第十話「覚醒するチョロイン」
ようやく二人目のチョロインが(´;ω;`)
「イッペーーーーーーー!!」
即座に動いたのはリュリュ。
いきなり出現した巨大な水球からの攻撃は、黒髪の少年が倒れた後も三人を思考不能にしていた。
「な、なんで攻撃してくるの……?」
精霊とは攻撃的な存在ではない。
テリトリーを穢す様な真似さえしなければ、人や魔物が何をした所で傍観するような存在だ。
それどころか大地に恵みをもたらしてくれる以上、無害と言うよりも有益な存在と言える。
だから、セレスタンは混乱した。
一体何が精霊の逆鱗に触れてしまったというのか。
「イッペー!!」
しかし、いつまでも呆けている事は許されない。
既にここは戦場なのだから。
「ヴァレリー!!」
「分かっている!!」
リュリュの二度目の悲鳴に、遅ればせながら迅速に行動を開始した者が二人。
「来い、セレス!!」
「うわっ!?」
騎士剣を抜いたヴァレリーが、湖岸の水球に単身斬り込む。
弟の腕を乱暴に掴んだロシェルは、一平の下へと走った。
「僕達に敵意はない!! 鎮まれ水の精霊よ!!」
ヴァレリーは精霊の注意を自分に向けようと必死だ。
倒れた一平との直線上にその身を晒し、真っ赤に灼熱した剣で無数の水の槍を斬り払っていた。
水球が宙にある以上、剣しか無い己は皆の壁とならなければならない。
せめて一平が動けるようになるまでは、持ちこたえるつもりだった。
「しっかりするんじゃ、イッペー!」
リュリュは空間から霊薬を取り出し、どてっ腹に穴が開いた一平にぶっ掛ける。
そして脈と息がある事を確認し、その横たわる勇者を抱きしめた。
「ハアッ!」
その時、ズガンと響く轟音。
「二人はイッペーを頼む!」
元高ランク冒険者としてあるまじき事だが、リュリュは一平が倒れた瞬間から戦闘を忘れていた。
戦闘中に戦闘を忘れるなど死以外の未来が無い。
そんなリュリュを救ったのは、ロシェル。
背中に背負っていたバカでかい剣を右手一本で操り、壁であるヴァレリーを抜けてきた攻撃を叩き潰したのだ。
「ヴァレリー!! どれだけ持たせられる!!」
「正直限界だ!! いくらも持ちそうにない!!」
事実だろう。
ヴァレリーの剣技は見事だった。
雨あられと撃ち出される水の槍の大半を防いでいる。
しかし、それは常に全開で戦っているからだ。
ヴァレリーの属性は火。
水属性の塊相手には分が悪すぎる。
魔力と体力が底を突くまであと数分といったところだろう。
「小娘! お主も行け! ヴァレリー一人では支えられん!」
ようやくリュリュに思考が戻ってきた。
「イッペーとセレスタンは私が守る! お主らは二人で精霊の本体を叩け!」
「くっ、だが……」
飛んでくる水の槍を叩き斬りながら迷うロシェルに、形はロリでも元宮廷魔法師の天才は戦闘を構築する。
「このままではジリ貧じゃ! 周囲一帯が精霊の力で満ちている以上逃げられん!」
「ちぃっ……」
なぜ突然精霊が攻撃してきたのかは分からない。
しかも、どうやら精霊の攻撃対象は一平の様だ。
倒れて意識を失っているというのに、今なお一平に攻撃が向いている以上そうとしか思えない。
「時間が無いんじゃ!! 早くいけえええ!!」
リュリュは焦っていた。
霊薬など応急処置に過ぎない。怪我が深すぎる。
一平を救う為には王都に戻り、高位神官の癒しが必要だ。
水の精霊に育まれてきた以上、この精霊の森は自分達を逃がさないだろう。
転移とは他からの干渉に酷く弱い。
簡単な結界があっただけで跳ぶ事が不可能になるほど脆弱な術式だ。
そうであるからこそ、暗殺などで社会が崩壊したりしないのだ。
精霊を怒らせた以上、この森で転移が使える可能性は限りなく低い。
この場を逃げられたとしても、森を抜けるには十日は掛かってしまう。
頼みのセレスタンは神聖魔法を使う事が出来ない。
「二人を頼んだぞ、リュリュ!」
ならば、精霊を撃退するしか道はあるまい。
大剣を肩に担いで、信じられない速度で突っ込んでいくロシェルを見送り、リュリュは白銀の魔力を迸らせた。
