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祝福を前にした人々〜神官、神になる



「戦争開始ー始まったー」


 子供の号令のように、エルメナが言うと共に、両軍がぶつかりあった。

 両陣営先日の数倍の兵力を投入しての、文字通りの総力戦。

 キルリスが勝利すれば、ミクレア姫奪還のためそのままタジストに攻め後だろうし、タジストが勝利すれば、そのまま好機と言わんばかりにキルリスへと進軍するだろう。


 両軍の弓矢が入り乱れ、キルリスの先方が陣地へと迫る。


 アルトは戦場を見てはいない。ただひたすら、無事に終わるようにと祈りを捧げ、周りの音も聞こえてこない。


「おーやれやれー。そこにゃぁぁぁ」


 随分視力がいいのか、豆粒程度にしか見えない戦場に向かって、エルメナは興奮気味に腕をぶんぶんと振りながら歓声を飛ばしている。


「いけー!!」


(うるさいなぁもう!!)


 僅かにアルトの思考に邪念が入った。

 その瞬間、戦場から轟音が響き渡った。


「うわあああああ!」


「今度こそ血が止まらないぞ!!」


 集中が切れた瞬間、祝福の範囲が急速に収縮したのか、戦場では倒れるものが続出した。


「あ、いや、やっぱ平気だわ」


 しかしながら、アルトはすぐに祈りを再開したので、大事には至らなかった。

 幸運なことに、重傷者はいたが、即死する者は出ず、祝福によって皆すぐに立ち上がった。



「あにゃ? 今ちょっとやばかったんじゃないかにゃぁ」


 驚異的な視力と耳を持つらしいエルメナには陣地での一部始終が伝わったらしい。

 隣でしゃがみこみながら祈るアルトを見ながら、「大丈夫かにゃぁ」と呟き、観戦するのにも飽きたのか、その場に寝転がった。

 血なまぐさい戦場とはうって変わって、アルトとエルメナがいる草原は静かで、トカゲやネズミがところどころを這っている。

 青々とした空に雲が流れる。エルメナは両手を頭の後ろに置いて空を見上げた。


「暇だにゃ」


 戦況を見守る人間の放つ言葉では無い。


 戦闘はしばらく続いた。姫を取り戻すという意思の元戦うキルリス軍は戦意が高く、タジストも守りに徹する他なかった。

 だがいつのまにか、両軍の矢は尽きかけ、地面には血が染み込んでいるのに誰も倒れないという奇妙な状況が続き、いつしか、先日のように、この現象への恐怖と戸惑いが心を多く占めるようになってきた。

 

