6 欠けた月
【第三章 再会】
僕はスマホの画面を消して、またポケットにしまった。
彼とのトークルームを未練がましく見つめたところで、今更何も起こらない。突然メッセージを送っても、びっくりされるだけだ。なんなら迷惑かもしれない。
もう、彼とは縁が切れているのだから。
それに、たとえ連絡するとしても、今更どんなメッセージを送ればいい?
再会を願ったこともあった。今だって、少し思っている。せっかく地元にいるのだから、もしかしたら会えるんじゃないか……そんな願望を、胸の奥に押し込めている。
けれど今更会えたところで、何が言えるだろう。
あの喧嘩は、二人のどちらも悪くないのだ。誰も悪くないのだ。だから、謝るのもなんか違う気がする。
ただ僕達は若かった。だから、どうすることもできなかった。うまく対処できなかった。
それだけのことなんだ。
それだけだったんだ。
もし、もう一度、出会いからやり直せるならどんなにいいだろう。
次は絶対に失敗しない。
友樹の気持ちも考えて、適切な言葉をかけるんだ。
それか、記憶のないやり直しになったとしても。
きっと僕らは、また惹かれ合うだろう。
何も知らなくても、運命のように出会って。
仲良くなって、一緒に時を過ごして。
そして、ふたりでひとつの親友になるのだろう。
ふと顔を上げると、近づいてくるシルエットがあった。
――ああ。
たった今諦めた願望が、またむくむくと膨らんでいく。
期待している。再会を、この胸が待ち焦がれている。
そしてその期待は、すぐに確信に変わる。
――友樹だ。
顔が見えなくても、直感でわかる。
僕らは、ふたつでひとつなのだから。
人影は、どんどん近づいてくる。もう目と鼻の先まで来ている。
僕は急に恥ずかしくなって俯いた。
今更、なんて言えばいいんだろう。
『久しぶり』
なんか違う。
『元気だった?』
軽すぎる気がする。
『今何してるの』
唐突すぎだ。
考えている間にも、砂を踏み締める足音は近づいてくる。
そしてやがて、僕の目の前で止まった。
沈黙が辺りを包む。
先に口を開いたのは、彼の方だった。
「……背、伸びたな」
顔を上げた先には、彼がいた。僕より少し背が高くて、僕達が昔好きだったメーカーのジャージを着ている。
その顔つきは、あの頃の面影を残したままだった。でもあの頃よりうんと大人びて、精悍さが増している。
そして、少し気まずそうな、微妙な表情を浮かべていた。
意外な一言目。予想していなかった。でも、彼らしいといえば、彼らしい。
記憶の中よりも、ほんの少し低くなった声。ほんのちょっとだけ、笑っている。
「友樹もね」
僕も自然と笑顔になる。
「久しぶり」
「ああ。久しぶり」
彼と定型文句を交わすのは、ちょっとむず痒い。
向こうもそう思っていたようで、僕達は微妙な苦笑いを浮かべて互いを見つめる。
視線が絡む。しばらくそのままじっとしていたが、やがて、
「ぷっ」
「あははっ、ふふっ」
二人同時に吹き出した。
僕達はこれまで、何をしていたのだろう。
何に悩んでいたのだろう。
くだらない。本当に、くだらない。
友樹は、あの頃と何も変わっていない。
友樹はずっと友樹だった。
気まずかった間もたぶん、友樹は友樹のままだった。
二人の笑い声が重なって辺りに響く。
「なあ、ブランコ行かね」
しばらく笑ったあとで、友樹が言った。
キーコ、キーコ、と金属の軋む音がする。
僕達が小さな頃からあるブランコを、成人男性が座って漕いでいるのだ。軋んで当たり前。
僕達はたくさん話をした。
高校の話。大学の話。仕事の話。
僕は会社員、友樹は中学校の先生をしているらしい。
陸上部で、顧問としてバリバリ教えているそうだ。
そして久しぶりに、靴を飛ばした。
あの頃よりも大きくて重い靴は、思っていたほど飛ばなかった。
夕焼けが終わりかけている。
オレンジを追いやるように、澄んだ藍色が濃くなってゆく。
その真ん中には、欠けた月がぽつんと浮かんでいた。
半月ではない欠けた月。
ふたりで見上げた、目指して走った、たったひとつの月。
今までも、この先も、どれだけ背丈が変わろうとも。
変わらないものは、この胸の中にある。
変わらないことが嬉しくて、とても愛しいと思えた。
【完】
これにて完結です。
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