「一平には指一本触れさせん」
練り上げられた魔力を黒杖へと収束、そして増幅。
水に対抗しやすい土属性の障壁を五重に展開した天才は、さらにそれぞれを空間ごと固定させ、探査魔法で水球をサーチ。
それを遠話でロシェルとヴァレリーに送信する。
信じられない事に、リュリュは12の術式を同時展開していた。
二人を攻撃に専念させる以上どうしても激しくなってしまう水の槍。しかも丸太の様な水の鞭まで混じり始めている。
しかし、水竜のブレスすら防ぐ障壁は、精霊の攻撃を尽く跳ね返した。
リュリュの才能とキャリア、そして何より絶対に守るという想いが、幼女の魔法に凄まじい効果を持たせているのだ。
けれど、リュリュは知らなかった。
精霊とはどういうモノかを。
「ヴァレリー!」
「手筈は聞いた! 『炎剣』を使う!」
蒸気を撒き散らして水を斬り続ける騎士候補生の戦場に、ロシェルが参戦。
「では私が前に出る!」
二人は剣士だ。
が、まったく魔法が使えないという訳では無かった。
魔法使いとは一般人と比べて遥かに魔力が多い者であり、また放出量や魔力伝導率の高い者の事なのだ。
つまりはセンスの有る無しで全てが決まってしまう専門職。
しかし、剣士、というか武器を扱う戦闘職はそれとは違う。
たとえ一般人と同程度の魔力しか無くとも、鍛錬によって己の属性を最大限まで高められる者の事だ。
「すまない! 少し時間を稼いでくれ!」
防御をリュリュが引き受けたとはいえ、一方的に攻撃させ続ける訳にはいかない。
魔力はいつか尽きる。
ならば、少しでも相手の攻撃を削らなければならないだろう。
攻撃は最大の防御だ。
「ハアアアッ!!」
一体どれほどの重量があるのか考えたくもない大剣を担いだまま、ロシェルは跳んだ。
ロシェルの属性は土。
育み、包み込む属性は、身体強化にもっとも適した属性と言える。
「吹き飛べ!!」
全身に黄の魔力を纏った馬鹿げた威力の一撃は、屋敷の様な大きさの球体を爆発させた。
が、しかし、どう見ても十分の一も削れていない。
大量の水の質量が天然の障壁となってしまっている。
これでは本体の位置が分かっていても、攻撃が届く事などないだろう。
「なんだと!?」
落下するロシェルが見た物。
信じられない事に、湖から水を吸い上げながら、球体がみるみる復元していくではないか。
なんと回復機能付きだった。
「くっ、マズイ……ッ」
ズシンと着地したロシェルは、歯噛みしながら精霊を睨みつけた。
間違い無くマズイ。
ヘタをすると、湖の水を全て吹き飛ばさなければ勝てない事態になりかねない。
しかしそんな事は不可能だ。
ロシェルの心に鉛の様な物が沈みこんだ。
その瞬間。
「ロシェルーーーーー!!」
湖畔を震わせる絶叫。
その合図を聞いた瞬間体は即座に反応し、ロシェルは全力でその場を離脱する。
大きく跳んだロシェルが見た後輩の姿は、全身これ炎と化していた。
練りに練られた炎の魔力。
「蒸発したまえ!!」
そして大上段に構えた剣へと収束。
「炎──」
一点に集めた全力全開。
「──剣!!」
ヴァレリー・クーブルール最強の一撃。
『炎剣』
球体へと一直線に突き進む炎の閃光は、水の魔力の中心を正確に捉えた。
周囲をつんざく凄まじい轟音。
炎と反応した水が大爆発を起こした。
「カハァッ……!」
体内の魔力をほぼ全てつぎ込んだヴァレリーは、その場で片膝をついた。
全身から汗が噴き出し、心臓が口から飛び出す寸前。
しかし、まだ終わっていない。
リュリュの探査魔法には依然として反応があったのだ。
「トドメだ!!」
が、ここまできて詰めを誤るマヌケはいなかった。
刹那の瞬間に行動していたのはロシェル。
大剣を盾に爆風をやり過ごした直後には、その身は精霊の本体に向かって跳んでいる。
「消し飛べえええええええええええええええ!!」
視界を塞ぐ高温の蒸気をものともせず、半分以上消滅した水の塊に大剣を叩きつけた。
さらに弾ける水球。いや、もう球ではない。
砕けたガラス玉がさらに砕け散っていく。
しかし。
「ちぃっ! まだか……ッ!」
