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【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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8-4

 社長室には、しばし沈黙が流れた。

 モニターには、アーベルが提示した壮大な計画――改造されたHTV-Y改が月へと向かい、ゲートウェイにドッキングするまでのシミュレーション映像が、無音で繰り返し映し出されている。

 それは希望であると同時に、その実現がいかに困難であるかを雄弁に物語っていた。


 やがて、崎島社長が組んでいた腕を解き、深い溜息にも似た息を吐き出した。

 しかし、その表情に悲観の色はない。

 むしろ、途方もないパズルを前にした挑戦者のような、複雑な光が宿っていた。


「我々からすると、まさにSFの世界のような計画だよ、アーベル君」


 社長の声には、かすかな苦笑と、それ以上の感嘆が混じっていた。


「しかし、その実現可能性を信じさせてくれるだけの説得力が、君にはある。……ただ、一つ現実的な問題として、そのナノマシンとやらを生成するために必要な貴金属や特殊素材……量は相当なものになるのでは?」


 アーベルは小さく頷くと、再びモニターに意識を向けた。

 即座に、シミュレーション映像が切り替わり、膨大なリストが表示される。

 リストには、金、白金、イリジウムといった貴金属の名前や、地球上では極めて希少とされるレアアースなど、必要とされる正確な質量と共に整然と並んでいた。


 その一つ一つが高価であることはもちろん、そもそも市場でこれだけの量を短期間に確保することが非常に困難と思えるものばかりだった。


 翔太と涼子は、モニターに映し出されたリストの最後にある概算調達価格を見て、息を呑む。


 これでは、国家予算規模の話ではないか。


 しかし、崎島社長の反応は異なっていた。

 彼は椅子に深く身を沈めたまま、鋭い目でリストの項目を一つ一つ追っていく。


 その口元には、いつの間にか不敵な笑みが浮かんでいた。


 それは困難を前にした絶望ではなく、むしろ難題であればあるほど燃え上がる、彼の生来の気質を示すものだった。


 リストを一通り見終えると、社長はニヤリと口角を上げた。


「ふむ……確かに、普通の会社なら音を上げる量と質だな」


 彼はこともなげに言った。


「だが、この崎島健吾、そしてサキシマ重工の持つ国内、いや世界中のネットワークを、みくびってもらっては困る」


 社長はデスクの上のインターホンを鋭く押し、秘書に数点の指示を出すと、すぐさま私用のスマートフォンを手に取った。


「丸一日……いや、半日だ。半日で、ここにリストアップされた全ての資源を、必要な量だけ集めてみせる!」


 その言葉と同時に、崎島社長は電話帳から番号を呼び出し、コールを始めた。

 相手が出ると、それまでの穏やかな口調とは打って変わって、有無を言わせぬ覇気と迫力に満ちた声で、簡潔かつ的確な指示を矢継ぎ早に飛ばし始める。


「ああ、俺だ。至急だ。そうだ、プラチナ70キロ、イリジウムもだ」

「すぐに動け! 確保しろ! 今から送るデータで、予備の分も頼む!」

「倉庫にあるレアアースを全て押さえろ! 何、予約が入っている? キャンセルしろ! こちらは人命が掛かっているんだ!」


 数分おきに相手を変え、時には英語や、翔太には聞き取れない言語すら交えながら、彼は世界中のコネクションを駆使していく。


 その姿は、もはや一企業の経営者というより、国家規模、いや地球規模の一大プロジェクトを動かす総司令官そのものだった。

