表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/160

6-3

「アーベル! 翔太さん!」


 地下施設に響いた涼子の声は、切羽詰まった状況を打開するための、最後の祈りにも似ていた。


 静かに佇んでいたアーベルがわずかに動き、エメラルド色の瞳が涼子を捉える。


「はい。翔太さん、いつでも」


 落ち着き払った、しかし絶対的な信頼感を抱かせるアーベルの声が応じた。


 その言葉を合図としたかのように、パーキングエリアの上空、闇に溶け込むように待機していた大型ドローンの下部から、蜘蛛を思わせる多脚のシルエット――トランスポート・ユニットが静かに切り離された。


 翔太の意識は、上空の鋼鉄の巨体と完全にシンクロしていた。

 現実の肉体は地下施設の椅子に深く沈み、微動だにしない。

 だが彼の精神は今、夜の闇を引き裂く戦場の狩人そのものだった。


 旧谷田部東パーキングエリアは、三台のバンが放つエンジン音と、そのヘッドライトの光に支配されていた。


 中央に停止した仁のセダンを、三台の黒いバンが包囲し、そのヘッドライトが容赦なく二人を照らし出している。


 ガソリンは底をつき、まさに袋の鼠だった。


 バンからはすでに複数の人影が降り立ち、アサルトライフルで武装し身を固めた男たちが、無言の圧力をかけていた。


 その刹那、降下してきたトランスポート・ユニットが空中でバンに狙いを定めた。

 ステルスモードを維持したまま、敵のバンの中央付近に向けて、小型のデバイスを射出する。


「電磁グレネード、投射します」


 アーベルの冷静なアナウンスが響く。

 着弾と同時に、目に見えない衝撃波が広がり、パーキングエリア一帯の電子機器が一瞬にして沈黙した。

 トランスポート・ユニットが着地する。


 敵のバンのヘッドライトが消え、兵士たちも暗闇に包まれ、動きが明らかに乱れる。


 そして、その電磁パルスの影響はトランスポート・ユニット自身にも及び、機体を覆っていた熱光学迷彩が揺らぎ、その巨大なシルエットが闇の中にぼんやりと浮かび上がった。


「なんだ!何か巨大なものが来たぞ!」


 セダンの中で息を潜めていた仁が、突如として変化した状況に驚愕の声を上げる。

 助手席の由美は、恐怖に顔を強張らせ、言葉を失ったまま仁の腕を強く握りしめている。

 仁はそんな彼女を庇うように、身を低くした。


 敵兵士たちは、練度の高さを示すように瞬時に混乱から立ち直った。


 暗闇と砂塵の中、リーダー格と思しきヘルメットに特殊なマーキングを施した男が、何事か短い指示を発する。

 それに応じ、兵士たちは散開し、トランスポート・ユニットに向けて、手にしたアサルトライフルを一斉に構えた。


 統制の取れた動きは、彼らがただの烏合の衆ではないことを如実に物語っていた。

 次の瞬間、曳光弾の赤い筋が闇を切り裂き、装甲にけたたましい金属音と共に叩きつけられた。


「くっ……!」


 地下施設でトランスポート・ユニットとリンクしている翔太の口から、苦悶の声が漏れる。


 連続する衝撃は、物理的な痛みはなくとも、彼の精神に直接的な負荷となって襲いかかる。

 トランスポート・ユニットの巨体がわずかに揺らぎ、姿勢が不安定になった。

 分厚い装甲はライフルの弾丸程度では貫通しないものの、その衝撃は無視できない。


「翔太さん、右翼方向より飛翔体接近の可能性!回避行動を!」


 アーベルの警告が、翔太の意識に鋭く突き刺さる。


 ARグラス越しの涼子も、ホログラムに表示された赤い警告マーカーに息を呑んだ。

 敵の一人が、肩に携行型のミサイルランチャーらしきものを担ぎ、トランスポート・ユニットに照準を合わせている。


「何で日本にこんな重武装してる連中がいるんだよ!!」


 翔太の絶叫が響く。

 彼は咄嗟にトランスポート・ユニットの脚部スラスターを噴射させ、巨体を急上昇させた。


 コンマ数秒後、ミサイルはトランスポート・ユニットが先ほどまでいた空間を猛スピードで通過し、背後の廃墟と化したパーキングエリアの管理棟に着弾。

 轟音と共に激しい爆炎が夜空を焦がし、建物の破片が周囲に飛び散った。


 もし回避が遅れていれば、トランスポート・ユニットは深刻なダメージを負っていただろう。


 涼子は思わず口元を押さえたが、悲鳴はかろうじて飲み込んだ。

 兄たちがいる戦場で、自分だけが取り乱すわけにはいかない。


「スモーク散布します!」


 アーベルが冷静に宣言すると同時に、上空に待機していたドローンの排気口から、純白の煙幕が猛烈な勢いでパーキングエリアに向けて噴射された。

 風下にいた敵集団は、瞬く間に視界を奪われる。


「今しかない!由美、走れるか!」


 爆発と煙幕による混乱を好機と見た仁が、叫びながらセダンのドアを蹴破った。


 そして、未だ恐怖に震える由美の手を強く引き、煙に巻かれつつある廃墟の管理棟――ミサイルが着弾した建物とは別の、より隠れられそうな影の濃い場所――へと走り出した。