しかし、届かない。
魔力反応が消えない。
「これで終わりじゃ!!」
そしてリュリュの声が。
障壁を解除した天才は既に術式を展開し終えていた。
速度優先で放たれた土の杭が計十発。
落下を始めたロシェルの頭上で炸裂する。
『……………………』
それでも、魔力反応は消えなかった。
「ばかな……」
そう呟いたのは誰なのか。
水球の九割は削った。
にも拘らず、本体に届かせる事は出来なかった。
魔力の核である本体はある。間違い無くあるのだ。
なのに、届かない。
「くっ……」
リュリュは悲痛な顔で障壁を展開し直した。
なぜなら、またしても湖の水を吸い上げ、凄まじい勢いで復元していくのだから。
「魔力を練り上げろ、ヴァレリー! そう簡単に人は死なん! もう駄目だと思っても後二発は撃てるはずだ!」
そんな馬鹿な話ある訳が無い。
限界まで出した力をもう一度出すなど、間違いなく死ぬ。
それはただの気休めであり、単なるカラ元気だ。
「……ハハ、そんなの知ってるよ」
しかし、ヴァレリーはそれを肯定した。
崩れ落ちそうになる膝を叱咤し、僅かな魔力を練り上げる。
状況は絶望的。
だからこそ折れるわけにはいかない。騎士として。
「けど、少々分が悪いね」
そう、ヴァレリーは騎士だった。
「泣き事など聞きたくないぞ」
「そうじゃないよ。そろそろ撤退を視野に入れないと」
「何を言っている? リュリュは正しい、逃げられん」
「足止めが無ければね」
絶句したロシェルへと向ける顔は、やはり恋の騎士。
死に場所はもう決めた。
「ヴァレリー、お前……」
「死ぬ気はないよ。しばらく足止めするだけさ」
命が対価ならば半日は持つだろうか?
せめてその半分くらいはクリアしたい。
「……………………」
「イッペーを狙ってるみたいだし、姿が見えなくなれば鎮まる可能性もある」
遂に精霊の攻撃が再開した。
リュリュの防御は完璧だった。
完全に攻撃を防いでいる。
惜しむらくは、人の魔力が無限ではない事だ。
「僕が死なない為にも急いで森を抜けてくれ!」
ヴァレリーはそう言って駆け出した。
目的は、リュリュの代わりに壁となる事。
「ハアアッ!!」
鋭く呼気を吐き、無数の攻撃の前に身を晒す。
「ッ!?」
リュリュは驚愕した。
なぜなら、攻撃を任せた筈の二人が、突然防御に回ったのだから。
「リュリュ! セレスとイッペーを連れて逃げろ! 私達が足止めする!」
『なっ!?』
ロシェルのその言葉は、リュリュだけでなく、当然ヴァレリーをも驚愕させる。
「ロシェル!?」
「お前一人では無理だ」
「いやいや『炎剣』もあと三発は撃てるよ!?」
「嘘を吐くな。男として最低だぞ」
「うぐっ……」
少々精彩を欠いているが、まだキレを失っていないヴァレリー。
そして凄まじい速度で大剣を振りまわすロシェル。
二人の二重奏は見事に攻撃を防ぎきっていた。
「早く行け!!」
水の鞭を三つ四つまとめて吹き飛ばすロシェルの怒声に、リュリュは選択を迫られる。
目の前の囮を買って出た二人を見捨てるか否か。
今のリュリュには精霊を倒す術が無い。
二人の代わりに攻撃役になったとしても、土の上位魔法程度では何発当てても倒せないだろう。
切り札の『断裂』はいかにも効果が無さそうだ。
木属性の魔法で水の弱体化を狙うか?
無理だ。森を生み出す程の力に対して、人間の魔法では1%も力を奪えない。
「くっ……」
ここにきて、リュリュは精霊への認識が甘過ぎたと痛感する。
そう、精霊相手には、少しずつ削るという事に意味が無い。
精霊とは自然と同義。
強力な個体を倒すにはダメージを与え続けて削り殺す事がセオリーであるのに、精霊に対してはその戦術が通用しないのだ。
リュリュは知っていた。
精霊にダメージを与えるには、本体に直接攻撃を叩き込まなければならない事を。
リュリュは知らなかった。
その本体に攻撃を届かせる事が、如何に至難であるのかを。
「打つ手が無い……」
「なにをもたもたしている!! 邪魔だ!! 行けえ!!」
出会ったばかりの、遥かに年下の子供を見捨てる?
