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どぶさらい令嬢の手は誰よりも力強く、美しい

作者: 満原こもじ
掲載日:2026/07/11

 ――――――――――トパルジア王国第三王子メルヴィン視点。


 どぶさらいに関してどういうイメージを持つか。

 キツい、汚い、危険、嫌い、気持ち悪い、関わりたくない、そんなところだろうか?

 少なくとも貴族の子女が喜んでやることではないと思っていた。


 ところが王立アカデミー生の中に、嬉々としてどぶさらいをやっている者がいるのだ。

 しかも女の子なのに。

 その名をジェーン・ピアソン男爵令嬢という。

 どぶさらい令嬢としてちょっと知られている。


 金銭的に苦しくてそんなことをしているのだろうという、初期の観測ではあった。 

 誰かがジェーン・ピアソン男爵令嬢がどぶさらいのアルバイトをしているとして、教師に通報した。

 王立アカデミーはアルバイト禁止の原則だったから。

 しかしジェーン嬢が依頼斡旋ギルドを通して仕事を請け負っていたことは事実だったが、金銭を受け取っていなかったことが判明した。


 ギルドの職員は言った。


『ジェーン・ピアソン男爵令嬢は依頼料を全て寄付に回しているのですよ。感心な令嬢ですよね。寄付はギルドが直接担当しているので、明細なら出せますよ。必要でしたら仰ってください』


 奇特な令嬢だという評価に変わった。

 僕もジェーン嬢に聞いたことがある。

 どうしてどぶさらいなのかと。

 他にもやれることがあるんじゃないかと。


 ジェーン嬢は笑って答えた。


『いえいえ、どぶさらいなら誰でもできますから。汚くしていると瘴気が湧きやすいのですって。よろしくないですものね』


 瘴気が不潔な場所で湧くというのは経験論的だが正しいとされている。

 瘴気は病気やゴースト発生の温床となるのだ。

 しかしジェーン嬢自身が病気になることだってあるだろうに。


『わたしは洗浄や浄化の魔法を使えますので』


 ……えっ? ジェーン嬢魔法まで使えるの?

 成績がいいことは知ってるけど、スペック高くない?


『そんなことないのですよ。あくまで自分のためにできることをしているだけなのです』


 どぶさらいを自分のためと言いきるのか。

 どこまで意識が高いのだか。

 僕も一度ジェーン嬢に倣ってどぶさらいに参加させてもらったことがある。

 初めはジェーン嬢、困ったような顔をしていたけれど。


 一通り作業が終わったあとで、洗浄と浄化の魔法をかけてくれた。

 ジェーン嬢自身はまだ鼻の頭に泥がついていたのに。

 心地よい疲れに達成感があった。

 笑顔のジェーン嬢にドキッとした。


 しかしすぐに真面目な顔になって言ったね。


『やはりメルヴィン殿下がどぶさらいをするというのは違うと思います』

『しかし僕もジェーン嬢のように何かしたかったのだ』

『殿下は王族でありますので、他にやれることがありますよ』


 王族だからできること?

 ……なるほど、瘴気の湧かない都市を計画的に作るという方向性か。

 衛生面でも観光客を呼ぶという面でも重要になっていくだろうな。

 莫大な予算がかかることではあるが、我がトパルジア王国発展のために考えておかねばならない。


 ジェーン嬢の視野は広い。

 男爵令嬢の枠に収まらぬほどに。

 そして彼女の微笑みは美しい。

 ぜひ僕の婚約者になってもらいたいのだが、身分の差から難しいのかなあ?


          ◇


 ――――――――――ジェーン・ピアソン男爵令嬢視点。


 わたしは幸せになりたかったのですよ。

 でもそのために何をやったらいいかというのがわからなくて。

 淑女らしさや教養を身につけなさいとは言われます。

 でもそんなことは皆がやっていることですよね?

 疎かにするつもりはないですけれど、それだけで幸せが確約されることはないのだということも知っていました。

 じゃあ何をすればいいのでしょう?


『ではジェーン君にどぶさらいを任せるとするかな』

『は?』


 ある日の夜、わたしの寝室に神様が現れたのですよ。

 そしてわたしにどぶさらいを任せると。

 ちょっとわけがわかりませんでした。

 何故にどぶさらい?

