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【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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8-5

 船内を狂ったように揺さぶっていたデブリの嵐は、まるで気まぐれな獣が飽きたかのように、唐突にその猛威を収めつつあった。


 オリオン宇宙船の小さな船窓から見える宇宙は、依然として無数の破片が漂う危険な領域ではあったが、先ほどまでの絶え間ない衝突音と衝撃は嘘のように遠のいていた。


 しかし、それは安堵ではなく、破壊の後に訪れる不気味な静寂だった。


「……エリック、聞こえる? こちらはオリオン宇宙船。ミナとカルロス、無事よ」


 ミナは、船内無線機に震える声で呼びかけた。

 隣では、カルロスが額の汗を手の甲で拭い、荒い息をつきながらも安堵の表情を浮かべてミナに頷きかける。

 数秒の間、ノイズだけが返ってきた。

 ミナの心臓が嫌な音を立てる。

 まさか、HALOも――。


『……ミナ、カルロスか。無事か、二人とも! こちらエリック。メイファも無事だ。HALOのコマンドコアにいる』


 途切れがちだが、力強いエリックの声がスピーカーから聞こえ、ミナは全身の力が抜けるような安堵を覚えた。

 カルロスも「おお、神よ……!」と小さな声を漏らす。


「エリック、ステーションの状況は?」


 カルロスが素早く問いかける。


『最悪だ、としか言えん。だが、まだギリギリで持ち堪えてる。オリオン側から見た状況を報告してくれ。特にゲートウェイ本体の外観はどうだ?』


 ミナはオリオンの外部カメラを操作し、損傷したゲートウェイの姿をモニターに映し出した。

 太陽光を浴びて回転するその姿は、痛々しいほどだった。


「ひどい……太陽光パネルアレイはほとんど吹き飛んでいるわ。I-HABモジュールも、いくつかの区画で外壁が大きく抉れているのが見える。あそこはもう気密を保てていないでしょうね……」


 ミナは言葉を詰まらせながら報告した。


「それに、エリック、先ほど報告したアルミニウムのデブリ。改めて分光分析したけど、やはり異常よ。まるで人工的に精製されたかのような高純度のアルミニウム片が広範囲に散乱している。これが、あの衝突で撒き散らされたなんて……」


『アルミニウムか……確かに妙だな。自然の組成とは考えにくい』


 エリックが唸る。


『メイファ、そちらで把握している全体のシステム状況は?』


 コマンドコアからのメイファの声は、普段の落ち着きを取り戻そうと努めているものの、緊張の色は隠せなかった。


『メインパワーグリッドは壊滅状態です。現在、HALOとオリオンはかろうじて独立したバッテリーで稼働中。PPE(電気推進エレメント)とLM(補給モジュール)、I-HABの気密漏れは深刻で、自動隔壁が閉鎖されましたが、一部区画は依然として危険な状態です。そして……メイン通信アンテナは完全に沈黙。Sバンド、Xバンド共に信号をロスト。テレメトリデータも地球には届いていません』


「メイン通信がダメなら、オリオンのUHFで試すしかないな」


 カルロスが即座に提案した。


「長距離用じゃないし、月の裏側に入ったらアウトだ。それに、この回転じゃアンテナを地球に向け続けるのは至難の業だぞ」


「ミナ、地球に送る情報をまとめてくれ。俺はアンテナの指向性を調整する」


「ええ、分かったわ」


 ミナは頷き、限られた時間と通信帯域で伝えるべき情報を整理し始めた。


 ゲートウェイの被災状況。

 クルー四名の生存。

 そして謎のアルミニウムデブリのデータ――。


 一つでも多くの情報が、38万キロ彼方の地球へ届くことを祈りながら。



---



 カルロスはオリオンの操縦桿を握りしめた。


「よし、エリック、ミナ。オリオンのスラスターを断続的に噴かして、ゲートウェイ全体の回転を少しでも制御してみる。ドッキングしたままだから無茶はできないが、アンテナを地球に向ける時間を一瞬でも稼いでやる。ミナ、そのタイミングで送信してくれ!」


