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【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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7-5

 ミナは再び目の前のモニターと睨めっこを始めた。月の南極から届く地下レーダーの微細な波形との格闘だ。

 これは長丁場になる、と内心思った。


 まさにその矢先だった。


 ゲートウェイ全体の管制を担うHALOモジュール――彼女がいるI-HABからはドッキングベイを一つ隔てた先――にいるはずのメイファから、普段の落ち着き払った彼女からは想像もつかない、鋭く息をのむ声が響き渡ったのだ。


 それは、I-HABの環境制御システムの低いハミング音を切り裂くように、ミナの耳に直接叩きつけられた。


「そんな……馬鹿な! これは……一体!?」


 メイファの声には、純粋な驚愕と、それ以上に本能的な恐怖の色が濃く滲んでいた。

 まるで、宇宙の深淵にある、決して覗いてはならないものを垣間見てしまったかのように。


 その声の尋常ならざる響きに、ミナは反射的に顔を上げた。

 彼女のワークステーションのすぐ近く、別のコンソールでゲートウェイ全体のシステム状態をチェックしていたエリックも顔を上げた。

 眉間に深い皺を刻み、メイファへと鋭い視線を送っていた。


 間髪入れず、メイファのワークステーションから発せられているであろう複数の甲高いアラート音が、断続的にI-HABのラボ内にまで漏れ聞こえてきた。


 それはまるで、未知の脅威に対する悲鳴のようだった。


「メイファ、どうした!何があった!」


 エリックがコンソールパネルを閉じながら、厳しい声で呼びかける。

 その声には、不測の事態に対する指揮官としての警戒心が即座に立ち上がっていた。


「エリック! ミナ! 大変……大変なものを捉えてしまった……!」


 メイファの声はまだ震えていたが、必死に平静を装おうとしているのが分かった。

 彼女は自身の深宇宙観測データの二次バックアップと、ゲートウェイのメインセンサー群の定期システムチェックを行っていたところだった。

 そのルーティン作業中に、それは文字通り「突如として」現れたのだという。


「正体不明の……高速移動物体を、すべての広域監視センサーが同時に捕捉しました! サイズ……推定直径、1000メートル以上! あまりにも移動速度が速すぎて、正確な組成分析が追いつきません! 既知の小惑星データベース、周期彗星リスト、スペースデブリ……どれにも合致するものがありません!」


 メイファが、まるでマシンガンのように早口で報告を続ける。

 彼女は手にしているタブレット端末を叩く。


 HALOのメインスクリーンに彼女のタブレット端末と同じ画面が映し出される。


 そこには、これまでゲートウェイのセンサーが捉えたことのない、巨大な質量体が、赤い警告マーカーと共に表示されていた。

 それは、漆黒の宇宙空間に不自然に穿たれた、巨大な「孔」のようにも見えた。

 その物体の周囲には、空間そのものが歪んでいるかのような、奇妙なノイズが走っている。


 エリックは険しい表情のまま、I-HABのメインスクリーンに映し出された画像とデータを凝視する。

 彼の長年の宇宙飛行士としての経験が、即座に危険信号を発していた。


「センサーの誤作動、あるいはゴーストイメージの可能性は? 今までの定常観測で、そんな大質量の隕石など、一度も検出されていなかったはずだ」


 その声には、わずかに信じたくないという響きが混じっていた。

 直径1キロメートルを超える物体が、何の前触れもなくゲートウェイの監視網に出現するなど、常識的に考えられなかったからだ。


 メイファは、必死にタブレットとHALOのメインコンソールを交互に操作しながら、首を激しく横に振った。

 その動きで、シニヨンにまとめた髪が一筋、額に落ちる。


「いえ、エラーではありません! 全周域レーダーだけではないのです、高解像度光学望遠鏡も、磁力計も、そして……信じられないことに、ニュートリノ検出器までもが、この物体の出現と同期して、一時的にですが異常な現象を示唆する兆候を……! まるで、この空間に、突如として『染み出して』きたかのように……! 一瞬、ガンマ線や宇宙線のバックグラウンド線量が微弱ながらスパイクした直後、この物体が……ああ、もう!一体なんなの、これはっ!!」


