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【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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7-8

 宇宙の静寂が、これほどまでに恐ろしいものだと誰が想像しただろうか。


 日本時間、夜七時。


 JAXA筑波宇宙センターの総合追跡管制棟(MACC)は、周囲の建物の照明が落とされた中で煌々と輝いていた。


 NASAヒューストン宇宙センター、ESA欧州宇宙運用センター、中国国家航天局(CNSA)、そしてカナダ宇宙庁(CSA)の管制室も同様に、地球の自転が生み出す時差を超えて、一つの事象に神経を集中させていた。


 月周回軌道プラットフォーム《ゲートウェイ》。


 人類が宇宙へ踏み出す新たな橋頭堡となるはずだったその宇宙ステーションは、今や沈黙と破壊の淵に瀕していた。


 数時間前に発生した、観測史上例を見ない規模の「何か」の月面衝突。

 その直後、ゲートウェイは発生したデブリ群に巻き込まれ、その機能の大半を失いつつあったのだ。


「ヒューストンより各局へ。緊急国際対策会議、定刻となりました。接続状況を確認します」


 メインスクリーンに、分割された各機関の代表者たちの顔が次々と映し出される。

 JAXAスタッフの険しい表情、NASA長官の疲労を隠せない目元、ESA事務局長の固く結ばれた唇。


 そして、その中には民間宇宙企業SpaceY社のカリスマCEO、アシュレイ・ヴァンスの、いつもより僅かに影を帯びた顔もあった。


 会議の冒頭、NASA長官が重々しく口火を切った。


「皆さん、お集まりいただき感謝する。現状は……極めて厳しいと言わざるを得ない。ゲートウェイからのテレメトリは断続的で、クルー四名の安否も完全には確認できていない。オリオン宇宙船での脱出も確認できていない」


「だが、我々は諦めない。あらゆる可能性を模索し、彼らを必ず地球へ帰還させる」


 その言葉とは裏腹に、共有されたデータは冷酷な現実を突きつけていた。

 船体各所で検知されたであろう微細な気密漏れを示す圧力センサーの警告グラフは、まるで瀕死の患者の心電図のように不規則な振幅を繰り返している。


 太陽光パネルアレイは、広範囲にわたって機能を停止。

 月面衝突で発生した粉塵と、それに続くデブリの嵐が、生命線である太陽光発電システムをほぼ完全に破壊したのだ。


 姿勢制御用のスラスターも大半が応答せず、ゲートウェイはゆっくりと、しかし確実に制御不能な回転を始めている。


「……これが、クルーのミナ・サトウ飛行士から、通信が途絶する直前に送られてきた音声の一部です」


 JAXAの管制官が再生したのは、ノイズにまみれた音声だった。


『……組成……高濃度のアルミニウム……自然……考えにくい純度……通信……阻害……』


 音声はそこで途切れ、あとは耳障りなノイズだけが続いた。


 材料工学の専門家が補足する。


「この高純度アルミニウム片が、デブリに混ざり広範囲に散布されているとすれば、それは単なる物理的衝突の脅威だけでなく、深刻な電波障害を引き起こします。我々がゲートウェイとの通信を確立できない最大の原因の一つと考えられます。まるで、チャフを撒かれたかのように……」


 その言葉に、会議室の空気はさらに重くなった。


 何故、月にそんな純度のアルミニウムがあるのか……もしや、なんらかの構造物が存在したのか……。

 だが、今は憶測よりも行動が必要だった。


「我々SpaceYは、スターシップの投入を提案する」


 沈黙を破ったのは、アシュレイ・ヴァンスだった。

 その声には、まだ自信の色が残っていた。

 彼の背景には、次世代巨大宇宙船「スターシップ」の雄大なCG画像が映し出されている。


「スターシップは、その堅牢なステンレス製船体と、強力なエンジンにより、現在のデブリ環境下でもある程度の活動が可能だと我々は見積もっている。専用の強化デブリシールドを船首に追加装備し、熟練パイロットによるマニュアル操縦で接近、ドッキングを試みる。必要であれば、複数機を同時に投入し、救出確率を最大化する」