「ええ、分かったわ!」


 カルロスの額に脂汗が滲む。

 彼はオリオンの微細なスラスターを慎重に、しかし断続的に噴射させ、巨大なゲートウェイの不規則な回転と格闘を始めた。

 船体がわずかに振動し、ミシミシと軋む音が響く。


 完全に回転を止めることは不可能だったが、地球の方向へアンテナが向く瞬間を、彼は執念で作り出そうとしていた。


「今だ、ミナ! 数十秒いけるか!?」


 ミナは深く息を吸い込み、送信スイッチを押した。


「ヒューストン、こちらゲートウェイ・クルー、ミナ・サトウ。聞こえますか? ゲートウェイは正体不明の高速移動物体の月面衝突により発生したデブリ群と衝突。ステーションは甚大な被害を受け、メイン通信不能。クルー四名、エリック・マーティン、リウ・メイファ、カルロス・フレイタス、そして私、ミナ・サトウは生存。HALOモジュール及びオリオン宇宙船に退避中。繰り返します、クルー四名は生存……」


 船窓の外には、無数の金属片がキラキラと光を反射しながら漂い、まるで死のヴェールのように彼らの視界を遮っていた。


 アンテナが地球の方向を捉えられるのは、ほんの短い間だけ。

 カルロスの懸命な姿勢制御も虚しく、ゲートウェイの回転はすぐにアンテナの向きを変えてしまう。


 ミナは焦りを抑え、カルロスが再びオリオンを操作して通信可能なウィンドウが開くのを待ち、その一瞬を捉えては同じメッセージを何度も、何度も繰り返した。

 アルミニウムデブリの特異性についても、途切れ途切れになりながらも、可能な限り情報を断片的に送り続けた。


 その声は、宇宙の広大な闇へと吸い込まれていくようだった。

 ようやく、伝えられる限りの情報を断片的に送り終えたとき、二人には極度の疲労と、わずかな達成感、そして依然として重い不安がのしかかっていた。


 地球からの応答はない。


 だが、一条の光となって、この絶望的なメッセージが届いてくれることを、彼らはただ信じるしかなかった。


 数分間の送信を終えると、船内には再び重い沈黙が戻った。


 その沈黙を破ったのは、HALOからのエリックの声だった。

 その声には、先ほどよりも一層厳しい響きが宿っていた。


『メイファ、生命維持システムの現状と、残存リソースからの生存可能時間を算出してくれ。特に酸素だ。水や食料はまだ余裕があるはずだが、この状況では空気が先になくなる』