「追え!! 逃がすな!!」


 敵のリーダーらしき声が煙の向こうから響き、数名の兵士が即座に反応して仁たちを追う。

 煙幕で視界は遮られているはずだが、彼らの発砲する銃弾が、仁と由美のすぐ足元のアスファルトを抉り、火花を散らした。


「兄貴、そのまま東側の給油所跡へ!翔太さん、敵の追手を分断、仁さんのルートを確保して!」


 涼子の声が、トランスポート・ユニットの外部スピーカーから直接、仁たちに向けて響き渡った。

 その声は、混乱した戦場において、一条の光明のように感じられた。


「涼子!! ......了解した!」


 仁は叫び返し、給油所跡の看板がかろうじて見える方向へと進路を変える。


 地下施設で、翔太は奥歯をギリリと噛み締めた。

 額には脂汗が滲み、リンクを通じて伝わる衝撃とプレッシャーは増すばかりだ。

 しかし、仁とそのパートナーの由美を助け出すため、ここで退くわけにはいかない。


「やってやる……!」


 翔太の意識が、極限の集中状態へと突入していく。


 まるで本物の手足を動かすかのように、機体の機動性が目に見えて向上した。

 巨大な多脚歩行ユニットが、まるでスケートでもするかのように滑らかに地を滑り、敵の射線を巧みにかわす。

 そして、仁たちと敵兵との間に割って入るように移動し、その巨大なアームの一撃で、近くに停車していた敵のバン一台のタイヤを粉砕した。

 金属が引き裂かれる甲高い音が、銃声に混じって響き渡る。


「翔太さん、ユニットのエネルギー残量低下。高出力稼働はあと400秒が限界です」


 アーベルの冷静な、しかし有無を言わせぬ警告が翔太に届く。

 トランスポート・ユニットの性能を引き出す代償は、凄まじいエネルギー消費だった。


「わかってる!やるしかない!」


 翔太は叫び返し、残された時間で最大限の戦果を上げるべく、さらに集中力を高めた。


 涼子は、ARグラスに表示される情報を食い入るように見つめていた。

 上空のドローンから送られてくるリアルタイムの戦場マップには、仁たちの位置、追手の数と配置、そして翔太が操るトランスポート・ユニットの動きが詳細に表示されている。


「兄貴、右後方から二人接近!煙で見えにくいけど、距離は約20メートル!そのまま直進して!あと10メートルで給油所跡の建物で隠れられる!」


 涼子の的確な指示が、今度は上空のドローンから放たれる指向性の音声によって彼に届く。

 仁は由美の手を固く握り、彼女を庇うようにして、必死に足を動かした。

 由美もまた、恐怖を振り絞り、仁と共に駆ける

 時折、すぐ近くを銃弾が掠める感覚に、全身の毛が逆立つ。


 給油所跡の、今はもう使われていない錆びついた事務所の建物が見えてきた。

 しかし、その寸前、煙幕の中から飛び出してきた二人の敵兵が、彼らの行く手を塞ぐように立ちはだかった。

 万事休すかと思われた、その瞬間――。


「うおおおおっ!」


 翔太の咆哮と共に、トランスポート・ユニットがまるで天から降ってきたかのように、敵兵の頭上にその巨躯を現した。


 大きく飛び跳ね、その補助アームからティザー弾を敵兵に撃ち込む。


 敵兵が怯んだ隙を突き、トランスポート・ユニットから伸びた二本の多関節アームが、仁と由美の体をまるで雛鳥を攫う鷲のように、しかし驚くほど優しく包み込み、ユニット上部に設置された円筒形の回収ポッドへと迅速に引き上げた。


「ぐっ……せ、狭い!」


 ポッドに押し込まれた仁が、苦しげな声を上げる。本来一人乗り用に設計されたポッドは、大人二人が入るにはあまりにも窮屈だった。

 由美は仁の胸に顔を埋める形で、かろうじて収まっている。


「回収完了!翔太さん、ドローンから回収ワイヤーを射出!!最大出力で垂直上昇!!ステルスモード再起動!!」


 アーベルのクリアな声が響き渡る。


「離脱する!」


 翔太は機体に残された全エネルギーを振り絞り、トランスポート・ユニットの脚部のスラスターを最大出力で噴射させた。


 敵の銃弾が雨霰と降り注ぎ、機体のあちこちから火花が散る。


 だが、鋼鉄の巨人は怯むことなく、夜空へと一直線に駆け上がっていく。


 やがて、その機体を覆う熱光学迷彩が再び機能を取り戻し始め、トランスポート・ユニットの姿は急速に闇の中へと溶けていった。

 パーキングエリアには、破壊された車両と立ち込める硝煙、そして呆然と空を見上げる敵兵だけが残されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
電磁パルスで車両や電子機器を無力化したまではいいけれども重武装の特殊部隊が1ダースも待ち構えてる中に飛び込むならもっと手はあったかなって。 アーベルの言う法的にできることできないことのしがらみがあるの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