 神様は言いました。


『ボクの事情からすると、下界の民の信仰心をたくさん得たいので、君達の世界を発展させたいんだよね』

『だからどぶさらいなのですか? 関連がわかりませんが』

『かもしれないね。まず、『衛生知識』をジェーン君に授けようか』


 わたしの頭に『衛生知識』が流れ込んできました。

 えっ、瘴気?

 食中毒の原因?

 流行り病のかなりの部分は奇麗だと発生しなかったり広がらなかったりするのね?

 どぶさらいってとっても重要ではないですか。


『神様がどぶさらいに注目したこと、わたしなりに納得しました』

『結構。ただどぶさらいをやったところで、ジェーン君にメリットがないよね?』

『そうですね』

『ジェーン君は幸せになりたいという願望がかなり強いと見た』

『幸せを授けてくださるのですか?』


 それだとやる気になりますね。

 あれ? 神様微妙な顔ですね。

 どういうことでしょう?


『……下界の民の欲望ってキリがなくてね』

『わかる気がします』

『どこまでどうなると幸せっていう基準も個々人で違うだろう?』

『はい、確かに』

『ボクとしては長い期間どぶさらいを続けて欲しい。しかしそのためにジェーン君のモチベーションが続かなくてはならない。そこでポイント制というのを考えた』

『ポイント制、ですか?』


 何でしょう、それは?

 神様の考えたことなら、わたしにメリットがあるのですよね?


『ジェーン君がどぶさらいをするたびにポイントを得る、と思って。そのポイントが一定以上になるとスキルを習得できる』

『スキルとは何でしょう?』

『例えば先ほど覚えてもらった『衛生知識』はスキルの一種だ』


 ははあ、なるほどです。

 そのための特別な教育を受けなくても、インスタントに知識を得られてしまうということですね?


『習得できるのは知識だけですか?』

『いや、例えば魔法も習得できる』

『えっ、魔法ですか?』


 魔法とは魔素を扱う特殊な技術です。

 一部の天才しか身につけられないという話を聞いたことがあります。

 その魔法をわたしが使えるようになるのですか?


『魔法を覚えるのって、ものすごく難しいらしいのですが』

『下界の民が習得するのはかなり大変だね。特にジェーン君には魔法の素質が全くない。普通に魔法を覚えようったってムリだと思う』

『ええ? それなのにどぶさらいするだけで覚えられてしまうわけですか?』

『それなりに道は険しいけど、努力次第で必ず習得できると保証しよう』


 わあ、すごいですね!

 見返りがあるのならわたしは一生懸命にやりますよ!


『ジェーン君が幸せになれるかまでは保障できない。が、普通では手に入れることのできないスキルというのは、幸せに近付くと考えていいのではないかな?』

『はい、十分なメリットです』

『ではジェーン君にどぶさらいを任せることは決定でいいかい?』

『お任せください』

『うん』


 神様がピカッと光りました。


『これで明日からどぶさらいでポイントが入るよ。ちょっと念じれば現在ポイントと次の引き換えスキルがわかるからね』

『ありがとうございます!』

『では、おやすみ』


 神様が去った途端、急速に眠くなって。

 翌朝起きた時は夢かと思ったのですよ?

 でも『衛生知識』をそのまま覚えていたものですから、あっ、これは本物だと気付きました。


『ジェーン、どぶさらいなんて本気かい?』

『はい、本気です』

『……まあ、誰かがやらねばならぬことか』

『でもジェーンがやることないじゃないか』

『いいのです。わたしはやります!』


 早速次の日からどぶさらいを始めたのです。

 両親やお兄様は怪訝な顔をしておりましたが。

 ひいひい、しかしこれは大変ですね。

 くたくたになりましたが、ポイントが入ってスキルを覚えました。

 えっ? こんなに簡単にスキルを覚えられるの? と思いましたが……。


 『抗菌』:病気にかかりにくくなる。


 ははあ、どぶさらいは不潔な作業です。

 病気にもなりやすいということは『衛生知識』からも理解できます。

 それで神様が配慮して、病気にかかりにくいスキルを早めにくださったのですね?

