4 白い月
【第二章 角野友樹】
くしゃみが出た。
車の運転中に出るのはやめてほしい。事故ったらどうする。
人の少ない時間帯でよかった。
時刻は午後七時を回ったところだ。
自分の乗っている大型の自家用車を、実家の駐車スペースに慎重に入れていく。
二十五歳のお盆休み。今日は久々の里帰りだ。
俺の両親は、車を持っていない。駐車スペース付きの一戸建て物件を買ったくせして、車はいらないと言うのだ。母曰く、「この町は電車もバスも一時間に何本も走ってるんだから、車がなくてもたいして困らないのよね」だそう。
だから駐車場の隅には、空の植木鉢やホースリールが無造作に積まれている。
玄関のドアを開けると、目の前には中身がパンパンに詰まった買い物袋が置かれていた。
「わあ、お帰りなさい、ゆうくん。ごめんね、今お買い物から帰ってきたばかりなの。今すぐご飯作るから、ちょっとだけ待っててくれる?」
「わかった。じゃあ、走りに行ってくる」
俺は二階にある自分の部屋へ行くと、背負っていたリュックサックを下ろしてベッドの上に置いた。
部屋の中は何も変わっていない。
いいや、部屋だけじゃない。母も、駐車場の植木鉢も、町の風景も、記憶にあるものと何も変わらない。
それが嬉しくて、懐かしくて、そして少しだけ寂しいと思った。
俺はリュックサックからジャージを取り出すと、手早く着替えて外に出た。
着慣れたいつものジャージ。体育教師として仕事をするときも、プラーベートでランニングするときも、いつもこれを着ている。同じものが、家にあと三着ある。
家の近くを流れる川の周りには、遊歩道がある。道の両側には木の葉が茂っていて、街灯すらも覆い隠している。そのせいか、夏の午後七時過ぎだというのに、シルエットしか見えないほど暗かった。
遊歩道を二周ほど走る。
『ねえ友樹、この道って一周約八百メートルなんだって。知ってた?』
『いや、初めて聞いた。どこでそんなこと知ったんだ、友斗?』
『そこの看板に書いてたんだ。ほら、野鳥マップ?』
『ああ、カモとかサギとかの絵が描かれてるやつか』
昔の会話が蘇ってきた。
同時に湧いてきた複雑な感情ごと、頭を振って掻き消す。
それでも、思い出たちは次から次へと湧いて出てくる。
***
俺達は、朝の遊歩道をよく走っていた。
通学路だったのだ。小学校も中学校も毎朝その道を通って学校に通っていたが、特に中学生になってからは、走ることが多くなった。
友斗が朝に弱いことも、本当はテニス部に入りたかったことも知っていた。
それでも俺は、友斗を半ば強引に陸上部に誘った。一緒に過ごして当たり前だと思っていたのだ。
「やばいやばい、朝練遅刻する! ほら急げ友斗!」
「待ってよ友樹ー。大丈夫だって、まだあと六分あるよ」
「ここから学校まで四分はかかるぞ。さらに着いてから着替えもしないといけないから、急がないと遅刻する!」
「あうう……友樹、走るの速い……」
「なに言ってんだ、お前も陸上部だろ!」
俺達はよく、朝の白い残月に向かって全速力で走った。
そういう日は決まって英語の授業で居眠りして、二人揃って怒られた。
俺達は、自他共に認める仲良しだった。
どこへ行くにも何をするにも、二人でセットだった。
そんな仲良しの関係が変わったのが、中学三年の夏だった。
中学最後の大会で、俺はフライングして失格になった。
友斗と交わした約束を果たすことはできなかった。
決勝に行けなかった自分へのやるせなさを、俺は持て余していた。
ひどくむしゃくしゃして、イライラして、何かにぶつけたくなった。
自分が情けなかった。悔しかった。
友斗はきっと、決勝に進める。だから自分は、決勝の席に座ってあいつを待とう。そして最後は一緒に走ろう。そう思っていたのに。
陸上を甘く見ていた。この世界は、たった一秒で運命が変わる。
全て、俺自身の慢心が産んだ結果だった。
なのに俺は、一番当たっては行けない奴に当たり散らした。
俺は、悔しさでいっぱいいっぱいだった。
けれど俺が怒鳴った時のあいつは、きっと俺以上に傷ついていたと思う。
俺が傷つけたのだ。
お読みいただきありがとうございます!
少しでも「面白いな」「続きが気になるな」「好きだな」と思ったら、ブックマーク・評価(☆)・リアクションをつけていただけると、作者がめちゃくちゃ喜びます。
さらに、感想・イチオシレビューも書いていただけると、作者が飛び跳ねて喜びます。
また、X(旧Twitter)で、投稿予定や物語の小ネタ、日々のつぶやき等をポストしております。
よろしければそちらもフォローしていただけると、作者がめちゃくちゃ喜びます。
X→ https://x.com/jiu_mapleleaf?s=21
何卒よろしくお願い致します!!