二人を見捨てても、無事に森を抜けられるとは思えない。
いや、それ以前に一平が持たない。もしも森全体が精霊に味方したなら、転移が使えず間違い無く死ぬ。
ここに止まれば全滅。
二人の子供を見捨てて逃げても、自分とセレスタンが生き延びる可能性が僅かにあるという程度。
進退極まった。
「イッペーーーーーーーーー!!」
それは泣き声だ。
もうどうにもならない事態に、リュリュは己の勇者に助けを求めた。
何をすればいいのか分からない幼女は障壁を展開したまま、背後の勇者に振り返る。
そこには、一平を抱きかかえながら傷口を押さえる、神聖魔法の使えない神官の姿が。
「セレスタン……ッ」
「……………………」
セレスタンは一心に祈っていた。
最初からずっと、一心不乱に祈り続けていたのだ。
「頼むセレスタン! いますぐイッペーを癒してくれ……ッ」
涙の止まらないリュリュは必死だ。
それがどれほど無茶な頼みかは理解している。
しかし、リュリュには回復魔法は使えないのだ。
他人の魔力は反発する。
それを押さえこんで、相手の生命力に干渉する事が回復魔法。
リュリュが全魔力を注ぎ込んでもカスリ傷を治すだけで精一杯。
癒しの力を行使するには、どうしても神の力がいるのだ。
「なんでもする……ッ、どんな望みも叶えてやろう……ッ、じゃから……イッペーを……」
「…………ッ」
リュリュの懇願を聞きながら、セレスタンを唇を強く噛みしめた。
どれほど強く祈っても、どれほど強く願っても、己の神を感じられない。
10才まではあれ程身近に感じたというのに、女神ウェヌスになぜ見捨てられてしまったのか。
「ううっ……うっ……ウェヌス様……」
助けたい。
一平を、傷ついた者を助けたい。
でも駄目なのだ。
どれほど涙を流しても、自身の声が女神に届く事はない。
「セレスタン! お主の悩みとはなんじゃ!」
「ッ!?」
硬直する。
リュリュの悲鳴は、藁に縋る者の声。
「いますぐ叶えてやろう! 私が解決してやる!」
「ぼ、僕は……ッ」
ああ、そうだ。
分かっている。なぜウェヌスに見捨てられたのか、本当は分かっているのだ。
けど踏み出せない。
どうしても一歩が踏み出せない。
11才のある日、唐突に気づいてしまった己の異常性。
それを否定した瞬間から、力の全てを失った。
「僕は……僕は……」
恐い。
恐くて怖くて仕方がない。
でも、このままでは一平が死ぬ。
大好きな姉も、その姉に恋をしている騎士も、ちょっとおかしな幼女も、皆死ぬ。
「僕は……ッ!」
勇気が欲しい。
「僕は……ッ!」
自分を好きになる勇気を。
「僕は……ッ!」
好きだと言える勇気を。
「僕はッ!!」
”ならさ、そのクソくだらねえ悩みを最後まで信じるしかないじゃん”
「僕は男の子が好きなんだーーーーーーーーーーーーーー!!」
第十話「覚醒するチョロイン」
『ハ?』
セレスタンに向かって落ちてくる光の柱。
あまりの神気に、ロリババアとその他二名だけでなく、水の大玉までもが硬直した。
膨大な神気によりみるみる内に塞がっていく一平の傷。
しかし、一平の土気色の顔色に赤みがさしてこない。
どうやら血を流し過ぎたようだ。
セレスタンは迷わなかった。
大きく息を吸うと、その身に溢れまくっていた神気を一平に注ぎ込む。
勿論、口と口で。
「オァウギャギャギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!? ッ!! ッ!!」
ロリババアは人生初になるだろう奇声を上げたのだが、勘違いしてはいけない。
これはただの人工呼吸。
決してボーイズラブなどという、男にとっては拷問の、一部の女にとってはご褒美になるような行為ではない。
その証拠に、一平の顔色は完全に元に戻っていた。
つまり、顔を真っ赤にして行ったセレスタンの行動は、非常に献身的な医療行為以外の何物でもないのだ。
「ぅ……」
「イッペーさん!」
ようやく目を覚ます一平。
セレスタンの圧倒的献身医療が功を奏し、遂に勇者復活。
「……は? 俺なんで男に膝枕されてんの?」
「今まで死に掛けてたんですよ、イッペーさんは!」
「ええ!? マジでえ!?」
「はい、マジです!」
あっちゃー、と顔を押さえつつ、一平は立ち上がった。
「もしかしてセレスが癒してくれたわけ?」
「ハイ!」
「もちろん魔法でだよな?」
