狛犬のこまりごと?
「次の依頼や」
放課後、昇降口で靴を履き替えながら振り返ると、稲荷さんがいつもの穏やかな顔で立っていた。
「今回は平和ですか」
「守護神や」
「平和そう」
「仕事なくて困ってる」
私は手を止めた。
「失業ですか」
「失業やね」
⸻
住宅街の中の小さな神社だった。
高いビルも、観光客の姿もない。
ただ夕方の静かな空気と、少し色あせた鳥居。
境内には誰もいない。
風が吹いて、鈴が小さく鳴った。
「依頼主、あそこ」
拝殿の前。
左右に並ぶ狛犬。
石でできた、普通の狛犬。
その片方が、ため息をついた。
「……はぁ」
私はゆっくり目を閉じた。
「喋りましたね」
「喋るで」
⸻
狛犬はゆっくりこちらを見た。
「最近、不審者が来ないんです」
私は少し考えた。
「それは良いことでは?」
「仕事がないんです」
沈黙。
夕方の神社に、虫の声が響く。
「昔は、もっと忙しかった」
狛犬はぽつりと言った。
「夜中に忍び込む人間。悪いもの。妖。盗人」
誇らしげな声。
「追い払うのが役目でした」
私は境内を見渡す。
静かだった。
あまりにも静かだった。
「今は?」
「誰も来ません」
「平和ですね」
「仕事がないんです」
強調された。
⸻
私は小さくため息をついた。
「守る相手がいなくなった?」
稲荷さんが首を振る。
「守る相手はおる。人は住んどる」
「じゃあなぜ」
狛犬が静かに言った。
「誰も、神社に来ない」
風が吹いた。
鈴が、また鳴った。
私は少し胸が痛くなった。
参拝客ゼロの神社。
守るものがあっても、役目がない守護神。
「つまり」
私はゆっくり言った。
「仕事を作ればいいんですね」
狛犬の目が、わずかに光った。




