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二章 crazyな晩餐

     1


 その洋館は一言で言うならば、変わっていた。実のところ館自体は何らおかしくはない、窓の配置を見るに三階建ての立派な建物だ。ただ、三階建てというのも豪勢で、一般邸宅としてはある意味で変わっていると言えるかもしれない。

 しかし、それよりも変わっているのは右側に別館が付いていることだ。別館といっても塔のように細く、本館より少し高い。そして、こちら側には窓がない。土地勘がないため方角はわからないが、北側に位置しているのだろうか。だが、本館の方にはしっかりと窓が付いているし、太陽が当たらないから窓が作られていない、というわけではなさそうだ。玄関もこちら側にあるが、そもそも、北側は玄関口として適切な方角ではない。

 窓がないため、こちらから見ると大きな四角い筒のように見えて、それがこの建物の異質さを醸し出していた。この大きさなら一つの階に一部屋しかないだろう。

「あの建物、何?」奈美香は木村に尋ねた。

「さあ? 教授って変わってるから。考えるだけ無駄だよ。さて、行こうか」

 風変りな建物とはいえ、立派な建物を前に奈美香は気分が高揚してきた。思わず、三段ある段差を一気に飛び越えてしまった。

「危ないよ、もう。小学生じゃないんだから」木村が苦笑いして後ろから追いついてくると、彼は恐る恐るベルを鳴らした。

「ほんと、どこに悪戯が仕掛けてあるかわかんないからね」

 ベルに仕掛けがなかったことに安心したようで、木村は大きく息を吐いた。

 しばらくして男の声がした。あまり若そうな声ではない。

「どちら様でしょうか?」

「あ、O大の木村です。どうも」

「はい、少々お待ち下さい」

 また、しばらくの間があって扉が開いた。迎えたのは年配の男性だった。細身で白髪交じり、そして彫りの深い顔立ちが印象深い。

「お久しぶりです、柏田さん」木村が深々と礼をした。

「一年ぶりですね、木村様。寒いでしょう、中へどうぞ」

 柏田に促されて三人は中へ入った。

 奈美香の印象としては「意外と質素」だった。

 吹き抜けで高い天井のホールに、豪華なシャンデリアと絨毯の敷かれた大きな階段を想像していたのだが、実際のところは、吹き抜けでシャンデリアだが、通常の家の二階と同じくらいの高さに天井がある。という事は、このさらに上に吹き抜けのない三階がある事になる。部屋の中央の階段の、さらに奥に階段が見え、奥行きからして折り返し階段だろう。

 質素とはいっても、フィクションに出てくるような金持ちの別荘を意識すればのことで、照明や絨毯などは十二分に高そうに見える。さすがに銅像や絵画はなかった。これが現実というものだろう。

 左右に扉が一つずつあった。

「意外と質素なのね」奈美香は口に出した。「部屋も少なそうだし」

「奈美香、あんまり失礼なこと言うなよ」

 木村が苦笑して窘めた。だが、柏田は木村のそれとは対照的に微笑んで言った。

「右が食堂、左が応接間でございます。奥には厨房や物置などもございますが、ここから直接いけるのは二ヶ所ですね。そのかわり広いですよ。二階が昌弘様とご家族の部屋で、三階が客室となっております。三階建てなので一階は部屋が少なく広くできるんです。上の階にいくらでも部屋がありますから」

 彼は説明を終えると奈美香と猪狩を見た。「ゼミ生ですか?」

「いえ、ゼミ生には丁重に断られまして……」木村が苦笑いして答えた。「従妹なんですよ。たしかにO大ですけどね。矢式です。あと友人の猪狩君」

「矢式奈美香です。よろしくお願いします」奈美香は頭を下げた。

「猪狩康平です」猪狩も浅く頭を下げた。

「柏田と申します。佐加田家の使用人をやらせていただいております」柏田が深々と三人の中で一番深い礼をする。

「では、お部屋にご案内します」そう言うと柏田は踵を返して歩き出す。

 三人もそのあとに従った。

「ねえ、大学の教授ってこんなに金持ちなの?」

 奈美香は木村に囁いた。これほどの別荘を建てられるのならば、もっと勉強して教授になるのも悪くないなどと邪な考えも浮かんでくる。

「まさか。そうだったら僕ももっと真面目に研究してるよ。佐加田家はよくわかんないけどすごい家系らしいから、その遺産だろうね。いや、資産かな? まあ、どっちでもいいや。柏田さんはね、もともと教授のお父さんに仕えてたらしいよ」