満面の笑みを向けてくるその顔は、一平が始めてみるセレスタンの顔だった。
「僕また神聖魔法が使えるようになりました!」
「だよな。あーなんだよ、そういう事かぁ」
一平は頭を掻きながら、自身の未熟さを痛感していた。
「? なにがですか?」
なにやら合点がいったらしい一平に、セレスタンは疑問顔。
「これイベントが重複してたんだよ」
「へ? イ、イベント……?」
「精霊イベントだと思ってたら、セレスの覚醒イベも同時進行だったわけ。俺とした事が舞いあがってたわ」
「……は、はあ?」
覚醒したとはいえ、さすがにまだまだセレスタンには高度過ぎだった。
「いつまで話をしているんだい!? こっちはもう限界超えてるんだよ!」
「イッペー! 回復したなら撤退の準備だ! お前が動けるなら全員で逃げるぞ!」
そこへ飛ぶ怒鳴り声。
一平とセレスタンは呑気に話をしていたが、実は光の柱は既に消えていたのだ。
一平が回復した瞬間、膨大な神気は跡形も無く四散。
水の精霊は即座に攻撃を開始していた。
「オイオイ、しかも俺が寝てるうちにイベント進行しちゃってるよ……」
一平は溜息を吐いた。
どうやら相当出遅れてしまったようだ。
その理由が油断からだったのはさすがに情けない。
実は、精霊と戦闘になる可能性を考慮してはいたのだ。
仲間になる。
頼まれ事をする。
祝福を受ける。
攻撃される。
人外チョロインとしてレギュラー化。
とりあえず、大まかに五つのパターンを考えていたというのに、選択肢の中にあったにも拘らず対処出来なかったのは痛恨事。
こんな事が父と母にバレたら、きっと激怒するに違いない。
古今東西ファンタジーアニメフルマラソンという、命を賭けたデスマーチが決行されてしまう。
「魔法の使えないイケメンなんてどうでもよすぎて、小さなフラグをスルーしちゃってたわ」
「ひどっ!? 全然どうでもよくないよ!?」
「いいから早く走れ!」
「僕達もすぐに離脱する!」
落ち込んだ所で平常運転な一平は、必死に精霊の攻撃を防ぐ二人に目を向けた。
「なんで精霊さんは激おこプンプンなわけ? 俺なにかしたかなぁ……あっ!」
しかし一瞬で気づく。
「やっべ、運命力高め過ぎた! そりゃビビって攻撃仕掛けてくるじゃん!」
『はあ!?』
一平の凄まじい洞察力は、完全に全てを看破した。
三人の脳をショート寸前まで追い込みつつ、勇者は行動を開始する。
「ロシェル、ヴァレリー! あとは俺がやるから下がっていいぞ!」
「なに!? 一人でか!?」
「無茶だ! 攻撃が届かないんだよ!」
「いいから二人はリュリュと……って、恐えええええええええええ!!」
リュリュと一緒に下がってろと言うつもりが、出てきたのは驚愕の悲鳴。
チラリと幼女に目を向けた一平が見た物。
「なんで白目で泡吹いてんだよおおおおおおおおおおおおお!!」
そう、リュリュはあまりのショックに半失神していたのだ。
「今度はカニのモノマネにはまったの!? 芸を増やすんじゃねえよ!!」
虚ろな瞳で立ったまま泡を吹く幼女は、いくらなんでも絵面がおかしい。
「あーもう! おまえらそこの頭のおかしいロリババアを頼んだぞ!」
『ろりばばあ?』
そして一平は無敵を想う。
形作るのは当然最強の己。
「いくぞ、天を乱すぜ!」
相手は精霊。
一部とはいえ、自然と同義の存在。
「……ぁ、イッペー!」
ようやく正気に戻った幼女の声など、無敵を製作する上では邪魔にしかならない。
「天乱──」
リュリュは見た。
それは、一番最初に見た無敵。
生涯忘れる事などない、最強の構え。
「──八手!」
「か、かっこいい……」
「イッペー! 水が攻撃を分散してしまうんじゃ! 撃では本体までとどかん!」
最強の形に驚愕するセレスタン。
敵の情報を与えようと叫ぶリュリュ。
「あっそ」
『ッ!?』
しかし、軽い一言を返した一平の姿は、既に球体の前で拳を握っている。
セレスタン、ロシェル、ヴァレリーが驚愕した瞬間──
「天・撃!!」
一平のコークスクリューブローが水球の中心を撃ち抜いた。
「ば、ばかな……」
目を瞠り呟いたのはロシェル。
信じられない事に、貫通力をアップさせた右拳は着弾地点だけでなく、反対側まで爆散させていた。
「攻撃を貫通させればいいだけじゃん」
なんという男前。
地面に着地した一平は、僕当たり前の事言っただけだよ? 全然凄くないよ? 皆もできるよ? という空気を出している。
