目指すべき終着点
お茶を入れ、仙道の書斎に入ると彼は酷く真面目な顔でパソコンを睨んでいた。
ぱっと見は真剣に仕事に打ち込んでいるように見える物が、透けた考えは相変わらず酷い。
(由美ちゃんへのプレゼント、クマさんのぬいぐるみとウサギさんどっちが良いかなぁ……。由美ちゃんの外見的にはウサギさんだが、彼女はボーイッシュな物が好きだし好感度的にはクマさんか……。しかしまてよ、確かここで選んだ動物が後々パンツの柄になるとネットでみたな……。と言うことはクマさんを選んだらクマさんパンツ……それは、それは断じてだめだ!パンツと言えばウサギさんだ、ウサギさんの他は見たくない!)
考えさえ読めなければ、凜々しい面立ちは目を奪われるほど格好いい。
しかし考えているのはこれである。残念を通り越してどん引きである。
「ん、いたのか(パンツはもう少し悩んでからきめよう。好感度も若干足りないし、ここは慎重に選択肢を選ばねば)」
「とりあえずお茶です。そしてパンツのことは置いておいて、ちょっと私の話を聞いて下さい」
「読んでいたのか」
「読みたくはなかったですけど」
素直に認めると、仙道はノートパソコンをパタンと閉じる。
それから彼は、ひどく面倒くさそうな顔で私を見つめる。
その表情は学校での穏やかな物とはほど遠い。
普段は紳士的で優しい知的眼鏡を気取っているが、本当の彼はずぼらで面倒くさがりなチンピラと称した方が近い。
むしろ、息子の話では実際にチンピラ一歩手前の不良だったらしい。
それがどうして変態的な男性向けゲームジャンキーになってしまったのかは気になるが、色々と怖くてその理由は聞けていない。
「で、今回の相談は何だ?」
だが一方で、時折見せる粗野な態度と言葉は私を落ち着かせる。
なぜなら不思議と、そういうときは彼の心の声は聞こえない。
たぶん、今向けられている言葉には裏はないからだろう。そしてそういう言葉に、私はちょっと安心する。
「最近思うんです、今の生活がこのままずっと続くのかなぁって」
「まあすくなくとも、福の神のじじいの気まぐれが終わるまでは続くんじゃないか?」
「それって、気まぐれモードのままだったら一生……」
そこでふと頭をよぎったのは、自分が年を取り、この見事なおっぱいがたれてきた頃のことだ。
だらしのない胸なるに決まっているが、一部のフェチに大受けして「やっぱり彼女のタレ乳は最高だ」なんて声が聞こえてきたら、きっと私は絶望する。
「ともかく、そろそろこの状況を脱却したいんです!切実に!」
「いいのか、せっかくモテモテになれたのに」
「私は日陰で、慎ましく、地味に生きていきたいんです!」
「今はそう思うかもしれないが後々絶対後悔するぞ。20代後半くらいから徐々に独り身のつらさを感じ始め、30をこえたら絶望したくなるに違いない」
生々しい忠告に、一瞬言葉に詰まる。
しかしやはり、このちやほやライフは私には絶対向いていない。
慣れるなんてきっと無いし、90になってもおっぱいを褒められ続けるのはまっぴらだ。
「それでも、私は元の生活に戻りたいんです。心の声が聞こえない静かで平和な日々がほしいんです!」
改めて宣言すると、仙道はようやく反論をやめる。
それから彼はふとノートパソコンに目をとめ、なにやら考え込む。
「……(もしかしたら……)」
「えっ、何か方法があるんですか?」
「先に考えを読むな。まだ確信はないんだ」
「確信なんて無くて良いです! 案があるなら教えて下さい!」
思わず身を乗り出すと、仙道はため息交じりに私を見つめる。
「前に言ってたよな、今の状況は恋愛ゲームみたいだって」
「ええ」
「だったら、クリアすれば良いんじゃねぇかって思ったんだ」
「クリア……」
そこで頭をよぎったのは、桜の木の下で結ばれる男女とFINの文字だ。
「まさか、攻略対象とエンディング迎えろって言うんですか!!」
「だって、終わりって言ったらそれしかないだろ」
「でもあの4人ですよ、おっぱいのことしか言わない!」
「お前、なにしれっと俺のこと除外してんだよ」
「入れてほしいんですか」
「いや、俺ランドセルしょわない女に興味ないんで」
「じゃあ問題ないですよね」
ひとまず仙道のことは頭の隅に追いやり、私は改めて言い寄ってくるイケメン4人について考える。
「正直、どいつも顔は好みなんだろ?」
「たしかに、良い具合に属性もばらけてて顔だけ見れば素敵だと思います」
「今ならそれが、よりどりみどりなんだぞ」
「でも、おっぱい……」
「正直に言う、そんな乳してりゃあおっぱいに注意がいくのは仕方ない。諦めろ」
仙道の言葉は正論だし私も理解しているつもりだが、それでもやはり素直に頷けない。
とはいえ仙道もそこの所は理解しているらしく、続いた言葉は先ほどより僅かに柔らかい。
「でもよ、見てくればっかりに目を向けてるのはお前さんだって同じじゃないのか?」
「同じ……?」
「ふと思ったんだ、心の声が聞こえる割に『おっぱい』って単語以外の言葉を、他の奴らは拾ってないなって」
言われてみると、確かに私が耳にした言葉はそればかりだ。
攻略対象達から逃げてばかりいるせいもあるが、仙道と比べると彼らから拾い上げる言葉はあまりに少ない。
「心の声が読めるなら、もっといろんな内情が読めても良いはずだ。なのにそれが見えないって事は、無意識に力をセーブしてるんじゃないか?」
「じゃあもしそれが解けたら……」
「怖いのはわかるが、相手のことを知ろうとする勇気も必要だ。よくよく知り合えば、自分好みの男がいるかも知れないだろう?」
そもそも、外見はすでにストライクなんだしと付け足され、私は少しだけ考える。
たしかに、アレで性格も良かったら恋に奥手な私でもくらっときてしまうかもしれない。
「でもあっちが私を好きになる保証は……」
「すでに最低限の好感度はありそうだし何とかなるさ。それに……」
とここで、仙道は再びノートパソコンを開き、ゲームの画面を起動させる。
「何も恋愛エンドだけがゴールじゃない」
そして私に見せたのは、沢山の幼女とそれに囲まれたイケメンが映るスチル画面。
「友達エンドだって、十分立派なゴールじゃないか?」