 彼の言葉と、彼の日頃の生活を思い出して、馬鹿な考えが一瞬で吹き飛んだ。彼の真面目に研究していないという発言にも呆れてきた。

 そして、仕えていた、という単語が少し時代錯誤に思えた。この時代にそのような職業があることに奈美香は驚いた。

 二階に上がると、左手に広い空間が見えた。ちょうど応接間の上にあたる部分である。ソファなどがある事から談話スペースのような所だろう。反対側、つまり食堂の上は通路があり、奥にいくつか扉が見えたが、そこで立ち止まることなく三階へと上がったのでよくわからなかった。だが、聞いた話から、佐加田一家の部屋があるのだろう。

 三階は吹き抜けがない分、広いスペースがあり、同じように談話スペースがあった。  

 部屋がいくつもあり、廊下の先には、暗くてよく見えないが、別館があるようだった。目と鼻の先である。三人の部屋は階段の隣から猪狩、奈美香、木村の順だった。

「では、夕食パーティーは七時からですので」

 奈美香は時計を見た。現在六時三十五分。それほど時間はない。

「教授って、どこにいます?」木村が尋ねた。

「お部屋におられると思います。ご案内いたします」

「じゃあ、君たちは七時になったら食堂に行ってね」木村はそう言って柏田と共に二階へ降りていった。

「あー、いいなあ。私もこんな所に住んでみたい!」

「別荘だから、住んではいない」猪狩が久々に口を開いた。

「……人の揚げ足取らないでよ」奈美香は猪狩を睨んだ。

「おやおや、ずいぶん若いお客さんだなあ」

 木村の部屋の向かいから男が出てきた。やや大柄で少し白髪が混じっている。頬に大きなホクロがあった。

「私たち木村先生について来たんです。矢式と言います。こちらは猪狩です」どうせ黙っているだろうと思い、猪狩の分まで紹介する。

「どうも」案の定、猪狩は軽く頭を下げただけだった。

 彼は礼儀を知らないわけではない。むしろ仲間内では礼儀正しい方だろう。だが、人見知りをする方で、たいてい猪狩に対する第一印象は良くならない。昔はもっと活発だった気がすると、奈美香は少し過去を回想した。

「ああ、木村君ね。彼も律儀だなあ。他の教授なんてもう来ないのに。あ、俺は阿久津彰って言うから。昌弘とは高校、大学で一緒でさ。そうそう、“やしき”ってどういう字を書くの? 家の屋敷?」

「いえ、弓矢の矢に、数式の式です」

 五十代前半くらいだろうか。しかし若々しい雰囲気が出ていたし、ずいぶんと気さくな人だなと奈美香は思った。

「へえ、変わった名前だね。さて、じゃあまた後で」そう言って阿久津は階段を下りようとする。

「あ、私たちも行きます」ここにいても何もする事がないので二人も食堂へ向かう事にした。


     2


 食堂にはすでに何人かの人がいた。木村もいる。テーブルの上にはすでに料理が運ばれており、オードブルが大小さまざまな食器に盛り付けられ、湯気が美味しそうな匂いを鼻まで運んできた。