少年にとって、少年ボクシング漫画を愛読するなど序の口に過ぎないのだ。
「精霊さーん。ちょっと誤解があっただけなんだよー。そろそろ落ち着いてー」
しかも心優しき勇者は、自らを攻撃してきた者にさえ慈悲を与える始末。
「ば、馬鹿者! すぐ追撃じゃ! 本体を叩かんかぎりダメージはない!」
「バッカ。憎しみの連鎖は立ち切れるって。人はきっと分かりあえるって」
「人じゃないじゃろおおおおおおおおおおおおお!!」
「それはエゴだよ」
なんたる慈愛の精神。
一平は精霊という存在に多大な夢を持っているのだ。
精霊と友達になるのは、勇者テンプレの大事な一つ。
「イッペーさん危ない!!」
ドキドキしながら勇者の戦いを見ていたセレスタン。
水の補給を終えた精霊が無数の鞭を生み出した事に悲鳴を上げる。
しかし。
「天・舞」
『ッ!?』
ゆらりと姿のブレた一平は、精霊の攻撃をことごとく躱していた。
”舞とは歩法。平滑流暢、変幻自在を旨としろ。淀みなく夢幻へと誘うは、すなわち敵無し”
野々宮太平の生み出した天乱八手に、底などあろう筈もない。
複雑なステップを踏むその姿は、まさしく舞うが如き回避術だった。
漫画大好き少年の一平にとって、少年誌のトンデモスポーツ漫画を網羅するなど当然の嗜。
アメフト、サッカー、バスケにテニス、野球とボクシングに出てきた技など既にこの身に叩きこまれている。
日本広しといえども、スカイラブツインシュートを撃てる親子など野々宮家以外にはおるまい。
「ッ!?」
「ッ!?」
「ッ!?」
「ッ!?」
四方八方から襲いかかる水の鞭。
無数の触手が一平に襲いかかるも、そのことごとくが空を切る。
信じられない事に、一平の舞は反復横跳びや踏み台昇降運動が混ざっているのだ。
たまに繰り出される腕立て伏せなど、もはや現実とは何なのか。
「どうなってんのそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!???????」
でんぐり返しで躱しまくり、カエル立ちから三点倒立へ移行する連続体術は、ヴァレリーの常識をコナゴナに打ち砕いた。
水の精霊どころか、一平は四人の頭も夢幻へと叩き込んだのだ。
「やっべー、超怒ってるよ。全然落ち着いてくれねえ……」
攻撃を躱しながら溜息を吐く一平。
「いったんぶっ飛ばして正気にもどすか……?」
なんかもう段々面倒臭くなってきた。
「うん、そうしよう。それがいい」
殴り合った後に友情が生まれる。これもまたバトル少年漫画の王道である。
「リュリュ! 響を使う! 余波が行くから全力で防御しろ!」
「ッ!? わ、わかった!」
沸騰した頭にいきなり指示を出されて驚いたが、リュリュの体は瞬時に反応。
10列起動させた防御魔法が四人を包む。
「……イッペーは何をするつもりなんだい?」
「キョウとはなんだ?」
「……………………」
三人は驚愕を突き抜けて一回りしていた。
何もかもが信じられない。
ロシェル、ヴァレリー、リュリュの三人が死に物狂いで戦った水の精霊。
それを一平は一人で相手している。しかも恐ろしい事に、手加減している様に見えるのはどういう事だ。
「知らん」
しかしリュリュの言葉はけんもほろろ。
「黙ってみとれ。私の勇者様の戦いをな」
チョロイン渾身の言葉。
私だけの、と言う事が出来ないのは悔しいが、いまはこれで満足するとしよう。
「勇者様……」
セレスタンの呟きは、一平の姿に食い入る三人には届かなかった。
それが何を意味するのか。
それは戦闘後のお楽しみだ。
「いくぜ──」
一平はニヤリと笑う。
リュリュは本体を叩けと言っていた。
おそらく、自分が寝ていた間の戦闘は一点突破作戦だったのだろう。
リュリュの探査で核を探し、そこに攻撃を集めたに違いない。
王道だ。
ああ、王道の攻略方法だ。
けど。
「それじゃあ天は乱せねえ!!」
視界を埋め尽くす膨大な弾幕を置き去りに、翼が如き両腕を持って高く跳ぶ。
その姿は天の覇者。
その魂は勇者の光。
その心は絶対無敵。
「天・響ォォォォォ!!」
頭上で打ち鳴らした柏手は、世界から音を消し去った。
直後、ヴォンという重圧。
「ぐっ……!!」
リュリュは悲鳴を上げた。
全力で展開した筈の障壁が凄まじい勢いで押し潰されようとしている。
「グググ……」
一平は余波だと言っていた。
ならば耐えきれる。
