可笑しな団員
夢だったらどんなによかっただろう。
悪夢であってくれと願ったことは現実でしかなかった。
「うぅ……何この量の洗濯……今日中に終わるの……?」
「終わるのじゃなくて終わらせるんだよ、お嬢さん。うちの団員はすぐに服を汚すから困ったものだよ」
私が洗濯物と格闘している後ろで銀髪の青年――モノ・ポリーさんは優雅にお茶を楽しんでいた。
「見てないで手伝ってくれたっていいじゃないですか! 一人じゃ無理だってわかってるくせに!」
「手伝う? 私が君を? 冗談は顔だけにしておくんだね。私は君の見張りをするのが仕事なんだ、し・ご・と。つまりやりもせず無理だ無理だと文句を言う君みたいな堕落した若者とは違ってちゃんとした仕事をこなしているんだ。ついでに言うと私は普段この一座の副団長代理という立場であって部下や下働きの様子を監視することはとても重要なことなんだ。もちろん君が逃げたり馬鹿なことを考えなければこういう余計な仕事が増えないというのにそれを棚にあげて人に当り散らすとは……嘆かわしい。それに洗濯物の仕事はつい先日まで一人でこなしていた奴がいたんだ。やろうと思えばできるんだよ。やる前から結果を考えているから成果が出ないんだよ。つまり、君は自分の無力さを棚に上げて私に当り散らし文句を言う現代の若者の鏡ということなのだよ」
長い。嫌味言うだけでこんなに長い。
あの日、勝手に契約とやらをさせられた時、意識を失ったあと、目が覚めたら五日も過ぎていた。
カーリエからとっくに出立しており一度逃げようとしたのだがことごとくこのモノと名乗る青年に阻まれた。
なんでもしばらくの間見張り役を任されたらしく基本つきっきりだ。
そしてこういった雑用を時々任されるのだが手伝うどころか高みの見物といった感じで私のことを嘲笑っている。そして、嫌味がこの上なく鬱陶しい。
そんなこんなで目覚めた日から五日たったのだがこの嫌味だけは慣れない。
ジーンこういうときは頼んでもいないのにしょっちゅう手伝ってくれていた。今思えばジーンはいい奴だったんだと痛感した。もちろん、もう会えないだろうが。
ジーンやおばさんはきっと心配しているだろう。それこそ道に迷って夜にボロボロのなりで帰った日には卒倒されたくらいだ。逆に心配症すぎて少し面倒と思ったこともある。
それなのに五日近く何も言わずに消えたとなればおばさんなんかは心配通り越して倒れてしまいそうだ。
せめて別れる前に何か言っておくんだった。こんな形で別れるなんて最悪だ。
「帰りたい……」
思わず漏らした呟きにモノさんは反応した。
「ほら、愚痴ってる暇があったらきりきり働きなさい。お嬢さんだって痛い思いはしたくないでしょう。まったく、これだから田舎の娘は……」
「もう! なんでそんなに嫌味っぽいんですか! ていうかお嬢さんっていうのやめてください。子供みたいじゃないですか」
お嬢さんじゃなくてお嬢ちゃんって言われてたら多分今よりも怒っていたがまだマシだったのでそこまで怒りはなかった。
「お嬢さんにお嬢さんと言って何が悪い。実に的確かつ分かりやすい呼称だと思うけれどね。そうやって自分に対する呼称に文句をつけるのは自分でそう呼ばれたくない、もしくは認めているがゆえに反発するのどちらかだと思うんだが。まあお嬢さんの場合はどちらもなのだろう。それに、お嬢さんはまだ十代だろう? 私の見立てではざっと十六から十八だと思ったのだが……」
「十七です! あなたはきっとものすごいおじさんなんですね、そんな風に子供扱いして!」
「残念ながら私は現在二十一歳だお嬢さんとは四つ違いだな」
意外と若いことに少し驚いた。てっきり口調とか雰囲気的に二十代後半とかだと思っていた。
するとモノさんは不愉快そうに顔を歪めた。
