表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

症例1 ミー様

兵庫県の小さな町のメインストリートのはずれに「にまいる動物病院」がある。

この聞きなれない名前のため、人々からは変な名前の病院といわれる。

この「にまいる」は新約聖書からとったものだとかそうでないとか。

おそらく、以下の一節より着想を得たのだろう。

“もし、だれかが、あなたをしいて一マイル行かせようとするなら、その人と共に二マイル行きなさい。”(マタイ5章41節)

院長はこのくだりの願いを込めたのかもしれない。

さて、にまいる動物病院では院長と七人と1匹のスタッフがペットの健康のために日夜奮闘している。

それでは、メンバーを紹介しよう。

【院長】

クリスチャンで、漢方と鍼灸の普及に燃えている男。診察中、急に「霊的治癒力」というワードを口にすることもしばしば。もしかすると、説法と鍼灸を同時に展開して、患者もスタッフも「え、どっちだよ?」と混乱気味。

【木口 優愛】

好奇心の塊。どんな小さな謎にも「なんでだろう?」と首をかしげ、犬の尻尾の振り方や猫の寝相まで調査対象に。頭の回転はまるでジェットコースター、常に新しい発見で診察室が賑わう。

【藤本 絵里】

なんとも、じわじわ成果を積み上げる「コツコツ型エベレスト登山者」。一歩一歩、地道に動物たちの健康を守っていく。その姿は、まるで院内の隠れたヒーロー。今日も静かに、しかし確実に仕事をこなしている。

【藤田 友里】

都会のクールビューティーそのもの。感情を表に出さず、どんなトラブルにも凍りつくほどの冷静さ。まるで診察室の中で雪が降っているかのような、静謐なオーラが漂う。

【村田 雅子】

完璧主義の几帳面さん。診察台のシーツのシワも、書類の角の折り目も、全てがピタリと決まっていなければ気が済まない。彼女がいると、病院内はまるでタイムテーブル通りのオーケストラ状態。

【夢藤 麻美】

その明るさと秘めた闘志は、まるで拳銃のようにキラリと光る。トラブルが起これば、まずはスマイルで切り抜け、次の瞬間には「闘う!」と派手にエネルギーを放つ、いわば動物界の極真ファイター。

【師匠】

敏腕トリマーとして、動物たちの毛並みを魔法のように変身させる名人。院長も「師匠の手さばきにはいつも脱帽」と、内心ファンになっているほどの腕前だ。

【弟子】

入社2年目の期待の新人。まだまだ未熟ながら、そのポテンシャルはとにかくフレッシュ。「将来は必ずここで花咲かせるぞ!」という意気込みが、時折コミカルに垣間見える。

【看板犬 ひまわり】

ミニチュアダックスフンドの女の子。チョコレートダップルの毛並みと、左右違うオッドアイがチャームポイント。院長と一緒に出勤するためか、時折「キャバ嬢か?」なんてツッコミも飛び出す存在感抜群のスター。


院長の家には、19歳になる黒サビ猫がいる。彼女の名前は「ミー様」。黒が優勢な毛並みとまんまるの顔から、スタッフたちには「タヌキ」と呼ばれているが、本人(猫)は気にしていないようだ。

ミー様はただの猫ではない。人語を理解しているのではないかと思わせるほど、院長の言葉に反応する。あまりに賢いので、「もしかして猫又では?」という噂がスタッフの間でささやかれるほどだ。

そんなミー様だが、院長との関係は一筋縄ではいかない。朝4時、彼女は決まって「ニャーニャー」と院長を起こし、ご飯を要求する。院長が「勘弁してくれ」と無視しようものなら、次の瞬間には顔に阿弥陀くじが描かれる。

「ミー様の要求は絶対だ」と悟った院長は、今日もヒリヒリする頬を撫でながら、彼女の朝食を用意するのだった。

ある日、ミー様の様子が急変した。

普段はお茶目で愛らしい黒サビ猫が、1日1回以上もの嘔吐に見舞われ、次第に痩せこけ、食欲も明らかに落ちていった。

院長は、いつもは彼女の突拍子もないご機嫌に笑いながら付き合っていたが、その日ばかりは「何かがおかしい」と直感。すぐに血液検査を施すと、思いも寄らぬ結果が――慢性腎臓病であることが判明した。

結果を知らされた瞬間、院長はまるで猛スイングをバットで食らったかのような衝撃を受け、しばらく虚空を見つめた後、ぼそりと「とうとうきたか」と呟いたのだった。

ある日、ミー様の様子が急変した。

普段はお茶目で愛らしい黒サビ猫が、1日1回以上の嘔吐に見舞われ、次第に痩せこけ、食欲も明らかに落ちていった。

ある日、ミー様の様子が急変した。

普段はお茶目で愛らしい黒サビ猫が、1日1回以上の嘔吐に見舞われ、次第に痩せこけ、食欲も明らかに落ちていった。

院長はいつもの笑い話のようなミー様の振る舞いに慣れていたが、その日は「何かがおかしい」という直感に駆られ、直ちに血液検査を施した。その結果、ミー様は慢性腎臓病であることが判明する。

結果を知らされた瞬間、院長はまるで猛スイングをバットで食らったかのような衝撃に襲われ、しばらく呆然とした。しかし、やがて我に返ると、胸中で「いかん、なんとかしなくては‼」と固く決意を新たにした。

