5 身勝手
目の前でレッドカードが掲げられるのを見た時、足元がぐらりと傾いたような気がした。
夢だと思いたかった。
こんなのは、ただの悪夢で。
目が覚めたら朝で、集合場所に行けば友斗がいて。笑ってこっちに手を振っていて。
そして、二人で予選、準決勝を勝ち抜いて、決勝を走る。
そんな現実が待っていて欲しかった。
悔しかった。
フライングをしたこともそうだけど、特に、友斗との約束を守れなかったことが。
友斗にとっての初めての決勝を、隣で走りたかった。
俺達はふたりでひとつだ。互いの成長を、苦しみを、一番近くで見てきた。傍に寄り添ってきた。そうやって、十年近くを過ごしてきた。
大事な場面で失敗した自分が情けない。
でも、絶望しながら見た友斗の走りは、後ろ姿でもわかるくらい、格好良くて。
夏の太陽に向かって真っ直ぐに走っていく姿が、目を塞ぎたくなるくらい眩しくて。
陸上が個人競技で良かったと、本気で思った。
俺が失敗しても、友斗は決勝に進める。俺の失格があいつの足枷にならない。そのことに安堵した。
しかし同時に、なんで、とも思った。
あいつよりも俺の方が、自己ベストは速いのに。
決勝確定だと、ずっと言われてきたのに。
一緒に部活に行って、一緒に自主練もして。同じだけの練習を積んできたのに。
スタンドから、レーンに並んだ決勝出場選手達を見下ろす。
どうして、俺はあの決勝の場に立っていない?
なんで、あいつだけが、頑張ったねと褒められているんだ?
試合が終わって、友斗に声をかけられた時、静かに溜まっていた感情が爆発した。
駄目だと思いながら、友斗を傷つけると思いながら、気づいたら叫んでいた。
自分でも抑えられなかった。
それは嫉妬で、羨望で、憧憬で、悔しさで。
自分の目に涙が浮かんでいるのがわかった。そして目の前のそいつの目にも、涙が浮かんでいるのが見えていた。
でも、止まれなかった。
***
あの時の俺達は若かった。
苦しさを、悔しさを、やるせなさを、自分で処理する術を知らなかった。
だから、自分の気持ちを整理できず、相手の気持ちも考えず、一番大切な親友に当たってしまったんだ。
お前は今も、無邪気に、純粋に笑っているだろうか。幼稚園、小学校、そして中学校の時のように。
――何があろうとずっと友達だと、無邪気に信じていたあの頃のように。
遊歩道を二周走り終わっても、まだ六分しか経っていなかった。
息を整えつつ、家へ向かう。
ここから家へは、公園を突っ切るのが一番早い。
昔、友斗とふたりで自主練をしていた公園だ。
遊歩道を離れて住宅街の中を歩く。
さっきよりはまだ明るい。
終わりかけの夕焼けが西の空を染めている。そして頭上には、澄んだ藍色が広がっている。
そこにぽつんと浮かんでいる月を見つけた。
半月よりも細い、欠けた月。
あの頃、空を見上げるとよく浮かんでいた月。
――お前も今、あの月を見ているだろうか。
自嘲的な笑みを浮かべて首を振る。
なんて乙女な考えなんだ。
でも、そうだったらいいなと少し思ってしまった。
あいつも欠けた月を見て、あのキラキラした日々を思い出してくれていたら、と。
あんなことがあってもまだ、会いたいと思ってくれていたら、と。
友斗を傷つけたのは、紛れもなく俺自身だ。
身勝手な言葉を吐いて、泣いて、叫んで、入賞を祝う言葉すら一つもかけず。
それでもまだ心の奥底では再会を望んでいる。
俺はどこまでも身勝手な奴なんだ。
公園に足を踏み入れた時、人影が見えた。
だだっ広いこの公園は、その広さに対して、街灯が少ない。もちろん、家々の明かりも届かない。
だから、その人物はシルエットしか見えなかった。
けれど、それがそうだとすぐにわかった。
確信めいたものが胸の中で芽生えた。
――ああ。
あいつがいる、と。
顔が見えなくても直感でわかる。
お互いのことなど、知り尽くしているのだ。相手が何を考えているのかなんて、大抵わかるのだ。
俺達は、ふたつでひとつなのだから。
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