「……了解しました」


 メイファの短い返事が、彼女の内心の動揺を物語っていた。


 コマンドコアでは、メイファが震える指でコンソールを操作し、HALO区画とオリオンの独立した生命維持システムのデータを集計し始めた。


 HALOの空気浄化システムは、デブリ衝突の衝撃と電力不足で著しく効率が低下している。


 いくつかの予備タンクは損傷を免れたが、気密が完全に保たれている区画は限られている。


 オリオンは脱出艇であり、長期滞在を想定した設計ではない。

 搭載されている酸素量は、決して多くはなかった。

 時間の経過が、鉛のように重く感じられる。


 ミナもカルロスも、固唾を飲んでメイファからの報告を待った。


 やがて、メイファのか細いが、はっきりとした声が船内無線を通じて届いた。

 その声は、まるで冷たい刃のように、彼らの希望を断ち切るものだった。


「……算出、完了しました。HALO区画の現存酸素量、及びオリオン宇宙船の搭載酸素量、それぞれ現在の消費率で計算した場合……私たちが生存可能な時間は……」


 メイファは一瞬言葉を詰まらせた。

 その沈黙が、何よりも雄弁に事態の深刻さを物語っていた。


「……約170時間。誤差を考慮しても……一週間が、限界です」


 一週間。


 その言葉は、オリオン船内にも、HALOのコマンドコアにも、死刑宣告のように重く響き渡った。


 ミナは息をのんだ。

 目の前が暗くなるような感覚に襲われる。


 たった、一週間。


 この広大な宇宙の中で、助けを待つにはあまりにも短い時間だった。

 カルロスは唇を噛みしめ、無言で計器盤を見つめている。

 その横顔には、いつもの陽気さの欠片もなかった。


 エリックは、深い溜息ともつかない息を吐き出した。


『……そうか。一週間、か』


 その声には、指揮官としての重圧と、仲間たちの命を預かる者としての苦渋が滲み出ていた。


『……ミナ、カルロス。オリオンの状態をもう一度詳細にチェックしてくれ。お前たち二人だけでも……いや、可能な限り多くの資材を積んで、地球へ向かうことはできないか? HALOのことは気にするな。生存の可能性があるなら、それを選ぶべきだ』


 ミナは息をのんだ。

 エリックの言葉は、彼とメイファをこの死地に見捨てろと言っているに等しかった。


 そんなこと――。


 だが、ミナが何かを言う前に、カルロスが重々しく口を開いた。

 彼の声には、エンジニアとしての冷静さと、厳しい現実を受け入れた者の諦念が混じっていた。


「エリック……無理だ。さっきからオリオンの自己診断システムを走らせているが、エラーが複数出てる。船体外部、特に底部と左舷側……耐熱パネルの一部に剥離の警告だ。デブリの破片が掠めたか、あるいは衝撃で緩んだのかもしれない。この状態で大気圏再突入なんて考えられん。確実に燃え尽きる」


 ミナはカルロスの言葉を裏付けるように続けた。


「それに……エリック、ゲートウェイ周辺のデブリの密度は、依然として危険なレベルよ。オリオンの外部センサーが捉えているだけでも、無数の微細な破片が高速で飛び交っている。私たちの軌道上に、まるで地雷原のように…」


「ああ」とカルロスが引き取った。


「オリオンの装甲じゃ、あの弾幕の中を無事に抜けられる保証はどこにもない。エンジンを吹かして加速したところで、数分もたずにハチの巣にされるのがオチだ。運良く突破できたとしても、耐熱パネルがイカれたままじゃ、どっちにしろ…」


 言葉は途中で途切れたが、その意味は全員に痛いほど伝わった。

 しばらくの沈黙のうち、エリックは声に意志の強さを取り戻した。


『各員、よく聞いてくれ。我々に残された時間は、一週間だ。絶望するには早すぎる。だが、感傷に浸っている暇もない。この一週間で、我々はあらゆる可能性を探り、生き残るための最善を尽くす。いいな』


 エリックの言葉は、クルーたちの心に微かな、しかし確かな火を灯した。


「ああ、そうだとも、エリック、メイファ、ミナ!」


 カルロスが、いつもの調子とは違う、だが力強い声で言った。


「一週間あれば、地球の連中だって何かしら手を打ってくるかもしれん。それまで、この“ブリキ缶”の中で、やれるだけのことは全部やってやるさ。そうだろ、エリック?」


『その通りだ、カルロス』


 エリックは静かに頷いた。


『メイファ、君には残された全リソースの再計算と、最も効率的な配分計画の立案を頼む。電力、水、そして酸素。一分一秒でも長く持たせるための戦略が必要だ』


「お任せください、コマンダー」


 メイファの声にも、新たな決意が込められていた。

 ゲートウェイは、宇宙の深淵に漂う傷ついた孤島となった。


 残された時間は、わずか一週間。


 しかし、その短い時間の中で、四人のクルーはそれぞれの知識と勇気、そして不屈の意志を結集し、生存への希望を見出そうとへとしていた。


 ミナは、オリオンの小さな船窓から、地球が反射する淡い光を浴びて静かに横たわる月面を見つめた。


 あのシャクルトンクレーターの永久影。

 そして、そこに墜ちてきた未知の物体。

 

 彼女たちの、一週間の戦いが始まろうとしていた。

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