 ありがとうございます。

 わたしは頑張ります。


 昨日は自分の家の周りのどぶさらいをしました。

 次はどうしようと思いましたので、依頼斡旋ギルドに登録しました。

 かなりどぶさらいの依頼ってあるようなんですよ。

 これならどぶさらい先に困ることはありません。


『報酬は現金で受け取りますか? それともギルドに口座を作り、預かっておきましょうか?』


 ギルドの依頼窓口でこんなことを言われました。

 ……わたしは神様から報酬としてスキルをもらっています。

 二重取りは強欲なのでは?

 神様に呆れられてポイント制がなくなっても困りますし……。


『依頼主からいただいた報酬は教会とか恵まれない方達とかに寄付してもらえますか?』

『えっ?』

『寄付先はお任せしますので』

『こ、これが聖女か』


 違いますよ。

 わたしはそれなりにちゃっかりした女の子なのです。

 神様から普通では得られないような報酬をいただけますので、他は必要ないのです。


 それからも暇があるとどぶさらいに精を出し。

 『筋力アップ』『柔軟性アップ』『敏捷性アップ』『スコップ術』『土木知識』『土壌知識』『水質知識』『筋肉痛即行解消』その他もろもろのスキルを得ました。

 王立アカデミー入学直前でしたね。

 『魔道知識』のスキルを得たのは。


『やあ、ジェーン君。久しぶり』

『神様ではないですか。ごきげんよう』


 『魔道知識』のスキルを得た晩に、神様が再びわたしの寝室に訪れてくださったのです。


『いやあ、ジェーン君がとてもよく働いてくれるのでボクもありがたいよ』

『いえいえ、わたしこそスキルのおかげで楽ができます』


 知識系のスキルは、アカデミーでの勉強に役立ちそうなものもあるのですよ。

 体力系のスキルのおかげで楽に作業できるようになりましたし。

 『スコップ術』なんて農業実習で大活躍しそう。


『アカデミー入学前にここまでスキルを習得すると思わなかった。ボクもジェーン君をどぶさらい要員に選んでおいて何だけど、結構ビックリ』

『わたし、頑張ったと思います』

『そうだね。これだと間に合いそうだ』

『えっ、間に合う? 何にでしょう?』

『いや、こちらのこと』


 神様にも都合があるのですかね?

 ともかくわたしの働きが認められているようで嬉しいです。


『神様今日はどうなさったのですか?』

『『魔道知識』を得たろう? 魔法を習得する段階に入ったので、今日はレクチャーしに来たんだよ』

『いよいよ魔法ですか。ワクワクしますねえ』


 本当に楽しみだったのです。

 魔法を使えるようになるなんて。


『最初の時に言ったと思うけど、素の状態のジェーン君には魔道の素質は丸っきりないんだ』

『はい』


 『魔道知識』の内容を探ってみて理解できたことです。

 魔法を使うのって、本当に素質なのだなあと思いました。

 『魔道知識』だけあったってどうにもならないのです。


『とは言っても、『魔力操作』のスキルがあれば小さい魔法を一日一回くらいは起動できると思うんだ。大小はともかく、魔力は普遍的に誰でも持っているものだから。『魔力操作』『洗浄魔法』の順番で習得予定だからね』

『ありがとうございます!』


 『洗浄魔法』のあとに『魔力アップ』や『保有魔力量増大』、そして各種魔法を覚えていきました。

 充実感というか満足感で一杯でした。

 魔法を使えるって素敵なことですねえ。


 家族もわたしが魔法を使えるようになって驚いていましたよ。

 どぶさらいの成果ですと言ったら変な顔してましたけど。

 そんなこんなで、何と第三王子メルヴィン殿下にお声かけいただいたのですよ。


『ジェーン嬢はどぶさらいの奉仕活動に身を入れていると聞いた』 

『そんなことないのですよ。あくまで自分のためにできることをしているだけなのです』


 ひやああああ!

 さすがは王子様です。

 きらきらしいですねえ。

 でも『タフ』のスキルのおかげか、精神的にも落ち着いて話せますよ。

 ありがたいことです。


 えっ?

 メルヴィン殿下もどぶさらいをやってみたいのですか?

