツもダメだ」
「な!? そ、そんな……ッ!」
「性転換を否定するつもりはない。が、当事者になるのはゴメンナサイ。現実のTSヒロインは無理です、ホントゴメン」
「あ、謝らないでよ……、ボクが……諦めなければ……うえぇぇぇん!」
流れるようにセレスティヌの心もへし折る。
もはやこの少年に折れない物は無いとでもいうのか。
「ぶええええ!! ぶえええええ!!」
「うえぇぇぇぇん!! うえぇぇぇぇん!!」
「ど、どうしたんですの!?」
「どうした、セレス!?」
「なんでいきなり泣きだしたんだい!?」
一平の独り言は、あっというまに二人の美少女をガン泣きさせた。
しかし、当の加害者はそんな瑣末な事に構っちゃいられないのだ。
「よく見ろ、あの絶対領域を……」
一平はブリュエットのスカートとニーソの間をガン見する。
「パァゥフェッ……」
異常に発音のいいパーフェクト。
そう、ブリュエットのスカート、もも、膝上までのニーソの比率は『4:1:2.5』。
完全な黄金比を保っていたのだ。
「これだけの力の持ち主が姑息な手段を取る? アホかよ」
今、一平の頭脳は過去と未来を見通そうとしていた。
「ロシェルの退学は彼女のせいじゃねえ……」
「ッ!?」
『ッ!?』
一平の言葉に最初に驚愕したのはブリュエット。次いでロシェルとヴァレリー。
「ヴァレリーが先輩と呼んだ。ロシェルは呼び捨てにした。同じ学校の生徒だとしても相手は公爵家だ、それを許す?」
号泣する二人を宥めていたのはロシェルとヴァレリーだけではない。ブリュエットもだ。
「性格は、高潔、誠実、心配性、見栄っ張り、泣き虫、引っ込み思案、そしてロマンチスト……」
「ななな、なんですの!? いきなり無礼な!」
『……………………』
「ぶええええ!! ぶえええええ!!」
「うえぇぇぇぇん!! うえぇぇぇぇん!!」
その姿を見て、一平は新キャラの性質をプロファイルしていく。
「くそっ、情報が足りねえ……ッ」
一平は目を瞑り、人差し指でコメカミをトントン叩きながら瞑想。
「緻密をもって強引に、杜撰をもって真実へと辿りつく……」
その姿は、全知に手を伸ばそうとする賢者に等しい。
「ブリュエット以外の第三者がロシェル……いやヴァレリーへと嫌がらせした?」
「ッ!?」
『……………………』
「ぶええええ!! ぶえええええ!!」
「うえぇぇぇぇん!! うえぇぇぇぇん!!」
ブリュエットの絶句する姿が、ロシェルとヴァレリーに疑惑を抱かせた。
「公爵家の彼女に守り切れなかったとなると、相手は同等以上の家か、もしくは──」
『……………………』
「ぶええええ!! ぶえええええ!!」
「うえぇぇぇぇん!! うえぇぇぇぇん!!」
額にうっすらと汗の浮かんだ異次元探偵に、皆が釘付け。
「──ヴァレリーには知られちゃいけない秘密がある」
「ッ!?」
「ッ!?」
「……………………」
「ぶええええ!! ぶえええええ!!」
「うえぇぇぇぇん!! うえぇぇぇぇん!!」
「ああもう!! うるせえな!! さっきからなんで泣いてんの!?」
ここまでだった。
一平の超プロファイリングは、ブリュエットとヴァレリーを絶句させ、ロシェルに疑惑を抱かせたまま唐突に終わった。
幼女と少女に大きな悲しみを与えた一平。
しかしその代償に、少年は漸く確信したのだ。
目の前の新キャラこそが、己の正ヒロインであるという事に。
「はじめまして。野々宮一平、16才です」
一平は渾身の笑顔でブリュエットの前に立つ。
すでに彼の中で、新キャラの攻略は終了していた。
彼女の様に、他者の上に立つ事を義務付けられたお嬢様には、強烈な第一印象を与えなければならない。
「え? え、あっ、は、はじめまして、わたくし……」
「アンタすごく性格悪そうだな」
「なあ!?」
まずは怒りだ。
その辺の有象無象ではない、決して無視できない存在だと認識させる。
「好きです、俺と結婚して下さい」
そしてトドメ。
『ええええええええええええええええええええええええ!!??????』
一平の凄まじい異次元プロポーズは、泣いていたリュリュとセレスティヌを含めた全員を驚愕させた。
いや、驚愕と言うよりも、ツッコミ所が多すぎて脳自体が悲鳴を上げたのだろう。
告白されたブリュエットは何が現実なのか分からない。
ロシェルとヴァレリーは異次元推理に混乱し、それが何故プロポーズに繋がったのか理解できない。
心を折られたリュリュとセレスティヌは、強力なライバル出現に失禁寸前。
しかし、事態はまだ終わらなかった。
「……森で暴れたのはアナタ?」
「うん?」
一平の袖をクイクイと引く、耳の長い少女。
「……水の精霊と戦った?」
「そうだけど? 君エルフ?」
深い藍色の髪を持つ美少女が、能面の様な無表情に不機嫌を混ぜていた。
「……私もアナタと結婚する」
「うん、いいよ。後で耳触らせてね」
『えええええええええええええええええええええええええ!!??????』
謎の少女出現。
続々と集結するチョロイン達。
このエルフの少女は何者なのか?
ロシェル退学の真相とは?
ヴァレリーの秘密とは?
ブリュエットは本当に味方なのか?
一平のプロポーズの行方は?
リュリュとセレスティヌは洩らさなかったのか?
謎が謎を呼ぶ展開に挑むのは、最強の異次元探偵。
一平の次の舞台はベラン王立騎士学校。
学園編が始まる。
三人目のチョロイン出して竜の牙取りに行く話だったのに、何で学園編にいくの……?(´;ω;`)
一部二部に続き、またノープラン……。
誰か助けて……(´;ω;`)