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始まりはおせっかい

 すべての始まりは1週間前のこと。

 私はとある恋愛ゲームの限定版を買いに行くために、電車で秋葉原へと向かっていた。

 今思えばなんで通販もしくは予約をしておかなかったのかと悔やまれるが、その頃の私はまさかその道中であんな馬鹿げた目に遭うとは思っていなかったのだ……。

 故に私は新宿駅で電車を乗り換え、乙女ゲームのためにホームを颯爽と歩いていた。

 そんなとき私にぶつかってきたのが、すべての元凶となる一人の老人だった。

 私がヤンキーだったらここで一悶着あるところだが、肩が触れたくらいで怒るほどの覇気を私は持ち合わせていないし、むしろ基本卑小な私は老人より先に謝る勢いである。

 むしろ勢いよく謝る私に老人は少々驚いたようで、彼の方もぺこぺこ頭を下げはじめたくらいだ。

 そのとき、私は彼が「初めての東京!」と書かれたガイドブックを持っていることに気がついた。

 このご時世に「初めての」と銘打つガイドブックがまだ存在しているのかと怪訝に思ったが、杖を片手に頭を下げている老人は確かに都会とは縁の無いオーラが漂っている気もした。

「東京、はじめてなんですか?」

 普段は初対面の相手に声なんてかけないのに、そのときはうっかりそんな事を呟いていた。

 正直しまったと思ったが、私が二の句を継ぐより、老人がぱっと目を輝かせる方が早かった。

「実は、出口がわからずさまよっていたのだ!新南口に行きたいんのだが、いくら歩いてもたどり着かぬ……」

 救いを得たと喜ぶ老人の口調が妙に古めかしいことは気になった。

 けれど、目的地から遠いホームでうろうろしていたことのほうがそのときの私は気がかりだった。

 なにせ新宿駅は、迷宮やダンジョンの異名を取る複雑怪奇な構造となっているし、この田舎臭丸出しの老人に口頭説明だけで道順を理解させられるほど、私も言葉巧みではない。

 故に私は道案内を買って出たのだ。それが、悲劇をもたらすとも知らずに……。

「いやはや、近頃の若い者もまだまだ捨てた物ではないな」

 足の悪い彼をゆっくり先導し、10分かけて南口に出ると彼はたいそう感動した。

 そこまでだったらただのいい話で終わるのだが、残念ながらここで彼の言葉は終わらなかった。

 突然私の手を取った老人は、妙になれなれしい笑顔で私を見上げたのだ。

「実を言うと、私はとても徳のある神なのだ。親切のお礼に君に素晴らしい幸運を授けよう」

 正直言えば、一瞬新手の勧誘に会ったのだと思った。

 人の親切心を逆手にとってどこかに連れ込み、壺でも買わせる魂胆だろうと警戒までした。

 そして今思えば、その猜疑心が悪かったのだ。

「神が詐欺などするか! 私は正真正銘の神様だぞ!」

 心を読まれたことにぎょっとすると、老人……いや神様は得意げに胸を張った。

「心を読むなどたやすいこと。だからほれ、お前の望みを言い当てやろう」

 言うが早いか私をじっと見つめ、神様はとたんに悲しい顔をした。

「どうやら、おぬしはその冴えない容姿を愁いているようだな。……それに生まれてこの方彼氏もおらんとは! 最近の性に乱れた若者とは大違いじゃな!」

 むしろ天然記念物だな!と酷いことを言ったあげく、老人は更にふんぞり返った。

「よし、おぬしに素敵な容姿と青春を授けよう!」

「あの、それはいったいどうゆう……」

 ようやく喉からこぼれた疑問は酷く弱々しかった。

 そのせいか老人は私の言葉を無視し、「おぬしは声も酷いから美声にしてやろう」と更に失礼なことまで言った。

「とにかく、私がお前を絶世の美女にしてやる。ついでにお前の華の無い生活を彩るイケメンと、彼らに好かれるモテ期のオーラも授けよう」

「……何ですかその恋愛ゲームみたいな状況は」

「恋愛ゲーム!まさしくそれだ!」

「ま、まさしくって、神様が恋愛ゲームとかわかるんですか……?」

「私の孫があの手のゲームにはまっていてな。わしは割と詳しいぞ」

 だからばっちり素敵なイケメンパラダイスを築いてやるという神様。

 でも正直な話、私はあまり嬉しくなかった。

 何せ私は容姿だけでなく、内面も地味で冴えなくて愚鈍で引っ込み思案な女なのだ。

 だからいきなりイケメンをくれてやると言っても、正直上手くやっていけるとは思えない。

 それに私は男は3次元より2次元が良いと豪語する生粋のオタクでもある。

 だからいきなりリアルイケメンパラダイスに放り込まれても正直適応できる気がしない。

「たしかに、お前の心根は暗すぎるな。そして、さすがの私もそこまではどうしようもない」

 ならそのままにしてくれればよかったのだが、神様はとことんお節介をやく性分だった。

「よし、私の読心術をお前に授けてやろう。人の考えていることがわかれば、人付き合いの苦手なお前さんもきっと上手くやっていけるはずだ!」

 と神様は勝手なオプションを付け加えた。

