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血潮の襲撃



 三日後、下働きをさせられながら団員たちにもみくちゃにされるという流れがお決まりになってきた。

 どうやら次の公演をする町にもうすぐつくらしい。不思議なことに馬車は少なく団員の大半は例の不思議な館で待機しているらしい。しかし私は下働きとして移動中も馬車の中で過ごしていた。

 当然のごとく誰かと一緒になるのだが。


「てめぇモノ! 今イカサマしやがったな!!」

「イカサマをやっと見抜けるようになったか。ウォルの頭の悪さ、少しは改善されたのかな」

「……ポーカーくらい静かにできないのかウォル」


 すごくうるさい。

 しかもなぜか、幹部と分類される彼ら――ウォル、ヘルさん、モノさん、そして端のほうにカリウスと私、そして私がこうなった原因の猫が同じ空間にいるのだ。

 馬車といっても大きいのでこの大人数がいても狭くは感じないが騒音ばかりはどうしようもない。

 せめてあのマラさんたちと一緒にして欲しかった。そうすればまだ心休まるかもしれないというのに。

「レイラねぇ、元気出しなよ。確かにウォルにぃはうるさいし全体的に野暮ったいし面倒な男だけど根は純粋だから。多分」

 フォローになってないようなことを言いながら猫の前足を掴んで持ち上げるようにして遊んでいる。うにょーん、という効果音が聞こえてきそうだ。

「そういえばレイラねぇはチェシャが連れてきたんだっけ。チェシャは可愛い女の子に目がないもんねー」

 前足を無理やり動かしながら笑うカリウス。正直、この猫に恨みはないとは言えないのでうまい言葉がでてこない。つぶらな瞳で見てきても許さないんだからね、と言ってやりたくなる。

「レイラねぇ、ちゃんと名前で呼んであげてね。チェシャ喜ぶから」

「……えっと、チェシャ?」

 カリウスの純粋な目に負けた。仕方なく名前を呼ぶと、チェシャはどこか嬉しそうにふみゃーと鳴いた。

「ほのぼのしてんなぁ、そっちは」

 トランプをしまいながらウォルが言うとモノさんがウォルに向かって微笑みながら辛辣な言葉を放った。

「お前という存在はむさくるしいから近寄るなよ? 数少ない癒やしに汚物が入ったらたまらないからな」

「……お前は俺をなんだと思ってんの?」

 一見、和やかな会話だが内容は全体的に毒々しい。

 こんな所にいるせいか、カリウスとチェシャだけが心の癒やしになってしまいそうだ。チェシャはいつの間にか私のもとへきて顔を摺り寄せてくる。

「……お嬢さん悪いことは言わない。その駄猫に近づかないほうがいい」

 顔をしかめるモノさんはチェシャの首根っこを掴んで持ち上げる。するとチェシャは不満そうに鳴いた。

「駄猫。晩飯にされたくないなら少しは自重するんだな。次から次へと問題ばかり持ち込んで……」

「その問題って私のことですか」

 チェシャを奪い、抱きかかえるとモノさんは更にしかめっ面になる。私の腕の中でチェシャはどことなく勝ち誇っているような気がした。

「まあ、お嬢さんがここに迷い込んだのもこいつのせいだしね。お嬢さんだってこの駄猫のこと憎いはずだろう?」

「そう、ですね……」

 確かにちょっと、いやかなり憎い。けれど今更どうすることもできないのだから仕方ないのでは。

「というかチェシャは――」

 すると、ウォルが何か言いかけた瞬間馬車が大きく揺れた。

 明らかに不自然な揺れにその場にいた私以外のみなは一様に反応し、警戒するように顔を引き締める。

「……またか」

 忌々しげにモノさんが舌打ちすると馬車から何も言わずに出ていった。それに続くようにウォルとカリウスが素早く馬車から出ていくが、ヘルさんはそのまま警戒しつつも馬車に残った。

「あ、あの……何が……?」

「恐らく野盗の類だ。今頃あいつらが適当にあしらってるはずだろう」

「や、野盗?」

「――とみせかけた一座への妨害、だろうな。最近はやり方が顕著になったし、こちらも対策はしている。現に、他の団員はテントから出ないよう命令してるからな」

 だとしても物騒な話だ。まあ、人を奴隷扱いするこの一座だからどこから恨みを買っていても仕方ないとも思える。

 というか、ヘルさんて意外と喋る人だったんだな、と印象が変化した。物静かというか必要以上に喋らないという感じだったのに。

 気がつくとチェシャはどこかへ消えていた。

「……俺のすることは団員がいるテントを守ることとついでにお前を守ることだ」

「はあ……そうですか」

「だから、できる限り俺の言うことを聞いてくれ」

「はあ……」

 何だろう。嫌な言い方じゃないせいなのかとても安心できる。どこかの嫌味魔人は見習って欲しい。

「……ヘルさんって、意外といい人なんですね」

「……初対面がアレなのによくもそんなこと言えるな」

 呆れつつも警戒を怠らず武器である剣――片刃で反りのある刀身であり、ジーンが扱っていたものとは明らかに違うものだ。それを鞘から抜き真剣な面持ちで構え、私を庇うように馬車の入口へ切っ先を向けた。

「くるかもしれない。俺の前に出るな」

「は、はい……!」

 緊張感が限りなく張り詰める。ヘルさんが動いたと同時に馬車に五人、野盗らしき男が押し入ってきた。

 圧倒的不利な状況にも関わらず、ヘルさんは剣を一閃し、野盗を次々と切り捨てていく。そのたびに、鮮血が馬車内に飛び散り視界が赤く染まる。吐きそうなくらいの血潮の臭いに思わずくらりとするが、この状況で気絶するなんてこともできるわけない。

 ふと、ヘルさんのほうを見ると、物影からヘルさんを狙う野盗の姿が目に入った。

「ヘルさん後ろ!」

「っ――!」

 私の声に反応して背後から襲い来る敵の攻撃を避け、返り討ちにした。馬車に入ってきた野盗は結局九人。その分の死体――確証はないが血の量や切られた部分からして間違いなく死んでいるだろう――それが床に敷き詰められるように倒れている。

 怖い。当たり前のように死を見るというこの状況がというよりも、いつか自分もああなるのかという考えの方が強かった。

 顔についた返り血を袖で拭こうとするヘルさんはすでに袖が血に染まっていることに気づいてやめた。そして私を見て感情の読めない瞳を向けて言った。

「気絶したりしないんだな」

「……できるものならしたかったです」

「だろうな」

 その辺にあった布切れで顔を拭くとヘルさんは忌々しげに外へと視線を向けた。

「今日の襲撃は不審すぎるな……。向こうでも何か――」

 すると何故かヘルさんはハッと、珍しく表情がこわばりこちらを向いた。

 何かを言いかけたが、驚いたように私のほうへと体を向け――そこから私の意識は途絶えた。



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