「でもにゃぁ⋯⋯」


 体を起こし、エルメナは腕を組んだ。


「このまままたゾンビだーって逃げてもまた同じこと起きる気がするんだにゃぁ」


 うーん、と首を捻りながら考える。

 なにかもうひとつ行動を起こさなければ、問題は解決しない気がしたのだ。


 チラリとアルトに目を向ける。

 必死に誰かのために祈る姿は、滑稽に見える。

 あの兵士達が血を流したからどうしたというのか。戦争で国が焼け野原になっても、この男には関係ないじゃないかと、エルメナは心の中で問いかけた。


 戦争を終わらせてほしいと言ったのはエルメナだが、別にエルメナ自身、両国の人間がどうなろうち興味はなかった。


 ただ自分の元に戦火が迫るのが嫌で、久しぶりに目にした祝福を受けた人間の力を見たかっただけで、あとは好奇心で動いてたにすぎない。


 草をむしり、歯ですり潰すように加えたあとぽいっと捨てる。その仕草を3回ほど繰り返し、エルメナは立ち上がった。


 戦場は膠着状態に陥り、前線のキルリス兵が下がり、堀を挟んで弓の撃ち合いに移行していた。


「アルトー」


 エルメナが肩を揺らすと、アルトは薄目を開けて口を開いた。

 アルトは器用に、エルメナに返事をしつつも、心の中で祈り続けている。


「なんですか」


「そろそろ終わらせにいくにゃぁ」


「⋯⋯どうやって?」


「アルトが神ってことにして天啓を告げるんだにゃ」


「神官に神を騙らせる気ですか!?」


「そんなのいいから行くにゃぁ!!」


 アルトの服を掴み、強引に引きずって連れていこうとするエルメナ。

 華奢な体のどこにそんな力があるのかととまどっていると、膝がどんどん擦られていく。


「ちょ、待ってください、行きますから行きますから」


 すぐに回復すると入っても、膝が地面に擦れたら当然痛い。

 慌てて足をバタバタさせながら立ち上がり、また

しずかに祈りを込め始める。


 強引に連れられ、アルトは戦場の側へとやってくる。

 両軍精神的に疲れているのか、声は出ていないし、体力的には開戦前と変わらないはずなのに、飛んでいく弓矢は力がない。


「誰だお前ら!!」


 ふたりが弓の射程に入った瞬間、陣地を包囲していたキルリスの兵士が、つい咄嗟にアルトに向かって矢をいかけた。


 ふらふらと風に揺られながら、力なく放物線を描いた矢は、偶然、アルトの眉間に突き刺さった。



「あ⋯⋯」


 と弓を引いた兵士とそのまわりの兵士は声を上げた。

 どう見ても、迷い込んだ民間人の様相をしている人間を打ってしまった罪悪感が、本来緊張感で張り詰めてそれどころでは無いはずの戦場に巻き起こる。


「⋯⋯痛い」


 涙声になりながら、額に突き刺さった矢を抜き、数秒傷口を抑えてから、アルトは涙を零した。


「来たのはいいんですけどこっからどうするんですか⋯⋯」


「うーん。考えてないにゃぁ」


「何してくれてるんですかねぇ⋯⋯」


 ご丁寧に鏃についた血を拭き取り、地面へ捨てた。


「おい! ここは危ないからどっか行け!!」


 矢を放った兵士のそばにいたひとりが親切に叫んだ。


「平気だにゃぁ。このゾンビ現象を起こしてるのはこのお方なんだから」


 エルメナがアルトの背中をバシバシと叩くと、近くの兵士達の視線が集まった。


「ま、まじで?」


 兵士達も、すとにこの現象を目の当たりにし、体感しているので、今更疑ったりはしなかった。こんな戦場にわざわざ近づいてきて自ら名乗る、それだけでそれなりの信頼性が保証されていた。


「大マジにゃぁ。ちなみにこの人の気持ちひとつで回復の範囲は自由自在なのにゃぁ」


「⋯⋯てことはつまり?」


「この方が力を使うのをやめたらお前らは死ぬんだにゃぁ」


 ピタリと話を聞いていた兵士達だけ静まり返る。

 エルメナは薄気味悪い笑みを浮かべると、アルトの肩に腕を置き、足を組みながら鼻息を漏らした。


「それが分かったら君らの大将に言って中止させてくるにゃぁ」


 アルトは何故自分が冷や汗をかいたのか分からなかった。

 矢が刺さった眉間はもう痛くも痒くもない。

 矢よりも恐ろしい、氷のような悪魔が今隣にいることを恐れたのだ。



「わ、わかりました⋯⋯」


 兵士達はエルメナに気圧され、その場を離れてぞろぞろと後方の指揮官の元へ向かう。

 一兵卒が指揮官に何か言っても取り合ってもらえるのだろうかとアルトは不安に思ったが、やがてキルリス側の攻撃が止み、タジスト側も矢を打ちかけるのを中断し、キルリス軍は後ろへ下がって両軍に距離ができた。


「素直に聞いてくれたみたいですね」


「そりゃまあ⋯⋯将軍さんも辟易してたんだろうにゃぁ」


「まあ⋯⋯今回の原因姫様が誘拐されたからなんですけどね」


「まあそこは私の口八丁に任せとくにゃぁ。アルトは口を開かずなんとなく威厳アリみたいな雰囲気出しとくにゃ」


(全然信用出来ないんですがそれは⋯⋯。てかどんな雰囲気ですかそれは)


 兵士達の間を抜け、鉄の鎧兜で身を固めた、無精髭の男性がアルト達の前にやってくる。

 男の脇にはふたりの兵士が付き従い、ふたりは時おり目を合わせながら、アルトとエルメナのことを訝しんでいる。


「私はキルリス国軍総大将カーンだ。先程兵に⋯⋯そなたがこの現象の原因だと聞いて話を聞きに参った。妄言であれば容赦はせぬぞ」


 将軍の声には、その場を支配する重みがあった。

 アルトは口を閉ざしてしまい、周りの兵士たちも姿勢を整え、敵の存在を忘れて将軍に意識を向けている。


「まあまあ将軍さん。落ち着くにゃぁ」


 この場でただ1人、エルメナだけは将軍の威光にも臆せず、いつも通りの軽薄さを保っている。


「このお方はだにゃぁ。あなた達が争いあっている事に心を痛めわざわざ下界に来て皆を救おうとした情愛の神、アルト様なのにゃぁ」


(神様!? ていうか情愛の神って、思いっきりカーネリアン様と被ってるじゃないですか! 神を騙るだけならいざ知らず私が信仰する神と被るなんて完全にこの人狙ってますよね!? 故意ですよね!?)