 その言葉には、揺るぎない自信と、必ずやり遂げるという鋼の意志が漲っており、電話口の相手に否応なく従わせる不思議な力があった。


 翔太と涼子は、目の前で繰り広げられる崎島社長の豪腕に、ただただ圧倒されるばかりだった。



 ---



 崎島社長の宣言は、決して単なる啖呵ではなかった。

 社長室での電話が終わるや否や、まるで世界中の鉱物資源が一点に吸い寄せられるかのように、サキシマ重工の本社工場へと続々と資材が到着し始めたのだ。


 チャーターされた大型輸送機が近隣の空港に次々と降り立ち、そこからは特殊なコンテナを積んだトレーラーが工場へと滑り込んでくる。


 ヘリコプターが直接工場敷地内のヘリポートへピストン輸送する光景も見られた。


 プラチナ、イリジウムといった貴金属のインゴットが専用パレットに積まれ、厳重な警備下で運び込まれていく。


 その物量とスピードは、国家プロジェクトでも滅多に見られない規模だった。


 崎島社長の号令一下、サキシマ重工の全機能が、この未曾有のプロジェクトへと振り向けられた。


 アーベルが提示した完璧な設計図――それは三次元CADデータとして即座に工場の各セクションへと共有された。

 技術者たちは、最初こそその設計の斬新さと要求される作業の精密さに息をのんだが、すぐにプロフェッショナルとしての使命感に燃え、それぞれの持ち場へと散っていった。


 巨大なロケット組立工場は、24時間体制でフル稼働を開始した。


 夜を徹して煌々と照らされる工場内は、金属を叩く音、クレーンが動く重低音、工作機械の鋭い切削音、そして人々の怒号にも似た指示の声が入り乱れ、凄まじい熱気に包まれていた。


 アーベルは、猫の姿のまま社長室に隣接する臨時作戦室に陣取り、そこから全ての作業を統括した。


 技術者たちが装着するARグラスの視界には、アーベルがリアルタイムで更新する作業指示や注意点が、現実の光景に重ねて表示される。


 まるで熟練の指導者がすぐそばにいるかのように、的確なガイダンスがミリ単位の精度で与えられた。


『その溶接ポイント、角度が0.3度違う。修正を』


 アーベルの指示は常に簡潔かつ絶対的だった。

 しかし、それは一方的な命令ばかりではなかった。


 時には、現場のベテラン技術者が長年の経験から導き出した、「この治具を使えば、組み立て工程を短縮できるはずだ」といった提案がなされることもあった。


 アーベルはその提案内容を瞬時に解析し、有効と判断すれば即座に全体の設計にフィードバックをかける。


 異星の超知性と、地球の職人たちの経験と知恵が、ARグラスを通して奇跡的な融合を果たしていた。


 その間、翔太と涼子はアーベルの「翻訳者」として奔走していた。


 アーベルの指示は時に地球の技術体系とは異なる概念に基づいていることがあった。

 それを現場の技術者たちが混乱なく理解できるよう、言葉を補い、意図を汲み取って伝えるのが彼らの役目だった。


 時には、アーベル自身が直接技術者とARグラス越しに対話することもあったが、複雑なニュアンスが絡む場合や、複数のチーム間の調整が必要な場面では、翔太の介在が不可欠だった。


 その甲斐もあり、アーベルの処理能力に余裕ができていた。


 余剰の能力を活かすため、小惑星プシケでの作業を全て止めたうえで、彼女は作戦室の一角に設けられたコンソールに向かい、HTV-Yのメインフレームと自身の思考ルーチンを繋ぐインターフェースの構築に全力を注いでいた。


 HTV-Y改の管制システムは、最終的にアーベル自身がコアとして直接制御することになる。


 そのための膨大なデータリンクと制御プロトコルの整合性を確保し、さらに月周回軌道上でのリアルタイムな情報通信を可能にするための暗号化ルーチンやデータ圧縮アルゴリズムの最適化など、彼女の作業は多岐にわたった。

 