「あ、阿久津さん。お久しぶりです」こちらに気づいた木村が阿久津に挨拶をする。

「そうだね、年に一回しか会わないから」

「阿久津さんも大学の関係なんですか?」

 木村と阿久津が親しそうに話すので奈美香は疑問に思った。

「いや、俺は普通のサラリーマンだよ。俺と木村君だけ皆勤賞だから、もう覚えちゃったんだ」

 阿久津は白い歯を見せて笑った。事前に聞いた話ではこのパーティーは評判が良くないので、阿久津は物好きな方だと言える。確かに、この四人を除けばあとは三人しかいない。 

 二十代前半と思しき女性と中年の女性が二人。そのうちの一人がこちらに向かってくる。

「あら、彰君じゃない。久しぶりね」女性が阿久津に向かって微笑んだ。

「ん? 京子じゃないか。五年ぶりくらいか?」

「ええ、そのくらいね。えっと……」奈美香たち三人を見て少し考え込んだ。「あら、あなたには一回会ったわね」彼女は木村に尋ねた。

「ええ、教授のパーティーで。こちらは従妹の矢式とその友人の猪狩君です」

「こんばんは。矢式奈美香です」本日何度目になるだろうか、自己紹介をして猪狩とともに頭を下げた。

「はじめまして。瀬戸京子です」瀬戸はにっこりと笑って礼をした。「それにしても少ないわね。久しぶりに来てみたんだけど」

「まあな、忙しい奴もいるし、愛想尽かしたやつもいるからな。ただ、この少なさは今までで一番じゃないかな?」

「前来たときは、倍くらいいたわね」

「ああ。怜次とかは来そうだったんだけどな。東京に転勤になったらしい」

「懐かしいわね、怜次君。私、しばらく会ってないわ。彼、元気? そう言えば……」

 二人が昔話に花を咲かせてしまったので、三人はその場を離れる事にした。

「うーん。阿久津さんたちも言ってたけど、今年は特に少ないなあ」木村がつぶやいた。

「あの人は?」奈美香はソファーに座っている、女性に目をやる。

「あの人は教授の奥さんだよ。静江さん。で、あっちが娘の結衣さん」

「ふーん。もしかして、これで全員?」

「そうみたいだね。僕ら以外はあの二人だけか。いやあ、来て良かった。この少なさで来なかったら学校で何言われるかわかんなかったよ」木村は肩をすくめた。

「私は顔を覚えられたくないわ」

「奈美香は他学科だからいいじゃないか。猪狩君はうちの学科だよね?」

「はい。けど佐加田教授は知りませんでした」

「そうだね。教授の授業は三年後期からだ。私生活は偏屈だけど、授業はたぶん面白いよ」

「考えておきます」

「ところで、猪狩君はゼミは?」

「哀澤先生のゼミにしました」

「ああ……。ゼミはどう?」

「まだ始まったばかりなんで、何とも……」

「そう。頑張って。いい先生だよ。学生の間では偏屈って言われたりもするけど」

「良兄の学科は偏屈しかいないのかしら」

「そんなことないよ。哀澤先生はいい人だってば」

 自分の恩師をフォローしなかったのは、わざとなのだろう。

「で、その偏屈教授その一はどこ?」

「ええとね……」木村は辺りを見渡す。やはりフォローはしなかった。「あ、来た来た」

 ホールとは別の奥の扉から、中年の男性が出てきた。彼が佐加田教授らしい。

 髪は豊かだが若干白髪が混じっている。中肉中背で、普通すぎて体格を表現しづらい。ヒールを履いた静江より少し高いくらい。痩せているとは言い難いが、決して太っているわけではない。

「おうおう、今年は少ないねえ」入って来るなり教授は顔をしかめた。

「あんたの破天荒さについていけないのさ」阿久津が笑って冷やかす。

「ということは、君らは私についてこれる猛者というわけだ」教授は声を上げて笑った。「さて、別にどうこうしようって事はない。まあ、乾杯くらいはしておこうか」教授がそう言うと、静江が教授のグラスにシャンパンを注ぐ。客の方は、いつの間にかやってきた柏田が、注いでいた。

「ええと、お二人は……」

 奈美香と猪狩のところに来た柏田が一瞬躊躇した。

「大丈夫です。成人してますから」

 奈美香がそう言うと、彼は安心して微笑み、二人のグラスにシャンパンを注いでいった。

「じゃあ、乾杯」佐加田教授が言った。

 形式ばった事が嫌いなのだろう。適当に挨拶を済ませると、グラスを上げ、口につける。

 奈美香もそれを飲んだ。普段、居酒屋で飲むようなアルコール類よりもはるかに美味しく、驚いた。

「では、皆さん遠慮せずにお食べ下さい」静江の方が口を開いた。

 奈美香は事前に聞いていた情報から、食べるのを少し躊躇った。しかし、皆が食べるのを見て食べ始めた。

「うわあ、美味しい!」

「ワサビは入ってないみたいだね」

 木村がそう言ったのが聞こえたが、もはや奈美香にはどうでもよかった。あまりに美味しいので警戒するのがもったいない。この手は去年使ったから、今年はむしろ安全だろう。おまけに立食なので、周りに自分がどれだけ食べたか知られにくい。食い意地が張っていると思われるのは、女性として恥ずかしいので好都合だ。