 意識の高いことですねえ。

 わたしは構いませんが……。

 一日殿下をつき合わせたあとのこと。


『やはりメルヴィン殿下がどぶさらいをするというのは違うと思います』

『しかし僕もジェーン嬢のように何かしたかったのだ』

『殿下は王族でありますので、他にやれることがありますよ』


 メルヴィン殿下が何かを考えていらっしゃいました。

 絵になりますねえ。

 惚れ惚れします。

 かと思ったら王家から婚約の打診が来たのです。

 メルヴィン殿下とわたしどうですかって。

 ええっ? 大変ありがたいことですけれど、身分が違いますよね?


 第三王子妃くらいになるとあまり身分は重視されないそうで。

 それより『どぶさらいの天使』の市民人気を買ったのですって。

 わたし『どぶさらいの天使』なんて言われているのですね。

 全然知りませんでした。


 アカデミーの成績がいいことや魔法を使えることも評価が高いらしく。

 メルヴィン殿下直々に『君しかいないんだ』って言われたんですよ?

 『君しかいないんだ』って。

 大事なことですので二度言いましたけれど。

 夢のようです。

 神様、ありがとうございます。


          ◇


 ――――――――――神視点。


 ジェーン君、おめでとう。

 ボクの考えを知る者が王族に嫁ぐことになると、大規模な公衆衛生対策が可能になるかも、とは元々考えていたんだ。

 王に直接指示すればいいだろうって?

 いや、それはできないの。

 下界にどれだけ干渉できるかというのはルールがあるんだよ。

 ボクが直接アプローチできるのは、下位貴族で当主でも嫡男でもない者まで。


 王子の元に令嬢を送り込むのがいい。

 対象の王子は、聡明で意欲のあるメルヴィン王子がちょうどよかった。

 第三王子だと、優秀な令嬢ならば身分が低くても婚約者として認められそうだから。

 メルヴィン王子とくっつける令嬢は誰がいいか? 


 どぶさらいに対して先入観を持たず、メリットがあればやってみようと考える令嬢。

 積極的でやる気があって、貪欲にスキルを得ようとする令嬢。

 メルヴィン王子に好まれそうな容姿を持つ令嬢。

 ボクはジェーン・ピアソン男爵令嬢をターゲットに定めた。


 とは言っても、実際にジェーン君がメルヴィン王子と婚約まで行くのは難しいと思ってたんだ。

 王族と男爵令嬢ではね。

 ジェーン君がよほどの実力を見せつけないと現実的じゃなかった。

 男爵令嬢がどぶさらいを行うことによって、公衆衛生の啓蒙活動になれば御の字と思っていたよ。


 ところがジェーン君は期待以上の働きを見せた。

 アカデミー入学前にあと少しで魔法習得というところまでポイントを貯めたものな。

 それだけどぶさらいを行っていればそりゃあ目立つさ。

 『どぶさらいの天使』なんて呼ばれて、王都市民の間では結構な有名人なんだよ。


 メルヴィン王子とジェーン君の婚約が成立した。

 まことにめでたいことだ。

 ジェーン君の影響力が大きくなると、その活動もクローズアップされるだろう。

 公衆衛生に対する意識向上は、トパルジア王国の発展に地味に効果を及ぼすだろう。


 でもさすがに王族の婚約者ともなると、しょっちゅうどぶさらいするわけにもいくまい。

 アカデミーの生徒会役員にも選ばれるに違いないし、人間関係が複雑になって忙しくもなるだろうしな。

 ジェーン君に最後のスキルを進呈しよう。

 『スライム飼育』だよ。


 貪食の魔物スライムを瘴気除去に使う手法が最近発明されたのを、ジェーン君は知っているかな?

 『衛生知識』を更新しておくからチェックしておいてね。

 衛生環境は重要という概念が世間一般に浸透したのは、紛れもなくジェーン君の功績だ。

 スライムを使った新下水システムを、いずれメルヴィン王子とともに導入してくれよ。

 比較的安価に導入できるのに、効果は大きいからね。

 ボクと下界の民と、ウィンウィンの世界が実現できるよ。 


 今日はメルヴィン王子とお茶会か。

 ジェーン君は幸せになりたいと言っていたね。

 表情を見ればわかるよ、君は幸せを掴み取った。

 君の実力で。

 ボクなんか道筋を作っただけさ。


 尊敬しよう。

 泥にまみれどぶをさらい、未来を拓いた君の手は誰よりも力強く、美しい。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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ほのぼのとしたお話で、読んでいるとほっこりとします。
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