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あの頃と同じ、欠けた月。  作者: じうかえで
第二章 角野友樹
5/6

5 身勝手



 目の前でレッドカードが掲げられるのを見た時、足元がぐらりと傾いたような気がした。

 夢だと思いたかった。

 こんなのは、ただの悪夢で。

 目が覚めたら朝で、集合場所に行けば友斗がいて。笑ってこっちに手を振っていて。

 そして、二人で予選、準決勝を勝ち抜いて、決勝を走る。


 そんな現実が待っていて欲しかった。



 悔しかった。

 フライングをしたこともそうだけど、特に、友斗との約束を守れなかったことが。

 友斗にとっての初めての決勝を、隣で走りたかった。

 俺達はふたりでひとつだ。互いの成長を、苦しみを、一番近くで見てきた。傍に寄り添ってきた。そうやって、十年近くを過ごしてきた。

 大事な場面で失敗した自分が情けない。



 でも、絶望しながら見た友斗の走りは、後ろ姿でもわかるくらい、格好良くて。

 夏の太陽に向かって真っ直ぐに走っていく姿が、目を塞ぎたくなるくらい眩しくて。



 陸上が個人競技で良かったと、本気で思った。

 俺が失敗しても、友斗は決勝に進める。俺の失格があいつの足枷にならない。そのことに安堵した。


 しかし同時に、なんで、とも思った。

 あいつよりも俺の方が、自己ベストは速いのに。

 決勝確定だと、ずっと言われてきたのに。

 一緒に部活に行って、一緒に自主練もして。同じだけの練習を積んできたのに。


 スタンドから、レーンに並んだ決勝出場選手達を見下ろす。


 どうして、俺はあの決勝の場に立っていない?

 なんで、あいつだけが、頑張ったねと褒められているんだ?



 試合が終わって、友斗に声をかけられた時、静かに溜まっていた感情が爆発した。

 駄目だと思いながら、友斗を傷つけると思いながら、気づいたら叫んでいた。

 自分でも抑えられなかった。

 

 それは嫉妬で、羨望で、憧憬で、悔しさで。

 自分の目に涙が浮かんでいるのがわかった。そして目の前のそいつの目にも、涙が浮かんでいるのが見えていた。


 でも、止まれなかった。



***



 あの時の俺達は若かった。

 苦しさを、悔しさを、やるせなさを、自分で処理する(すべ)を知らなかった。

 だから、自分の気持ちを整理できず、相手の気持ちも考えず、一番大切な親友に当たってしまったんだ。



 お前は今も、無邪気に、純粋に笑っているだろうか。幼稚園、小学校、そして中学校の時のように。


 ――何があろうとずっと友達だと、無邪気に信じていたあの頃のように。





 遊歩道を二周走り終わっても、まだ六分しか経っていなかった。

 息を整えつつ、家へ向かう。


 ここから家へは、公園を突っ切るのが一番早い。

 昔、友斗とふたりで自主練をしていた公園だ。


 遊歩道を離れて住宅街の中を歩く。

 さっきよりはまだ明るい。

 終わりかけの夕焼けが西の空を染めている。そして頭上には、澄んだ藍色が広がっている。


 そこにぽつんと浮かんでいる月を見つけた。

 半月よりも細い、欠けた月。

 あの頃、空を見上げるとよく浮かんでいた月。


 ――お前も今、あの月を見ているだろうか。


 自嘲的な笑みを浮かべて首を振る。

 なんて乙女な考えなんだ。

 でも、そうだったらいいなと少し思ってしまった。


 あいつも欠けた月を見て、あのキラキラした日々を思い出してくれていたら、と。

 あんなことがあってもまだ、会いたいと思ってくれていたら、と。


 友斗を傷つけたのは、紛れもなく俺自身だ。

 身勝手な言葉を吐いて、泣いて、叫んで、入賞を祝う言葉すら一つもかけず。

 それでもまだ心の奥底では再会を望んでいる。


 俺はどこまでも身勝手な奴なんだ。





 公園に足を踏み入れた時、人影が見えた。

 だだっ広いこの公園は、その広さに対して、街灯が少ない。もちろん、家々の明かりも届かない。

 だから、その人物はシルエットしか見えなかった。


 けれど、それが()()だとすぐにわかった。

 確信めいたものが胸の中で芽生えた。


 ――ああ。


 あいつがいる、と。


 顔が見えなくても直感でわかる。

 お互いのことなど、知り尽くしているのだ。相手が何を考えているのかなんて、大抵わかるのだ。

 

 俺達は、ふたつでひとつなのだから。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

次回、最終回です!

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