これまでの経験と知識を総動員した院長は、最新のホモトキシコロジーに基づく治療法―それが「SUC治療法」だと判断する。

ホモトキシコロジーでは、慢性腎臓病は腎臓に蓄積された有害な「毒」が、腎機能を低下させる原因と考えられている。そこで院長は、体内の毒素を優しく排出し、腎臓の働きを持ち上げる新しいアプローチとしてSUC治療法に賭けることにした。

「SUC」という名前は、治療に使われる3つの主要な成分の頭文字から取られている。

・Solidago compositum:この成分には豚の臓器製剤が含まれており、これが特に重要な役割を果たす。豚の臓器製剤は、腎機能を持ち上げる働きがあり、体内にたまった毒素を解毒する力を大いに高める。

・Ubichinon:強力な抗酸化作用により、細胞の活性化を促進。不要な老廃物や有害物質の除去を助ける。

・Coenzyme:体内での化学反応をサポートする補酵素として、腎臓の機能回復を後押しする。

これら3つの成分は、それぞれ異なる角度から腎臓の「デトックス」をサポートし、相乗効果によって体本来の自己治癒力を引き出す仕組みとなっている。一般的な薬とは一線を画し、体への負担を最小限にしながら、内側から腎機能の持ち上げと解毒の促進を実現するのが、このSUC治療法の大きな特徴だ。

院長は、すべてを注ぎ込んだこの治療法で、ミー様の奇跡の回復を目指す決意を固めた――。

SUC治療法は、ミー様に対して注射で投与された。

針がそっと刺さるたび、普段はお茶目なミー様の表情が一変し、両耳をぺたんと伏せて、怒りを露わにする「イカ耳」状態となった。その姿は、どこかコミカルでありながらも、ミー様なりの強い意志を感じさせた。

院長は、この独特な反応にも全く動じることなく、変わらぬ真剣な眼差しで治療を進めた。週に2回のペースで注射を継続した結果、ほどなくしてミー様の食欲は回復し、体重も安定に向かって推移していった。院長は、ミー様の着実な回復を目の当たりにし、あの日の衝撃を胸に、更なる治療への決意を新たにしていた。

SUC治療法を始めてから約1年が経過した頃、ミー様のかつての輝きは薄れ、元気と食欲が徐々に低下し、体重も目に見えて減少していった。院内に不安の風が吹き始める中、院長は新たな一手が必要だと痛感し、治療方法の再検討に乗り出すことにした。

その候補として、院長は鍼治療の導入を検討した。そこで、普段から患者のケアに敏感な看護師の木口の意見を直接聞くため、院長は彼女のもとを訪ねた。木口は好奇心旺盛ながらも、鍼や漢方といった伝統医療に対しては懐疑的であり、院長の提案に対しては半ば冷ややかに、「鍼なんか効くもんじゃないわ」と口にした。

それでも院長は、その懐疑的な声にもめげず、ミー様の回復に繋がる可能性を信じ、治療メニューに鍼治療を加える決意を固めた。院長の決意と、ミー様への思いが、今後の治療への新たな一歩を踏み出させようとしていた。

院長が特に注目したのは、鍼治療で刺激する「脾兪」と「腎兪」という二つのツボである。

・脾兪は、背中にある脾臓に対応するツボで、体内のエネルギー源となる消化力や代謝機能を強化する働きがあるとされる。

・腎兪は、同じく背中に位置し、腎臓の機能をサポートする重要なツボで、老廃物の排出や体液バランスの調整に寄与する。

これらのツボを鍼で刺激することで、体内にたまった「毒」が効率的に排出され、腎臓の働きが補強されると同時に、内臓全体の健康がサポートされる。院長は、SUC治療の効果をさらに引き出すために、鍼治療のこの役割を期待して、脾兪と腎兪を選択したのだ。

やがて、ミー様の体調はみるみる回復していった。先日までは院内一同が「お、これは危ない!」とざわついていたものの、SUC治療と鍼治療の奇跡的なコンビネーションで、ミー様は再び生気あふれる存在に。3.4kgまで落ち込んでいた体重が、ある朝にはなんと3.8kgにまでリバウンドし、スタッフ全員の顔に笑顔が戻った。

この驚異の回復劇が、にまいる動物病院の名声を一層高め、町中のペットオーナーたちが足繁く通う「奇跡の処方箋」のような存在となった。院長は「俺たちの治療、やっぱり効くんだ!」と自信満々。一方で、かつて「鍼なんか効くわけないでしょ!」と半ば皮肉交じりに呟いていた看護師の木口優愛さえ、ミー様の回復ぶりに驚きを隠せなくなっていた。彼女は、伝統医学に対しずっと懐疑的だったが、実際にその効果を目の当たりにした今、今までの固定観念を払拭し「まさか、こんな力があったなんて!」と感心し始めた。

院長は、スタッフの間にある伝統医学への見方がこうして変わっていくのを感じると、ますます情熱的に治療に取り組むようになった。スタッフ全員(そして看板犬のひまわりまで)が、以前の懐疑論を吹き飛ばし、伝統医療の妙技と最新治療法の融合を、町全体に希望と笑いをもたらす新たなパワーと捉えるようになった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