「さすがに誰でも読めるようになると精神が参ってしまうからひとまずイケメンの心のみにしてやったぞ」

 でももし他に心が読みたくなったら、「福の神様お願いします!」と言いつつ手を二回打てと彼は言った。

 ここでようやく彼が神様の中でも福の神だったことを知り、そんな物が実在するのかと惚けた次の瞬間、彼の姿はもうそこにはなかった。

 あまりに現実離れした出来事に、そのときの私は自分の見た物が信じられなかった。

 けれど翌日、目覚めた私は昨日までの冴えない顔ではなく、アイドル顔負けの美人になっていた。

 そして学校に行くと、それまで存在しなかった恐ろしくレベルの高いイケメンが5人も増えていた。

 だが何よりの驚きは、私やクラスメイトの外見レベルがいきなり上がったというのに、何の混乱もなく日常が回っていることだ。

 家族も友達も、私の容姿やイケメンの存在をなんなく受け入れているのだ。

 小説などでありがちな「ある日突然恋愛ゲームの世界に迷い込んじゃった♪」……的な物ではなく。現実の世界が恋愛ゲームのような状況に改変されている具合らしい。

 正直、最初の一瞬はこの世界に小さな感動を覚えた。

 だって昨日までは誰からも相手にされず、クラスの片隅で冴えないオタク女子としてひっそりと生息していた私に、誰も彼もが笑顔と優しい言葉を向けてくれるのである。

 けれど残念ながら、その感動は永くは続かなかった。

 これは夢のような世界ではない。そう気づかされたのは最初のイケメン、クラスメイトの小早川誠二に声をかけられたときのこと。

「おはよう茜!今日も良い天気だな(そして今日もお前は良いおっぱいだな!)」

 確かに彼はイケメンだった。そしてクラスの人気者(その上私とは幼なじみ!)というありきたりなキャラ設定だった。

 だが問題は、彼が中途半端にリアルな男だったことだ。

「そうだ、今日は久しぶりに俺と弁当食わないか?(つーかまじおっぱいでかいよなこいつ)」

 世の中の男は基本おっぱいのことばかり考えている……とは思いたくないが、少なくともこのイケメンは視線も思考もおっぱいに釘付けらしい。

 そしてその次に現れた王子様系生徒会長も、後輩のショタッコも、ツンデレなヤンキーも出会い頭に恋愛イベントを発動させ、例外なく私のおっぱいを褒め称えた。

 確かに、神様がつけた私の新しいおっぱいは見事だった。

 目測だがたぶんFはある。その上重力を感じさせない綺麗なお椀型のおっぱいは、ブラで寄せてあげなくても綺麗な谷間を形作るという有様だ。もはや、何かしらの魔法がかけられているとしか思えないすさまじい造形美である。

 正直、あまりに綺麗なので自分でも何度か揉んでしまった。そして心地よい手触りと癖になる柔らかさに、何とも妙な気分になってしまった。

 だから彼らの目線がそこに釘付けになる気持ちはわかる。

 わかるけれども……わかるけれどもやはり、「おっぱい」を連呼されると例えイケメンでも萎えるのである。

 一人くらい尻フェチがいても良いだろう。といらんところにツッコんでしまうくらいには疲弊するのである。

 そしてそんな中、最後にやってきたのは眼鏡がトレードマークの紳士的な教師「仙道玲二」である。

 正直、昨日までの副担任とは別人である時点で「こいつも恋愛対象か!」とげんなりしていたので、目の前に現れた彼にはつい戸惑った。

何せ今日は1日中「おっぱい」「おっぱい」言われて本当に疲れ切っていたのだ。

 そんなおっぱい地獄からようやく解放されると思った矢先、彼は突然補習授業を言い渡してきたのである。

「先週の小テストの追試を行いますので、放課後残ってください(ったく、よりにもよって何でamazonからエロゲが届く日にこんなブスの補習とかしなきゃ何ねぇんだよ!)」

 正直耳を疑った。

 だが穏やかに微笑む眼鏡の下に隠れた本音は、おっぱいを連呼されていた私にはある種の救いにも見えた。

「そんなに時間は取らせませんから(つーかとらせんじゃねぇぞ!俺はさっさと帰って、ドキドキロリっこ痴漢電車をやらなきゃいけないんだからな!)」

「ロリッこって事は、私は対象外ですか!」

 喜びのあまり彼に抱きつき、ワンワン泣いてしまったのはその直後のこと。

 日頃褒められ慣れていないせいで、その時の私はイケメン達からのこそばゆい台詞とおっぱい発言に冷静さを失うほど疲弊していた。

 そんなときに、例え考えていることがとりわけ変態チックでも、ブスと罵られるのがなんだか嬉しかったのだ。

「どっどうしたんですいったい!(離れろ、俺はお前みたいな年増は趣味じゃない!!)」

 年増でよかった! とうっかり付け加えたおかげで、私は変態教師仙道にこの状況を洗いざらいしゃべることになった。

 そして彼の変質的な趣味を黙っている代わりに、私の相談役兼愚痴聞き役を担って貰うことを約束させたのである。

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