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猫小説 短編集

膝の上の謎

作者: 雲晴 莉叶
掲載日:2025/11/24

朝の六時半。

目覚ましより先に、ミーが鳴く。

布団の隙間から頭を出し、私の足に顔を押しつける。

「おはよう」とも言わない。ただ、体温だけで伝えてくる。


なぜ、そんなに早く起きるの?

私はまだ夢の途中なのに。


ミーは思う。

なぜ人間はいつまでも寝る?

夜は静かで狩りに最適なのに、なぜ昼に働く?

カーテン越しの光の粒が踊る。

私たち猫にとって、それが朝。完璧な時間。



コーヒーを淹れながら、キャットフードを皿に注ぐ。

ミーは鳴きもせず、すぐに食べ始める。

カリカリという音が、朝のBGMになる。


どうして毎日、同じものを食べて満足できるんだろう?

昨日もおとといも同じ味なのに。

それとも、人間が思う「飽きる」という感情を、ミーは持たないのか。


ミーは思う。

なぜ同じ味を嫌がる?

味より、空腹を満たせることの方が大事なのに。

人間たちは、選ぶことに疲れているのではないか?



出勤前、私は鏡の前で化粧をする。

ミーは窓辺で外を眺めている。

黒猫のトムが庭を横切る。

ミーの耳がピクリと動き、背中の毛が立つ。


「喧嘩しないでよ」と声をかける。

ミーは振り向きもしない。


なぜ、そんなに縄張りを守るの?

外には広い世界があるのに。


ミーは思う。

なぜ人間は境界を気にしない?

私たちは自分の場所を知っている。

そこがどんなに狭くても、守る意味がある。



夜。

仕事で疲れて帰ると、ミーが玄関にいる。

小さな影が、靴音を聞き分けて待っている。


なぜ、帰る時間がわかるの?

時計もないのに。


ミーは思う。

なぜ人間は同じ時間に帰る?

同じ道を、同じように歩く。

まるで巣に戻る鳥のようだ。

人間も、自由じゃないのかもしれない。



夕飯を食べていると、ミーが足元に座る。

じっと見つめてくる。

「少しだけだよ」と魚を分ける。


なぜ猫はこんなに可愛い顔でおねだりするんだろう。

ずるい。

世界中の恋愛よりも、無防備で正直だ。


ミーは思う。

なぜくれる?

自分で食べればいいのに。

でもその目は優しい。

この人間は、与えることで安心しているのだ。



食器を洗っているとき、ミーに水が跳ねた。

「ごめん!」と慌ててタオルを取る。

ミーは一瞬逃げたが、すぐ戻ってきた。

濡れた毛のまま、足にすり寄る。


なぜ許すの?

人間同士なら、根に持つことだってあるのに。


ミーは思う。

なぜ謝る?

水は冷たかったが、心は温かかった。

私たちは、怒るためではなく、生きるために生きている。



テレビの音が響く夜。

ミーが膝に飛び乗る。

ゴロゴロという音が部屋に溶ける。

心臓の鼓動と混じり合って、静かな音楽になる。


なぜゴロゴロ鳴らすの?

嬉しいの? それとも苦しいの?


ミーは思う。

なぜ涙を流す?

私は泣かない。

でも、あなたの胸の音が速くなるとき、

私はただ寄り添いたくなる。

それだけで、何かが伝わる。



春が来て、夏が過ぎ、冬の風が窓を叩く。

時間は、静かに重なっていく。


ミーの毛に、少しずつ白いものが混じり始めた。

それはまるで、季節の雪のようだった。

私は気づかないふりをした。

だって、老いを認めるのは、別れを予感することだから。



ある日、小さな箱を抱えて帰る。

中には、子猫。

ミーと同じ模様。

「新しい家族だよ」と声をかけると、

ミーはシャーッと威嚇した。


なぜ怒るの?

寂しいの? 嫉妬してるの?


ミーは思う。

なぜもう一つの命を?

私がまだここにいるのに。

この家は私の縄張りだ。

それでも、あなたの目が優しいから、

私は少しずつ受け入れる。



子猫が糸玉を転がす。

ミーは見つめ、やがて小さく手を伸ばした。

一緒に遊ぶ姿を見て、胸が温かくなる。


なぜこんなに心を動かされるんだろう。

ただ遊んでいるだけなのに。


ミーは思う。

なぜそんなに笑う?

私たちには笑うという行為がない。

でも、あなたの笑顔を見ると、

その理由を少しだけ理解できる気がした。



年月が過ぎる。

私の髪にも白いものが混じる。

ミーは歩くのがゆっくりになった。

膝に乗るのも、一苦労になった。


それでも、夜になると必ず来る。

ゴロゴロと鳴きながら、目を閉じる。


なぜ、そんなに私の上が好きなの?

もう温かくないかもしれないのに。


ミーは思う。

なぜそんなに撫でる?

もう十分撫でられたのに。

でも、その手が止まると、不安になる。

この瞬間が、終わらなければいいのに。



そして、ある夜。

ミーは動かなくなった。

小さな体が、静かに呼吸をやめた。


なぜこんなに悲しいの?

分かっていたはずなのに。

ただの猫、なのに。


ミーは思う。

なぜ泣く?

私は満たされていた。

狩りもした。眠った。撫でられた。

あなたと共に生きた。

それで十分だったのに。



土に還す日。

土の匂いと涙の味が混ざる。

小さな墓の前で、私は手を合わせた。


「ありがとう、ミー。」


なぜありがとう?

与えてもらったのは私の方なのに。


ミーは空の向こうで思う。

なぜ生きる?

なぜ愛する?

なぜ泣く?

私たちはただ生きて、眠って、撫でられて、

それで満たされていた。



夜。

私はソファに座り、

もう誰もいない膝の上に手を置く。

そこにまだ、かすかな温もりが残っている気がする。


ミー、なぜ膝に乗ってきたの?

なぜ朝、私を起こしたの?

なぜあんなに、私のそばにいたの?


答えはわからない。

でも、温かかった。

たしかに、そこに愛があった。



ミーは遠くで思う。

人間の世界は複雑だ。

でも悪くない。

涙も笑いも、どちらも生きている証。


そして、きっと、

またどこかで目を覚ます。

朝の六時半。

光の中で、あの声を聞く。


「おはよう、ミー。」


そのときまた、私は思うだろう。


——膝の上の謎。

でも、もう解かなくていい。

温かい、それだけでいい。


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