紫の猫
「んだよこれ! おい、モノ!」
「うるさい黙って屠れ」
野盗たちにしては強い上に数が冗談じゃないくらい揃っている。ウォルはナックルを装備し、敵を撲殺していくがキリがない。一方でモノは特に武器を持たぬまま、次々と敵を倒していく。外傷はなく、気絶しているだけだが、そこにすかさずカリウスとクラウンが短刀でトドメをさしていった。
「明らかに異常だな。ヘル一人だけで向こうは大丈夫だろうか」
「ヘルにぃは純粋な実力なら僕らより強いから大丈夫だよ。それより、僕らどーするの? 全部殺りきれる?」
ウォル、モノ、カリウス、そして馬車の御者をしていたクラウンの四人で背中を合わせるようにするとクラウンが表情を歪めて言った。
「この襲撃者ども、恐らくマジックテントが狙いなんだろう」
この場合のマジックテントとはルイン一座が保有するミニチュアサイズの家に数多くの人間が過ごせるという非常識極まりない道具のことだ。なんでも、異空間につながってとかで様々な物理法則を無視しているらしい。
幹部たちが乗っていた馬車以外は公演用の道具や積荷、仮住居のためのテントなどが詰まった馬車だったのだが人間は御者だけで、軽傷重傷の違いはあれどとりあえず命だけは拾っていた。なので、幹部たちがいた馬車にあるマジックテントだけは死守せねばならなかった。戦闘ができない奴らがいるため、できるだけ馬車に生身で乗らないようにと対策した結果なのだが逆にマジックテントを破壊されれば全員が死ぬということも起こり得るのだ。
「――やってもいいか?」
「するのは止めないがお嬢さんに見られたりしてみろ。お前間違いなく拒絶されるぞ」
「うへぇ、それは嫌だわ」
ウォルは本当に嫌そうに言うと気合を入れるために強く腕を振った。
しかし、途端に野盗たちの動きが止まり、逃げるというより退避という形で一斉に走り去った。
「はぁ? なんだあれ」
「目的を果たしたってことじゃないか? しかし、テントが盗まれたならクラウン様がわかるはず……」
怪訝そうに目を細めてヘルたちのいるはずの馬車に向かう。
血臭漂う中には、肩を抑えながらぐったりしているヘル。テントは傷一つないようだがレイラの姿はない。
「おいヘル。何があった」
「――っ、奴ら、最初から……あいつを狙ってたようだ」
「お嬢さんのことか? だとしても何でお前が負けるんだ。捌けない敵じゃないだろ。チェシャはどうした」
モノの叱責に返す言葉もないようでヘルは傷を庇いながら「すまない」と呟いた。幹部で人に関心が薄いくせに責任感は強いヘル。それが幹部たちが心配する彼の悪い癖だ。チェシャは馬車の中にはいないことを確認しクラウンはにやりと笑みを浮かべたが他の幹部たちは気づかない。
「……それで、お姉ちゃんは放っておくの?」
カリウスの困ったような呟きにヘルは即座に反応した。
「仕方ない。一座に関することだとまずいし逃げた方角を――」
「その必要はない」
クラウンが微笑をたたえながら言うとモノが目を細めながら苦言を呈する。
「その理由は? バラされたらまずいでしょう」
「……チェシャが連れて帰るだろうからな。あの子はチェシャのお気に入りみたいだし」
一座の猫は執念深いからね、と呟いたクラウンにモノは無言で視線を向けていた。
まるで、憎い相手を見るかのような目を。
目を覚ますと自分の体が誰かに担がれていることに気づき慌ててそれを振り払おうと暴れた。
「放し――放してっ!!」
しかし襲撃者は全く影響を受けず私を放そうとはしない。いつの間にか森の中を移動していることから馬車からは相当離れたのではないかと思われた。
このままあの一座から逃げられる、と一瞬でも思わないのはこの襲撃者たちが明らかに危険な雰囲気をまとっていたからだ。いくら一座が恨みを買うような所でも、だ。
どうせろくな奴らではないのだからこのままでいてもまた別の場所で奴隷にされるか売られるかだ。
そう思って抵抗しても振りほどけるはずもなくただただ恐怖が増していく。
「助けて――」
誰もその呟きに返す者はいるはずもない――と思われた。
「うん、今助けてあげる」
襲撃者の頭を真上から叩く謎の存在が視界の隅に映る。叩くというより踵で頭を攻撃したというのだろうか。その衝撃は凄まじく襲撃者はよろめいて私を抱える手がゆるんだ。
その隙を逃さないように力の限り暴れると男の腕から逃れることに成功する。しかし、まだ意識のある男はもう一度捕まえようと手を伸ばすが助けてくれた謎の存在に蹴り飛ばされ、木に打ち付けられる。おそらく意識を失ったのだろう。ぐったりとして動かなくなる。それを確認すると自分の体からどっと汗が吹き出すのを感じた。
助かった、のだろうか……?
助けてくれた存在もまた別の襲撃者かもしれない。一座にこんな人はいなかったはず――人?
「にゃににゃに? 大丈夫?」
紫と桃色の猫耳に背後で揺れるしっぽ。男にしてはまるで旅芸人のような身軽な服装に目を奪われる。何よりも耳としっぽが奇妙すぎる。髪の色は紫に近く瞳も濃い紫色だ。まるで人間じゃないかのような雰囲気を醸し出す男――少年と青年の境目ほどの彼は首を傾げながら言った。
「にゃんで何も言わにゃいのレイラ」
「どう、して……私の名前……」
声が知らず知らずのうちに震える。するとズキズキと頭が痛む。目を開けていることが辛くてまぶたが勝手に降りてしまう。
「あー、一座から離れすぎたから奴隷の呪いか……大丈夫。ちゃんとにゃーが連れて帰るから」
その優しい声を聞いて、私は夢へと落ちていった。
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