【短編】捜査官Pの調書~誰が人魚姫を殺せたのか〜
証言:船乗り
えぇ、確かに聞きましたよ。大きな音でした。日の入りにしちゃあまだ早いなぁと、寝ぼけ眼に思ったもんで、えぇ、よく覚えていますよ。その日は我らが王子さまと隣の国のとっても素晴らしい王女さまのご結婚式だったじゃあありませんか。それで、船でお二人を新居まで運ぶ大役を仰せつかった我ら船乗りにも、王さまたちから御馳走を頂きましてね。あんなに上等な酒はもう二度と飲めやしないってことで、はは、いえいえ、酒を樽一杯浴びて飲んだとしても記憶が朦朧とするような軟弱ものじゃあありませんよ。
はい、それで、えぇ、覚えています。誰か落ちたんじゃないかって、わしらは慌てましたよ。けれど海面には何も浮いてこないし、それに船に乗ってる人間全員の確認をしたんですがね、欠けてるもんは誰もいねぇんで、ははぁ、こりゃあイルカでも跳ねたのかなって、そんなことになりました。
え?王子さまが拾った女の子?一ヶ月前に?あぁ、そんな噂を少し耳に挟んだような。確か、船の事故かなんかでかわいそうに、一人だけ生き残って、海岸を散歩していた王子さまが見つけて保護されたんでしたっけ。とても王子さまに懐いていてどこに行くにもつきまとったとか。まぁ、そりゃそうでしょうよ。我らが王子さまは勇敢でお人柄もよく、それに何と言っても顔が良い。喋れない女の子だったらしいですが、王子さまがやんごとない身の方であることくらいわかったでしょうから、自分が掴んだ幸運を逃したくなかったんでしょうね。
その女の子が落ちたんじゃないかって?ははは、あんたも妙なことを言うねぇ。そんなわけがないだろう。王子さまはご結婚されるためにこの船に乗ったんだ。いくら身分の低い、孤児の女の子だといっても、花嫁がいる船に他の女を乗せるわけがないでしょうに。
証言:漁師
……はい。はい、えぇ……はい。そうなんです。はい。妙なんです。
実は……港では魚一匹、取れなくなりました。こんなことは……こんなことはこれまで一度だってありませんでした。そりゃあ、漁というのは神様のおぼしめしという所もございます。天候や季節に左右されやすいもので、けれどこの島国ではそれらを漁師たちも良く心得て、自然と、島と、海と生きてきた自負がございます。
まるで海にそっぽを向かれたように、もう半年も、魚が獲れないのでございます。この国は四方を海に囲まれており、そのため海流が他国からの侵略を守ってくれる心強い守護神でもありましたが……その潮の流れが変わったのか……いえ、こんなことを口に出すのは恐ろしいのですが、その……はい。……仰る通りです。外からこの島に来ることは出来るのです。おかげで王子さまとご結婚されたお姫さまのご実家、つまり隣の国が、魚の獲れなくなったこの国の援助をしてくださいました。けれど我が国の特産品であった真珠や珊瑚は一欠けらも得ることができず…その上、隣国の船もこの海域から出られなくなりました。
港町はすっかり寂れ、仕事を失った漁師たちが酒に溺れ……何しろ他にできることもないのですから。危機を感じた裕福な者たちは、この島の僅かにある土地を奪い合っていると聞きます。お城の王様と王妃様が、国で管理している土地に見張りを立てて、畑から作物を奪おうとするものを捕えて、畑を作るための労働力にしているとか……。お城の土地の中に、これまであった建物や花の庭ではなく、野菜や穀物を育てようとされているというのは本当でしょうか。それにしても……この国の人間全てを養うには足りないでしょうに。
あぁ、外から来たお役人様……いったい、この国で、我々に何が起きているのです?
証言:娼婦
え?あの孤児のこと?なんで今更?もう一年も前のことじゃない。はは、まだこの国が他人を助けてる余裕があった綺麗な時代のころよね。あの頃はよかったわ。私もね、これでも王宮で使用人をしていたのよ。そう、今じゃこんな……こんなところで、あぁ、ありがとう。パンなんて久しぶりに食べたわ。これを貰っていいの?一本分も?ありがとう。え?食べないわよ。弟にあげるの。昨日から動かなくなっちゃったんだけど、水でふやかしたこれを食べたら、元気になるかもしれない。
それで、えぇっと、なんだったかしら。
そうそう、あの子のことね。
王子さまが拾って来た、喋れないけどダンスが上手いあの子。
とても綺麗な子だったわ。常識なんてちっとも知らない、いったいどんな育ち方をしたのかわからない子だった。でもいつもニコニコしてた。
そりゃ当然よね。王子さまに拾われて、使用人じゃなくて「僕の養い子ちゃん」なんて王子さまに言われて四六時中ずっと、べったりくっついていたんだから。
今考えてもおかしいわよ。
拾って助けられて、そのまま王宮の下女にさせてもらえるだけでも十分すぎるほどだっていうのに、きれいなドレスを着せられて、毎日王子さまと一緒に過ごすのよ?食べる物だって王子さまと同じだったんだから。
だからあの子が捨てられた時、そりゃあ皆、手を叩いて喜んだわ。
そうでしょう?私たちが指を真っ赤にして洗濯物をしてる時、あの子は王子さまの膝でのんびりお菓子を食べたり、踊ったりしていたのよ。ただの孤児のくせに。
もしそんな子が王子さまと結婚していたら?
あははは、あり得ないわ。ありえない。お役人さん、あんたって世間知らずなの?そんなことないわよね。お役人なんだもの。
王子さまと結婚できるのはお姫さまだけなのよ。
あの身の程知らずの子がどれだけ夢見ていたって、あの子はせいぜいペット止まりよ。
だからそうね、よくあるでしょう?
飼い猫が恋人に懐かなかったら、その猫は捨てられるに決まってるでしょう?
***********
「捨てられるべきなのは猫を受け入れない恋人、あるいは捨てるという選択肢を持つ飼い主の方だと思いますが。まぁ、いいでしょう」
こほん、と枢機卿は報告書を読み顔を上げた。
先日、白い百合の花のような姫の死亡報告書を提出した部下が、今度は声の出ない娘の死亡報告書を提出してきた。態々海流に逆らってまで行くほどのものかと異端審問局ではちょっとした騒ぎになったが、なるほど、これはこれは、案件である。
「島国が2つほど消えますね」
確か先日、ちょうどそこの跡取りの姫と、彼女と結婚した王子の変死体が発見されたのだったか。
まぁ仕方ない。
海の神の娘と知らなかった、などというのは理由にならない。
運が悪かったとそういうだけだ。
たまたま人外の存在に見初められた男がいて、そうと知らず可愛がったのがよくなかった。事故のようなものだ。誰だって、喋れない身寄りのない女がまさか、海神の娘だとは思わないだろうが、海の娘の前に美しい容姿を晒した男の運が悪いのだ。
枢機卿は処理済の印を押す。
壁に控える捜査官には、さて次は、赤い頭巾の似合う少女が犯した殺人事件について調べるようにと、そのように命じる。