第11話
第11話 少し早いコメント
その夜も、こはるはいつものように机の前に座っていた。
部屋の中は静かだった。
机の上には、スマートフォンと小さなマイク。
その横には、白い猫耳ヘッドホン。
こはるはヘッドホンを手に取る。
耳の部分をそっと指でなぞってから、スイッチを入れた。
猫耳がやさしくレインボーに光り始める。
赤。
青。
緑。
紫。
その光を見ると、少しだけ緊張がほどける。
横の窓にはカーテン。
隙間の向こうに、今夜も星空が広がっていた。
こはるは小さく深呼吸をする。
昨日のコメントを思い出す。
「登録した」
「また来る」
その言葉は、まだ胸の奥に残っていた。
「……よし。」
小さくつぶやいて、配信ボタンを押す。
少しの沈黙。
それから、こはるはマイクに向かって話し始めた。
「こんばんは。」
「猫耳ラジオです。」
画面を見る。
視聴者数。
8
こはるは、一瞬だけ目を見開いた。
「……え?」
思わず声が出る。
「増えてる。」
少しだけ笑ってしまう。
まだ、たった8人かもしれない。
でも。
こはるにとっては、十分すごい数字だった。
コメント欄に文字が流れる。
「こんばんは」
「来たよ」
「今日も聞いてる」
こはるは少し慌てながら、でも嬉しそうに言った。
「こんばんは。」
「今日も来てくれて、ありがとうございます。」
そのとき、また一つコメントが流れる。
「始まる前から待ってた」
こはるは、その言葉を見て少し止まった。
「……始まる前から?」
少し照れたように笑う。
「ありがとうございます。」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
待っていてくれる人がいる。
自分の声を、聞こうとしてくれる人がいる。
こはるは、マイクの前で少しだけ姿勢を正した。
「今日は……」
少し考えてから、やわらかく言う。
「いつもより、少しだけ元気です。」
コメントが流れる。
「よかった」
「声でわかる」
「今日は明るいね」
こはるは驚く。
「声で、わかりますか?」
コメント。
「うん」
短い言葉。
でも、それだけで十分だった。
こはるは少しだけ窓の方を見る。
カーテンの向こうの星空。
誰にも見えない夜。
でも。
この場所には、ちゃんと誰かがいる。
こはるはマイクに向かって、少しだけ笑って言った。
「じゃあ今日は。」
「少しだけ、長く話そうかな。」
猫耳ヘッドホンが、静かに光る。
コメント欄には、また文字が流れた。
「うれしい」
「聞く」
「ゆっくりでいいよ」
その最後の言葉に、こはるは少しだけ目を留めた。
見覚えのある、やさしい言葉。
でも、まだその意味は知らない。
その夜。
猫耳ラジオには、いつもより少しだけ早い時間から、
誰かの言葉が集まり始めていた。