 女としての矜持をそれなりに損なわずに済む環境で、彼女は歩き回って食事を吟味した。

「ずいぶん食べてるな」

 しばらく食べていると隣で声がした。

 驚いて振り向くと猪狩だった。相変わらずの黙りっぷりで、見事なまでに気配を消していたようだ。忍者にでもなれるのではないだろうか。

 かなりの量を食べていることは、彼には見事にばれていたようだ。

「いいじゃない、美味しいんだから」

 奈美香は反論したが、猪狩はたいして興味を示さなかった。

「それはそうと、このあと何かあるのか?」彼は話題を変えた。

「え? さあ、何もないんじゃない?」一番聞かれたくない質問を彼女は誤魔化した。

「なかったら俺を呼ばないだろ。藤井はともかく新川を呼ばないのは面倒なことがあるときだ。それに電話で俺が即決したときの反応を聞けばなおさらだ」

 猪狩の言うとおりだ。しかし、奈美香は料理の美味しさにそのことをすっかり忘れていた。アルコールのせいでどうでも良くなっているというのもあるかもしれない。自覚しているだけ、まだ安全圏なはずだ。

 とはいえ、本当に何も起こらないのではないかとも思える。今のところ何かが起こる兆候はない。

 と、考えて、何かが起こる兆候があったらそれは、悪戯として意味のないことだ。結局、相当に酔いが回っているのかもしれないと嘲笑が漏れた。

「何だよ、気持ち悪い」

「何でもないわよ! で、何だっけ? ああ、そうそう、教授が悪戯好きで、何かあるかもしれないってだけよ。去年はデザートがロシアンルーレットになってたらしいわ」

「たちの悪い悪戯だな」猪狩は呆れたように鼻から息を漏らした。

「まったくね。今年は何も起こらないといいけど」

「毎年やっているんなら、望みは薄いな」

 彼のその言葉で、一昨年以前はどういった悪戯だったのかが奈美香は気になってきた。すぐそばに木村がいたので近寄って聞いてみた。

「ねえ、良兄。一昨年はどんな悪戯だったの?」

 彼は手当たり次第に料理を皿に盛っているようだった。奈美香は彼の無節操さに眉を顰めた。彼は彼女の問いかけに手を止めて、考える仕草をした。

「ん? ああ、なんだっけな……。そうだ、確かお土産がびっくり箱になってたんだ」

「……くだらない」彼女は鼻で笑った。

「うん。で、その前が酷かった。玄関の前が落とし穴で、見事に僕がはまった。あのときはスーツが台無しになったよ。前の年に遅刻しちゃったから、気をつけて一番に来ちゃったんだ」彼はため息をついた。

「……危険ね」

「その前は、部屋に血みどろ死体が……」

「え!?」

「と思ったらケチャップまみれのマネキンだった」

 彼女は閉口して感想も言えなくなってきた。

「その前は……」

「もういいわ……」

 奈美香は頭が痛くなってきた。本当に佐加田教授は大人なのだろうか。大人の皮を被った小学生のようだ。これほど無意味な悪戯に熱心な人種を奈美香は見たことがない。油断してはいられないとつくづく思った。

「あ、デザート」

 猪狩の声に反応して彼の視線を追うと、柏田がデザートを運んできた。

「やった!」小さくガッツポーズ。

 奈美香は数種類あるデザートの中からモンブランを選んだ。そして、揚々と口へ運んだ。

「!!!」

 奈美香は声を出そうとしたが、言葉にならない。食堂にいたほぼ全員が驚いて視線を送っているのは自覚できたが、それどころではなかった。

 数秒後には教授が大声で笑い出した。

「二年連続で木村君の学生か! ツキがないな、木村君!」

「ツキがないのは僕じゃないですけどね」

 木村がため息混じりに言っている横で、奈美香は怒りと困惑が混ざり合っていた。吐き出せない、呑み込めない。どうすればいいかわからなかった。

「お、うまい」

 猪狩がプリンを食べてつぶやいたのを聞いて、殴り倒してやろうかと思った。

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