魔力を全開で練り上げつつ、障壁の強化に全てぶち込む。
「そ、そんな……」
「ば、ばかな……」
「す、すご……」
リュリュを含め、三人が見た物。
それは音に押し潰されていく世界。
一平を中心に、森の木々が波状に丸裸になっていく。
巨大な水の玉は、その全体が波打ち歪みまくっていた。
──クゥェェェェェェェ──
そして聞こえる悲痛な叫び。
水の精霊が悲鳴を上げていた。
天乱八手・響。
音を使った全体攻撃。
音で壊すとは、物体を変形させる事。
この場合、超音波ではなくエネルギーの高い低周波音の方が適している。
一平は手を叩いたのではなく、両手の間の空気を超高速で押し潰した。
直後、弾かれた空気が低周波振動を撒き散らす。
つまり、一平は空気中に地震を起こしたのだ。
しかも、水とは空気よりも振動を伝えやすい事は周知の事実。
水の鎧を纏っていたが故に、精霊は無防備に衝撃を受けてしまう事となった。
凄まじいトンデモ理論。
野々宮太平がビール片手に考えた超科学は、もはや天災すらも自在に操ってしまうのだ。
「あちゃー、ちょっと強く撃ちすぎ? 死んでないよね?」
球を維持できなくなった大量の水が、湖畔に勢いよく降り注ぐ。
一平やリュリュ達は大きく避難。
「あっ、いた!」
ザーザーと湖に流れ込む水を眺めていると、湖畔に大きな金魚がいた。
一平は全力ダッシュ。
皆もそれに続く。
「でけえな、この金魚!」
姿は間違いなく金魚。ちゃんと赤い。
人の胴体ぐらいありそうな巨大な金魚を、一平はヨイショと持ち上げる。
そして安心した。
軽くゆすると口をパクパクと動かし、少し跳ねたからだ。
生きていてよかった。
『……………………』
全員開いた口が塞がらない。
精霊を手で鷲掴みした人間など、おそらく一平ただ一人だろう。
「恐がらせて悪かったよ、精霊さん。別に恐がらせるつもり無かったんだぜ?」
しかも上から謝っている。
自然を司る存在相手に失礼にも程があるだろう。
「ほら、なんていうの? 俺の溢れる情熱がバニシュメントディスワールドしちゃたっていうかぁ」
絶対に伝わらない。
もし誠心誠意謝っていたのだとしても、一平の言葉はこの世界の誰にも伝わる筈がない。
「つーかすげえ弱ってね?」
「イッペーのせいじゃろ。なんて危ない技使っとるんじゃ」
もっとも早く回復したのはやはり幼女。
「だから防御しろって言ったじゃん」
「周囲一帯に破壊を撒くな! あやうくこっちまで吹っ飛ばされるとこだったんじゃぞ!」
「そういう技だもん」
「ちょっとくらい自重してもいいじゃろ!」
「やだよ。オレTUEEEEE!! で自重してどうすんだ。リュリュだって認めてたじゃん」
「ぐっ、た、たしかにそうじゃけど……、でも私はオレTUEEEEE!! できんし……」
「ダメ魔法使いができるわけないだろ?」
「誰がダメ魔法使いじゃあああああああああああ!!」
酷い。
相変わらず一平は酷かった。
リュリュは一平を死に物狂いで守ったというのに、いくらなんでもこんな言い方は酷過ぎるだろう。
しかし、一平は今朝起きた時に隣で寝ていた変態ロリババアの罪を、いまだ忘れてはいなかった。
優しくしてこれ以上付け上がったらどうすると言うのか。
自身の大事な貞操は、自身できっちりと守らねばならないのだ。
「そうだ、セレス」
叫ぶリュリュを無視し、一平はセレスタンへと視線を向ける。
「……ぇ、あ、なに?」
ボケッと一平を見ていたセレスタンは、目の前に突き出された金魚に困惑した。
「精霊さんに魔法掛けてくれよ」
「え……?」
「なんかやりすぎちゃったからさ、体力満タンにしてあげて?」
「なに!?」
「本気で言ってるのかい!?」
驚愕したロシェルとヴァレリー同様、一瞬固まるセレスタンだったが、
「うん、いいよ!」
満面の笑みで了解。
もう一度精霊が襲ってきたとしても、この一つ年上の勇者がいれば問題ないに決まっている。
セレスタンは勇者の腕にある精霊へ、女神の力を行使した。
「愛の女神ウェヌス様、癒しの力を御貸し下さい」
セレスタンのかざした掌から、白い光が溢れて行く。
「おお! これがホンモノの回復魔法か! セレスすっげえ!」
そう、セレスタンが信仰するウェヌスは愛の女神。
己の中の愛や恋を否定したセレスタンに、女神が力を貸す訳がなかったのだ。
「イッペーさんの方が、僕より全然すごいよ」