 アーベルはディスプレイに表示される複雑なコードの流れを、確認し修正を加えていっていた。



 ---



 そして、プロジェクト開始から30時間が経過した頃、HTV-Y改の船体改修が最終段階を迎えた。


 組立ベイの中央に鎮座するHTV-Y改の周囲に、サキシマ重工がかき集めた貴金属が積まれていた。

 情報の機密を守るため、組立ベイには翔太と崎島社長、アーベルしかいない。


「ナノマシン、コーティングシークエンスを開始します」


 次の瞬間――アーベルの体表がゆらりと波打ち、まるで生きているかのように流動を始めた。

 金属の硬質な質感が一変し、液体のように柔らかく、銀色の膜となって貴金属の山を覆っていく。

 貴金属に触れた途端、それらは熱せられた水銀のように溶け出し、静かに波紋を描きながら一つの大きな塊へと変化していく。


 そして、それは一瞬にしてHTV-Y改の機体表面へと吸い寄せられるように広がり、見る間に薄い、光沢のある金属膜となって機体をぴったりと覆い尽くしていく。


 作業灯の光を反射し、鏡のように輝くHTV-Y改の姿は、まるで異世界の工芸品のようだった。


 しかし、それも束の間。


 その強烈なメタリックな光沢は急速に薄れ始め、周囲の風景に溶け込むように、その輝きを失っていく。


 銀色の膜は徐々に透明度を増し、背景の組立工場の壁や床の色を映し込みながら、その存在感を希薄にしていく。


 そして最後には、まるで最初から何も施されていなかったかのように、HTV-Y改の元の塗装色と完全に同化した。


 ナノマシンコーティングの存在は肉眼では全く感知できなくなった。


 だが、その表面には今や、高エネルギーデブリをも弾き、レーダー波すらコントロールする不可視の鎧が形成されているのだ。



 ---



 通常のロケット開発や宇宙船の改修であれば、数年の歳月と莫大な予算、そして数えきれないほどの試験を必要とする数々の工程。


 それがここではわずか二日間という、信じられないほどの短期間で、しかもぶっつけ本番で進められていく。


 技術者たちはカフェインと栄養ドリンク、そして何よりも「人を助ける」という強烈な自負心だけで肉体の限界を超えて作業を続けた。


 疲労と興奮が奇妙に同居する独特の空気が、工場全体を支配していた。

 誰もが不可能を可能にしようと、その一点だけに集中していた。


 そして、ついに運命の二日目が終わろうとしていた。



 ---



 夕闇が迫る頃、全ての改修作業を終えたHTV-Y改が格納庫に鎮座していた。

 

 その機体の下部にある小型人工衛星格納ポートの最終チェックを翔太とアーベルが行っていた。

 

「本当に大丈夫なのか? アーベル。君自身が行かなくとも工作機のような分身を送ればいいじゃないか」


 翔太が心配そうな表情でアーベルを見つめる。

 

「それではダメなのです。無線封鎖を行い自閉モードになったコアを再起動させるためにはコア同士の有線接続が必要となるのです」


 アーベルは淡々とした口調で答えると、ふわりと身を翻した。

 その動きは猫そのものだが、どこか機械的な精密さも感じさせる。


「準備はできています」


 短くそう告げると、アーベルはゆっくりと小型人工衛星格納ポートへと歩みを進めた。

 それは、本来ならば小型の観測機器や実験装置などが収められるスペースだ。

 今回の任務のために、アーベルの小さな体に合わせ、コア接続のためのインターフェースが急遽設えられていた。


 ポートのハッチは既に開かれており、内部にはクッション材と固定用のハーネスが見える。

 およそ宇宙船のコンパートメントとは思えない簡素な空間だった。


 アーベルはポートの縁に前足をかけると、ためらうことなく内部へと滑り込んだ。狭い空間に丸くなるように収まると、器用にハーネスを自分の体に巻き付け、固定する。

 その一連の動作は、まるで最初からそうプログラムされていたかのように正確無比だった。


 翔太は、その小さな姿が暗いポートの奥へと消えていくのを、ただ黙って見送るしかなかった。

 言葉にならない不安と、アーベルの覚悟に対する畏敬の念が胸の中で渦巻いていた。


 ポートの内部から、アーベルの声が響いた。


「ハッチを閉鎖してください、翔太」


 その声は、先ほどと変わらず落ち着いていたが、どこか硬質な響きを帯びていた。まるで、これから始まる過酷な任務に向けて、アーベル自身が感情を切り離そうとしているかのようだった。


 翔太はゴクリと唾を飲み込み、震える手でハッチの閉鎖パネルに手を伸ばした。重々しい金属音が響き、ゆっくりとハッチが閉じていく。

 最後に垣間見えたのは、暗闇の中で静かにこちらを見据える、アーベルの翡翠色の瞳だった。


 やがて、完全な密閉音と共に、アーベルの姿はHTV-Y改の機体の中に完全に隠された。

 後に残されたのは、静寂と、翔太の胸を締め付ける不安だけだった。



---


 

 改造が完了したサキシマロケット3号機改のフェアリング内にアーベルを載せたHTV-Y改が慎重に格納された。


 全長50メートルを超える巨大なロケットは、ゆっくりと、しかし確実に射点へと移送され、垂直に屹立する。


 夜空の下、無数のライトに照らし出されたその純白の機体は、静かにその時を待っているかのようだった。


 モニターには、全てのチェック項目がグリーンに変わっていく。

 


 打ち上げの全ての準備が、整った。

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