 一瞬、会議室に微かな希望の光が差したように見えた。

 スターシップの圧倒的なペイロードと航行能力は、確かに他の既存の宇宙船とは一線を画す。

 もし、彼が言うようにデブリ環境を克服できるのなら……。


 だが、その淡い期待は、NASAの軌道力学専門チームリーダーの冷静な分析によって、無情にも打ち砕かれた。

 初老の、しかし眼光鋭いその男は、複雑なシミュレーション結果が映し出されたモニターを背に、静かに語り始めた。


「ヴァンス氏の提案は勇気あるものだ。しかし、我々の最新のシミュレーションによれば、ゲートウェイ周辺のデブリの密度と相対速度は、我々の当初の予測をさらに上回っている。センチメートル級のデブリですら、その運動エネルギーは対戦車ライフルの弾丸に匹敵し、それが文字通り『弾幕』となってゲートウェイ周辺軌道を覆っている。ミリメートル級の微小デブリに至っては、最早計測不能なほどだ」


 画面が切り替わり、ゲートウェイを中心とした三次元空間に、赤や黄色の無数の点が高速で飛び交う戦場のようなCGが表示される。


 その一つ一つが、宇宙船にとって致命傷となり得る脅威だった。


「スターシップの船体強度は確かに高い。しかし、このエネルギーレベルのデブリが連続的に衝突した場合、たとえステンレス鋼であっても破損は避けられない。特にエンジンノズルやセンサー類、ドッキングポートのような脆弱な部分への被弾は致命的だ」


「一度機能を損なえば、救出はおろか、スターシップ自体の帰還も危うくなる。我々の試算では、現行のデブリ環境下でスターシップがゲートウェイに安全に接近し、数時間に及ぶ可能性のあるドッキング作業を行い、そして離脱できる確率は……残念ながら、限りなくゼロに近い」


 ヴァンスの眉が僅かに動き、表情から自信の色が消えていく。

 彼が何か反論しようと口を開きかけたが、専門家はさらに続けた。


「最大の問題は、ミナ・サトウ飛行士が報告した『高純度アルミニウムデブリ』です。これが広範囲に散乱しているため、スターシップの誇る最新のレーダーやライダーシステムも、著しい性能低下、あるいは機能不全に陥る可能性が高い。つまり、目隠しで機雷原に突っ込むようなものだ。精密な誘導とドッキングは、現在の技術では不可能と言わざるを得ない」


 ヴァンスは唇を噛み、視線を落とした。

 彼の背後のスターシップのCGが、今はどこか虚しく見えた。

 ESAの代表が、かすれた声で尋ねる。


「では……ソユーズや、ドラゴン宇宙船は……?実績のある船だが」


 NASAの専門家は、静かに首を横に振った。


「航行能力、そして何よりもデブリへの耐性が、この状況では全く足りません。言うまでもなく、HTVやシグナスのような補給船は論外です」


 会議室は、鉛のような沈黙に支配された。

 それは、死刑宣告にも似たデータの羅列がもたらした、どうしようもない無力感の共有だった。


 それぞれのモニターに映る代表者たちの顔には、苦渋と絶望の色が濃く浮かんでいた。


 彼らは、人類の叡智を結集して築き上げた宇宙ステーションのクルーたちを見殺しにしなければならないのか。


 その非情な現実が、重くのしかかる。

 JAXA長官が、絞り出すような声で言った。


「クルーの生命維持リソースは……あとどれくらい持つと予測される?」


「酸素、水、電力……全てがクリティカルです。船体の気密がこれ以上悪化すれば、数日単位。現状を維持できたとしても、楽観的に見て……一週間といったところでしょう。それも、あくまで希望的観測です」


 一週間。


 それは、新たな宇宙船を準備し、打ち上げ、月へ送り込むには、あまりにも短い時間だった。

 ましてや、この絶望的なデブリ環境を突破する手段など、今の地球人類には存在しない。


 各国機関の代表たちは、それぞれが言葉を選びながらも、次第に「救出は現時点では不可能に近い」という認識を共有し始めていた。


 それは、技術的な限界を認めることであり、同時に、宇宙の厳しさ、そして4人の宇宙飛行士の運命に対する、あまりにも重い判断だった。


「我々は……彼らの家族に、何と伝えればいいのだ」


 誰かがそう呟いた。

 その声は、オンライン会議システムの僅かなノイズに混じり、悲痛な響きとなって各国の管制室に届いた。


 会議は、出口の見えない暗闇の中を彷徨うように、重苦しい雰囲気に包まれ、事実上の「諦めムード」が、確かな輪郭を持ってそこに存在していた。


 希望の言葉は、誰の口からも出てはこなかった。

 宇宙の深淵から響いてくるのは、ただただ冷たい沈黙だけだった。

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