迷い込んだ先は
「はあ、はあ……待ち、なさいっ……!」
ようやく追いついたが乱れた呼吸のせいでうまく喋れない。
いちかばちか猫に飛びかかりしっかりと抱きしめる。
猫は最初こそばたばたと暴れていたがすぐに大人しくなりくわえていたペンダントを落とした。
「もうっ! どれだけ人をおちょくって……あれ?」
落ち着いて周りを見渡すと見慣れない不思議な場所だった。色彩感覚が狂っているような装飾。
なぜ気付かなかったのかと疑問にすら思う場所のど真ん中にいた。
しかし街にこんな場所は存在しない。
「もしかして……ルイン一座?」
派手な装飾。テントのような仮設住宅。
となると本当にこの猫はルイン一座の猫だったのか。確かに珍しい猫だし異国から、というのだってありえる。
「舞台裏かな……早く出ないと怒られちゃう」
どちらが家なのかさっぱりわからないがとりあえず出なければまずい。
辺りをきょろきょろと見回すとある一つのテントがやけに気になった。
惹かれる何かがあるわけではないのに思わず近寄りたくなる、そんな奇妙な感覚が私の足を動かした。
少しだけ、少しだけ……。
テントの裾を掴みそっと持ち上げる。時間の流れが遅く感じた。
テントをそっと覗き込むその瞬間――
ひんやりとした物が首筋に当てられていた。
思わずその感触に驚きテントの裾を落とす。
経験したことはないがそれが一体何か、視界の隅に映ったおかげで分かってしまった。
剣――。ジーンが時々訓練で剣を持ち出すときに見たことがあった。
「ここで何をしている」
低い、感情があまり感じられない声。
振り向こうと思っても剣の恐怖で振り向けなかった。
「誰だか知らないが侵入者は――」
「おーい、ヘル……って何してんだ?」
少し離れたところから男の人の声がすると近づいてくるような足音がした。
「女の子じゃんか。何、お前連れ込んだ?」
「馬鹿か。侵入者だ」
「マジ? どっから入ったんだろうな。それはともかくとしていきなり殺すのはやめようぜ」
「一応理由を聞いておこうか」
「可愛かったり美人だったらもったいないじゃん!」
二人の応酬を聞いていると今なら逃げられるんじゃないかと考えたが変に動いたらまずばっさりやられかねないだろう。いつの間にか剣は下ろされていたので恐る恐る振り返る。
そこに居たのは二人の美形男子。
剣を持っている方は黒を基調とした服で髪も黒。ジーンも黒ではあるがまた少し違う感じがする。ジーンが普通の黒ならばこの人は漆黒といった感じだ。
隙がない眼差しにすらっとした体つき。恐らく十人中十人が美形だと判断するくらいかっこいい。
もう一人は全体的に派手な印象で癖がある金髪も派手さを強調していた。
大人っぽいような子供っぽいような不思議な感じがする容姿は恐らく女子から人気がありそうだ。少し軽そうな印象があるが瞳は鋭く獲物を狙う獣のようだ。
黒いほうが冷静な犬だとしたらこちらは獰猛な狼といった感じだ。
「秘密を知られたなまずいだろう。即刻始末を――」
「頭固いって。俺なら一回くらいやってからだな」
「お前は一回地獄に落ちろ」
「ちょ、親友に向かってそれはひどいだろ」
「親友? お前と俺がか? 寝言は寝てから言うんだな」
……これ逃げてもいいのかな。だんだん話が逸れてる気がしてならない。
一歩一歩、気づかれないように距離を取る。そして一気に駆け出した。
「なっ――」
「おー、逃げたな」
後ろで何か聞こえたが構っていられない。猫を追いかけていたときよりも早く走らなければ、一刻も早くここから逃げなければ。
しかし、角を曲がろうとして誰かとぶつかりその場で転んでしまう。
急いで立ち上がりその場から逃げようとすると強く腕をつかまれる。
体が引き寄せられ目と目が合う。
先ほどの二人のせいだろうか。やけに普通の青年に見えた。
顔の造形は整っており美形ではある。しかしまともというか普通という印象が先駆けたのはやはり先程の濃すぎる二人のせいだと思う。
銀色の髪は微妙な長さで適当にまとめておりかっこいいのにやはり普通という印象が抜けない。
「お嬢さん、こんなところで何してるんだ?」
優しそうな声で囁いてくる。甘い香りが漂いくらくらしそうだ。
そこで私は逃げてることを思い出し手を振り払おうともがく。
そんな私の行動に呆れるかのように青年ははぁ……と息を吐く。
「まあここにいるってことは侵入者かな。うーん、顔は悪くないけど微妙に好みじゃないな……」
「ちょっと、離してくださいっ!」
なんか少しむかつく。でもそんなこと気にしてられない。
しかし異常なまでに強くつかまれた腕はどうやっても振り払えない。
「まあいいか。とりあえず捕獲」
その一言を聞いた途端視界がぐにゃりと歪んだ。
水の波紋が広がって消える。そんな光景が浮かび――私は暗闇に落ちる感覚に囚われた。
「モノ、そっちに侵入者が――なんだ、捕まえてくれたのか」
「見つけたのに何逃がしてるんだヘル。相変わらず役たたずだな。まあ期待はしてないさ」
素晴らしいほどの笑顔で罵倒を浴びせるモノという青年。
レイラを乱暴に抱えているとヘルは微妙な表情を浮かべる。
「とりあえず始末するんだろう。俺が見つけたから俺がする」
「一度取り逃がしたお前に任せられないね。そもそもせっかくの上玉だし団長の判断を仰ぐことにする」
「え、じゃあ一発俺やってもいい――」
「黙れこの万年発情期。そのへんのネズミにでも欲情してろ」
金髪の青年の言葉をモノは一蹴し意味ありげに笑った。
犬よりも狼よりも鋭く、獲物を嬲るような瞳で。
「面白くなりそうじゃないか」
まもなく始まるサーカス。それはひとときの夢。そして、永遠の悪夢。
どうもです。とりあえず下品で――ごめんなさい(笑) 逆ハーなのですが最終的にくっつく相手は意見聴きながらできたらいいなぁーとか思ってます。時々アンケートをとるかもしれないです