「お嬢さん、もしかして私のことを二十代後半とか思ってたりしたのかい?」
心を読んだのかと思うくらい的確な突っ込みに思わずひるんだ。しかし自分に偶然だと言い聞かせ落ち着きを取り戻す。
「さあ。私の考えなんてどうでもいいじゃないですか。ここでは私はただの雑用をこなすだけの奴隷でしょう」
嫌味を込めて言うとモノさんは私の本心を探るような目で見てくる。
なぜかドキッとしてしまったが顔が無駄にいいせいだと思う。普通っぽいのに顔はいいこの矛盾。
互いに無言で睨み合う。そんな時間が一瞬なのかとても長い時間なのか定かではないがある声にその空気は粉砕された。
「おーい、モノー! 団長が呼んでるぞー……っておお、例の子か!」
軽薄そうな、先日出くわした金髪の青年。
品定めするような視線に思わず苛立ちを感じてしまう。
「あ、俺ウォルな! ながーい付き合いになるだろうしよろしくなっ! あと名前は呼び捨てでいいからな!」
長い付き合いになりたくないんですけど。子供っぽい笑みを浮かべられるとちょっと反応に困る。
しかも対等ではない関係なのにどうよろしくしろというのだ。
すると笑みを浮かべたまま右手を差し出してきた。
普通に考えれば握手を求めているんだろう。いやだからどうしろと。
見れば見るほど大人の顔立ちなのに子供の雰囲気を醸し出しているなんとも言えない青年だ。
おそるおそる手を出し握手をしようとして触れる寸前、ウォルが視界から消えた。
かわりにすぐ近くに黒髪の青年が立っていた。私を殺そうとした、恐ろしい人。
驚いて辺りを見回すとなぜか数メートル離れたところでウォルが倒れていた。
「油断したらすぐこれだ……おい、ヘル。いくらなんでも吹っ飛ばしすぎだ。何か壊したらどうする。ついでにお嬢さん驚かすな、面倒だから」
「――手加減はした」
数メートル程先に大の男を吹っ飛ばせるのを手加減と呼ぶのだろうか。もはや本気の域のような気がしてならない。
ウォルは頭をぶつけたのか頭を押さえながら立ち上がる。
「おい、ヘル! いきなり蹴るんじゃねぇよ! 危うく怪我するところだったじゃねーか!」
今ので怪我してないの、という突っ込みは心の中に留めた。きっとここの人に何言っても無駄だ。常識は通用しない。
ヘルと呼ばれた男は小さくため息をつく。
「お前のことだからあわよくば『味見』とか考えてたのだろう。純粋な握手を求めるお前は鳥肌以外の何ものでもない」
「確かに。下心あるとしか見えないくらいだったよね。まあ面白いから放っておいたけど」
この人たちの会話はよくわかんない。心の底から思う。わかんなくていいけど。
「くそ~どいつもこいつも……俺は団長とか腹黒副団長とかにこき使われているかわいそうな女の子を慰めてあげようと」
「お前の慰めはまた違うだろうこの年中発情期男。とっととそこらへんの湖なり川なりとりあえず飛び込んで溺れろ。そして死ね――死ね」
「何で今最後二回死ねって言ったんだよ!? 何でモノはそんなに辛口なんだよ! 俺の何が気に食わないんだよ」
「明らかに万年発情期なところと軽薄かつ厚顔無恥で愚鈍なところだろ」
「いや私はそこまで思ってないよ……」
……ついていけない。洗濯の続きしよう。
この数日で私の感覚色々狂った気がしてならない。
嫌味ったらしいモノさん。
ちょっとよくわからない青年ウォル。
相変わらず怖いヘルさん。
これからこの人たちと一緒なんて考えるだけで恐ろしい。ついでに言うとあの鬼畜団長がいるのだ。
ちなみにあの人の名はクラウンというらしい。偽名であるが。モノさんに本名をそれとなく聞いてみたら嫌味をたっぷり込めて言われた。
この一座でも団長の本名を知る者はほぼいないらしくモノさんも知らないらしい。
鬼畜団長クラウン、名の通り道化師の役割を持っているという。
おどけて観客を導き惑わす道化師――。