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「処理完了。抽出したシンボルデータを、地球ネットワーク上の既知の組織データベースに照合します」
モニターの画面が切り替わり、無数のシンボルや紋章が目まぐるしくフラッシュし始めた。
その下には、高速で進むプログレスバーが表示されている。
仁も由美も翔太も、固唾を飲んでその結果を待った。
地下施設内の静寂が、いや増して重く感じられる。まるで審判を待つような、数分間の長い長い沈黙が流れた。
やがて、プログレスバーが100%に達し、甲高い通知音が響いた。
「一致するシンボルを特定しました」
アーベルの冷静な声が、緊張を破った。
モニター中央に、先程ヘルメットから抽出されたマーキングと、データベース上で完全に一致したシンボルが大きく並べて表示された。
それは、歪んだ、あるいは何重にも重なった光輪のような円形と、その中心で何かを掴もうとするかのように、あるいは何かから解き放たれようとするかのように、天を指差す様式化された手を組み合わせた、極めて不気味で、見る者に不安感を与えるデザインだった。
「このシンボルを使用している組織は……」
アーベルは一拍置き、そして告げた。
「『終末の光 (Light of the End)』。国際的に危険視されているカルト宗教団体です」
「終末の光……?」
仁と由美は困惑した表情で顔を見合わせた。
翔太もその名前に明確な記憶はなく、眉間の皺を深くした。
カルト宗教団体。
その言葉は、彼らが直面した暴力的な襲撃とは、すぐには結びつかなかった。
「『終末の光』に関する詳細情報を開示します」
アーベルは、仁たちの動揺を意に介さず、淡々と言葉を続けた。
その子猫の姿から発せられる冷静沈着な声は、これから語られるであろう情報の異様さを際立たせていた。
「彼らは表向きには精神修養や自己啓発を謳う団体として数十年前から活動が確認されていますが、その実態は選民思想と終末論に根差した極めて特異かつ危険な教義を持つ組織です」
モニターには、「終末の光」のシンボルと共に、関連するとされるニュース記事の断片や、国際機関の警告文書のようなものが次々と表示されていく。
アーベルが語る内容は、衝撃的だった。
「彼らの核心的な教義は、『地球は太古の昔より、人類の知覚や理解を超越した異星生命体によって巧妙かつ密かに支配されており、現代社会の構造、経済、さらには人々の精神に至るまで、その異星人の意思によってコントロールされている。人類はその事実に気づかぬまま、見えざる鎖に繋がれた奴隷同然の生活を強いられている』というものです。そして、彼ら『終末の光』の信者こそが、その欺瞞に目覚め、異星人の支配から全人類を解放し、真の覚醒へと導くために選ばれた聖なる戦士であると信じています」
仁は思わず息を飲んだ。
異星人による地球支配。
荒唐無稽な話だが、アーベルの口調はそれが紛れもない事実であるかのように響く。
由美は蒼白な顔で首を振った。
「そんな……馬鹿げてるわ」
「その選民思想と歪んだ使命感に基づき、『終末の光』は『異星人の手先』『異星人支配体制の維持に積極的に加担する者』と彼らが一方的に見なした個人や組織に対し、過激な実力行使も厭いません。特に、社会的に強い影響力を持つ富裕層、政府関係者、そして何よりも先進的な科学技術を研究する科学者や技術者などを主要なターゲットにする傾向があります。誘拐、洗脳、襲撃、そして研究成果や機密情報の強奪といったテロ紛いの活動を、世界各地で秘密裏に、しかし確実に実行していると見られています」
言葉を失う仁と由美。
自分たちが、そのような妄信的で危険な思想を持つ集団の標的にされたという事実が、重くのしかかってくる。
あの執拗な追跡、容赦ない攻撃、それら全てが、彼らの狂信的な教義に基づいていたというのか。
由美が震える声で尋ねた。
「じゃあ……私たちが狙われたのも、まさか、その……異星人の手先だとでも、思われたからなの?」
「その可能性は極めて高いでしょう」
アーベルは肯定した。
「特に、私が提供した高効率放射性物質除染技術。敵リーダーが叫んでいた『聖遺物』という言葉を照らし合わせると、一つの仮説が成り立ちます。恐らく、その除染技術こそが、彼らが血眼になって探している『聖遺物』そのもの、あるいはその一部なのでしょう。そしてこの『聖遺物』が、彼らの教義において、自分達の教義の正当性を主張できる何か、異星人の支配を覆すための鍵となる超技術、あるいは異星人の存在や弱点に直接関わる重要な何か、だと認識されている可能性があります」
「聖遺物だなんて……」
仁は愕然とし、拳を握りしめた。
「あれは、汚染された土地を浄化し、復興させる為の技術だぞ? そんなものを、カルト宗教の連中が、一体何に使うっていうんだ!」
「分かりません、しかし収集、分離される放射性物質は……管理を誤れば、兵器として使用可能なものです」
「汚い爆弾か……」
その声には、怒りと共に深い戸惑いが滲んでいた。希望の技術が、こんな形で狂信者たちの歪んだ目的に利用されようとしている。
翔太が険しい表情で口を挟んだ。
「そんな危険な連中が、どうして今まで大々的に取り締られてこなかったんだ?」
「彼らは非常に巧妙に活動しており、その組織構造は幾重にもカモフラージュされ、全貌を掴むことは極めて困難です。今回の襲撃についてもネットワーク上には何ら前兆がありませんでした」
アーベルは説明を続ける。
「信者は強固なマインドコントロール下にあり、外部への情報漏洩はほとんどありません。また、潤沢な資金力と、各界への浸透工作も噂されています。しかし、その潜在的な危険性から、世界各国の主要な諜報機関や治安当局は『終末の光』を最重要監視対象の一つとしてリストアップしており、水面下では実態解明と無力化に向けた国際的な協力体制が敷かれつつあります。私がアクセスした情報も、そうした公的機関の断片的なレポートや、過去の類似事件の記録を統合・分析したものです」
「私が一番相手としたくない、見えない敵です。私には人の思考は覗けないですから」
地下施設に再び重い沈黙が落ちた。
敵の正体は判明したが、それはあまりにも常軌を逸し、実態を掴めないものであった。
翔太が腕を組み、厳しい口調で言った。
「彼らが除染技術を『聖遺物』として狙っている以上、今回の襲撃だけで終わるとは到底思えない。必ずまた接触……いや、次はさらに周到な準備をしてくるはずだ」
「同意します」
アーベルは静かに応じた。
「こちらからも引き続き『終末の光』に関するさらなる情報収集と分析を進めます。彼らの組織網、活動拠点、そして次の動きを可能な限り予測し、先手を打つための対策を講じる必要があります」
仁は俯いていた顔をゆっくりと上げた。
その瞳には、恐怖や絶望の色はもうなかった。
代わりに、困難な現実に立ち向かおうとする、静かだが確固たる決意の光が宿っていた。
彼は翔太と、そして翔太の足元にいるアーベルを真っ直ぐに見据えた。
「翔太君、アーベル君。改めて頼む。僕たちだけでは、この巨大で狂信的な敵にどうすることもできない。どうか、力を貸してほしい」
その言葉は、地下の冷たい空気を震わせた。
翔太は力強く頷いた。
「もちろんです、仁さん。俺にできることなら何でもします。由美さんも、お守りします」
由美も、まだ顔色は優れないものの、仁の隣で強く頷き返した。
その瞳にも、兄と同じように、不安の中にも決して屈しない強い意志の光が宿っていた。
地下施設の重苦しい空気の中に、新たな敵の恐るべき輪郭がはっきりと浮かび上がった。