 パニックに陥りかけたメイファの言葉を聞き、エリックは即座に判断を下した。

 彼はハンドレールに手をかけ、メイファのそばへ向かおうとする。


 その冷静な灰色の瞳の奥には、かつて月往還ミッションで経験した未曾有の危機的状況を乗り越えた者だけが持つ、鋼のような意志が宿っていた。 


「落ち着け、メイファ。大丈夫だ、私がすぐそちらへ行く」


 エリックはメイファを落ち着かせるように、努めて穏やかな声で語りかけた。


「深呼吸しろ。そして、最優先でその物体の軌道予測を開始してくれ。ゲートウェイや月面への衝突の危険性があるのかどうか、それを一刻も早く確認するんだ」


 エリックはI-HABのドッキングベイを通り抜けながら、ラボに残るミナに鋭く声をかけた。

 その視線は、既に次の指示を明確に捉えている。


「ミナ! 聞こえるか!」


 ミナは、二人の緊迫したやり取りを、息を詰めて見守っていた。

 彼女の心臓は、不安と、そして科学者としての未知なるものへのある種の畏怖に近い興奮とで、激しく鼓動していた。


「はい、エリック! 聞こえています!」


「君はI-HABに残って、メイファの軌道予測を支援しつつ、NASAに連絡を! きっと地球側でもなんらかの観測結果が出ているはずだ。何か手がかりがないか探るんだ! そして、カルロス!」


 エリックは手首の通信機に直接呼びかけた。


「エアロックにいるカルロス! EVA準備は即刻中断だ! 現状を報告しろ!」


 カルロスの、いつもなら陽気さが弾ける声が、今は明らかに緊張を帯びてスピーカーから返ってきた。その声色だけで、彼が状況の異常さを敏感に察知していることが分かった。


「了解だ、エリック! 一体全体、何が起きてるんだ!? こっちはエアロック前の与圧室で、スーツの最終チェックに入るところだったが……何か、とんでもなくヤバいことになってるのか!?」


「まだ断定はできない。だが、万が一に備える。各員、現行の作業を全て中断し、直ちにI-HAB区画、HALO区画へ集合、これは訓練ではない!繰り返す! これは訓練ではない!」


 エリックの厳格な命令がゲートウェイ内に響き渡る。

 その間にも、メイファはHALOのメインコンソールで、震える指でコマンドを打ち込み、軌道予測プログラムを起動させていた。


 ディスプレイ上には、複雑な計算式の羅列と、収集されたセンサーデータに基づくシミュレーションモデルが構築されていく。

 緑色の予測ラインが、まるで運命の糸のように、ディスプレイ上の三次元月球モデルへと、ゆっくりと、しかし確実に伸びていった。


 時間の経過が、鉛のように重く感じられる。


 数分が永遠のように感じられた後、メイファのか細い、しかしはっきりとした声がHALOから届いた。その声は、絶望的な宣告をするかのように、微かに震えていた。


「軌道予測……出ました……!」


 エリックはメイファの隣でコンソールのディスプレイを凝視していた。

 彼の肩越しに、ミナもI-HABの自身のモニターに転送されてくるその絶望的な軌道図を、固唾を飲んで見守っていた。


 緑色のラインが指し示した先――それは、あまりにも過酷な運命の悪戯だった。


「落下予測地点……月の南極、シャクルトンクレーター近傍……!」


 その言葉は、ミナにとって雷鳴にも等しい衝撃だった。

 全身の血が逆流し、指先が一瞬にして冷たくなるのを感じた。

 メイファが示した座標は、寸分の狂いもなく、自分がつい先ほどまで、その特異な地下構造の謎を追い求めて分析していた、あの永久影に覆われたエリアそのものだったのだ。


「そん……な……あの場所に……?」


 ミナの口から、か細い声が漏れた。

 顔から急速に血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 頭の中が真っ白になり、思考が停止する。

 彼女の地質学者としての本能が、警鐘を鳴らしていた。


 反射的に、ミナはサブモニターへと視線を向けた。その画面には、いつもと変わらない、静謐で美しい、しかし今はどこか不気味な緊張感を漂わせる月面が広がっていた。


 彼女の視線は、まるで見えない糸に引かれるように、月の南極点へと吸い寄せられていく。


 あの、自分が調査していた謎の層構造が眠る場所に、今、直径1キロメートルを超える未知の天体が、凄まじい速度で墜ちようとしている――。


 その圧倒的な現実が、ミナの意識を激しく揺さぶっていた。

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