 俯き祈るふりをしながら、アルトの瞼は、キツツキが木を突くような速さでピクピクと痙攣した。

 だが、顔色を変える訳にはいかない。神という設定が嘘だとバレたら、間違いなくアルトは希少な人間としてその身を狙われてしまう。


(いやでもだとしても神を騙るとかしたくないんですけどね⋯⋯!)


 神官でありながら神を騙る葛藤と、自分の身可愛さの感情が入り交じる。


「まあ、この神様は喋れないから代わりに私が神様のお気持ちを代弁させてもらいますにゃぁ」


「いや⋯⋯さっきその方喋ってましたよね⋯⋯矢刺さって」 


 兵のひとりの疑問を、エルメナは目線だけで封じ込めた。


「ひぇっ」


 兵は跳ね上がると、そのまま俯いて口を閉ざし、さっきの現場にいた兵士達も口を開こうとはしなかった。


「情愛の神アルトなど聞いたことがないが⋯⋯」


 将軍カーンは、少し信じられないと言った様子で、アルトと目を合わせようと凝視したが、アルトが頑なに顔を上げず、静かに目を閉じて祈ったままでいる。


「そりゃそうだにゃ。この方は常日頃天界のもっとも深い場所で魔法の研鑽を積むことに全てを捧げている仙人みたいな神様にゃぁ。だから人間界にこの方の存在を知る人なんていないにゃぁ。でもその結果、こんな戦場で誰も死なないくらいの治癒魔法を扱えるようになったんだにゃぁ」


(なんかすごい設定盛られてませんか⋯⋯私ただの神官ですよ⋯⋯? 回復魔法は教科書で覚えたし祝福に至ってはカーネリアン様からたまたま授かっただけなんですけど⋯⋯)


 どれだけ心の中を乱しても、決して顔には出さない。

 顔に出したら終わりだと、自分に言い聞かせる。


「それが今回! このお方は地上の嘆きを聞いてこの地上にわざわざ出向いたのにゃぁ!」


「地上の嘆きとは⋯⋯?」


「おたくらの姫様が天に祈る声を聞いて先週やってきたんだにゃぁ。で、力を見せつけてもおたくらが戦いを辞めないから姫様は心を痛め、とある場所で自ら祈祷所をつくり、そこでずっと眠りもせずに祈り続けていたんだにゃぁ」


「な、なんとっ⋯⋯」


 将軍の顔色が変わった。

 口元に手を添えながら、歯をカチカチと鳴らした。


「で、では、姫が誘拐されたというあのビラはなんだったというのだ」


 目が据わっている。

 姫が姿を消してから2日、キルリスの首都にあるビラが現れた。


『姫は我々盗賊団が誘拐し、タジストのとある地下牢に閉じ込めてある。探せ! 姫はどこかに置いてきた』


 などとふざけた文面のビラが1枚、偶然にも官吏の手に渡り、すぐ王様に報告された。

 娘が行方不明になり、冷静さを失っていた国王はすぐに軍を招集し、出兵させた。


 もともと、タジストとは決着をつける必要があると考えていたので、それ自体は特別な事でもない。


 そして、キルリスの動きを察知したタジストはすぐさま軍を進軍させ、この陣地に駐屯させ、今日この日両国が開戦した。ということだ。


「そのビラは姫様が自ら置いて行ったんだにゃ!! この方の神命を受けてだにゃぁ。もう一度神の力を見せつけ、おたくらの戦意を削ぐためににゃ!」


「な、なんとっ!!」


(口八丁が上手すぎるでしょ⋯⋯今すぐ詐欺師になっても大成しそう⋯⋯あとこの将軍さんちょっとチョロすぎじゃありませんかねぇ⋯⋯?)


 腕を組み、仁王立ちしながら、エルメナは将軍カーンを指差し、次にタジストの陣地を指さした。


「姫を返して欲しければ今すぐ講和して戦争をやめろとそっちの王様とあっちの王様に伝えるにゃ! いいにゃ! もし続けるならこれからもこの方の力でお前らをゾンビにしてやるから覚悟するんだにゃぁ!」


(何その脅し方⋯⋯あ、でも効果あったみたい⋯⋯みんなビビってるよ⋯⋯)


 薄目を開けて兵士達を見てみれば、皆あの地獄のような戦いを思い浮かべたのか、青ざめて震える者まででていた。



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