「いやいやいや、スゴクないヨ? 俺なんてまだ全然スゴクないサ」
セレスタンが自分と他者との違いに気づいたのは11才の時。ちょうど思春期が始まった頃だ。
自身でも気持ち悪いと感じてしまった以上、誰にも相談出来なかったのは仕方がない事。
四年間悩みに悩み、諦めの笑みが板についてきた時、セレスタンは勇者に出会った。
「セ、セレス……ッ」
「セレスタン……ッ」
「この変態小僧……ッ」
なんとその勇者は、ギルドに来ていきなりハーレム王になると宣言したのだ。
敵を作るのは恐くない。
諦めたら自分がかわいそうだ。
その言葉の一つ一つが、セレスタンの心に勇気をくれた。
「精霊さーん、元気でやれよー。困ったら会いに来るから、ちゃんと聖剣作っといてー」
「アハハ、なにそれ。イッペーさんは聖剣が欲しいの?」
金魚を放流しながら、訳の分からない事を言うこの勇者は、きっと一生に一度の運命の人。
「あたりまえだろ? 聖剣とか魔剣なんて、男ならだれでも欲しがるアイテムじゃん」
「うーん、僕はそうでもないなぁ」
だから勇気を出そう。
僕に勇気をくれた人に、精一杯の想いを見せよう。
「僕はイッペーさんがほしいな」
「ッ!?」
「ッ!?」
「ッ!?」
セレスタンの言葉に絶句したのは、一平以外の三人。
「……はあ? セレス、お前今なんて言った?」
初っ端で気絶した一平は、一人の男の子が覚醒した瞬間を、残念ながら目撃していなかった。
ニッコリと笑ったセレスタンは、女神ウェヌスに全身全霊の祈りを捧げる。
「愛の女神ウェヌス様。僕に御力を。愛する人を困らせない為に、貴女の奇跡を」
本日二度目の神気解放。
今度はセレスタン自身の身の内から迸る、天へと伸びる光の柱。
凄まじい愛の神気は、戦闘で裸にされた木々達すらもみるみる修復していく。
「な、な、なにいいいいいいいいいいい!?」
一平驚愕の瞬間。
まさか、これは、TS……。
一平がとんでもない衝撃に貫かれている内に、光は徐々に収まった。
「これからボクの名前は、セレスティヌです」
『……………………』
そこにいたのは、美少年ではなく、絶世の美少女。
ふわふわの金髪がチャームポイントの、柔和な顔の美少女が立っていた。
姉のロシェルとよく似た顔立ちに、姉のスタイルを彷彿とさせる見事なプロポーション。
「てぃ、TSしやがった……」
TS。
トランスセクシャルの略であり、性別が変わる事を意味する単語。
グラリとよろめいた一平は、もう現実がどこにあるのか分からない。
「ロシェルーーーーーーーー!! しっかりしろおおおおおおおおおおおおおお!!」
勿論、ロシェルはブクブクと泡を吹いて卒倒した。
「イッペーさん! ボクをハーレムに入れてください!」
セレスティヌがチョロインへと覚醒した瞬間である。
「このオカマ小僧がああああああああ!! イッペーは私のじゃあああああああああああ!!」
ブチ切れるロリババア。
「もう小僧じゃないですよ? それに、もうファーストキスもイッペーさんにあげちゃいましたし……」
「……ぇ?」
そして止まる世界。
「え? え? え?」
動いているのは、動揺に揺れる勇者と、モジモジしているTSチョロインだけ。
「と、と言っても、イッペーさんを助ける為の人工呼吸だったんですけどね」
その言葉にどれほどの救いがあるというのか。
「うあ……うあ……」
こんな時にすら働いてしまう一平の洞察力は、まさしく己を殺す毒となる。
11才=思春期
愛の神=愛を否定出来ない
覚醒イベント=TS化
イケメン=ホモ
ホモのファーストキス=自身のファーストキス
結果=二人目のチョロインはホモ
「うわあああああん!! うわああああああああああああああん!!」
一平はその場で泣き崩れた。
「だ、大丈夫だよ! もうボク女の子だもん!」
「目の前でTSするんじゃねえええええええええええええええ!!」
「イッペー!! 口直しじゃ!! ん~~~~~~」
「ババアもいやあああああああああああああああああああああ!!」
「息をしろロシェルーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
運命の出会い。
二人目のチョロインと、新たな仲間。
一平の冒険はまだまだ序章。
この先何が待ち構えているのか?
それは次回の講釈で。
第二部完
きっとみんなに怒られるんだろうなあ(´;ω;`)